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別つもの 4話
しおりを挟む階段を上り、自分の部屋のドアを通り過ぎた。そして八嶋が入ったのはかつて妹の居場所だった場所で、記憶の通りに壁に手を伸ばせば、指先にスイッチの感触があった。
電気をつける。暖色のやわらかなライトが、部屋を照らした。
「愛音(あいね)。相変わらずこの部屋は君がいた頃のままなんだな」
八嶋は妹が愛用していた学習机の椅子をひき、そこに腰掛けた。
お気に入りの筆記用具。背表紙の揃った参考書。紙粘土を固めた歪だが愛嬌のある兎。写真立てには、友人と行った京都旅行のスナップ。笑顔に曇りはなく、友人たちと無邪気に肩を組んでいる。
手にとってそれをそっと撫でてから、また元の場所に戻した。
彼女がずっと旅行に出たままならば、彼女の笑顔が絶えることはなかっただろう。
八嶋は目を閉じて、妹の絞り出すような声を、その告白を聞いた夜を思い出していた。
『お兄ちゃん、軽蔑しないで聞いてくれる?』
家族が各々の部屋に戻り就寝を迎える時間帯に、妹は自分の部屋のドアを叩いた。招き入れた八嶋に了解を得て座ったベッドの上、彼女は唐突にそんな事を口にした。
『どんなことでも、君を軽蔑することはないよ。遠慮しないで話してごらん』
自分は椅子に座り、愛音を促した。
『私、多分、この家と相性が合わないの。お父さんもお母さんも、私に意地悪なんかしない。とっても優しく接してくれるのに、私、ずっとずっと居心地が悪くて――この頃、溺れそうに、息が苦しくなるの』
鎖骨の前に両手を添えた妹は、まるで首を絞められているかのような苦しげな顔になり、そこで自分の指を折り曲げた。祈るように。
『何か理由がある訳じゃない。でも、毎日変わらないリモコンの位置にも、DVDの再生みたいに続く夕食の会話も吐き気がする。毎朝、一階から漂ってくるお味噌汁の匂いにうんざりする。わからないの。でも、この家の空気は好きになれない。私、ちゃんとお父さんとお母さんの娘なのに』
あの時に、俺は彼女を家から出すべきだったのだ。例え金銭的に苦労したとしても、そうしていたならば、彼女は今も生きていた。
そう考えて、八嶋は自嘲した。どんなに後悔したところで、妹はもう戻ることはなかった。
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