サクラブストーリー

桜庭かなめ

文字の大きさ
62 / 202
本編-新年度編-

第29話『友人と後輩』

しおりを挟む
 お客様として来店してくれた一紗。一紗はジーンズパンツにブラウス姿というラフな格好をしている。
 今までとは違い、俺が杏奈の後ろに立っているからか、一紗は目を見開いて固まっている。

「一紗?」

 俺が名前を呼ぶと、一紗は体をビクつかせ、はっとした様子になる。もしかして、今の状況が衝撃的すぎて、意識を失っていたのか?

「だ、大輝君。どうして金髪の子がそちらサイドにいるのかしら? ここの店員の制服を着ているから、だいたいの予想はついているけれど」

 ちょっと不機嫌そうな様子で、俺達のことを見てくる一紗。
 怖がっていないだろうか……と思って杏奈の方を見ると、杏奈は落ち着いて微笑んでいる。店員モードになっているのかな。それとも、こういう状況には強いのだろうか。

「ここでバイトを始めたからだよ。今日が初めてのバイトなんだ。だから、俺が指導しているんだよ。……杏奈。彼女は俺の友人でクラスメイトの麻生一紗だ」
「そうなんですね。初めまして、小鳥遊杏奈といいます。四鷹高校の1年です」
「は、初めまして、麻生一紗です。以前、あなたが客としてここに来ていたのを見たことがあるけれど、こうして話すのは初めてね」
「そうですね。とてもお綺麗です。スタイルも良さそうですし。自分の1個上なのが信じられないくらいです」
「ふふっ、ありがとう。あなたも可愛いわ」

 一紗はいつもの落ち着いた笑みを杏奈に見せる。さっきは不機嫌そうだったし、いったい何をしてくるのか不安だったけど、とりあえずは大丈夫そうかな。容姿を褒められて少しは気を許したのかもしれない。

「じゃあ、私が練習相手になってあげるわ!」

 一紗は意気揚々とした様子で、右手で自分の胸を叩く。一紗は本当にお客様だから、練習相手と言ってしまっていいのか分からないけど、俺の友人なので他のお客様よりは接客しやすいんじゃないだろうか。

「杏奈、やってみようか」

 俺がそう言うと、杏奈は明るい笑顔になって首肯する。

「いらっしゃいませ。店内で召し上がりますか?」
「はい」
「ご注文は何になさいますか?」
「てりやきバーガーのポテトM・ドリンクセットで」
「てりやきバーガーのポテトM・ドリンクセットですね。お飲み物は何になさいますか? こちらから選べます」
「ホットティーをお願いします。ガムシロップを1つ付けてくれますか?」
「ホットティーにガムシロップをお一つですね。かしこまりました」

 俺の友人が相手だからかもしれないけど、バイト初日にここまでの接客ができるとは。今までお客さんとして何度も足を運んでくれたからかな。少なくとも、俺よりもポテンシャルがありそうだ。俺なんてバイトを初めてしばらく経っても、百花さんが近くにいても緊張して、ミスすることがあったから。
 一紗はうっとりとした様子で杏奈を見つめる。

「あと……こうして近くで見てみると、あなたは妹に似た雰囲気を持っているって分かるわ。凄くかわいい。だから、バイトが終わった後にあなたをお持ち帰りしたいわ。好きな本とかの話をしてみたい……」
「……は?」

 自分を注文されるとは思わなかったのか、杏奈は変な声を漏らしてしまう。
 まったく、妹さんに似ているとはいえ、一紗は何てことを言うんだか。杏奈がとっても可愛いことには同感だけど。思わずため息が出てしまう。

「……しょ、少々お待ちください。他の者に訊きますので」

 杏奈はこちらに振り返り、俺のすぐ側までやってくる。

「大輝先輩。あの人おかしいですよ。ヤバいですよ。可愛いって言ってくれるのは嬉しいですけど、お持ち帰りしたいなんて。あの人ってシスコンなんですか? あの人だけがおかしいんですか? それとも、こういう変な注文をしてくるお客様って他にもいるんですか? どう対応すればいいんですか?」

