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推測と事実の螺旋

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「それでは、今日はこちらでお休みください」
「は、はい……」

豪華で広い部屋に通されてミルは戸惑いながらもそう言った。

大書庫で襲われて、なんとか助かったそのあと。ミルとローグは第一王子にすぐに報告した。
襲ってきた犯人は、明らかにミルを狙ってきた。王を殺した事件とは関係ないかもしれないが、誰かがミルの命を狙っているのは確かだ。
報告が終わると、安全のためにミルを城に泊まるよう取り計らってくれたのだ。
安全のために警備のための兵士もつけてくれた。部屋の外には屈強な兵士が二人控えている。

「お食事は、後で持ってこさせます。……あの、殿下が二人分持っていくように言われたのですが良かったのですか?」
「え?あ……はい!大丈夫です。私、凄くよく食べるので……」

殿下が気を利かせてローグの分まで伝えてくれたようだ。笑って誤魔化すと案内してくれた使用人は不思議そうな顔をしながらも部屋から下がった。
一人になってミルはやっとホッとため息をついた。

「あ、そうだ。ローグ様すぐに戻しますね」

しかし、休んでいる場合ではない。ミルは人間に戻る薬でローグを人間に戻す。猫のままでも話せるが人間の方がスムーズに話せる。

「ローグ様大丈夫ですか?お怪我は……」
「ああ、もう治った。ミルこそ大丈夫か?……」

ローグは眉を顰めて言った。
幸いな事に兵士に気が付いて来てくれたから良かったが、気付かれなかったらミルも殺されていただろう。あんな事があったのだ、平気なわけないだろう。

「私は大丈夫です。血はほとんどローグ様のものです。それにしても気になるのは、警備の方も言っていましたが私達以外誰もいないはずだって……」
「ああ、俺もあいつが現れるまで、人がいることは気が付かなかった」

大書庫はとても広い、しかも薄暗いし本棚もズラリと並んでいて物陰も多い。誰かがいても分からなかった。しかし、誰かがドアから入ってくればすぐに分かる。
警備兵が言うように、誰も入れていないならあそこに人が居るはずがなかった。

「あの……王の部屋のように隠し通路を使ったのでは?」

城には色々な備えがありあらゆる事態を想定して建てられている。城には隠し通路がそれくらいあってもおかしくないと思った。

「いや、地下には隠し通路はないはずだ。あんなところに作る意味もないし、他に入れる場所はないはずだ」

ローグは首を横に振る。流石にそんな危険な事はしない。なんのためにあんなに厳重に管理しているのか意味がないからだ。

「じゃあ、どうやって……」
「俺も分からない……、俺も城の中を全て把握できているわけではないし、もしかしたら何か抜け穴があるのかもしれないが、しかし……」

ローグは腕を組んで考えこむように言った。

「出入口は一つなんですね……どうやって入ったんでしょう?私の見間違いじゃないですよね?」

ミルは不安になって言った。男は本当に前触れもなく突然現れたから。本当にいたのか疑わしくなってきた。

「俺も見たし刺されたんだから、存在していたのは確実だ。あのナイフの感触は忘れたくても忘れられない」

ローグは苦い顔をして思い出したように言った。
あの後、警備の兵士たちが大書庫を捜索したのだが、なんの痕跡も見つけられなかったのだ。
ローグが残酷に刺されていたからなんとか信じてもらえたが、それでも本当にそんな事あったのかとまで聞かれてしまった。

「詳しい捜査は明日ですね。それで何か進展があればいいんですけど……」

時間も遅くなってしまって、調べるにしても明日だ。どちらにせよ一人で動き回るのは危険だし、捜査していること事態知られてはいけないから派手にうごけない。

「……あいつは明らかに目的があってあんな事をした。気を付け過ぎても足りないくらいだ」

ミルを殺そうとした男は意味不明な事を言っていた。

「私は暗くて驚いた所為なのか相手の顔も見れなかったです。声……もよく覚えてないんですし……ローグ様は何かわかりましたか?」
「いや……俺も必死だったから分からなかった……ただ……あのローブは森で俺を殺そうとした奴と似ていた」

ローブの男は、猫にされた後連れていかれた先にいた男だ。そいつも深くローブをかぶっていて、あんな感じだった。
もし、その男だったとしたらミルと一緒にいた黒猫が、ローグだと気が付いたのかもしれない。

「じゃあ、あの人がローグ様を?王殺しにも関係している可能性も……」
「まだ分からないが……その可能性もある」

ローグは眉を顰めながら言った。

「そんな……それじゃ、ロマがローグ様だって気が付いて襲ったってことなんでしょうか」
「その可能性も高いな……一体何がきっかけで気が付いたんだ?」
「あ、もしかして。私がローグ殿下って喋りかけたのを聞いていたのかも」

ミルはハッと思い出す。男が現れる前にローグと冗談めかして話していた内容を。

「うう……そんな」

ミルは真っ青になる。そうだとしたら、相手にヒントを送ってしまったということだ。

「そう言えば、そんなことを話していたな……」
「す、すいません。今まで気を付けていたのに……」

「人がいない場所だったのだ。油断してしまったのも分かる。しかし、逆にチャンスかもしれない」
「え?」
「誰なのか、今のうちに推定出来れば対抗策も考えられる。あいつはあの時俺達を殺すつもりだったろう。だから、なんとか逃れられたのは向こうにとっても誤算だったはずだ」
「た、確かに……その通りかも……でもじゃあ、早く犯人を特定しないと……」

ミルは真っ青の顔のまま震えながら言った。ローグはその様子に気が付き申し訳ない気持ちになる。
かなり怯えさせてしまったようだ。

「ミル、あまり考えすぎるな。混乱していても先には進めないぞ。少し落ち着け」
「す、すいません」
「とりあえず、ここはひとまず安全だ。いざとなったら俺が人間になって戦うから」
「ありがとうございます。私は大丈夫です。そう言えばお腹が空いてきましたね」

ミルはローグが気を使ってくれていることに気が付いて慌てて言う。
それに、ローグの言う通り少し気分を変えた方がいい。
丁度その時、部屋のドアがノックされた。

「お食事をお持ちしました」
「あ、はーい。ローグ様隠れて下さい」

ミルはこそこそ言った。ローグはさっとベッドの陰に隠れる。案内された部屋は広く、通常は貴族が客として来た時に泊まるような部屋なので、豪華な家具が沢山あり隠れるのは簡単だった。

「わあ!美味しそう」

二人は食事をしながら今日の事を話す。

「まず、分からないのは、どうやって大書庫に入ったのかってことだ」
「でも、隠し通路もない。今日誰も入ってないのであれば……どうやって?……まさか昨日から潜んでいたとか?」

しかし、今日は誰も入っていないと警備の兵士は言っていた。
出入りは厳しく管理しているはずだから、ありえないのだ。

「流石に出入りする人間が少ない分、出ていなかったら覚えているだろう。もう一度、警備兵に確認しよう。可能性は一つづつ消していった方がいい」

ローグは食事を突きながら、さらに言った。

「さっき隠し通路はないはずだと言ったが、この城は古いからな。探せば何か見つかるかもしれない」
「確かにその通りですね。でも……今はそんな事調べている時間は……」

ミルは整理するためなのかメモを取りながら言った。

「そうだな、それに可能性も低いだろうから一旦脇に置いておこう。他に考えられることは……」

ローグはお茶を飲みながら考え込む。

「そう言えば、襲ってきたあの男がずっと潜んでいなかったという事は、どうやって私達が大書庫に行くと知っていたのでしょう?」
「どういうことだ?」
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