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千歳の娘・一
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まだ日が暮れて間もないというのに、もう星が瞬き始めている。秋は、なんて夜が早いのだろう。
いつもならそんなふうに思ったこともないのに、今はこの夕闇が怖くてたまらない。
かすかに震える腕を擦りながら歩く。涼しさとは違う鳥肌が立つ。意識は、後方へと集中していく。
誰かに尾行されている・・・
これはもう、気のせいなどではない。
ユミの数メートル後をつかず離れず、一定の距離を保って追ってくる足音が聞こえる。駅からずっと、住宅街の路地に入り、彼女の家が間近となってきたここまで・・・まさか、このまま家まで。
どうしよう・・・
ギュッと握りしめた手のひらに嫌な汗が滲んだ。
こんなことなら、やっぱり先輩に送ってもらえばよかったと後悔した。
常に上からの物言いで自分をいやらしい目で見てくる男で生理的に無理だけど、一応、男には違いない。後輩女子から身の危険を感じていると相談されれば、それなりに力になってくれたかもしれない。こんな思いをするくらいなら、気持ち悪い男と歩く方が数倍マシだ。
ゾクっと背中に悪寒が走り、足がもつれそうになった。
「やだ!嘘でしょ?」
さっきより足音が近い。
家までは、もう次の角を曲がって坂を上ったすぐそこだ。このままでは追いつかれてしまう。逃げなければ!
カッカッカッカッ・・・
「もうイヤ!やめて!」
彼女はついに走り出した。
しかし足音は迫ってくる。遠ざかるどころか、ぐんぐん距離を詰めてくる。このままでは捕まってしまう、何をされるか想像もしたくない。
「誰か、誰か、助けて・・・」
ドン!
「きゃぁ!」
脇道から飛び出してきた何かに思い切り衝突してしまった。前をよく見もせずに走ったせいだ。目の前が衝撃でチカチカする。
「おい!しっかりしろ、大丈夫か?」
黒いシャツを着崩した黒髪の青年が、今にも倒れこみそうな彼女の腕をしっかり支えていた。くわえ煙草のまま、ユミが今走ってきた方向を睨んでいる。
「あの、私・・・」
「静かに」
短く言って、素早くユミを自分の背後に回した。触れている自分の腕から彼の背に、ひどく乱れた鼓動が伝わってしまわないかと思うほど、恥ずかしいくて居たたまれない。
どうしよう、緊張と恐怖で息が上手くできなくなりそう・・・
「・・・逃げたかな」
しばらく周囲の気配をうかがっていた青年は、煙草を足元でもみ消してから振り返り「もう危険はねぇよ」と力んでいた背中から緊張を解いた。
ユミより背が低い。丸顔のせいか、まだ幼さも残っているようにも見えるし、すれた大人の男にも見える不思議な顔立ちだ。
高校生?それとも成人している?もし未成年だとしたら、こんなに堂々と喫煙していることを注意すべきなのだろうか。
「あ、怪しい者じゃねぇよ。俺、鹿野クロ。最近この近所に越してきたばかりなんだよ」
無造作に伸ばした黒髪をバリバリ掻いて、照れくさそうに「コンビニって、どこ?」と警戒しているユミの顔を見上げた。
「コンビニ?」
「うん。煙草・・・じゃなくて、急に甘い物食べたくなっちゃってさ」
あら、可愛らしい人・・・
不思議だ。
初対面の男性に体が触れて、彼女が嫌悪感を抱かなかったことは初めてだった。生まれて初めて、男性を好意的に感じていることに驚いた。
「鹿野クロ君」
手を振って足早に路地を走って去った青年の後ろ姿が見えなくなるまで、ユミはその場で見送った。
いつもならそんなふうに思ったこともないのに、今はこの夕闇が怖くてたまらない。
かすかに震える腕を擦りながら歩く。涼しさとは違う鳥肌が立つ。意識は、後方へと集中していく。
誰かに尾行されている・・・
これはもう、気のせいなどではない。
ユミの数メートル後をつかず離れず、一定の距離を保って追ってくる足音が聞こえる。駅からずっと、住宅街の路地に入り、彼女の家が間近となってきたここまで・・・まさか、このまま家まで。
どうしよう・・・
ギュッと握りしめた手のひらに嫌な汗が滲んだ。
こんなことなら、やっぱり先輩に送ってもらえばよかったと後悔した。
常に上からの物言いで自分をいやらしい目で見てくる男で生理的に無理だけど、一応、男には違いない。後輩女子から身の危険を感じていると相談されれば、それなりに力になってくれたかもしれない。こんな思いをするくらいなら、気持ち悪い男と歩く方が数倍マシだ。
ゾクっと背中に悪寒が走り、足がもつれそうになった。
「やだ!嘘でしょ?」
さっきより足音が近い。
家までは、もう次の角を曲がって坂を上ったすぐそこだ。このままでは追いつかれてしまう。逃げなければ!
カッカッカッカッ・・・
「もうイヤ!やめて!」
彼女はついに走り出した。
しかし足音は迫ってくる。遠ざかるどころか、ぐんぐん距離を詰めてくる。このままでは捕まってしまう、何をされるか想像もしたくない。
「誰か、誰か、助けて・・・」
ドン!
「きゃぁ!」
脇道から飛び出してきた何かに思い切り衝突してしまった。前をよく見もせずに走ったせいだ。目の前が衝撃でチカチカする。
「おい!しっかりしろ、大丈夫か?」
黒いシャツを着崩した黒髪の青年が、今にも倒れこみそうな彼女の腕をしっかり支えていた。くわえ煙草のまま、ユミが今走ってきた方向を睨んでいる。
「あの、私・・・」
「静かに」
短く言って、素早くユミを自分の背後に回した。触れている自分の腕から彼の背に、ひどく乱れた鼓動が伝わってしまわないかと思うほど、恥ずかしいくて居たたまれない。
どうしよう、緊張と恐怖で息が上手くできなくなりそう・・・
「・・・逃げたかな」
しばらく周囲の気配をうかがっていた青年は、煙草を足元でもみ消してから振り返り「もう危険はねぇよ」と力んでいた背中から緊張を解いた。
ユミより背が低い。丸顔のせいか、まだ幼さも残っているようにも見えるし、すれた大人の男にも見える不思議な顔立ちだ。
高校生?それとも成人している?もし未成年だとしたら、こんなに堂々と喫煙していることを注意すべきなのだろうか。
「あ、怪しい者じゃねぇよ。俺、鹿野クロ。最近この近所に越してきたばかりなんだよ」
無造作に伸ばした黒髪をバリバリ掻いて、照れくさそうに「コンビニって、どこ?」と警戒しているユミの顔を見上げた。
「コンビニ?」
「うん。煙草・・・じゃなくて、急に甘い物食べたくなっちゃってさ」
あら、可愛らしい人・・・
不思議だ。
初対面の男性に体が触れて、彼女が嫌悪感を抱かなかったことは初めてだった。生まれて初めて、男性を好意的に感じていることに驚いた。
「鹿野クロ君」
手を振って足早に路地を走って去った青年の後ろ姿が見えなくなるまで、ユミはその場で見送った。
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