僕と松姫ちゃんの妖怪日記

智春

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爺ちゃん蛙

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7月9日昼近く


黒くてボコボコしたこぶのある生き物は、ジリジリと僕の前まで這ってきた。そして、くぐもった声でこう言った。

「桶に・・・水を・・・水を・・・」

コレって絶対ヤバい系だよ!どうしよう、逃げても必ず追ってくる気迫があるよ!どうしよう、足がすくんで動けない。
もうモコモコの茶色い団子どころじゃない。興味本位で余計なことしなきゃよかった。

「ご、ごめんなさい!悪気はなかったんです。ただの好奇心で、あなたに何かしようってつもりじゃなくて・・・」

「み・・・水を・・・久志・・・久志・・・」

「お願いです。許してくださ・・・え?」

今、久志って言った?

僕は足元まで迫った黒い生き物を見下ろした。よく見るとそれは大きな蛙だった。苦しそうに目を細め、パクパク喘いでいる。

「あの、キレイな水をあげればいいんですね?ちょっと待っててください」

すぐに裏庭へ行って木桶を担いできて巨大な蛙の前に据えた。そこに車庫の脇の水道に繋いできたホースの口を突っ込み、並々と水を注いだ。

「水・・・」

ドボンと音を立てて飛び込んだ黒い蛙は、まるで風呂にでもつかったかのように手足をだらんと伸ばしてリラックスした。乾き始めていた背中も潤い、というかヌメッとした感じになった。

「水加減って言うのかな?どうですか?」

「けっこうじゃよ。久志、お前はまだこんな悪さをして人を困らせて面白がっておるのか。さぞかし文代も手を焼いておるじゃろうよ」

「あの・・・それ、久志って僕の父さんです。僕、久志の息子で、大希っていいます」

「久志の・・・おぉ、なるほど瓜二つじゃ」

そんなに似てるかな。
って言うか、父さんどんだけイタズラしてたんだよ。妖怪っぽい大蛙に呆れられるレベルって。

水を得た蛙?は、穏やかなお爺ちゃんだった。
あの不気味な声色は、水切れで苦しくなっていたからで、水分が戻った爺ちゃん蛙には仙人みたいな風格があった。

「久志に息子がいたとは知らなんだ」

トロンとした表情で爺ちゃん蛙は僕をしげしげ見た。

「僕、この秋で28歳になります。父さんは市街に家を建てたんで、実家には帰らなくなりましたね。思えば僕も、泊まりがけでここへ来たことないですよ」

僕の答えに「そうか、出て行ったか」と爺ちゃん蛙はうなだれた。

「まぁ、仕方ないことじゃ。久志は怖れていたのじゃよ。おのが身に起きた怪異と同じことが我が子に起こることをな」

「え、父さんに何かあったんですか?」

「それは・・・」

水面に顔を半分沈めた蛙は、ブクブク泡を吐き出しながら沈黙した。

父さんは実家に帰りたがらない。
用事があったとしても日帰りか、年の離れた叔父さんに頼んで出来るだけここに長居しないようにしていた。

今回の留守番だって、最初は父さんがするはずだった。けれど、「もう大人だしな」という理由で僕にお鉢が回ってきたのだった。
この家に帰りたくない理由って何だろう?

「あの、蛙さん・・・」

「わしのことは皆、『あんご』と呼んでおるよ」

「あ、あんごさん。父さんが実家を出たのって、何か事情があるの?もし知ってるなら教えてくれませんか」

「・・・」

木桶の縁に座って、あんご爺ちゃんの顔をのぞき込んだ。半分だけ水面に出ていた顔が、今は目だけ残して沈んでいる。

ドシン!!

「うわ!?」

突然背中をどつかれて、危うく木桶に突っ込むところだった。なんとか態勢を立て直して背後をふり返ると、狸たちがわさわさ僕の周りをうろついていた。

「マメ!マメ!」

「あんご爺ちゃん、ちょっと待っててね。狸たちに豆のおかわりあげてくるから」

「・・・」

ぴょんぴょん跳び上がってあずきを催促する茶色い軍団を満足させてから木桶のところへ戻ってきたときには、仙人風の巨大な蛙の姿はどこにもなかった。

また僕は、奇妙なモノと出会った。



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