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第25項 龍人と決意のカケラ

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「ゼクスーーッ!!」
硝煙に包まれた二人にミーナが叫ぶ。
ミーナを守るように盾になっていたバルガスも心配そうに見つめる。
だんだんと晴れていく硝煙。2人は数メートルの距離で向かい合っていた。
「なんて衝撃だ、あの攻撃……それにあれを耐えるゼクスも本当に劣等生だったのか? 信じ難いぜ」
額に汗を流すバルガスはゼクスの盾に目を奪われた。
中央に穿かれた傷が深々と残り、先の攻撃の威力を物語っていた。
シエラは再び大剣を前に構える。
戦う意思はまだ残っていた。正確には、戦わされていた。
だが、ゼクスは呆然と彼女を見つめているだけ。
不意に手に持っていた長剣から手を離す。
左手に持っていた盾も放棄する。地面に落ちると同時に、バキャン——と金属片となって砕けた。
落下の衝撃も耐えられないほどに限界に達していたのだ。
「もう、こんな戦い、やめよう。意味なんてない——」
ゼクスは、両手を開き、戦いの意思はないと主張する。

「バカな!? 何をしているゼクス!」
その突拍子も無い行動にバルガスは驚愕する。

シエラは翼を大きく広げる。
炎が次第に形作り、後光のように炎の輪が出来上がった。
脇に大剣挟み、ランスのように構えた。
腰を落とすと同時に滑るように突進をした。

「サラは、俺が何とかしてみせる——」

——ドォォォォォオォォォォオッッッッッ——

ゼクスから滴る血の雫。頬を風圧でかまいたちのように切り裂かれていた。
両手を広げたまま、仁王立ち。
だが、シエラの大剣はゼクスの体を貫いてはいなかった。
外れた――いや、外したのだ。
彼女の瞳には涙が溢れていた。

「ウ”アァァアァァッッ!!」
両手で頭を抱え、苦しみ悶える。
呪符の魔力に抗っているのだ。その力はどこからくるのか。
「シエラさんっ!!」
「ウアアあッ——コナイデ!」

その言葉にゼクスは動きを止めた。
彼女をただ、見守ることしかできない。

そしてシエラは胸の龍石に手を伸ばし――
「娘をお願い……」
――穏やかな瞳でむしり取った。

龍石のあった部分から血が噴き出る。
次第に霧状になったそれは全身を覆い始める。
巨大な球状になるとだんだんと小さくなり、全て龍石に吸い込まれた。
少しの間浮遊すると、光を失ったように地面に落下した。

もう一つ、シエラのとは別に同じような宝玉に寄り添うように転がる。
必死に取り戻したサラの龍石を残したのだろう。
そして、シエラの龍石の中心に、亀裂が入る。

「なにが……起きたの? 終わったの?」
呆然と一連の様子を眺めていたミーナが言葉を零した。

ゼクスは二つの龍石を拾い上げる。
それをじっと見つめる。
彼女の遺したモノ。たったそれだけのモノなのに、途轍もない意味を含んだものに見えた。
懐に仕舞い、
「ああ、終わった。結末を迎えに行こう」

ゼクスは最深部——彼女らの部屋に向かって行く。


シエラの記憶でも見た景色。
2人が生活していた頃の記憶が染み付いているようだった。
扉を開き、サラの部屋へ辿り着く。

部屋の中央にサラの眠る氷塊が忘れ去られたかのように放置されていた。
バルガスはクッションの上にミーナを乗せる。
「これは……」
氷塊を見つめる。中に少女が眠っていることに驚いていた。
「さっきの龍人——シエラさんの娘さんだ」
「何でゼクスがそんなこと知ってるのよ?」
女の子座りをしたミーナが怪訝な顔をする。
「最後の攻撃の時、彼女の記憶が俺の中に流れ込んできたんだ」
「……獣人の能力ね。逆流して当人の記憶を見せる、という話は何度か耳にしたことがあるよ」
「よくわかんねーけどよ——」
氷塊を珍しそうに見ていたバルガスが話しかける。
「——この子をどうすりゃいいんだ? まさかこのまま放っておくって訳じゃないだろうな?」
「考えはある……だが——」
氷塊を見つめる。
先のシエラの行動を見て、方法は分かっていた。
龍石は魔力の塊。膨大な魔力を秘めていると同時に、放出ができる。
そして、彼女の最期所を見るとあらゆる魔力をも吸い取る事ができるらしい。
「……ごめん」
誰に言ったのか自分でも分からなかった。
ヒビの入った龍石——シエラのモノを氷塊に翳す。
すると、ロクスティが起こした現象と同じ、閃光が放たれた。
だがすぐさま光は止む。

——ピシィ——

氷に亀裂が入り、バキィ、と砕け散った。
解放されたサラの体を優しく抱きとめるゼクス。

穏やかに眠るサラの表情はまるで眠り姫のようだった。


「ん……」
ゆっくりと目を覚ますサラの瞳に見知らぬ顔が映る。
「だれ?」
まだ微睡んでいるのか、若干呂律が回っていない。
「お母さんの知り合いだよ」

サラはその言葉にハッとした。
「お母さん……お母さん!? どこ!?」
立ち上がろうとするのだが、体に力が入らずよろけてしまう。
「まだ動かないほうがいい。お母さんは……用事があってしばらく帰ってこれないって言ってた。でも、『サラがいい子で待っていればいつかまた会える』って言ってたよ」
そうゼクスは告げた。彼女の記憶と、感情が流れ込んできたときに託された言葉。

傍らに砕け散った龍石の破片に気がつくサラ。
「これは……お母さんの……」
一つ拾い上げジッと見つめる。
そしてそれがどういう意味であるか理解しているかのようだった。
「お兄ちゃん。ママは、本当に『いつかまた会える』って言ってたの?」
「……ああ」
短くそう答えた。
「そっか。そうなんだ……じゃあ、いい子で待ってるよ」
破片をギュッと握りしめて。声をあげずに大粒の涙をカケラにポロポロと落としていた。

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