きみのことは何でも知っている ― きみを護りたいと願ったら、大好きなきみはいなくなったTS

奏楽雅

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第30話:きみのことは何でも知っている【12月24日】

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【井の頭公園 西園】

12月24日 
6:00
晴天
ほぼ無風

ついにコンサート当日を迎えた。

西田の広報もあって、前代未聞のトリプルヘッダー、1日3公演という触れ込みでマスコミもネットも賑わせた。無理だとか人権の問題まで取り沙汰されている。

記録では人気男性グループが、一時間半の公演を1日6回公演したという記録があるが、ソロでフル2時間半から3時間ーアンコール含むーのコンサートを3回行ったというのはネットで検索しても探せなかった。あるのかも知れないが、それだけ無茶な話なのだ。
一応良くある広告風に言うと日本最大級みたいなものだ。

既に井の頭公園内にも人が集まり始めている。グッズ販売が6時から開始されているからだ。

公演は、第1回公演が8時開場、9時開演。11時~12時に終わって観客の総入れ替え清掃も行われる。第2回公演が13時開場、14時開演、公演中に夕方と夜を迎える。第3回公演が18時開場、19時開演。全て終わるのは22時近いだろう。住宅街でもあるため、この時間の終了は結構揉めたと聞いている。
チケットの人気は暗くなりレーザーが使えるようになる第3回が一番多く、次に第1回が多い、俺が元気なうちに見るということだろう。
真帆、ツヴァイ、千代里ちゃん、緋香里ちゃん、桜さん、純一さん、ついでに巌さんを、第3回に招待している。

「美桜さん、そろそろ準備に入ってください」春夏冬さんが呼びに来てくれた。

俺は準備のために、仮設の控室に入る。「おはようございます。今日は宜しくお願いします」

「いよいよね」
近田さん、メイクさんの手により、俺はアイドルへと作り上げられていく。

メイク終了後、最後の打ち合わせが行われる。何も問題は発生していない。
全て順調だ。
開演まで残り30分を切ったところで、俺は一人にして欲しいと控え室に籠る。
一人鏡に映る美桜に語りかける、見ていてくれよ、美桜の可能性を見せてやるからな。
俺はスーと、深く呼吸し静かにコンサートのシュミレーションを行う。
深く、深く。
周りの音も聞こえなくなるくらい集中する。

「美桜さん」
「美桜」
「美桜ちゃん」
「美桜、時間よ」
スタッフの声が聞こえ、時間が来たことを把握する。
「美桜。行くぞ」須藤さんの合図だ。

【井の頭恩賜公園 西園 ステージ】

09:00 ―― 第1回公演開始

観客席から俺を呼ぶ声が聞こえる。
俺はステージ下のエレベーター、せりに乗ってスタンバイすると最後の深呼吸をする。
一曲目、ドラマ主題歌のイントロが流れ始める。俺の最初の持ち歌だ。
Aメロと共に歌い始めるとともに、ステージ中央の迫がゆっくりと上昇し、俺はステージに登場する。

一際高い声援が井の頭の森に響き渡った。

俺の衣装は、白を基調とした、羽をモチーフにしたオーガンジーを重ねたドレス。トップアイドルとしての優美さと、まるで天から舞い降りた天使のような純粋さを兼ね備えた、オープニング/メイン衣装だ。

井の頭公園の西園は、一種異様な熱気に包まれていた。真冬にもかかわらず、5,000人の観客がひしめき合い、立ち見のファンが会場外にも溢れている。
5,000人の視線が一斉に俺に突き刺さる。 「美桜!」 「寿美桜!」 熱狂的なコールが、真冬の空を震わせた。

連続で3曲歌ったところで、歓声と冷たい空気を一気に吸い込み、マイクを握りしめる。 「皆さん、メリークリスマス!」 その声は、トレーニングで鍛え抜かれた芯の強さを持ちながらも、どこか切なさを帯びていた。全身の力を振り絞り、俺は次の曲を歌い始める。美桜の夢を、この舞台で、叶えるために。

***

【バックステージ・着替えゾーン】

5曲目のパフォーマンスを終え、舞台袖に駆け込むと、そこは戦場だった。

「近田さん、急いで!」 スタイリストの近田さんとアシスタントたちが、俺を囲む。わずか90秒で次の衣装に着替えなければならない。 最初に着用していた繊細なオープニング衣装を、素早く脱がせ、次のスポーティー/ダンス衣装へと切り替える。鮮やかなオレンジと黒を基調とした、激しい動きにも耐えられる機能的な衣装だ。

「足元、テーピングは大丈夫か!?」 「如月さん、呼吸の補助を!」 トレーナーの木下さん、マネージャーの春夏冬さん、そしてスタイリストの近田さん、全員が連携し、息つく間もなく俺を次のステージへ送り出す。 「次のブロック、激しいダンス曲7曲連続!水分補給は最小限に!」

***

【ステージ上】

スポーティー衣装での激しいダンスブロックを終え、11曲目で再び着替え。次は、黒と深紅のエレガントなシック/エレガント衣装だ。聴かせるバラードと、表現力を問われる曲が続く。

