アドルフの微笑

桜庭かなめ

文字の大きさ
12 / 75

第11話『これはデートですか?』

しおりを挟む
 6月22日、土曜日。
 今日は咲夜と一緒に紗衣がバイトをしているスイーツ店に行き、紗衣のバイトが終わったら彼女の家にお邪魔する予定になっている。天気も一日中曇りで、そこまで暑くならないそうなので良かった。
 明日は雨が降る予報なので、午前中に花畑に行って雑草を抜いたり、あじさいの花のスケッチを軽くしたりする。絵を描くことが好きで、スケッチをすると花が成長したことが実感できる。

「今年もあじさいの花が綺麗に咲いたなぁ」

 青紫の花がとても綺麗だ。
 他にはひまわりの花も育てているので、梅雨明けから8月にかけて楽しみだ。あと、月下美人の花もまた咲いてくれるといいな。写真は撮ったので、今度はスケッチをしたいなと思う。
 スケッチしたこともあってか、午前中は花畑で充実した時間を過ごすことができた。


 午後1時半過ぎ。
 俺は咲夜との待ち合わせ場所である夕立駅の改札口前に向かう。咲夜とは午後1時45分に待ち合わせをしているけれど、少し早めに来てみた。

「咲夜は……あっ、いた」

 改札の近くに、ノースリーブのワンピースを着た咲夜の姿が。右手に持つスマホを見ながら、左手で髪を整えている。

「咲夜」

 俺が声をかけると、咲夜はゆっくりとこちらを向く。何を思っているのか、咲夜は疑った様子で俺のことを見ているぞ。

「白い髪にその背の高さ、それにこの低い声……もしかして、颯人君?」
「ああ、そうだ」
「サングラスをかけていたから、一瞬誰かと思ったよ」
「休日に外出をするときは、今みたいにサングラスをかけることが多いんだ。こうすれば睨まれたり、怯えられたりすることも少なくなるかなって」
「なるほどね。確かに、そのくらい濃いサングラスだと、今みたいに目の前に立ってじっくり見ないと鋭い目つきは分からないね。あたし、一瞬誰かと思ったもん」

 確かに、目つきじゃなくて、白髪や背の高さ、声で俺だと分かったみたいだからな。
 咲夜に言ったとおり、サングラスをかけることで怯えられたり、恐がられたりすることはかけてないときよりも格段に減る。ただ、

「なあ、咲夜。一つ訊きたいことがあるんだ」
「なに?」
「サングラスの効果はあると思うんだけど、サングラスをかけると普段以上に女性から見られることが多いんだ。ただ、怯えたり、嫌がっていたりはしてなくて。たまに顔を向けると、恥ずかしがって目を逸らされることが多くて。それってどうしてなのかこの見た目から分かるか?」

 現に、今も周辺にいる何人かの女性が俺の方を見てきているし。みんな、恐がっていたり、怯えていたりしていないところが逆に恐い。

「颯人君。それは……颯人君がかっこいいからだと思うよ」
「……か、かっこいい?」

 意外な回答を言われてしまったので、思わず変な声が出てしまった。

「うん。目以外の顔のパーツはかなりいいと思うよ。肌も綺麗だし。あと、背も高いしね。妹さんや紗衣ちゃんに言われない? 颯人君はかっこいいって」
「2人から何度か言われたことはあるけど、それは妹や従妹だから温情で言ってくれているのかと」
「な、なるほど。そう捉えちゃうか。……ちなみに、あたしはサングラス姿もかっこいいと思うし、外した普段の姿も結構いいって思ってるよ。目つきが恐いって思うことはあるけれど」

 咲夜はチラチラと俺のことを見ながらそう言う。目つきは恐いという一言があるからか、お世辞ではなく本心で言ってくれている気がする。
 いつもの休日とは違って、今日は友人の咲夜が一緒なんだ。この後、紗衣にも会うしサングラスは外しておくか。そう決めてサングラスを外すと、

「きゃあっ!」
「恐っ!」

 周りにいる女性からそんな言葉を言われてしまう。こんな形でサングラスの効果を実感してしまうとは。悲しい気持ちになるな。思わずため息が出てしまった。

「まあ、その……気を落とさないで。あたしはちゃんと颯人君の側にいるからさ」
「……そうだな。すまなかった。休日にせっかくこうして会っているのに、ため息なんてついちまって」
「ううん、気にしないで。それに、颯人君のかっこいいサングラス姿を見ることができたし」
「……そうか」

 咲夜は優しい女の子だな。笑顔も素敵だし。学校で人気が出るのも分かる気がする。
 サングラスを外したことで、咲夜の着ているワンピースの色が淡い水色であることが分かった。夏の時期にピッタリで爽やかな感じがしていいな。胸元が少し開いていて、ノースリーブで、スカート丈が膝よりも上だから露出度が高めだけど。