 困惑した様子の杏奈は、小さな声で矢継ぎ早に問いかけてくる。初対面の人にお持ち帰りしたいって言われたら、こういう反応になるのも仕方ないか。

「杏奈。まず一紗についてだけど……一紗はおかしくてヤバい部分がある。もっと正確に言えば、変態な一面がある。シスコン疑惑は俺も今初めて知ったけど」
「聞こえてるわよ。まあ、好きな人には執着心がある自覚はあるけど。大輝君とかね。大輝君が一番好きだけど、可愛い人や物も結構好きよ。特にあなたのような妹に似ている可愛い女の子は。シスコンと言われても仕方ないかもね。だって、妹は可愛いんだもの。でも、ヤバい人じゃないわ」

 今までの一紗の言動を振り返ったら、少なくともヤバい人予備軍の一員にはなると思う。

「な、なるほどです。悪く思われていないだけマシですけど、正直ちょっと怖いです」

 杏奈がフロアに来てから初めて、顔色が悪くなったな。それだけ、お持ち帰りしたいと言われたことのインパクトが大きかったのだろう。
 接客の練習のために、わざとあんなことを言ったのかと思ったけど、今の一紗を見る限り、杏奈をお持ち帰りしたいのは本心だろう。妹さんに似ているそうだし。それが分かったから、杏奈の顔色が悪くなったのかもしれない。

「次に他にも変なお客様は……正直、いる。夜、酔っ払った大学生や社会人がお店に入ってきて、無茶な注文をしたり、暴言を吐いたりすることがある。あと、俺は経験ないし、その場面を見たことはないけど、過去に酔っ払い客に殴られた店員がいるそうだ」
「そんなこともあるんですね。あたしは別のお店ですけど、カウンターにいる店員さんに絡む酔っ払った人を見たことがあります。……ということは、素面であんなことを言った麻生先輩って生粋のおかしくてヤバい人……」
「……そ、そう言えなくはないかもな」

 俺にしか聞こえないような小さな声だけど、杏奈ってなかなか言う子だな。

「最後に対応について。さっきの一紗への対応は良かった。これからも、分からないことや困ったことがあったら、他の者に訊いてきますってお客様に断りを入れて、俺や百花さんとか先輩店員に訊いてほしい。もちろん、対応できるときは俺が対応するし」
「分かりました」
「あと、今みたいなケースだったら、『上の者を呼んできます』って言って、萩原店長や副店長とかを呼びに行くのもいいよ。特に店長。俺に絡んできた酔っぱらい客に、店長がスマートに対応して帰らせたから」
「そうなんですね。確かに、店長ってどんな人にも落ち着いて応対できそうですもんね」
「店長は凄いよ」

 萩原店長が出てきて応対をすると、それまで店員や他のお客様に悪絡みしていた客のほとんどが気持ち良く帰っていくからな。女性だと笑顔で帰るお客様もいるし。さすがはダンディズムの化身。

「杏奈のお持ち帰りの件は俺が対応するよ」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてすみません」
「気にするな。迷惑をかけているのは一紗だから。むしろ、友人として俺が杏奈に謝りたいくらいだ。ごめんな……」
「い、いえいえ。いい勉強になってます!」

 と、杏奈は微笑みながら言ってくれる。今日からバイトを始めた子に気を遣わせてしまうとは。何とも言えない気分だ。
 ふぅ、と息を吐いて、俺は一紗のところへと向かう。

「お客様。当店で店員のお持ち帰りサービスは扱っておりません」
「ごめんなさい。彼女が可愛いから、つい言っちゃったわ」
「そうですか。金曜日にも私をお持ち帰りしたいと言いましたよね。これからも同じようなことを繰り返した場合は、上の者に報告しますよ。このお店には出禁となる可能性もありますので。ご了承ください」