そして、ポップ/カジュアル衣装(黄色と水色を組み合わせたチェック柄)へチェンジ。会場のボルテージは最高潮に達し、俺の意識も朦朧とし始める。

そして、本編のクライマックス。 「皆さん、このコンサートのイメージソング。この詩は私が書きました、聞いてください」『Starlight Dreamer』のイントロが鳴り響いた。俺の感謝が込められたこの曲を、この瞬間、全身全霊で歌う。
『かけがえない日々を 手のひらで抱きしめて
泣いた夜の数だけ 強くなれた気がした
風に揺れる街の灯り 君の笑顔に似てる
遠く離れていても 心はそばにある

託された想いが 胸で光ってる
あの日の誓いを 今も忘れない

輝け Starlight Dreamer
力の限り 歌うよ
君の夢を この声に重ねて
後悔しないって決めたから
駆け抜けていくよ
ありがとう 感謝を込めて

誰かの笑顔が 私を支えてる
孤独な夜を越えても きっと見つけられる
小さな光でもいい 信じていたいから
君の未来の中で 私も輝きたい

迷いも涙も 力に変えて
もう一度 夢の続きを描こう

輝け Starlight Dreamer
力の限り 踊るよ
君の声が 羽ばたく勇気になる
一緒に見たいこの景色を
心に刻んで
ありがとう 君に届けたい

君の笑顔が 明日の光
どんな闇も照らしてくれる
孤独でも みんなの声が
私を支えているから

輝け Starlight Dreamer
力の限り 歌うよ
君の夢になれるように
君の力になれるように
この想いが夜空を超えて
永遠(とわ)に響け――ありがとう

星が瞬くその下で
また笑って 君と歌う
Starlight Dreamer』

公園広場全体が星明かりに包まれたような感動的な光景だった。

アンコール2曲を歌い終え、1回目の公演が終了した。

***

【控え室・インターバル】

11:45 ―― 休憩開始

「美桜。酸素よ」 春夏冬さんが駆け寄り、すぐに携帯用酸素ボンベを俺の口元に当てる。 ソファに倒れ込むように横たわる。汗と冷たい外気のせいで、身体は冷え切っているのに、内臓は熱を持っているように感じた。

「アイシング!足首とふくらはぎを重点的に!」 木下さんが、氷嚢とタオルを指示する。 休憩時間はわずか2時間。**次の公演までには、この鉛のような身体をリセットしなければならない。

「美桜、大丈夫か?少し顔色が――」 「大丈夫です……2回目も、完璧にやります」

***

【ステージ上と裏方】

14:00 ―― 第2回公演開始

第2回公演は明るいうちに始まり夕方、夜を迎えることになる。そんな2回目公演が始まった。

体力は、1回目のスタート時の半分以下だった。足が重く、ステップを踏むたびに美桜の右足の靴擦れが痛み出す。 着替えの合間、近田さんが慌てて俺の足を見る。 「美桜さん、酷く擦り剥けています!痛み止めを――」 「だめです。踊りに影響が出る。テーピングを。強く巻いてください」 俺は痛み止めを拒否し、テーピングで感覚を麻痺させてステージに戻った。

2回目公演は、夜の帳が降りるマジックアワーから、漆黒の闇へと移り変わる時間帯だった。ファンも寒さの中、必死に声を上げて応援してくれている。その声援だけが、俺の折れそうな心を支えていた。

***

【控え室・インターバル2】

17:50 ―― 休憩2と訪問者

2回目の公演が終わり、俺は完全にヘロヘロになっていた。声はかすれ、アイシングをしても震えが止まらない。

「社長!もうやめましょう!3回目は中止にすべきです!」春夏冬さんが、須藤さんに食い下がる。 
「やめられない…」須藤さんも顔を真っ青にしている。
「何故です、美桜さんのこの姿見えないんですか」
「そうじゃない。こんな美桜がまだやる気でいるからだ!」
春夏冬さんが俺を見る。
俺はそんな春夏冬さんに微笑みながら頷く。
「ここで止めたら、美桜に申し訳が立たない」
「美桜さん。なんで…」

その時、控え室のドアがノックされた。真帆とツヴァイ-昴-の二人が立っていた。

「寿、さん……」ツヴァイは俺のボロボロの姿を見て、言葉を失う。 真帆は、信じられないものを見たような表情だ。俺の様子を一瞥した後、ツヴァイを押し出すようにして俺のそばに駆けよる。「美桜。こんなになるまで……頑張りすぎだよ。なにやってんのよ」 真帆の瞳が潤んでいる。

「桐生くん、真帆。来てくれてありがとう。一生懸命歌うから最後まで見ていって」 と俺は酸素を外して二人に微笑む。直ぐに春夏冬さんが酸素を吸わせてくれた。
「コンサートが終わったら…また会いましょう」

