アドルフの微笑

桜庭かなめ

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第25話『質問です。』

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 俺達は試験勉強を始める。
 俺は特に不安な教科もないし、月曜日や火曜日にテストをする教科を集中的に勉強していくか。あとは、咲夜と紗衣、小雪を助けるか。麗奈先輩は……上級生だし、頭がいいから助けることはなさそうだな。

「颯人君から聞きました。会長さん、とても頭がいいって」
「そうかなぁ。一応、中間試験では学年で5位だったけど」
「凄いですね! ち、ちなみに得意な教科はなんですか?」
「文系科目と英語、数学は得意だよ。家事が好きなこともあって、1年生の科目だと家庭科もね。でも、理系科目も1年生の範囲なら教えることができると思うよ。分からないところがあったら、遠慮なく訊いてね」
「はい! では、さっそく……」

 咲夜は麗奈先輩に質問している。咲夜の話の内容だと生物基礎か。咲夜は理系科目が苦手だって言っていたもんな。

「ねえ、颯人。古文で分からないところがあるんだけどいいかな?」
「ああ、いいよ」

 俺は紗衣のすぐ側に座って、彼女が分からないという部分を教えていく。

「……こういう現代語訳になるから、これが答えになるんだ」
「ああ、なるほどね。分かった、ありがとう」

 紗衣は頬をほんのりと赤くしながら俺にお礼を言った。

「……すまないな。小さい頃からの感覚で側に寄っちまって」
「いいんだよ、颯人だし。それに、今のような体勢の方が教えやすいでしょ? ただ、気遣ってくれてありがとう」
「いえいえ。他にも分からないところが出てきたら遠慮なく言ってくれよ」
「うん」

 紗衣は小さく頷くと、嬉しそうな笑みを浮かべながら勉強の続きをしていく。良かった、紗衣が嫌だと思っていなくて。小さい頃からたくさん遊んだことのある従妹だけど、女子高生なんだから咲夜や麗奈先輩と同じように考えないといけないな。

「は、はやちゃんも分からないところがあったら遠慮なく訊いてくれていいんだよ!」

 麗奈先輩はやる気に満ちた様子で俺にそんなことを言ってくる。今の紗衣との様子を見て嫉妬心を抱いたのだろうか。

「えっと、そうですね……じゃあ、数学Aの問題集の中に結構難しい問題があるんです。それについて訊いてもいいですか?」
「うん、いいよ!」

 公式を使ったりすれば答えを求めることはできるけど、理解を深めるために麗奈先輩に数学Aの問題について訊いてみる。また、数学は咲夜にとって苦手な科目なので、彼女も一緒に教えてもらうことに。
 すると、麗奈先輩は自分のルーズリーフを取り出し、図などを用いて分かりやすく説明してくれる。本当に理解しているんだというのが伝わってくる。

「それで、この答えを導くことができるの。分かったかな?」
「凄く分かりやすかったです! これなら、数学Aも結構いけるかも!」
「それは良かったよ、咲夜ちゃん。はやちゃんはどうだった?」
「咲夜の言うようにとても分かりやすかったです。麗奈先輩のおかげで理解が深まりました。ありがとうございます」
「いえいえ。はやちゃんの役に立てて嬉しいよ」

 麗奈先輩、本当に嬉しそうな笑みを浮かべている。
 今までは教えることの方が多かったけれど、こうして教わるのもとても勉強になっていいな。さっきの紗衣もそうだけど、これまで俺に教わって良かったなぁと思ってもらえていたら嬉しい。今後の教え方の参考にもなった。

「あの、麗奈さんに質問したいことがあるのですが」
「うん? 何かな、小雪ちゃん」
「小雪、勉強のことなら兄ちゃんに訊いてくれてもいいんだぞ? 大歓迎だぞ?」

 咲夜と俺に対する麗奈先輩の教え方を見て、俺よりも上手そうだと思ったのだろうか。もしそうなら仕方ないと思うし、俺も色々と勉強しないと。

「ううん、お勉強のことじゃないよ。確かに、今の様子を見て、麗奈さんは凄く教え方が上手そうだなとは思った。あたしが訊きたいのは麗奈さん自身のことで」
「そうなのか。2人は今日が初対面だし、知りたいことはあるよな。ただ、失礼なことは訊かないようにしろよ」

 お役御免にならないと分かって一安心。

「ふふっ、はやちゃんはお兄ちゃんしてるね。できる限りのことは答えるよ、小雪ちゃん」
「ありがとうございます。では、質問しますね。麗奈さんはどうして、お兄ちゃんのことが好きになったんですか?」
「……ほえっ?」

 麗奈先輩はそんな間の抜けた声を漏らすと、顔を真っ赤にする。小雪と俺を交互に見ている。
 小雪の訊いた質問の答えが気になるのか、咲夜も紗衣もシャーペンを持つ手が止まり、麗奈先輩の方を見ている。

「そういえば、3年前に会長さんから告白された話は聞きましたけど、颯人君のどんなところが好きだとか、好きになったきっかけは聞いていませんね。紗衣ちゃんは?」
「私も麗奈会長から告白されたってことを颯人から話されただけで、きっかけとかは知らないな。告白された颯人は知ってるよね?」
「……えっ? 実は俺もきっかけまでは知らないんだ」
「そうなの?」

 マジで? と言いたげな表情を紗衣は見せている。
 3年前に告白されたときも、「優しいところが好き」とか「落ち着いているところが好き」とは言われたけれど、そう思ったきっかけまでは言われていない。
 麗奈先輩と目が合うと、先輩の顔の赤みはより強くなる。そんな彼女のすぐ近くに咲夜と小雪が座る。

