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しおりを挟む朝食を済ませたあと、家の中は慌ただしくなった。
葬儀に来られなかった人たちが水あげに訪れ、
母と祖母は対応に追われている。
彰は玄関先で頭を下げながら、香典を受け取り、
帳面につける役目を担っていた。
「沙耶子、お茶お願いね」
母の指示を受けて、沙耶子は台所に向かう。
「……はいはい」
人数分の湯呑みに茶を注ぎながら、
昨夜の出来事がふと脳裏をよぎった。
本当に、何もなかったんだろうか。
彰の手の温もり、低く響いた声───
何もなかったと言われても、
どうしても胸の奥がざわつく。
「……考えるだけ、無駄か」
自分に言い聞かせるように呟いて、
盆にお茶を乗せた。
「お待たせしました、お茶どうぞ」
部屋へと運ぶと、座敷には近所の年配の女性たちが
集まっていた。
「あらまあ、沙耶子ちゃん!
久しぶりやねえ、大きくなって」
「そろそろ結婚とか考えとるんちゃう?」
「東京で働いとるんやろ? ええ人、おるん?」
「……はあ」
いつもの流れだ。
「まあ、ぼちぼちですね」
適当に微笑んで流す。
「沙耶子、台所手伝って!」
母の声に、助かったとばかりに立ち上がった。
台所に戻ると、母と祖母が帳簿を開きながら、
彰と話している。
「お金の整理はできた?」
「ああ、大体な」
彰は面倒くさそうに香典袋を数えながら答えた。
「しかし、葬式ってほんま金が飛ぶな……」
「仕方ないやんか。そういうもんやで」
香代子は溜息混じりに言う。
「おばあちゃん、疲れてへん?」
沙耶子が祖母に声をかけると、
「大丈夫やよ」と小さく笑った。
「沙耶子、お前は茶の用意だけしてくれたらええ」
彰がそう言うと、沙耶子は少しムッとした。
「私も何か手伝えるよ?」
「ええって、
無理に触ると、逆にややこしなるからな」
「……はいはい」
昨夜のことを思い出して、余計にそっけなく返す。
すると、彰がちらりと沙耶子を見た。
「……なんや、その態度」
「別に?」
目を合わせずに急須を手に取る。
「まあまあ、兄妹喧嘩みたいなんはやめてな」
母が苦笑し、祖母も「ほんまやで」と微笑んだ。
彰は「アホらし」と呟いて、
香典袋を整理する手を止める。
そして、ふと沙耶子を見て、ぼそりと呟いた。
「……昨夜は、ちゃんと眠れたんか?」
沙耶子の手が、ほんの一瞬だけ止まった。
「……普通に、寝たよ」
努めて平静を装う。
「そうか」
彰はそれ以上何も言わなかった。
だが、その沈黙が、どこか引っかかる。
沙耶子は、湯呑みに注がれた緑茶を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
何もなかった───そう思い込むしかない。
これ以上、考えてはいけない。
自分にそう言い聞かせながら、また盆を持ち上げた。
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