アドルフの微笑

桜庭かなめ

文字の大きさ
10 / 75

第9話『友達と従妹』

しおりを挟む
 6月21日、金曜日。
 今日は雨が早朝に止み、それからは一日中曇るらしい。雨が降る可能性があるのも夜になってからだという。
 昨日の夜、咲夜からメッセージが来て、今日も一応、俺と校門で待ち合わせをして一緒に教室へ行くことになった。

「颯人君!」

 咲夜は笑顔で俺に元気よく手を振ってきてくれる。睨まれるか、怯えられるか、逃げられるかどれかになることが多いので、彼女が眩しく見える。

「おはよう、咲夜」
「おはよう。颯人君って見つけやすいよね。背もかなり高いし、髪が白くて綺麗だから」
「……おまけに悲鳴を上げられたり、狼とかアドルフって言われたりするからな」
「それもちょっとはある」

 本当にちょっとなのかどうかという真偽は不明だが、否定しないところは咲夜らしくていいなと思う。
 俺は咲夜と一緒に校門を通り、教室A棟に向かって歩き始める。

「ところで、咲夜。今日の昼休みに、従妹がお昼ご飯を食べにうちのクラスに遊びに来るんだけど、どうだろう?」

 昨晩、紗衣に佐藤先輩のことを解決できたことをメッセージで伝えた。その際は『それは良かったね』という返信が届くだけだった。
 ただ、今朝になって、今日の昼休みに咲夜も交えて3人一緒にお昼ご飯を食べたいとメッセージを送ってきたのだ。

「もちろんいいよ。それにしても、颯人君にはうちの高校に通っている従妹がいるんだね」
「ああ。体育が3組と合同授業だから知っていると思うけど、3組にいる天野紗衣っていう女の子なんだ」
「ああ、あの背の高い銀髪の女の子! 美人だし運動神経もいいから、体育の授業の後に話題になったことがあるよ。あたしの覚えている限りだと、特に女子の方が好感度高いかな。……宏実も『男子ならタイプかも~』とか言ってた」

 田中のことを話したからか、咲夜は怒り気味に。しばらくの間、田中に関する話題はなるべく出さないように気を付けるか。
 咲夜の周りだと、紗衣は女子生徒からの方が人気が高いのか。女子としては背がかなり高いし、凜々しい顔立ちをしているので女子ウケがいいのだろう。

「それにしても、あの天野さんが颯人君の従妹だったなんて。思い返してみると背も高いし、凜々しいし、髪も銀色で綺麗だから……そう考えれば従妹っていうのも納得……かな?」

 最後、疑問系になったな。
 俺も紗衣と似ていると思うのは背の高さくらいだ。あとは、銀色という髪が、俺と血の繋がりがあることを感じさせるくらいで。目つきも咲夜より鋭さはあるけど、キツくないし、むしろ凜々しい印象を強くしていると思う。
 ちなみに、紗衣がクラスの友人などに俺が従兄であると話したとき、最初は全然信じてもらえなかったという。ただ、彼女のおかげもあってか、3組の女子の間では俺の評判はそこまで悪くないらしい。
 昇降口で上履きに履き替えるとき、紗衣に『咲夜が一緒にご飯を食べてもいいと言っていた』とメッセージを送る。すると、すぐに『既読』マークが付き、紗衣から了解の旨の返信をもらった。
 俺達は1年4組の教室へと向かい始める。

「今日もアドルフの髪は白くて、眼は鋭いなぁ」
「そんなに大きな声で言ったら聞こえちまうぞ」

 そこの男子達。聞こえてるぞ、ハッキリと。この類の言葉は毎日数え切れないほど耳にしているので、いちいち反応する気にもなれない。

「あの2人、恋人同士じゃなかったみたいね」
「何か、サッカー部の佐藤君がしつこく迫ったらしいよ。それを白狼くんが守ったんだって」
「マジで? いいのは顔だけだったんだ。じゃあ、本当にいい人なのは狼の方?」
「かもよ。そうじゃなければ、あの女子が一緒に歩かないでしょ」

 女子生徒達のそんな話し声が聞こえたのでそちらの方を向くと、彼女達は「きゃっ」と声を上げて、何歩か後ずさりした。

「……こんなもんだよな、現実は」
「色々と存在感が凄いからね、颯人君は。でも、前よりも評判が少しは良くなったんじゃない?」
「もしそうなら、それは咲夜のおかげだろうな」

 ただ、佐藤先輩の件を解決したのは、悩みの種を無くし、咲夜が少しでも早く平穏な高校生活を再び送ることができるようになってほしいと思ったからだ。咲夜と友達になったのは、俺がそうしたかったからというのもあるけど。
 咲夜はふふっ、と笑って、

