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本編-新年度編-
第8話『朝生美紗』
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ゲームコーナーを楽しんだ後、俺達はエスカレーターで3階に上がり、アニメイクへ向かう。俺がここに来るのは、サクラと一紗が遭遇した事件の日以来だ。
馴染みのあるお店だけど、サクラと一緒に来るのは中1の春休み以来。当時とは売り出している商品や、特設コーナーが設けられている作品が違うので、新鮮に感じられる。
ここのアニメイクには、電車通学の一紗と小泉さんも来たことがあるとのこと。特に一紗は頻度が高く、学校帰りに一人で来たり、部活のある日は友人と一緒に来たりすることもあるのだとか。例の窃盗事件があった日も立ち寄ったそうだ。一紗の自宅の最寄り駅の近くにもアニメイクがあるけど、こちらの方が立派で品揃えがいいらしい。
俺達は漫画やラノベ、ライト文芸の新刊コーナーに足を運ぶ。
俺と羽柴は少年漫画や文庫のラノベが置かれているエリア、サクラと一紗、小泉さんは少女漫画や女性向けレーベルの書籍が置かれているエリアを見ている。
前回来てからの間に、いくつか新作が発売されているけど、特に読んでみたい作品や面白そうな作品はないな。まあ、昨日から読み始めたWeb小説もあるから、作品がないことにショックは全然ない。
「羽柴。昨日はありがとう」
「どうしたいきなり」
「Web小説をオススメしてくれたじゃないか。昨日の夜から読み始めたんだ。あれ、結構面白いな。半分近くまで読んだ」
衝撃的なヒロインとの出会いや、一緒に作品を作るためにヒロインとデートする話とか。昨日、サクラがお風呂に入ってから、父さんにお風呂が空いたと言われるまでノンストップで読み続けた。
羽柴は白い歯を見せて笑う。
「そりゃ良かった」
「面白いから、他にもいくつかラブコメ作品やガールズラブ作品をお気に入り登録しておいた」
「ははっ、そうか。完全にハマったな、速水」
「2人とも何の話をしているの?」
気付けば、サクラが俺のすぐ隣に来ている。不思議そうな表情をして問いかけるサクラは、俺と羽柴のことを見ながら首を傾げる。その姿がとても可愛い。どの作品の表紙に描かれている女の子よりも断然に可愛い。
「Web小説の話だよ。実は昨日、部活に行ったサクラと一紗を待っている間に、羽柴から面白い作品を教えてもらってさ」
「そのきっかけは、麻生一紗って名前がWeb小説を公開している朝生美紗に似ているって速水に話したからで」
「確かに似ているね。朝生美紗さんか……読んだことある。確か『カキヨミ』っていうサイトで」
「おぉ、そうなのか」
「サクラも読んでいるんだな!」
サクラが知っていることの嬉しさと驚きで、思わず大きな声が出てしまった。そのことにサクラは体をビクつかせながらも、笑みを浮かべる。
「去年、手芸部の友達がオススメしてくれて。『白濁エスプレッソ』っていうボーイズラブの短編作品なんだけど。キュンキュンしちゃった」
「そうだったのか」
内容を思い出しているのか、サクラの頬がほんのり赤くなっている。そういえば、サクラの本棚にはボーイズラブの漫画や小説があったっけ。
朝生さんは男女のラブコメやガールズラブだけでなく、ボーイズラブ作品もたくさん公開している。性別関係なく恋愛模様を描けるのは凄いなぁと思う。
「今は連載中の『はちみつチェリー』っていうラブコメ作品をたまに読んでる」
「あらすじを読んだら面白そうだったから、その作品もブックマークしておいた。羽柴がオススメしてくれた『間の僕ら。』を読み終わったら、それを読もうかなって思っているよ。だから、ネタバレはご勘弁を」