「そのワンピース似合ってるな。ハートのネックレスも可愛いし。咲夜と一緒にいるときは休日でもサングラスを外した方がいいかもな」
「……ありがとう。颯人君にそう言われると凄くう、嬉しいです」

 なぜか敬語でお礼を言う咲夜。彼女は顔を真っ赤にして、緩い笑みを浮かべながら俯きがちになる。そんな彼女が可愛らしいと思ってしまった。

「……色々と話していたら、約束の1時45分になったな。そろそろ清田駅に行くか?」
「そ、そうだね」

 すると、咲夜は左手をそっと差し出してくる。

「……手、繋ごう? 清田駅があるのは知っているけれど、降りたことは一度もなくて。道に迷ったり、はぐれたりしちゃうかもしれないし」
「そうか。じゃあ、手を繋いだ方がいいな」

 俺が右手で咲夜の左手をそっと掴むと、彼女は顔を赤くしたまま微笑んだ。それが可愛らしいし、手からはしっかりと温もりが伝わってくるのでドキドキしてくる。

「颯人君。紗衣ちゃんがバイトしてるお店までエスコートしてください」
「ああ、任せろ」
「よろしくお願いします」

 そう言って軽く頭を下げるところが可愛いな。
 俺は咲夜と一緒に歩き始める。程なくして改札があったけれど、すぐに手を離すのは味気なかったので、彼女の手を掴んだまま改札を通った。
 夕立駅からだと、清田駅は都心とは反対側の下り方面の方にある。なので、下り電車が到着するホームへと向かう。

「上り方面のホームと比べてあまり人がいないね」
「そうだな。咲夜は友達と電車に乗って遊びに行くってことはあるのか?」
「夕立にショッピングモールがあるからね。普段は夕立で遊ぶことが多いけれど、映画を観に行くときは、映画館のある花宮まで行くよ」
「花宮か。俺も映画はそこで観るな。俺も今年のゴールデンウィークに観に行った」
「そのときはさっきのサングラスをかけて?」
「ああ。映画を観ているとき以外はずっとサングラスで通したな」
「へえ、そうなんだ」

 ふふっ、と咲夜は朗らかに笑った。
 それから程なくして、下り方面の各駅停車が到着する。
 電車に乗ると、空いてはいるものの残念ながら席は全て埋まってしまっていた。なので、扉の近くに立つことにした。
 あと、やっぱり乗客の中の何人かがこちらをチラチラと見ている。絡まれたりしないように咲夜か車窓からの景色を見ることにしよう。そんなことを決意した直後、電車はゆっくりと発進していく。3つ先にある清田駅までの乗車時間はおよそ10分。

「何だか、休日に男子と2人きりでお出かけしているとデートみたいだよね。こうして手をしっかりと繋いでいるし。デートと言った方が自然かも」
「……そうだな。妹や紗衣以外と、こうして女子と2人きりで出かけるのは初めてだからドキドキしてる」
「そうなの? 顔色とか表情とか普段と変わってないから平気だと思ってた」

 それなりにドキドキしているんだけどな。そういうのが顔に出ないのか、俺って。今日は咲夜のおかげで学ぶことが多いな。

「あたしもドキドキしてるよ。他に女の子の友達がいる状況で、グループで男の子と一緒に遊びに行くことはあったけれど、こうして1対1でお出かけするのは初めてなの」
「そうなのか。意外だな。何度も告白されたことがあるっていうから、その中の何人かとは告白される前に2人きりでデートに行ったことがあるのかと思った」
「この前の佐藤先輩のように、一度も話したことのない人からラブレターで呼び出されたり、グループで遊んだ男子の1人から学校で2人きりの場所に連れて行かされたりして告白されたことはあったよ。でも、2人きりでデートはなくて。女子の友達と2人きりっていうことはあったけど」
「なるほどな」

 それで、今日になって男子と2人きりの初めてのデートを俺と体験すると。そう考えると光栄な気分になるな。咲夜は何人もの人から告白されるほどの人気があるし。

「でも、初めての男子が颯人君で良かったかも。安心できるっていうか。佐藤先輩のラブレターの件があったからかな」

 温かい言葉を言われて、優しい笑みを向けられると視線を咲夜から離すことができなくなってしまう。

「……理由は何であれ、そう言ってくれて嬉しいよ」

 素直に言うと、咲夜の優しげな笑顔が嬉しそうなものに変わる。その瞬間、俺は彼女とデートをしているんだと実感する。
 清田駅に着くまでの10分間、休日の過ごし方とか電車に乗った思い出など咲夜と話し続けた。もちろん、その間は一度も彼女の手を離すことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...