「……最初に気になったのは、中学校ではやちゃんを初めて見たときだよ。背が高くて、髪が白くて、目つきがかなり鋭くて恐い新入生が入学してきたって話は聞いていたけど、実際に見かけたとき見た目は本当だって思った。でも、そんなに恐くないって思ったの」
「そこでお兄ちゃんに惚れたんですか?」
「ううん、そのタイミングじゃないんだ。でも、好きになったきっかけは、それから数日も経たないうちに訪れたの。その日は休日で、私は駅の方に買い物に行こうとしたの。そうしたら、途中にある公園で、木に登っているはやちゃんの姿を見つけて。そんな人、それまでに全然見たことがなかったから、思わず立ち止まって。彼の姿をこっそりと見ることにしたの。はやちゃんはそのとき、木から降りられなくなった黒猫を助けようとしていたんだよ」
「……ああ」

 ようやく思い出した。中学に入学して少し経った頃、近所の公園に生えている大きな木から降りられなくなった猫のことを助けようとしたんだ。

「あの公園か。小さい頃に颯人や小雪ちゃん、うちの兄貴と一緒に遊んだことあるな」
「4人で遊んだね、紗衣ちゃん。あと、お兄ちゃんって木登り得意だよね」
「そうなんだ。そんな木登りが得意なはやちゃんは、そのときも結構高いところまで登っていて。黒猫に手を伸ばしたとき、はやちゃんのことが恐かったのか、黒猫ははやちゃんの手を引っ掻いて、地面の上に飛び降りたの。それからすぐ、引っ掻かれて驚いたはやちゃんが腰から落ちて」
「それはかなり痛そう。颯人君、そのことも覚えてる?」
「ああ。体は鍛えていたけれど、あのときはさすがに痛みが長引いたな」

 ただ、叶達のいじめや放火事件があってか、今まですっかりと忘れていたけれど。彼女達に比べれば、黒猫のやったことなんて可愛いもんだ。

「落ちたはやちゃんは引っ掻いたことは怒らずに、微笑んで『もう高いところには行くなよ』って黒猫に優しく声をかけて。黒猫はすぐに逃げちゃったけど、私はその微笑みにキュンとなって釘付けだった。はやちゃんが公園からいなくなっても、少しの間……その場に居続けた。そのときに、私ははやちゃんのことが好きなんだって自覚したの。それが、好きになったきっかけです」

 麗奈先輩は照れ笑いをし、俺と目が合うと「えへへっ」と可愛らしい声を漏らした。

「そうだったんですか。猫好きなお兄ちゃんらしいエピソードだなぁ。キュンとなる麗奈さんの気持ちも分かる気がする……」
「あたしも颯人君らしいエピソードだなって思った。颯人君には悪いけれど、猫に手を引っ掻かれるところまで」
「ははっ、2人の言うとおりだね」

 小雪はうっとりとした様子。咲夜と紗衣も納得といった表情をしている。以前、遊びに来たときに、猫になかなか触ることができないって話をしたからかな。
 それにしても、あのときの様子を麗奈先輩に見られていたのか。結局、黒猫に引っ掻かれて木から落ちたけれど、結果的に猫が降りることができて良かったという気持ちしか抱かなかったな。怒る気にはならなかった。

「はやちゃんがいじめられたり、放火事件で重傷を負ったりしたことを知った直後は、猫を助けたときの様子を見なければ良かったって思った。そうすれば、はやちゃんは好きになることはなかったかもしれないから。でも、今は猫を助けた一部始終を見て、はやちゃんのことが好きになって本当に良かったって思ってるよ」
「……そうですか」
「……はやちゃんのことを好きになったきっかけをみんなに話したら、凄く恥ずかしくなってきちゃった」

 麗奈先輩は真っ赤になった顔を両手で隠す。

「前にここで恥ずかしくなったとき、緊急避難のためにベッドの中に頭を突っ込んだんですけど、麗奈先輩もやってみます?」
「そ、そうだね。穴があったら入りたいくらいだし。はやちゃん、気持ちが落ち着くまで潜ってもいいかな?」
「……どうぞ」

 好きになったきっかけを話されたから、これまで以上に麗奈先輩のことが可愛く見えてくる。正直、かなりドキドキしている。ベッドに潜ってくれた方が、俺も気持ちを落ち着かせることができそうだ。

「麗奈さん、素敵なお話をありがとうございました! あと、恥ずかしい想いをさせてごめんなさい」
「ううん、いいんだよ。じゃあ、私は休憩に入るね」

 そう言うと、麗奈先輩は俺のベッドに入り、飲み物を持ってきたときのように、掛け布団を全身にかけた。

「あぁ、はやちゃんのいい匂いがする……幸せ……」

 ふふっ、と可愛らしい笑い声が聞こえてくる。この調子なら、少し休憩すれば大丈夫そうかな。
 俺はアイスコーヒーを飲んで気持ちを落ち着かせる。

「さてと、俺達は勉強を再開するか」
「そうだね」
「さっき、会長さんに教えてもらったことを活かして数学の問題を解いてみよっと」
「ねえ、お兄ちゃん、英語で分からないところがあるんだけど、教えてもらってもいいかな」
「ああ、分かった」

 麗奈先輩以外は試験勉強を再開する。
 再開後も小雪や咲夜、紗衣に教えることもあったけど、自分の勉強もたくさんすることができ、とても有意義な時間になった。
 ちなみに、麗奈先輩は15分くらい経ったら幸せな様子でベッドから姿を現し、試験勉強を再び始めたのであった。
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