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復興途中
しおりを挟む公爵家が変わってしまったのは、聖女であるアウロラが来てからだ。
公爵家のみながアウロラを愛で、特別視した。
それでも私の味方でいてくれた使用人たちもいる。けれどみな、陰口を叩かれ、家族の安全を脅かされた。
私はいい。構わない。冷たくしてくれていい。それがあなたたちを守ることになる。
私が守るべきひとたちを守るために。
そしてひとりきりになって……いつしか私はひとりきりなんだと思い込んでいた。
だけど、最初からアウロラが私たちの敵ではなかったのなら。自ら人質となって、私を追放したのなら、公爵邸での真実は、一体……。
静寂な朝の空気が、まだ微に残っている。身体に巻き付く窮屈な感覚を覚えながらも……。
「今……何時かしら」
「10時を回ったところですよ」
その温かい声は、何年かぶりに聞いた、懐かしい声。
「マリア……?」
「はい、わたくしです。リーリャさま」
また、そう呼んでくれるの……?
そうか……そうだ。公爵邸は、また昔の公爵邸に戻ったのだ。
「今、お飲み物をお入れしますね」
「あ、いや、その……マリア」
「はい……?どうかなさいましたか?」
昔のように私に優しい笑みを向けてくれる……のは嬉しいのだけど。
「私……部屋に戻れなくて客間で寝たことまでは覚えているのだけど」
「はい、あそこはあのバカ騎士がいろいろ仕掛けて、罠に嵌まった敵やら武器やらでとんでもない有り様なので」
そのバカ騎士ってのは確実に……エリアスよね。確かに魔法槍1000本とか仕掛けていたけれど……。完全に片付いたと言うリタリ侯爵家からの刺客たちは、私がお父さまに冷遇されていても……あそこは代々公爵家の嫡子が使う部屋だから、私の部屋も怪しいと踏んで調べたのね。あそこに大切なものが何もなくてよかった。レイピアもここにあるし。
――――あれ……?大切なものがあそこに……ない?アウロラが最初から味方として動いていたのなら、まさか……っ。
いや、それを確かめるよりも今は別の問題がある。
「あの、マリア。聞きたいのだけど」
私は比較的無事だった客間で仮眠をとることになった。メイドたちも急ぎメイクしてくれて寝られる状態にしてくれたのだけど。
ふと、私に巻き付いている腕を見やる。ついでにその腕の主を。
「何でユハニが私と寝てるの……?」
一応私、まだ未婚の貴族令嬢なのですけど。
「アウロラさまが、どうせくっつくんだからいいと」
アウロラあぁっ!!なんて指示くれてんのよ、あの子はぁっ!
無理矢理ユハニの腕を潜るようにして上半身を起こせば、おのずとさがったユハニの腕が腰に巻き付いてくる。……まぁ、さっきよりは……まし……かしら……?
そしてマリアがティーポットにお茶を注ぎながら続ける。
「まぁ、実際に寝られる場所も限られていましたし」
「そう言えば、アウロラは?」
あとあなたたち、アウロラを敵視したりはしてないのね。最初の頃はアウロラを嫌っていたような気がするのだけど。
「少し寝て、もう起きていらっしゃいますよ」
マリアが注いだティーカップを差し出してくれる。ミルクティーだ……私の好きなもの、覚えていてくれたのね。
「それも聖女の力故のバイタリティーでしょうか。末恐ろしいものですが、あのバカ騎士をこき使えるのでまぁよしとします」
「エリアス……こき使われてるの?」
「屋敷の復興にはまだまだ手が足りません。途中まではユハニ殿下も起きていらっしゃいましたが、こうして仮眠を」
「私だけ……何だか申し訳ないわ」
「そんなこと、仰らないでくださいませ。私たちも、リーリャさまを最後までお支えするべきだったのに……っ」
マリアが苦しげな表情を見せる。
「そうなれば、マリアたちも危険な目に遭っていたかもしれないわ。そのためのアウロラの計略だったのではなくて?」
「……はい、それと、旦那さまの」
そうよね。全てをアウロラが裏からってのは無理がありすぎる。アウロラの側には敵勢力がいたのだから。そしてアウロラとお父さまもまた、協力者同士だ。
「あなたたちが無事でよかった」
それも、全員だ。
「リーリャさま……っ」
「みんなの無事な顔を見られてよかったわ」
もちろん敵側の人員はあの夜寝返っている以上は捕らえて、リタリ侯爵家の連中と共に王城の牢へと送られている。
そちらに関しては王都の騎士団も協力してくれたのだ。近衛騎士とは犬猿の仲とは聞いてるとは言え……彼らも王国の騎士。国を売ろうとした侯爵家の連中は許せないのだろう。
飲み終えたティーカップをマリアに手渡せば、茶器を片付けながら屋敷の状況を話してくれる。
「今はみな、元の公爵邸に戻るようにと、家族も手伝ってくれていますよ」
「……そう言えば……家族を人質にって聞いたけど」
「えぇ。人質と言っても私たちは閉じ込められていただけなので。本当の人質になったのは、アウロラさまだけです」
あの子が一人で身体を張ったから……マリアもアウロラを未だ公爵家の養女として扱うのだ。
――――エリアスに当たりが強いのは……婿養子だからか……それとも例の賭けのせいかしら。
「むしろ、あのバカ騎士とは言え……その影響力も腕も確かですから。あの騎士が閉じ込めろと命じれば、敵は全てその通りにしました。家族とは引き剥がされて別々に監禁はされましたが、抵抗をしないのであれば、ただ閉じ込められるだけ。私たちにできることは……リーリャさまとユハニ殿下をお待ちすることだけでした」
「……信じて……待っていてくれたのね」
閉じ込められるだけとはいえ……使えてきた公爵邸を敵に好き勝手されるのだ。閉じ込められるストレスだって半端なかったでしょうに。
「当然です。何て言ったって……私たちのリーリャさまですから」
「マリア……」
少し目がうるみそうになった時だった。起き上がった身体をがばりと抱き倒される。
「リーリャは俺のだ」
「いや、どこにこだわってんのよ、あんたは。あと、放して」
「やだ」
「みんなの手伝いにいかなきゃ」
「リーリャさまはゆっくりしていらしてもいいのですよ?」
「いいえ、働かせて!?さすがにずっとこれは困るわよ!!」
いつまで抱き締められていろと!?
