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第10項 商人からの依頼

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ルフィナに別れを告げると、自室に戻り眠りにつくゼクス。

無事に目的も果たし安堵したのかこの日はベッドに横たわると泥のように眠った。

陽の光が顔を照らし、ゆっくりと体を起こすゼクス。
街は既に活発に動き始めていた。その音で目を覚ます。
窓からのぞく太陽は高々と登っている。
ベッドの縁に腰掛け、首をポキポキと鳴らして凝りをほぐす。
テーブルには乱雑に置かれた荷物。
「やっべ!」
まとめられた荷物を視界に入れると今日の予定を思い出した。
荷物をかっさらうと部屋を走って出るゼクス。
「最後だってのに締まらねぇやつだな、お前は」
ドタドタと階段を降りてくるゼクスにいつも通り、デギンズは腕を組んで立っていた。
「うっせ。じゃあ、またな」
「おうよ、いつでも来いよ」
もじゃもじゃの黒ヒゲからのぞく白い歯を輝かせて彼を見送った。

酒場とは真逆の方に走るゼクス。
昨日鍛冶屋に渡しておいた剣を取りに向かったのだ。
相も変わらずド派手な看板を掲げた店の扉を開ける。
「出来てるか!?」
バンッと扉をあけるとビクッと体を強ばらせて鍛冶屋の娘ーーシェリーがぼそぼそと何かをつぶやく。
「なんでい、入ってくるなり。うるせぇな」
「おお、親父。俺の剣出来てるか?」
「少しは落ち着けや、ほら、出来てるぞ」
と、親指でシェリーを指す。
彼女が抱えて持っているのは確かに預けた長剣だ。
「ど、どうぞーー」
 おずおずと長剣を渡すとゼクスと目線が合い、すっと目をそらした。
 そんな様子にゼクスは気づかず革鞘を外し生まれ変わった愛剣をまじまじとみつめる。
 くすみ上がっていた刀身は磨かれ、本来の光沢を取り戻していた。
「すげえな、見違えるようだ」
 右、左と剣を持ち替えて具合を確かめる。
「あたりめえだ俺を誰だと思ってる。バルバ様だぞ」
 自慢げに鼻を鳴らすバルバ。しかしゼクスは出来上がった剣に夢中で「すげえ、体に馴染みやがる」とずっと振り回している。
「やべ、急いでるんだったわ。悪いが行かせてもらうぜ」
 シェリーに代金を手渡すと、足早に立ち去ろうとする。
「おお、あんさん何をするか知らんが武器を修理したものとしてひとつ忠告しておくぞーー領主にはあまり関わるな」
 真剣な眼差しで訴えかけるように囁いた。
「----ああ、忠告ありがとな」
 腰に剣を収めながらゼクスは話半分で聞き流す。
「じゃあ行くわ」
「おい、ちゃんと話を--」
 言い切る前に嵐のように去ってしまった。
「……なにも起きなければいいんですけど」
 シェリーは彼が去ったドアを見つめた。

 走って酒場に向かうゼクス。
 約束の時間を過ぎてしまい、焦燥に駆られていた。
「すまん、遅れた--」
 慌ただしくドアを開けるとそこにはリリィが立っていた。
「来たわね。こっち来て」
 怒られるかと思ったのだが、意外にもあっさりと通された。彼女にはそんなことよりも何か他に重要な事があるようで構っていられないようにも見えた。
 入口から隠れるように壁の裏にあるVIPルームに連れて行かれる。
 部屋の中は薄暗く、壁にはいくつもの装置が取り付けてある。
 『魔術障壁』と呼ばれる使い魔や遠隔透視魔術を妨害するための装置だ。
 手前側にアイリとキャミィが座り、奥の方には誰かが同じように座っているのだが、影になっていて姿は見えない。
「ゼクス。昨日言っていた案件が急を要する自体になってしまったわ。これからアイリと出てほしいの。内容は道中聞いてちょうだい」
 アイリはいつもの白いマントの下に白銀の甲冑に着込んでいた。背中には彼女の武器なのだろう槍を携えていた。
「あんたに準備は必要ないわね。さっそく向かうわよ」
 向かいに座っていた依頼主――ミーナがそう告げた。

 店の裏手に回ると、漆黒の毛並みの馬が3頭待っていた。3頭とも漆黒の装具を付け、そこに闇があるようにも錯覚した。
「ほら、あんたも早く乗りなさい」
「お、おう」
アイリは慣れた手つきで乗馬する。ミーナもどこにそんな力があるのか、体に見合わない跳躍力で自分の身長よりも高い位置の魔装馬の背に乗る。
ゼクスも体に染み込んだ動きで乗馬し、拍車をかける。
「うおっ!」
急激な加速で体を持っていかれそうになるのを耐えた。
二人は加速をつけて襲撃されたという現場に向かう。
ゼクスも数年ぶりの乗馬だったので何度か落ちそうになるが、勘を取り戻しつつ二人と並ぶ。
「やっと追いついたわね。どこかで転げ落ちたのかと思ったわ」
ミーナが小馬鹿にするようにニヤリと笑う。
彼女を無視して、ゼクスは引っかかっていた疑問点を問いかける。