「それはどうかな。でも、颯人君のことで何か言われたら、見た目は恐いかもしれないけど、いい人なんだって話すよ」
「……そうかい。ありがとう」

 その気持ちが嬉しいし、クラスメイトにそういう生徒がいるというのはいいなと思う。
 今日も教室に行くと、一瞬、空気が固まったように思えた。ただ、咲夜が一緒だからか、これまでよりも俺に向けられる視線や表情はキツくはない。しかし、田中とその取り巻きの女子達だけはかなりキツかった。彼女達の恨みを買ってしまったんだな。仕方ないか、あんなに言ってしまったら。
 俺は咲夜と別れて自分の席へと向かう。
 咲夜の方を見ると、俺が離れたからなのか何人かの女子が咲夜に話しかけている。楽しそうに話す咲夜の姿を見ることができて良かったなと思うのであった。


 昼休み。
 約束通り、紗衣がお弁当を持ってうちの教室にやってきた。俺に手を振ってくるときの笑顔が良かったのか、一部の女子が黄色い悲鳴を上げていた。

「颯人、午前中の授業お疲れ様」
「ああ。紗衣もお疲れ様」
「ありがとう。それで、そちらの黒髪の子が月原さんだよね。体育の授業は4組と一緒だから、顔と名前は覚えていたよ」
「あ、ありがとう。こうして話すのは初めてだから。……初めまして、月原咲夜といいます。一昨日の夜から颯人君の友人やってます。これからよろしくね」
「初めまして、1年3組の天野紗衣です。誕生日は颯人の方が早いから、産まれたときから颯人の従妹やってます。こちらこそよろしくね」
「うん!」

 咲夜は嬉しそうに、紗衣は爽やかな笑みを浮かべながら、2人は自己紹介をすると握手を交わした。友人とか従妹って「やる」ものじゃなくて「なる」ものじゃないか? と、心の中でツッコんでみる。
 また、その後にさっそく連絡先を交換する。このことに咲夜はとても嬉しそうだった。別のクラスにいる女子と繋がりができたことが嬉しいのだろう。
 前や横の椅子を借りて、俺は咲夜や紗衣と一緒に俺の机でお弁当を食べることに。ちなみに、紗衣は俺と向かい合うようにして座り、咲夜は俺の右斜め前に座っている。

「お弁当いただきます!」
「いただきまーす」
「……いただきます」

 3人でお弁当を食べ始める。……おっ、玉子焼きが甘くて美味しいな。
 1人は従妹の紗衣だけど、まさか学校で女子2人と一緒に食べる日が来るとは。非日常を味わっている感じがする。

「うん、玉子焼き美味しい」
「咲夜のお弁当、可愛いし美味しそうだね。自分で作るの?」
「ううん、お母さんに作ってもらってる。あたし、料理はあまり得意じゃなくて。紗衣ちゃんの方は?」
「私はたまに作るけれど、朝早く起きるのが辛くて。今日は全部母親に作ってもらってる。ちなみに、私の母親と颯人のお母さんが姉妹ってこともあって、私達がいとこ同士なんだ」
「そういう繋がりなんだね。紗衣の髪も銀髪だし、もしかしてお母さん同士は髪の色が同じなの?」
「うん。私の母親も颯人のお母さんも颯人みたいに綺麗な白髪なんだ」
「へえ……」

 そう言うと、咲夜は感心した様子で紗衣と俺の髪を交互に見てくる。そして、見るだけでは我慢できなくなったのか、両方の髪を軽く触ってきた。

「2人とも綺麗で触り心地のいい髪だね」
「どうもありがと。話は戻るけど、お弁当作りや料理は颯人の方がよくやるよね」
「えっ、颯人君って料理できるの?」

 そんなイメージ全然ないんだけど、と言いたげな様子で咲夜は俺のことを見てくる。

「昔から母親の手伝いで料理をやってて。そうしているうちに好きになっていって。今は母親がパートで夕食時に帰ることがあるから、そのときは俺が夕飯を作る。休日には料理だけじゃなくてスイーツも。弁当もたまに作るな。前日の夕飯の残りを入れることもあるけど。ちなみに、このひじきの煮物は昨日の夕食で俺が作ったものだ」
「そうなんだ。美味しそう。一口食べてみてもいい?」
「ああ、いいぞ。お口に合うかどうかは分からないけど。紗衣もどうだ?」
「ありがとう。いただきます」
「いただきまーす!」

 咲夜と紗衣は俺の作ったひじきの煮物を一口ずつ食べる。家族には好評だけれど、2人にはどうかな。

「すっごく美味しい!」
「美味しい。さすがは颯人だね」
「2人がそう言ってくれて良かった」
「颯人君って凄いね。いつか、家庭科の授業で調理実習があるだろうから、そのときは颯人君と同じ班になろっと」

 それは美味しい料理を食べることができるからか? それとも、自分があまり料理に参加しなくてもいいからか? 咲夜の場合、どちらも正しそうだ。調理実習はいつやるのか気になっているし、そのときが訪れたら咲夜に美味しい料理を振る舞うことにしよう。
 咲夜と紗衣がすぐに仲良くなったこともあってか、その後もほのぼのとした雰囲気の中でお弁当を食べるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...