 出禁という言葉が響いたのか、一紗の顔色が一気に悪くなる。

「き、気を付けますから……出禁だけはご勘弁を」
「……気を付けてくださいね。よろしくお願いいたします」

 俺がそう言うと、一紗はほっと胸を撫で下ろす。これで杏奈や俺に無茶な注文をしてこないことを祈る。
 俺の今の対応が良かっただろうか。杏奈の方に振り返ると、音を鳴らさずに拍手をしていた。ちょっとは先輩らしいところを見せられたかな。
 杏奈と場所を入れ替わり、再び杏奈の接客を側で見守ることに。

「は、速水の言うように、私のお持ち帰りはできません。申し訳ございません。他に何かご注文はありますか?」
「いえ、他にないわ」
「かしこまりました。確認いたします。てりやきバーガーのポテトM・ドリンクセット。ドリンクはホットティーですね。ガムシロップをお一つ」
「そうです」
「かしこまりました。合計で700円となります」
「では、この1000円で」
「1000円、お預かりします。……300円のお返しとなります」
「ありがとう」

 代金のやり取りを終えたので、杏奈は一紗の注文したメニューを用意していく。どこに何があるのかさっそく覚えたようで、てきぱきと動いているな。凄い。

「初日とは思えない雰囲気ね。……接客する大輝君の姿を見ていたからかもね」
「そうだと嬉しいな」

 もしかしたら、そういうことも店長が俺に指導係に任命した一つの理由かもしれない。

「昨日は文香さんとのデートを楽しめたそうね」
「メッセージに送った通り、楽しめたよ」
「それは何よりね。私は昨日、玉子焼きの作り方を妹に教えてもらったわ。練習して、ちゃんと作れるようになったから、明日を楽しみにしておいて」
「分かった」

 一紗の努力の成果を楽しみにしておこう。
 杏奈はてりやきバーガーのポテトM・ドリンクセットをトレーの上に乗せる。これで大丈夫……おっと。

「杏奈。マドラーを忘れているよ」
「す、すみません」
「ホットティーやコーヒーを注文されて、ガムシロップやミルクをいると言われたときは、マドラーも忘れないでね。マドラーはそこにあるから」
「これですね。分かりました」

 杏奈はマドラーをトレーに乗せる。

「お待たせしました。てりやきバーガーのポテトM・ドリンクセットになります」
「ありがとう、店員さん。バイト頑張ってね」
「ありがとうございます。ごゆっくり」

 一紗は杏奈からトレーを受け取ると、窓側のカウンター席に向かった。綺麗で艶やかな黒髪だから、後ろ姿でも自然と目を惹かれるな。

「次の方、どうぞ」
『いらっしゃいませ』

 それからも、俺は杏奈の後ろで彼女の接客を見守り、時にはサポートや指導をしていく。日曜日のお昼なので多くのお客様が来店する。バイト初日なので、少しずつ杏奈の顔に疲れが見えてきたけど、

「おっ、杏奈頑張ってるね」

「杏奈ちゃん、制服可愛いね!」

 と、何度か杏奈の友達が来ることもあって、杏奈は笑顔を絶やすことはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の逢坂玲人は入学時から髪を金色に染め、無愛想なため一匹狼として高校生活を送っている。  入学して間もないある日の放課後、玲人は2年生の生徒会長・如月沙奈にロープで拘束されてしまう。それを解く鍵は彼女を抱きしめると約束することだった。ただ、玲人は上手く言いくるめて彼女から逃げることに成功する。そんな中、銀髪の美少女のアリス・ユメミールと出会い、お互いに好きな猫のことなどを通じて彼女と交流を深めていく。  しかし、沙奈も一度の失敗で諦めるような女の子ではない。玲人は沙奈に追いかけられる日々が始まる。  抱きしめて。生徒会に入って。口づけして。ヤンデレな沙奈からの様々な我が儘を通して見えてくるものは何なのか。見えた先には何があるのか。沙奈の好意が非常に強くも温かい青春ラブストーリー。  ※タイトルは「むげん」と読みます。  ※完結しました!(2020.7.29)

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!

みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!  杉藤千夏はツンデレ少女である。  そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。  千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。  徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い! ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。

処理中です...