「で、お前はこのことを昨日言ってたのか。にしてもあの時言ってくれても良かったんじゃないか?」
「別にいいじゃない。それに今回はちょっと秘匿性の高い案件だったからね。無闇に言いたくはなかったの」
「でも襲われてんじゃねぇか。敵がどんなんか知らんけど、お前の所の情報ダダ漏れなんじゃねぇか?」
「失敬ね。これは特定の人物しか絡んでない案件なの情報が漏れるはずはーー」
ミーナがそこまで言うと、口を閉じた。
さすがのゼクスも彼女の思惑を理解していた。
「ーーみえたわ。あれが目標ね」
先頭を走っていたアイリが淡々と言葉を紡ぐ。どこかいつもとは違う雰囲気だ。
「ああっ、あたしのキャラバンがぁ……」
そんなアイリとは対照的に悲痛な声を上げて頭を抱えるミーナ。
「ぜっっったい許さない!」
馬上から飛び跳ねるミーナ。10メートルほど上空に跳躍すると両手を合わせ、黄金の粒子が舞い散る。
そして光の粒を握ると同時に長い銃のような形状に粒子は収束した。
彼女の左目には小さな魔法陣が浮かび上がっている。
魔法陣を通して敵の姿と視線を合わせると、四角く姿が囲われる。
「果てろっ!!」
ドォォッーー

光弾が放たれると、空中で拡散し光子の槍となり、敵一体一体に突き刺さった。
襲っていたゴブリンは投げ捨てられた人形のように地面にひれ伏した。
「あたしのキャラバンを襲うからよ。相手が悪かったわね」
魔装馬の背に着地してそう言い放つと、今度は拳銃2丁をまた光子の中から取り出す。
同じくアイリとゼクスは剣と槍を構える。

ーーーーハッ!!
目の前に迫ったゴブリンの首を一閃、すれ違いざまに跳ねる。
ゼクスの手には生き物を斬ったときの肉を切って骨にあたる感触を久しぶりに感じた。
顔を歪めた彼の表情を見たアイリは
「ためらってるとあなたがやられるわよ」
「ああ、わかってる」
 ぎゅっとゼクスは剣を握りしめて荷馬車に襲いかかる敵を見据える。

 アイリは手足のように長槍を操り敵をなぎたおしていく。地面に突き立てて体を浮かせると、空中で魔術を使い、氷の針のようなものを散開させて、次々と地面にひれ伏させる。
 戦場を遊び場のように縦横無尽にかける彼女は息一つ乱していない。
 修理し直した長剣と乱雑な作りの棍棒をゴブリンと鍔迫り合いさせ狡猾な罠を仕掛けるゴブリンに苦戦していた。なんとも泥臭さい戦い。

 「こんなものかしら」
 最後の一体を倒すとアイリが周囲を見回す。
 荷馬車を襲っていたゴブリンたちは既にアイリが倒し、森の中からの増援はゼクスとミーナが討伐し終わっていた。
 だがミーナはまだ興奮が収まっていないようす。
「くっそ。あたしのキャラバンにあたしのキャラバンに手を出したことを後悔させてやるわっ! あいつらどうせ森の中に住処あるんでしょ。今から行って全員ボッコボコにしてやるんだからっ!」
 ゼクスがミーナをなだめようとしているが、効果はなく今にも敵陣に乗り込みそうな勢いだった。
 アイリはそんな様子を見て二人のそばに歩いていく。
「まずは残った商隊をディネールに向かわせるのが先決じゃないかしら? なにが被害にあったか調べなくちゃいけないだろうし。ギルドマスターなら先に思いついてもいいと思うのだけど?」
 アイリはどこか棘のある言い方だった。ミーナという商人と会話をすることもほとんどなく、どこかイライラしていたようにも思える。
 感じの悪い言い方にミーナは目を細めた。
「そんなこと分かってる。あんたも雇われた身なら依頼者に付き従ってればいいのよ」
 と、こちらも鋭い口調で言い返す。
 感情をあまり表に出さないアイリの眉がピクリと動く。明らかにイラっとしたのが読み取れた。
「ま、まあ。怪我人もいる事だし、1度ディネールに戻って出直そう。ヤツらの居場所はおおよそだが分かってるんだから焦って追撃する必要も無いだろう」
 二人の様子を見かねたゼクスがそう提案する。
 ミーナも落ち着きを取り戻し、ゼクスの意図を察すると「言われなくともそうするわよ」と、言いながら御者の様子を見に行った。
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