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イケ猫のたくらみ~え、あんた化け猫だったの?~
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あたたかい。
奮発して買った羽毛布団のせいじゃない。もっと優しいぬくもり。
「沙也加、雪が降ってきたよ」
不意に聞こえた艶やかな低音。同時にベッドのスプリングが、ギシリと音をたてた。
―――― 誰か……いる?
おそるおそる瞼を上げた。瞬間、心臓を素手で掴まれたような感覚に震えた。
男が私を見ている。至近距離で。それもただの男じゃない。夢のように美しい男。
濡れたよう光る漆黒の瞳。サラサラの髪。剥き出しの上半身には、肉食獣みたいにしなやかな筋肉が、その存在を主張している。
「だれ……ですか?」
半裸の知らない男に抱きしめられている。そんな異常事態にもかかわらず、私はその胸の中で安らぎさえ覚えている。けれどその理由は、すぐに明らかになった。
「……分からない? 銀太《ぎんた》だよ」
* * *
「ごめん。この子を愛してるから、沙也加とはもう会えない」
時代遅れのクリスマスソング。ここは安さしか売りのない、珈琲チェーンのお店。
クリスマスイブ。
朝から化粧に気合いを入れた。給料日前なのに奮発して、ワンピースと勝負下着を買った。けれど待ち合わせ場所に現れた彼は、女を連れていた。年は同じくらいだと思うし、ルックスだって歴然とした差はないはず。違いは、たったひとつ。彼女はピカピカに磨き上げられている、ということ。
それがこれほどまでに〝女〟としての魅力を歴然としたものにしてしまう事実に打ちのめされた。
流行の服。凝ったネイル。栗色に染められた艶のある髪は、ゆるふわに波打って。この寒空に感心するほど胸の開いたニットに、超ミニ丈のスカート。対して私はといえば。仕事帰りに化粧直しをしたせいで、厚塗りになったファンデーション。爪の先には、書庫の整理をしたときに禿げてしまったマニュキュアが張り付いている。
「……分かった」
半分も飲んでいない珈琲を持って席を立った。ゆるふわ女の勝ち誇った顔が癪に触ったので、無理矢理に口角を上げて笑ってみせる。
「こんなレベルの低い男、こっちから願い下げ。露出するしか能のない、安っぽい女とお似合いね」
最後の強がり。後はもう、なにを言っても惨めになるだけだ。
街を彩る幸せな灯りから逃げるように、自宅アパートに帰宅した。
買ったばかりのワンピースを脱ぎ捨てて、化粧も落とさずベッドに潜り込む。
「悔しいよお……」
言った途端、こらえていた涙がボタボタとこぼれ落ちた。
ニィーーーア。
「銀太、どうしたの?」
ピョンと枕元に上がって来たのは、黒猫の銀太。小首をかしげて、心配そうに私を見下ろす。
「あいつ……他に女がいた」
「ニアッ」
銀太は小さく鳴いて布団の中に潜り込み、そのまま身体を一回転させて顔を出すと、私の頬に鼻を寄せた。
「ありがと……なぐさめてくれてるの?」
今はただ、この愛おしい、小さな身体を抱いて眠ってしまいたい。ゴロゴロという猫鳴りが、私の意識を闇に誘う。
忘れてしまおう。そうだ。これはきっと夢だ。
奮発して買った羽毛布団のせいじゃない。もっと優しいぬくもり。
「沙也加、雪が降ってきたよ」
不意に聞こえた艶やかな低音。同時にベッドのスプリングが、ギシリと音をたてた。
―――― 誰か……いる?
おそるおそる瞼を上げた。瞬間、心臓を素手で掴まれたような感覚に震えた。
男が私を見ている。至近距離で。それもただの男じゃない。夢のように美しい男。
濡れたよう光る漆黒の瞳。サラサラの髪。剥き出しの上半身には、肉食獣みたいにしなやかな筋肉が、その存在を主張している。
「だれ……ですか?」
半裸の知らない男に抱きしめられている。そんな異常事態にもかかわらず、私はその胸の中で安らぎさえ覚えている。けれどその理由は、すぐに明らかになった。
「……分からない? 銀太《ぎんた》だよ」
* * *
「ごめん。この子を愛してるから、沙也加とはもう会えない」
時代遅れのクリスマスソング。ここは安さしか売りのない、珈琲チェーンのお店。
クリスマスイブ。
朝から化粧に気合いを入れた。給料日前なのに奮発して、ワンピースと勝負下着を買った。けれど待ち合わせ場所に現れた彼は、女を連れていた。年は同じくらいだと思うし、ルックスだって歴然とした差はないはず。違いは、たったひとつ。彼女はピカピカに磨き上げられている、ということ。
それがこれほどまでに〝女〟としての魅力を歴然としたものにしてしまう事実に打ちのめされた。
流行の服。凝ったネイル。栗色に染められた艶のある髪は、ゆるふわに波打って。この寒空に感心するほど胸の開いたニットに、超ミニ丈のスカート。対して私はといえば。仕事帰りに化粧直しをしたせいで、厚塗りになったファンデーション。爪の先には、書庫の整理をしたときに禿げてしまったマニュキュアが張り付いている。
「……分かった」
半分も飲んでいない珈琲を持って席を立った。ゆるふわ女の勝ち誇った顔が癪に触ったので、無理矢理に口角を上げて笑ってみせる。
「こんなレベルの低い男、こっちから願い下げ。露出するしか能のない、安っぽい女とお似合いね」
最後の強がり。後はもう、なにを言っても惨めになるだけだ。
街を彩る幸せな灯りから逃げるように、自宅アパートに帰宅した。
買ったばかりのワンピースを脱ぎ捨てて、化粧も落とさずベッドに潜り込む。
「悔しいよお……」
言った途端、こらえていた涙がボタボタとこぼれ落ちた。
ニィーーーア。
「銀太、どうしたの?」
ピョンと枕元に上がって来たのは、黒猫の銀太。小首をかしげて、心配そうに私を見下ろす。
「あいつ……他に女がいた」
「ニアッ」
銀太は小さく鳴いて布団の中に潜り込み、そのまま身体を一回転させて顔を出すと、私の頬に鼻を寄せた。
「ありがと……なぐさめてくれてるの?」
今はただ、この愛おしい、小さな身体を抱いて眠ってしまいたい。ゴロゴロという猫鳴りが、私の意識を闇に誘う。
忘れてしまおう。そうだ。これはきっと夢だ。
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