「待って……。寿さん、本当に……君は寿さんなのか?」
 ツヴァイの問いかけは、俺と真帆を凍りつかせる。

「……私は、寿美桜。そして美桜の可能性。この場所で、その約束を果たします」 俺はそれだけを言い、二人の訪問を打ち切った。

***

【ステージ上・最終章】

19:00 ―― 第3回公演開始

夜の闇を背景に、3回目の公演が始まった。

この回は、レーザー光線とプロジェクションマッピングが解禁され、井の頭公園の木々や建物にまで光の演出が施される、最も豪華なステージだった。

しかし、俺の身体はもはやボロボロだ。須藤さんも春夏冬さんも、今にもステージを止める指示を出す寸前で、舞台袖に控えていた。

「止めないでください!」 俺はアイコンタクトでそれを拒否し、最後の力を振り絞って歌う。

冬の夜、気温は5度まで下がっている。激しいダンスで感覚的には寒さを感じないが、体力がゴリゴリ削られていくのは感じている。最後のダンスブロックを乗り切り袖に戻るとき、俺は足をもつれさせてしまった。

横にいた男性バックダンサーに掴まりなんとか倒れることはなかったが、足首を捻ってしまったようだ。
「美桜!」「美桜さん」須藤さんと春夏冬さんが肩を貸してくれる。
「衣装チェンジと…テーピングをお願いします…」
「…」春夏冬さんは涙を堪え、何も言わず従ってくれる。
近田さんに衣装チェンジされつつ、木下さんに足首を見て貰う。
木下さんが「…うっ」と唸る。自分で見ても腫れているのが解った。
「思いっきり締め付けて下さい」と指示するが。
「もう…無理よ…」木下さんの手が震えている。
「お願い、早く!」俺は息も絶え絶えで願う。
木下さんの持っていたテープが奪いとられ、足にテープが巻かれていく。
「春夏冬さん…」春夏冬さんが、歯を食いしばって、テープを巻いてくれていた。
「成功させましょう…皆で。最後まで頑張って美桜。」
俺は頷く。
「頑張って、あと少しよ」近田さんが衣装替えを終わらせてくれて、背中を叩く。
「はい!」
「…頑張れ美桜」須藤さん
俺は、予定より少し遅れてステージに戻る。
あと少しだ…

最終ブロック。足の痛み、筋肉の痛み、身を刺す冷気にも気づいてしまった。
意識が朦朧とする。一瞬一瞬フッと意識が飛ぶ。
ああ、ああ、あと少しなのに…観客席に、真帆が見える…ツヴァイも声を枯らすように応援してくれている。桜さん。純一さん…
あと少し、もう少し。俺は美桜の可能性なんだ。美桜…
ああ、踏ん張る足の力が抜けるのがわかる…
     『すばる…』
          『すばるは私が、守るよ…』
    倒れる…
  そう思ったが、抱きとめられたような気がした。
          優しく、とても優しく…
                一緒に…
   (”美桜”…)
観客席から悲鳴が上がる。
         だが、俺は足を前に踏ん張る、いや…踏ん張れた。
      足の痛みを忘れられる…
                 (”美桜”なのか?)   
  (そうか、うん、一緒に歌おう)

俺は3度目の『Starlight Dreamer!』を歌う。声はかすれても、その決意だけは、5,000人のファンに、そして天国の美桜に届くようにと、絶叫した。

クリスマスイヴコンサート。最後のアンコールが終わるが、ファンは諦めずコールを続ける、そして異例の事態が起こる。

「……もう一曲、歌います」

俺は、スタッフの制止を振り切り、一人、マイクスタンドの前へ立った。

「この曲は……私が、AI音楽生成ツールに、たった一つのキーワードを与えて作詞・作曲させたものです。そして、私が、私の……最も大切な人に贈る、最後のメッセージです」

ピアノの静かなイントロが流れる。 そのタイトルは「きみのことは何でも知っている」

ボロボロの身体で、俺は美桜としての、そして昴としての全ての感情を込めて、歌い始めた。

『一つの物語のように 時を越えて続いてく
君と僕の心には 同じ星が灯ってた
小さな頃に出会ってた まだ名前も知らないまま
なぜ惹かれ合ったのかを 今でも思い出す

だけどそれは 悲しい孤独の始まり
運命が優しく微笑むたび 遠ざかる

きみのことは なんでもしっている
涙の意味も 笑い方も
離れても消えない声が 胸の奥で生きてる
また会えると信じているから

なぜ離れなければいけないのか 理由も分からぬまま
すれ違うたび 痛みがやさしくなる
君の笑顔を思い出すたび 空が滲んで
どんな夜でも 君を探してる

いつか違う形で もう一度めぐり逢える
その日まで祈るよ この想い抱いて

きみのことは なんでもしっている
夢の続きも 声の震えも
この運命を超えてでも もう一度会いに行く
微笑んだその日々を抱いて

星降る夜に そっと願う
君がどこかで 幸せでありますように

きみのことは なんでもしっている
たとえ時がすべてを変えても
ありがとう さよならのかわりに
この歌が届くまで――

夜明けの空に 君を想う
「ありがとう」 またいつか』


歌い上げると、俺は深々とお辞儀した。

夜の井の頭公園に何時までも拍手と歓声が続いた。それは永遠のような一瞬の花火のような時間だと思った。

これは、俺の祈り、また逢える事を願う気持ち。






俺は、美桜だし、昴だ。

きみのことは何でも知っている。









第一部-完-
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