「えー……」
「ユハニも文句言わない……!」
そう告げたところで。
ぐー……
あ、お腹の音……。疲れはてて何も食べてないから、お腹がからっぽだったのだ。そして急に空腹感が襲ってくる。
「ではまずは、ご飯にいたしましょう」
「そうね、マリア」
私がこくんと頷けば、くっつきお化け状態のユハニがようやっと腕から解放してくれた。
※※※
「食事なんて何時間ぶりかしら」
「リーリャは軽食もまだだったか」
「うん」
ユハニたちは起きていたから、つまめたのだろうが。
「料理長も、久々にリーリャさまの好きなものをと」
マリアが出してくれたのは、ビーフシチュー。
いや……その……普通はディナー向きでは!?
いくら好物だからって……っ。
「まさか……仕込んで……?」
「リーリャさまにお出しするものですから」
さも当然のことのように……!仕込みにも時間がかかるのに……でもこれはこれでありがたい。パンをちぎりながらも、ユハニと遅めの朝食を口に運んでいれば、ダイニングにアウロラとエリアスが入ってきた。
「あなたたちは、食事は?」
「ちゃんと食べたわ。お義姉さまもしっかり食べて」
「もう結構食べたのだけど」
「お菓子は食べるくせに、昔から妙に少食なんだから」
え……昔から……?
脳裏にちらついたのは、前世の記憶……。いや、そんなはずはないだろう。
しかし公爵令嬢としては、お菓子は控えめにしていたはずでは。
アウロラが来てからもおやつはなくならなかったのが何よりもの救いだけれど……。そんなに食べたかしら、私。
でも、今回も食後のスイーツはいただこう。ユハニは騎士たちに呼ばれてエリアスたちのところに行ってしまったから、もうひとつのスイーツはアウロラに。
……でも……そう言えば。
「ねぇ、アウロラ」
ふと、気になることが頭に浮かんだのだ。
お菓子の話のせいかしら……その時浮かんだのは、同じように私に注意する前世の妹だったのだが。そもそもこの世界と言うのは、妹が読んでいた……。
「なぁに?」
スイーツのケーキを口に運びながら、アウロラがこちらを見る。
「あの……変な話をするんだけど、いい?」
「変な話なら慣れてるわ」
いや、何で。
でも……その、どうしても言わなくちゃと思ったのだ。
「あのね、この世界とは別の世界が……あるとするじゃない」
「……それで?」
「その世界には、この世界に似通った設定の原作小説があるとするでしょ?」
こんな突拍子のない話についてきてくれるかは分からないが。
「その小説のヒロインがアウロラで、悪役令嬢が私だったとしたら、どうする?」
「……その中身は覚えてるの?」
「いや……全く」
ちゃんと覚えていれば、何かが変わっただろうか……?
「なら、どうでもいいわ。その中身は、実際にこの世界で生きている私たちが創るんだから」
つまり……原作のシナリオは関係ない。ん……?シナリオ……?
「だから王太子妃と会っても、関係ないから」
それはどういう意味なのか……。しかしそれを思い知らされる展開が、この後舞い込んできた。
「アウロラ、来たよ。アマンダ・タイヴァスからの手紙だ。君と、俺宛て」
エリアスが掲げてきた、招待状。
「ずいぶんと欲張りね」
「アマンダ・タイヴァスらしいだろう?」
エリアスがニヤリとほくそ笑む。実の妹からだって言うのに……エリアスは相変わらずユハニのことしか頭にないらしい。
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