つばなれ洋之進

リーフパパ

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第一章

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「すげえぞ」「やったあ」「ざまあみろ」
 あちこちから感嘆の声が上がる中、絡まれていた三人が駆けるようにやって来た。
 「どなた様か存じませぬが、危ないところをお助けいただき、誠に有難うございました。手前は北伝馬町で薬種屋を営んでおります佐伯屋嘉助さえきやかすけと申します。宜しければご尊名を伺わせて戴けませんでしょうか」
 深々と辞儀をしながら問うて来る町人の後ろで残りの二人も丁寧に腰を折った。
 「ご尊名と言われるような大層なものは持っておらんが、俺は立花三十郎、この男は、つ離れ、棟木洋之進だ」 
  喧嘩口上は巧いが、洒落とれの区別がつき難いのがこの男の難点だ。洋之進はむすっとして友を眺める。
 「本当に有難う御座いました。最近何かと物騒になっているとは聞いておりましたが、まさか陽のあるうちにこの様な往来で難儀するとは思いもしませんで」
 「助けた方も吃驚したわ、まあこれから陽も落ちる、すぐに帰る事だな」
 用は済んだ、とばかりに体の向きを変えようとすると、縋りつくように慌てて声を掛けてきた。
  「お、お待ち下さい。お助け頂いてお礼もせずに御帰しした、とあっては佐伯屋の名折れでございます。どうか、お待ちを」
 「礼ならもう聞いたぞ。それに強請を追い払って替わりに礼をたかっていたのでは、俺達もあ奴らと同じになってしまうではないか」
 「そうは参りません。お助け頂かなければ懐中の物は勿論、このお園の身も危のうござりました。一声礼を発してそれで終わりにするわけには断じて参りません」
 えらく真剣な顔で嘉助と名乗った男は、二人を引き止めようとして着物に掴みかからんばかりの剣幕だった。
 「我らは武士の端くれとして同じ二本差しの乱行を見逃せなかっただけだ。まあ我らの面子のようなもの故、もっと気楽に考えてくれると有り難いのだが」
 洋之進が横から口を挟むと、こちらを見ながら得たりとばかりに嘉助は頷いた。
 「誠に見上げたお志でございますが、お武家様にはお武家様のご事情がお有りのように、商人にも商人の面子、こだわりと言う物がございます。とにもかくにも、このまま御帰しするわけには参りません」
 先程、浪人達に強請られている時も町人にしては毅然として受け答えしていたが、この佐伯屋は物怖じしない、頑固な性格なのかも知れない。洋之進と三十郎が顔を見合わせていると老人の背中から、つい、と小袖を揺らして娘が歩み出た。
 「女の身でお話の途中、誠にご無礼を申し訳ございません。ですが、何卒、叔父の申し出をお聞き届け頂けませんでしょうか。お願い申し上げます」
 礼にかなった丁寧な物言いだが、男の話に女子、それも娘が横から口を挟むのは洋之進の育った武家ではまず有り得ない事なので、驚いて娘に注目した。
 目許、口許のすっきりした整った顔つきをしている。娘髷むすめまげに髪を結い、若い娘の好む意匠の小袖を着ていたので後ろに隠れていた時は気づかなかったが、向き合って見ると二十歳は幾つか超えているようだった。
 鉄漿かねも付けておらず未だ独り身のような風体だが、娘は二十歳を超えるまでに輿入れをするのがこの時代の大方の定めなのは武家も町家も同じである。
 「これお園、お前は口を出すでは無い」
 慌てて嘉助が口をはさみ頭を下げた。
 「ご無礼の段、申し訳ございません。これなるは私の姪でございますが、なにぶん商家育ちで満足な躾も出来ておりません。どうかお許しを」
 お園と呼ばれた娘は低頭する叔父を少し恨みがましく見てから洋之進に視線を移した。切れ長の眼に黒々とした大きな瞳が濡れたように光っている。まるで夜半に瞬く星々を映して揺らぐ川面を覗き込んだような気がして、洋之進は息を飲んだ。
 初めての不思議な感覚に目を離せなくなり、じっと娘の瞳を覗き込んでいたが、娘も物怖じせず、しっかりと洋之進の視線を捉えて瞳を見返してくる。
 驚き、興味、喜び、様々な想いが水面に現れては消え、はっと何かに気ずいたように口許に手の甲をあてがって顔を伏せる。袂で半分隠れた頬が薄い桜色を帯びた。
 三十郎は面白そうにそれを見ながら言った。
 「ううむ、どうしたものかな。佐伯屋の面子も分からんではないが、我々は人の用を仰せ遣っているところでな。今日は暇が無いのだ」
 「何度も言うが、これは俺の用事だ。お主だけでも礼を受けたらどうだ」
 「何度も言うが、そう邪険にするなよ」
 「では、後ほど日を改める、と言うのは如何で御座いましょうか。その方がゆっくりとお礼を申し上げられるかと存じます」
 迷うところではあったが、これ以上手間をとられるのも叶わないし、嘉助の言い分もわからなくは無い。二人は無言で頷き合うと、問われるままに住処すみかを教えてその場を後にすることにした。
 「明るいうちに早く帰るが良い。眼を覚ますとまた面倒だぞ」
 ようやく唸りながら体を動かしだした浪人を見て三十郎が笑った。
 「最近は町方も相手をみてから動くようになりまして、誠に嘆かわしい事で」
 佐伯屋もまだ姿も見せぬ役人に恨み言を口にしてから再度丁寧に頭を下げ、お園と下男を促してから離れて行った。
 洋之進も脇差を自分の物と差し替えると反対方向に歩き出す。余計な手間を取られたと、足を速めたたがこの騒動で日のあるうちに根岸池まで行きつけるかどうかは微妙な時刻にになっていた
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