きみのことは何でも知っている ― きみを護りたいと願ったら、大好きなきみはいなくなったTS

奏楽雅

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第27話:アイドル② 試練と会場危機

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3月に高校を転校し、俺の生活は一変した。通信制になったことで、学業の負担は軽減されたが、その分、芸能活動の密度は常軌を逸していた。
ドラマの撮影、CMの撮影、雑誌のグラビア、バラエティ番組への出演……そして最も過酷だったのは、クリスマスイヴコンサートに向けての楽曲制作とレコーディング、そしてダンスレッスンだった。
「もう一本!」
ダンススタジオで、振り付け師の声が響く。全身が悲鳴を上げている。美桜の身体は女性としては理想的なスタイルだ、運動神経も抜群。だが体力は人並みだ。激しいレッスンは、俺の精神力でなんとか動かしている状態だった。
「はぁ、はぁ……」
床に倒れ込み、天井を見上げる。美桜の心臓が、まるでマラソンを完走したかのように激しく鼓動していた。俺の意識が、フッと遠のきそうになる。
「美桜さん、大丈夫ですか? ちょっと顔色が…」
近くにいた春夏冬さんが駆け寄って、冷たいタオルを額に乗せてくれた。
「大丈夫です、春夏冬さん。休憩したら、すぐにやれます」
そう答えるのが精一杯だった。これが、トップアイドルの世界なのだろう。須藤さんが取ってきたCM11本、スポーツ大会のテーマソング3曲。それらの楽曲のレコーディングとプロモーションは、ドラマ撮影と並行して行われた。文字通り、分刻みのスケジュールだ。
それでも、俺は立ち上がった。美桜の夢を叶えるために、この運命を背負った俺には、倒れている時間はない。
その努力は、結果となって現れた。
夏までにリリースしたタイアップ曲の数々は、軒並みヒットチャートを賑わせた。美桜は「一発屋」のレッテルを完全に剥がし、「実力派アイドル」としての地位を確立した。街を歩けば、美桜のポスターやCMが目に入り、雑誌の表紙を飾る日々が続いた。
俺の心の中で、「寿美桜」というアイドル像は、もはや単なる美桜という依代ではない。
(これは、美桜の夢、可能性だ。でも、もう俺の夢でもあるんだ)
美桜の身体と、俺の決意が融合し、アイドル・美桜としての人格が、完全に確立していた。



【会社会議室】

8月下旬。レコーディングが佳境に入った頃、緊急のミーティングが招集された。須藤さんの顔は青ざめている。

「会場が、使えなくなった」
その一言に、会議室の空気が凍り付いた。
「PAアリーナMMのことですか?」と春夏冬さんが尋ねる。
事態は深刻だった。
「会場に対し、別の大手芸能事務所から、会場の使用権利をめぐる複雑なクレームが入った。我々の契約の不備を突いて、法的な問題が取り沙汰され、向こうが会場を抑えてしまったんだ。…クリスマスイヴという最高の日に、使用を断念せざるを得ない状況に陥った。」
美桜の人気は想像を遥かに超えて急上昇していたため、当初押さえたPAアリーナMMでは手狭になったことも事実だったが、まさか会場を奪われるとは。

「他のアリーナは? YアリーナやSSアリーナは?」
「全てだ。クリスマスイヴ前後は、めぼしい会場は全て押さえられている。これは美桜の芽を摘むための、明確な妨害工作だ」須藤さんが苛立たしげにテーブルを叩く。

「ファンクラブの先行抽選も始まっています。今、中止や延期は絶対に出来ません」と販促チーム。

会議室は重い沈黙に包まれた。
須藤さんの希望としてはプロとして最高のコンサート会場で行いたい。そうなるとコンサートを諦めるしかないが、ファンとの約束を破ることになる。

「もっと地方まで探してみては?」
「そうです、O坂城ホールとか、MM福岡とか」
「美桜のファーストコンサートを地方でやるのか?」
「そうですよね、失言でした」
「収容人数12,000も今後の美桜のことを考えると譲れないぞ」
きつすぎる条件に美桜JCSが黙り込む。