「ふふっ、分かったよ。ダイちゃんの読んでいる作品は、私はまだ読んだことがないから、近いうちに読んでみようかな」
「オススメだぞ、完結済だし。はちみつよりも爽やかな内容だ」
「そうなんだ。あと、羽柴君もはちみつを読んでいるんだね。あれ、主人公がヒロイン達と結構イチャイチャしてるよね」
「イチャイチャしてるな。R15指定されてるけど、中には過激な内容もあるよな」
サクラと羽柴、結構楽しく喋っているな。ううっ、羽柴が羨ましい。俺も朝生さんの作品をたくさん読もう。あと、今までに読んだ面白いラブコメのWeb小説もあるので、家に帰ったらサクラにオススメしてみよう。
「サ、サクラもWeb小説を読んでいるとはな。『カキヨミ』のアカウントは持っているのか?」
「ううん、持っていないんだ。たまに朝生さんの作品や、恋愛小説のランキングに載っている作品を読んでいるくらいだから。スマホやパソコンで、読んでいる作品のもくじや朝生さんのページにブックマークしてる」
特定の作家やランキングにある作品をたまに読むくらいなら、会員にはならない人もいるか。まあ、Web小説の読み方のスタイルは人それぞれだよな。
「3人で盛り上がっているけど、何か面白い作品があるの?」
「私も気になるわ」
小泉さんと一紗もこちらにやってくる。一紗は文庫本、小泉さんはコミックをそれぞれ一冊持っている。
「売ってある本じゃなくて、Web小説の話をしていたの」
「そうなんだ」
「……そういえば、昨日……一紗はタブレットでWeb小説を読むって言っていたな」
「そういえば言っていたね、ダイちゃん」
「書籍はもちろんだけど、Webでも読んでいるわ。外出中やベッドの上ではタブレットやスマホでね。家ではパソコンで読むこともある」
「そうなのか。実は俺達3人もWeb小説を読んでいて。みんな朝生美紗っていう恋愛小説が得意な作家さんの作品を読んでて。一紗も朝生さんは知ってるか?」
俺がそう問うと、一紗はいつもの落ち着いた美しい笑みを浮かべる。
「……ええ。彼女の作品はよく知っているわ」
「おっ、一紗は朝生さんのファンなのか」
「……ふふっ」
一紗は右手で口を押さえ、声に出して笑う。そんな一紗はとても上品で、『淑女』という言葉は一紗のような人のことを言うのかなと思った。
「どうしたんだ? 一紗」
「何か速水が変なことを言ったか?」
「いいえ、そんなことないわ。普通ならファンって思うわよね。あとはせいぜい、強烈なアンチか。私が『朝生美紗』の作品をよく知っている理由はね……」
すると、一紗はバッグからスマホを取り出す。そして、
「私が作者の『朝生美紗』だから」
俺達にカキヨミの『朝生美紗』のユーザーページを映したスマホの画面を見せながらそう言った。
『えええっ!』
衝撃の事実に俺、サクラ、羽柴はほぼ同時に大きな声を上げてしまう。ただ、ここはお店なので、すぐに俺は声を出すのを止めて手で口を押さえた。
大きな声を上げてしまったので、周りにいるお客さんや店員さんの多くがこちらを見ている。声を出した3人で「すみません」と言って軽く頭を下げると、こちらに集まっていた視線がすぐに散らばった。
俺、サクラ、羽柴は一紗のスマホ画面を見てみる。ユーザー名の欄に『朝生美紗』と表示されていた。
「麻生の名前が『朝生美紗』に似ていると思っていたけど、まさか同一人物だったとは」
「中学のときから小説の投稿を始めたんだけど、いいペンネームが考えられなくてね。だから、本名を少しいじったペンネームにしたの」
「なるほど。麻生って書籍化を狙ってるのか?」
