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君の……駒に?
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夜明け前の蒼い光がアマンニ公爵邸の粉砕された窓から差し込んでいた。
数時間前まで欲望と虚飾が渦巻いていたホールはいまや騎士たちの鉄靴の音と、証拠品を整理する紙の擦れる音だけが支配する冷徹な現場へと成り果てている。
「レーウ嬢……」
背後からかけられた声はひどく掠れていた。
振り返るとそこにはかつて王国の太陽と謳われていたハイベルクが立っていた。
しかしその金色の髪は乱れ、瞳からは輝きが失われていた。彼は自分が信じていた愛も忠誠も、すべてが自分を殺すための毒だったという現実の重さにただ押し潰されていた。
「君は最初から知っていたのだな。私が王国の純血ではないことも。私がランダ達の生贄として用意された舞台装置に過ぎなかったことも」
私は朝日の差し込む窓から視線を外さずに答えた。
「知らなければ今日この場を制圧することは不可能でした……ハイベルク。貴方はランダの側近達が仕掛けた卑劣な策謀に嵌められたのです。貴方は何も悪くない。ただ貴方の家系を、そしてその血筋を快く思わなかった者達が貴方の優しさを致命的な弱点として利用していたに過ぎません」
ハイベルクが縋るように私の肩を掴もうとして、その手を止めた。
「私は君を蔑んだ。没落した家門の嫉妬に狂った女だと」
「……だが実際に国を売ろうとしていたのは私の方だった。君がたった一人でこの国の泥を啜りながら、私達が踊っていた崖っぷちの状況を守り抜いてくれたというのに」
私はゆっくりと彼を振り返った。その瞳には未練も怒りも宿っていない。ただこれから始まる再建を見据える、統治者の光だけがあった。
「謝罪は不要です……ハイベルク、貴方に選択肢を与えます」
「このまま何も知らなかった被害者として騎士籍を剥奪され、辺境で静かに余生を過ごすか。あるいは……」
私は彼に歩み寄りその胸元に指を突き立てた。
「この国に蔓延る『毒』をすべて浄化するための私の『駒』として生きるか……貴方の血筋が異国にあるというのなら、それを利用して今度は貴方が帝国を利用する側になればよろしいのですわ」
「君の……駒に?」
「ええ。このままでは貴方の居場所はどこにもありません。ですが私の管理下であれば貴方の命も、そして失われた名誉も、別の形で贖って差し上げます」
「かつての婚約者としての愛などという不確かなものではなく、共通の敵を討つという絶対的な利害の一致によって」
ハイベルクは目を見開いて私を凝視した。恐怖、驚愕、そして……言いようのない希望に似た熱が彼の瞳に灯る。
彼は初めて私という人間の真の姿を——没落貴族の娘などではなく、王国の真の血統を守り抜く影の支配者としてのレーウを認識したのだ。
「……私は君を、レーウ……いや、私の主あるじとして君を選ぶ」
彼はその場に跪き私の手を取った。かつて舞踏会でランダに捧げたような甘い誓いではない。それは敗軍の将が勝利した王に捧げる絶対的な服従の誓いだった。
私はその手を優しく、しかし有無を言わせぬ力で握り返した。
「賢明な判断ですわ、ハイベルク……さあ、顔を上げなさい。パーティの時間は終わりましたが私達が主役となる真の物語は今ここから始まるのですから」
私は彼を残してホールの出口へと歩み出した。
出口にはドッターが腕を組んで待っていた。彼の横には連行されていくランダの姿があった。彼女は私の横を通り過ぎる際、一度だけ恨みがましい視線を向けた。その瞳に宿っていたのはもはや怒りではなく、自分を操っていた糸が誰の手中にあったのかを理解した諦めのような色だった。
私は彼女の耳元を通り過ぎる際、誰にも聞こえないほど低い声で最後の一撃を囁いた。
「自分達の幸せで周りが見えていなかったようですね……さようなら、パペット・ランダ。貴女の席はもうこの国にはありませんわ」
朝日が王都を真っ白に染め上げていく。
没落したはずの伯爵家の紋章が私の胸元で鈍い輝きを放っていた。
世間は今日からのニュースに驚愕するだろう。
嫉妬に狂った悪役令嬢だと思っていた女が、一晩にして王国を救った英雄へと反転した事実に。
私は一度も振り返ることなく用意された馬車へと乗り込んだ。
これからやるべきことは山積みだ。アマンニ派の残党の掃討、帝国へのカウンターとなる情報戦、そしてハイベルクを新たな武器として磨き上げること。
「お疲れさんお嬢様。……最高のステップだったぜ」
ドッターが馬車の扉を閉めながら不敵に笑った。
「ええ。ですがこれはまだ第一幕に過ぎませんわ」
馬車が動き出す。
私は走り去る景色を眺めながら静かに扇子を広げた。
不運と踊る。いいえ、これからは私がこの世界の運命そのものをダンスさせて差し上げます。
悪役令嬢レーウの真の舞台。
その幕はいま華やかに、そして残酷に上がったばかりなのだから。
「利用されていたようですね」
「……」
「帝国で『噂』が流されてしまっていたようです」
「いいのよセバス。レーウの言う通りでした」
「令嬢……」