(どうすればいい…こんなの解答の無い試験問題みたいなもんだ)
天を仰ぐしかなかった。ふと外に視線を向けると”美桜”の姿が映った。自分の姿が窓にうつっただけなのだが…
「……井の頭公園…」
俺は絞り出すように言った。
「え?」
「井の頭恩賜公園 西園 文化交流広場。あそこなら、小規模だけど使えませんか?」
「いや駄目だ、詰め込んでもキャパシティは5,000人程度だろう」
俺の呟きに須藤が一瞬考えるが否定する。
「美桜さん、PAアリーナMMの三分の一ですよ。しかも真冬の屋外です。天候リスクも――」
春夏冬さんが必死に反対する。
「分かっています!だけど、ファンとの約束は絶対に守りたい!」
(”美桜”との思い出のあの場所で、小規模でも)
俺は、須藤さんに詰め寄る。
「しかし…」
須藤さんの顔には、チーフとしての意地と、美桜を貶めたくない苦渋の表情が伺えた。
「……美桜ちゃん。公園広場のキャパシティは5,000人ですよ。しかも、チケットを手にできなかったファンが、PAアリーナの1万人規模で何倍もいると聞いています」
西田さんも反対みたいだ…
「しかも、5,000人に漏れたファンはどうするつもりだ」
俺は、目を瞑り一拍置くと静かに口を開いた。
「会場を失ったのは残念です。しかし、私にはファンを裏切るという選択肢はありません」
美桜の夢を叶えるという、俺の唯一の使命のためだ。

須藤さんが、不安そうに俺を見つめる。
俺は立ち上がり、全員の顔を見渡して言った。
「井の頭公園の西園で、トリプルヘッダーを行ないます」
5,000人 × 3回公演。合計15,000人のファンとの約束を守る、狂気のプランだ。
「無理です!確かに美桜ちゃんは身体能力がずば抜けてます。でも、体力は人並みにしかない」木下が必死に止めようとする。
「わかってます、自分の身体です…過酷かもしれません。でも、この試練を乗り越えなければ、真のトップアイドルにはなれない。そして、この場所で、美桜の夢を、この体で、最高の形で叶えたい。ファンのために、ここにいる皆のために、そして自分自身のために」

須藤は、目を見開き、そして大きく頷いた。
「後もどりは出来ないぞ」
「はい」
「途中で倒れるかもしれないぞ」
「倒れたら立ち上がります」
会議室に沈黙が落ちる。
「……わかった。決まりだ。会場は井の頭公園、クリスマスイヴ・トリプルヘッダーだ!最高のステージにしてやる!」
静まり返っていた会議室が湧き始める
「前人未踏のコンサートだ!西田ー!広告、WEBで盛り上げろ!俺たちを会場から追い出した奴らに目にもの見せてやる!」
「はい、もちろんです。俺の美桜推しの凄さをみせてやります。」
「美桜!直ぐにレッスン。体力づくりも今後は取り込むから」
「はい!」
コンサートに向け皆が一つになった。

***

まあ…
そうは言ったものの…流石に後悔した。

瞬発力に特化した速筋主体の美桜の身体は持久力が弱点だ。
持久力の有る遅筋とは違う。このへんは遺伝子の問題だ。
昴だった頃の俺は遅筋だったと思う。今思えば、美桜の身体になった初日に走らされたマラソンの授業で倒れたのは。遅筋持ちの俺の意識で美桜の身体を使ったことも影響していたのかもしれない。

遅筋を鍛えるためには有酸素運動が欠かせない。トレッドミル。ルームマシン、まあ昔で言うとルームランナーを使って鍛えている。だが、コンサートのときになってやっと効果が見える程度だろう。

解っていたことだ、無茶でもやるしかない。

それと、そんな状態なので、自宅からの移動も難しくなった。
その話題が出ると、春夏冬さんは、電話一本で、会社からほど近い場所に、2LDKのマンションをポンと買ってしまった。
「今日からここが、私と美桜さんの家です。」とのたまった。
一瞬の出来事だった気がする…
以来、春夏冬さんは健康管理を含め尽くしてくれている。まるで介護老人になった気分だ。春夏冬さんは良いお嫁さんになることだろう。

真帆からは、毎日のようにLineeが入る。
内容はツヴァイ-昴-とのことだ。俺が学校を去った後、程なくして付き合い始めたらしい。で、ツヴァイ-昴-との惚気が送られてくるわけだ…俺としては…奴は俺でも有るわけで、それが真帆とのイチャイチャな詳細を聞かされるので非常に複雑だ。
都度返信はできないが、たまにツヴァイ-昴-に対して毒舌を返す。すると真帆に「そんな事言わないで、昴くんは優しくて素敵なんだから」と返される。ここで自分に照らし合わせて、照れてしまうこともしばしば…

さて、朝まで3時間しか無い。明日はTV録画とレコーディングだ、明後日からはまたドラマの撮影で4日間地方ロケだ…もう眠ることにしよう…おやすみ”美桜”
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