「今はネット発の商業作品も多くなってきているものね。投稿サイト経由で応募できる新人賞もあるし。最近はそれも意識しているけど、最初は恋愛系の物語を書きたい気持ちだけだった。できあがったら、誰かに見せたくなって。どうせなら、色々な人に読んでもらおうと思って複数の投稿サイトにアップし始めたの。『カキヨミ』や『アルファサーガ』では、広告収入やインセンティブでお金がもらえるし。おかげさまで、毎月それなりのお金が入ってきて、趣味を楽しんだり、今日のように友人と遊んだりするには十分かしら」
「おぉ、それはすげえな」
「小説を書くだけでも凄いのに、投稿したことでお金をもらえるとは。一紗は凄いね」
段々と一紗が本当に文学姫に思えてきた。名は体を表すと言うけど、それは本当かもしれない。文学姫は本名でもペンネームでもないけど。
朝生美紗の正体が一紗だと分かったから、これからは読んでいるときに一紗の顔が頭に浮かびそう。
「2人の言う通りだね。私もいくつか作品を読んだけど、どれも面白いよ!」
「俺も学園ラブコメやガールズラブ作品中心にたくさん読んだけど、凄く面白かった」
「昨日、羽柴に教えられて、『間の僕ら。』を読んでいるよ。凄くハマってる」
「そんなに面白いなら、あたしも読んでみようかな。普段、本は漫画ばかりで、小説はあんまり読まないけど。ラブコメ系なら楽しめそう」
俺、サクラ、羽柴が作品の感想を言い、小泉さんが興味を示したからか、一紗は照れくさそうな様子に。頬をほんのりと赤くし、はにかんでいる姿がとても可愛らしい。
「……とても嬉しい。ネットでも面白いってたくさん感想をもらうわ。たまに批判とか、誹謗中傷の内容もあるけど。家族と文芸部の部員と顧問も知ってて、対面で感想を言われたこともある。それももちろん嬉しかったけれど、あなた達の感想が一番嬉しいかも。そのうちの一人が好きな人だからかな。ありがとう。これからも楽しんでもらえれば何よりだわ。青葉さんも楽しいと思える作品があると嬉しいわ」
そう言う一紗の表情は、まるで少女のような可愛らしさも感じられる純粋な笑顔だった。自分の作った作品を面白いと言われたら嬉しいか。ネット上で言われることと、リアルに家族や友人、部活仲間から言われるのでは違った嬉しさがあるのかも。お金もそうだけど、面白いという感想が創作活動の一番の原動力になるのかもしれない。
「あぁっ……この嬉しさを大輝君の唇にぶつけたいわ。キスという形で。それに、キスすれば今後の作品作りの参考になりそうだし」
うっとりとした様子で言うと、一紗は俺のことをじっと見つめてくる。色々と理由付けをしているけど、キスしたいと言われるとさすがにドキドキするな。サクラも同じような気持ちを抱いているだろうか。サクラの顔が真っ赤になっている。真っ赤な顔には恥ずかしそうな表情が浮かんでいる。
「一紗の気持ちは理解できる部分はある。一紗の好意は知っているけど、俺達は友人だ。だから、キスはしないよ」
それも本当だけど、一番の理由はサクラという想い人がいるから。口と口のキスはサクラ以外とはしないと決めている。
俺に断られたからか、一紗は寂しげな笑みを浮かべる。キスする展開にならなかったからか、文香の顔の赤みがさっきよりも引いている。
「そう、分かったわ。キスできるいい機会だと思ったのだけれどね。……さてと、私はこのBL小説を買うわ」
「あたしはこの少女漫画を買うよ。昔から好きなシリーズなんだ」
「私はダイちゃんが貸してくれた『従妹達が僕にとてもウザい』の続きを買おうかな」
「おっ、桜井もいとウザにハマったか」
「うんっ、結構面白かった」
自分の好きな作品が面白いと言ってもらえるのは嬉しいな。サクラも羽柴もハマったきっかけが、俺が第1巻を貸したからなので尚更嬉しい。