「私には周りが何も見えていなかった」
「イリサール家として彼女には謝っておかなければならないことがありました」
「私達の心の弱さが『分断』を招いてしまったのかもしれません」
―――
数時間前まで欲望と虚飾が渦巻いていたホールはいまや騎士たちの鉄靴の音と、証拠品を整理する紙の擦れる音だけが支配する冷徹な現場へと成り果てている。
「レーウ嬢……」
背後からかけられた声はひどく掠れていた。
振り返るとそこにはかつて王国の太陽と謳われていたハイベルクが立っていた。
しかしその金色の髪は乱れ、瞳からは輝きが失われていた。彼は自分が信じていた愛も忠誠も、すべてが自分を殺すための毒だったという現実の重さにただ押し潰されていた。
「君は最初から知っていたのだな。私が王国の純血ではないことも。私がランダ達の生贄として用意された舞台装置に過ぎなかったことも」
私は朝日の差し込む窓から視線を外さずに答えた。
「知らなければ今日この場を制圧することは不可能でした……ハイベルク。貴方はランダの側近達が仕掛けた卑劣な策謀に嵌められたのです。貴方は何も悪くない。ただ貴方の家系を、そしてその血筋を快く思わなかった者達が貴方の優しさを致命的な弱点として利用していたに過ぎません」
ハイベルクが縋るように私の肩を掴もうとして、その手を止めた。
「私は君を蔑んだ。没落した家門の嫉妬に狂った女だと」
「……だが実際に国を売ろうとしていたのは私の方だった。君がたった一人でこの国の泥を啜りながら、私達が踊っていた崖っぷちの状況を守り抜いてくれたというのに」
私はゆっくりと彼を振り返った。その瞳には未練も怒りも宿っていない。ただこれから始まる再建を見据える、統治者の光だけがあった。
「謝罪は不要です……ハイベルク、貴方に選択肢を与えます」
「このまま何も知らなかった被害者として騎士籍を剥奪され、辺境で静かに余生を過ごすか。あるいは……」
私は彼に歩み寄りその胸元に指を突き立てた。
「この国に蔓延る『毒』をすべて浄化するための私の『駒』として生きるか……貴方の血筋が異国にあるというのなら、それを利用して今度は貴方が帝国を利用する側になればよろしいのですわ」
「君の……駒に?」
「ええ。このままでは貴方の居場所はどこにもありません。ですが私の管理下であれば貴方の命も、そして失われた名誉も、別の形で贖って差し上げます」
「かつての婚約者としての愛などという不確かなものではなく、共通の敵を討つという絶対的な利害の一致によって」
ハイベルクは目を見開いて私を凝視した。恐怖、驚愕、そして……言いようのない希望に似た熱が彼の瞳に灯る。
彼は初めて私という人間の真の姿を——没落貴族の娘などではなく、王国の真の血統を守り抜く影の支配者としてのレーウを認識したのだ。
「……私は君を、レーウ……いや、私の主あるじとして君を選ぶ」
彼はその場に跪き私の手を取った。かつて舞踏会でランダに捧げたような甘い誓いではない。それは敗軍の将が勝利した王に捧げる絶対的な服従の誓いだった。
私はその手を優しく、しかし有無を言わせぬ力で握り返した。
「賢明な判断ですわ、ハイベルク……さあ、顔を上げなさい。パーティの時間は終わりましたが私達が主役となる真の物語は今ここから始まるのですから」
私は彼を残してホールの出口へと歩み出した。
出口にはドッターが腕を組んで待っていた。彼の横には連行されていくランダの姿があった。彼女は私の横を通り過ぎる際、一度だけ恨みがましい視線を向けた。その瞳に宿っていたのはもはや怒りではなく、自分を操っていた糸が誰の手中にあったのかを理解した諦めのような色だった。
私は彼女の耳元を通り過ぎる際、誰にも聞こえないほど低い声で最後の一撃を囁いた。
「自分達の幸せで周りが見えていなかったようですね……さようなら、パペット・ランダ。貴女の席はもうこの国にはありませんわ」
朝日が王都を真っ白に染め上げていく。
没落したはずの伯爵家の紋章が私の胸元で鈍い輝きを放っていた。
世間は今日からのニュースに驚愕するだろう。
嫉妬に狂った悪役令嬢だと思っていた女が、一晩にして王国を救った英雄へと反転した事実に。
私は一度も振り返ることなく用意された馬車へと乗り込んだ。
これからやるべきことは山積みだ。アマンニ派の残党の掃討、帝国へのカウンターとなる情報戦、そしてハイベルクを新たな武器として磨き上げること。
「お疲れさんお嬢様。……最高のステップだったぜ」
ドッターが馬車の扉を閉めながら不敵に笑った。
「ええ。ですがこれはまだ第一幕に過ぎませんわ」
馬車が動き出す。
私は走り去る景色を眺めながら静かに扇子を広げた。
不運と踊る。いいえ、これからは私がこの世界の運命そのものをダンスさせて差し上げます。
悪役令嬢レーウの真の舞台。
その幕はいま華やかに、そして残酷に上がったばかりなのだから。
「利用されていたようですね」
「……」
「帝国で『噂』が流されてしまっていたようです」
「いいのよセバス。レーウの言う通りでした」
「令嬢……」
「私には周りが何も見えていなかった」
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