それからすぐに、女子3人は買いたい本を持ってレジへ向かっていった。
朝生美紗の正体が分かったこともあり、アニメイクでの時間はとても思い出深いひとときになった。
馴染みのあるお店だけど、サクラと一緒に来るのは中1の春休み以来。当時とは売り出している商品や、特設コーナーが設けられている作品が違うので、新鮮に感じられる。
ここのアニメイクには、電車通学の一紗と小泉さんも来たことがあるとのこと。特に一紗は頻度が高く、学校帰りに一人で来たり、部活のある日は友人と一緒に来たりすることもあるのだとか。例の窃盗事件があった日も立ち寄ったそうだ。一紗の自宅の最寄り駅の近くにもアニメイクがあるけど、こちらの方が立派で品揃えがいいらしい。
俺達は漫画やラノベ、ライト文芸の新刊コーナーに足を運ぶ。
俺と羽柴は少年漫画や文庫のラノベが置かれているエリア、サクラと一紗、小泉さんは少女漫画や女性向けレーベルの書籍が置かれているエリアを見ている。
前回来てからの間に、いくつか新作が発売されているけど、特に読んでみたい作品や面白そうな作品はないな。まあ、昨日から読み始めたWeb小説もあるから、作品がないことにショックは全然ない。
「羽柴。昨日はありがとう」
「どうしたいきなり」
「Web小説をオススメしてくれたじゃないか。昨日の夜から読み始めたんだ。あれ、結構面白いな。半分近くまで読んだ」
衝撃的なヒロインとの出会いや、一緒に作品を作るためにヒロインとデートする話とか。昨日、サクラがお風呂に入ってから、父さんにお風呂が空いたと言われるまでノンストップで読み続けた。
羽柴は白い歯を見せて笑う。
「そりゃ良かった」
「面白いから、他にもいくつかラブコメ作品やガールズラブ作品をお気に入り登録しておいた」
「ははっ、そうか。完全にハマったな、速水」
「2人とも何の話をしているの?」
気付けば、サクラが俺のすぐ隣に来ている。不思議そうな表情をして問いかけるサクラは、俺と羽柴のことを見ながら首を傾げる。その姿がとても可愛い。どの作品の表紙に描かれている女の子よりも断然に可愛い。
「Web小説の話だよ。実は昨日、部活に行ったサクラと一紗を待っている間に、羽柴から面白い作品を教えてもらってさ」
「そのきっかけは、麻生一紗って名前がWeb小説を公開している朝生美紗に似ているって速水に話したからで」
「確かに似ているね。朝生美紗さんか……読んだことある。確か『カキヨミ』っていうサイトで」
「おぉ、そうなのか」
「サクラも読んでいるんだな!」
サクラが知っていることの嬉しさと驚きで、思わず大きな声が出てしまった。そのことにサクラは体をビクつかせながらも、笑みを浮かべる。
「去年、手芸部の友達がオススメしてくれて。『白濁エスプレッソ』っていうボーイズラブの短編作品なんだけど。キュンキュンしちゃった」
「そうだったのか」
内容を思い出しているのか、サクラの頬がほんのり赤くなっている。そういえば、サクラの本棚にはボーイズラブの漫画や小説があったっけ。
朝生さんは男女のラブコメやガールズラブだけでなく、ボーイズラブ作品もたくさん公開している。性別関係なく恋愛模様を描けるのは凄いなぁと思う。
「今は連載中の『はちみつチェリー』っていうラブコメ作品をたまに読んでる」
「あらすじを読んだら面白そうだったから、その作品もブックマークしておいた。羽柴がオススメしてくれた『間の僕ら。』を読み終わったら、それを読もうかなって思っているよ。だから、ネタバレはご勘弁を」
「ふふっ、分かったよ。ダイちゃんの読んでいる作品は、私はまだ読んだことがないから、近いうちに読んでみようかな」
「オススメだぞ、完結済だし。はちみつよりも爽やかな内容だ」
「そうなんだ。あと、羽柴君もはちみつを読んでいるんだね。あれ、主人公がヒロイン達と結構イチャイチャしてるよね」
「イチャイチャしてるな。R15指定されてるけど、中には過激な内容もあるよな」
サクラと羽柴、結構楽しく喋っているな。ううっ、羽柴が羨ましい。俺も朝生さんの作品をたくさん読もう。あと、今までに読んだ面白いラブコメのWeb小説もあるので、家に帰ったらサクラにオススメしてみよう。
「サ、サクラもWeb小説を読んでいるとはな。『カキヨミ』のアカウントは持っているのか?」
「ううん、持っていないんだ。たまに朝生さんの作品や、恋愛小説のランキングに載っている作品を読んでいるくらいだから。スマホやパソコンで、読んでいる作品のもくじや朝生さんのページにブックマークしてる」
特定の作家やランキングにある作品をたまに読むくらいなら、会員にはならない人もいるか。まあ、Web小説の読み方のスタイルは人それぞれだよな。
「3人で盛り上がっているけど、何か面白い作品があるの?」
「私も気になるわ」
小泉さんと一紗もこちらにやってくる。一紗は文庫本、小泉さんはコミックをそれぞれ一冊持っている。
「売ってある本じゃなくて、Web小説の話をしていたの」
「そうなんだ」
「……そういえば、昨日……一紗はタブレットでWeb小説を読むって言っていたな」
「そういえば言っていたね、ダイちゃん」
「書籍はもちろんだけど、Webでも読んでいるわ。外出中やベッドの上ではタブレットやスマホでね。家ではパソコンで読むこともある」
「そうなのか。実は俺達3人もWeb小説を読んでいて。みんな朝生美紗っていう恋愛小説が得意な作家さんの作品を読んでて。一紗も朝生さんは知ってるか?」
俺がそう問うと、一紗はいつもの落ち着いた美しい笑みを浮かべる。
「……ええ。彼女の作品はよく知っているわ」
「おっ、一紗は朝生さんのファンなのか」
「……ふふっ」
一紗は右手で口を押さえ、声に出して笑う。そんな一紗はとても上品で、『淑女』という言葉は一紗のような人のことを言うのかなと思った。
「どうしたんだ? 一紗」
「何か速水が変なことを言ったか?」
「いいえ、そんなことないわ。普通ならファンって思うわよね。あとはせいぜい、強烈なアンチか。私が『朝生美紗』の作品をよく知っている理由はね……」
すると、一紗はバッグからスマホを取り出す。そして、
「私が作者の『朝生美紗』だから」
俺達にカキヨミの『朝生美紗』のユーザーページを映したスマホの画面を見せながらそう言った。
『えええっ!』
衝撃の事実に俺、サクラ、羽柴はほぼ同時に大きな声を上げてしまう。ただ、ここはお店なので、すぐに俺は声を出すのを止めて手で口を押さえた。
大きな声を上げてしまったので、周りにいるお客さんや店員さんの多くがこちらを見ている。声を出した3人で「すみません」と言って軽く頭を下げると、こちらに集まっていた視線がすぐに散らばった。
俺、サクラ、羽柴は一紗のスマホ画面を見てみる。ユーザー名の欄に『朝生美紗』と表示されていた。
「麻生の名前が『朝生美紗』に似ていると思っていたけど、まさか同一人物だったとは」
「中学のときから小説の投稿を始めたんだけど、いいペンネームが考えられなくてね。だから、本名を少しいじったペンネームにしたの」
「なるほど。麻生って書籍化を狙ってるのか?」
「今はネット発の商業作品も多くなってきているものね。投稿サイト経由で応募できる新人賞もあるし。最近はそれも意識しているけど、最初は恋愛系の物語を書きたい気持ちだけだった。できあがったら、誰かに見せたくなって。どうせなら、色々な人に読んでもらおうと思って複数の投稿サイトにアップし始めたの。『カキヨミ』や『アルファサーガ』では、広告収入やインセンティブでお金がもらえるし。おかげさまで、毎月それなりのお金が入ってきて、趣味を楽しんだり、今日のように友人と遊んだりするには十分かしら」
「おぉ、それはすげえな」
「小説を書くだけでも凄いのに、投稿したことでお金をもらえるとは。一紗は凄いね」
段々と一紗が本当に文学姫に思えてきた。名は体を表すと言うけど、それは本当かもしれない。文学姫は本名でもペンネームでもないけど。
朝生美紗の正体が一紗だと分かったから、これからは読んでいるときに一紗の顔が頭に浮かびそう。
「2人の言う通りだね。私もいくつか作品を読んだけど、どれも面白いよ!」
「俺も学園ラブコメやガールズラブ作品中心にたくさん読んだけど、凄く面白かった」
「昨日、羽柴に教えられて、『間の僕ら。』を読んでいるよ。凄くハマってる」
「そんなに面白いなら、あたしも読んでみようかな。普段、本は漫画ばかりで、小説はあんまり読まないけど。ラブコメ系なら楽しめそう」
俺、サクラ、羽柴が作品の感想を言い、小泉さんが興味を示したからか、一紗は照れくさそうな様子に。頬をほんのりと赤くし、はにかんでいる姿がとても可愛らしい。
「……とても嬉しい。ネットでも面白いってたくさん感想をもらうわ。たまに批判とか、誹謗中傷の内容もあるけど。家族と文芸部の部員と顧問も知ってて、対面で感想を言われたこともある。それももちろん嬉しかったけれど、あなた達の感想が一番嬉しいかも。そのうちの一人が好きな人だからかな。ありがとう。これからも楽しんでもらえれば何よりだわ。青葉さんも楽しいと思える作品があると嬉しいわ」
そう言う一紗の表情は、まるで少女のような可愛らしさも感じられる純粋な笑顔だった。自分の作った作品を面白いと言われたら嬉しいか。ネット上で言われることと、リアルに家族や友人、部活仲間から言われるのでは違った嬉しさがあるのかも。お金もそうだけど、面白いという感想が創作活動の一番の原動力になるのかもしれない。
「あぁっ……この嬉しさを大輝君の唇にぶつけたいわ。キスという形で。それに、キスすれば今後の作品作りの参考になりそうだし」
うっとりとした様子で言うと、一紗は俺のことをじっと見つめてくる。色々と理由付けをしているけど、キスしたいと言われるとさすがにドキドキするな。サクラも同じような気持ちを抱いているだろうか。サクラの顔が真っ赤になっている。真っ赤な顔には恥ずかしそうな表情が浮かんでいる。
「一紗の気持ちは理解できる部分はある。一紗の好意は知っているけど、俺達は友人だ。だから、キスはしないよ」
それも本当だけど、一番の理由はサクラという想い人がいるから。口と口のキスはサクラ以外とはしないと決めている。
俺に断られたからか、一紗は寂しげな笑みを浮かべる。キスする展開にならなかったからか、文香の顔の赤みがさっきよりも引いている。
「そう、分かったわ。キスできるいい機会だと思ったのだけれどね。……さてと、私はこのBL小説を買うわ」
「あたしはこの少女漫画を買うよ。昔から好きなシリーズなんだ」
「私はダイちゃんが貸してくれた『従妹達が僕にとてもウザい』の続きを買おうかな」
「おっ、桜井もいとウザにハマったか」
「うんっ、結構面白かった」
自分の好きな作品が面白いと言ってもらえるのは嬉しいな。サクラも羽柴もハマったきっかけが、俺が第1巻を貸したからなので尚更嬉しい。
それからすぐに、女子3人は買いたい本を持ってレジへ向かっていった。
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