アドルフの微笑

桜庭かなめ

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第43話『夏休みの始まり』

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 高校生最初の夏休みがついに始まった。
 中学生までと同じように、多くの教科から夏休みの課題がたくさん出ている。なので、去年までと同じようにさっさと片付けてしてしまおう。それから、花畑の世話や花のデッサン、イラストを描くことなど趣味を謳歌しよう。
 ただ、去年とは違って咲夜や麗奈先輩という友達や紗衣という同じ高校に通う従妹もいるし、彼女達と遊ぶのもいいな。
 紗衣と麗奈先輩から告白されているので、それについても考えないと。2人とも魅力的な女性だからなぁ。あと、キスした経験もあるからか、2人のことを考えると咲夜の顔も思い浮かべてしまう。去年の自分には想像できなかった時間が流れているんだなと実感する。
 あと、高校生になったんだから、バイトについても考えよう。

「とりあえずは、課題を片付けることだな」

 早く片付ければ、自由に使える時間をより多く手に入れることができるから。そう心に決めて、俺は夏休み初日から課題に取り組むのであった。



 7月22日、月曜日。
 今日は朝からずっとソワソワした気持ちになっている。だからか、一昨日や昨日までに比べると課題の進みが遅い。
 こうなることには一つ理由があるのだ。実は昨日の夜に、

『明日の午後に颯人の家で夏休みの課題をしたいな。できれば2人で』

 紗衣からそんなメッセージをもらったのだ。金曜日に告白とキスをされてから初めてのメッセージだったので妙にドキドキしてしまった。課題をすることが目的なので、俺はすぐにOKと返信を送った。
 ただ、今日は平日で父親は仕事、小雪は美術部の活動で中学校へ。母さんも昼前から夕方まで喫茶店でパート。なので、紗衣が来てから、母さんが帰ってくる夕方頃までは紗衣と2人きりになるのだ。
 約束の午後2時が迫るにつれて、ソワソワやドキドキは強くなる一途を辿っていく。昼飯には、ひさしぶりにカップ麺を食べたけど、1つ食べるのがやっとなのであった。


 ――ピンポーン。

 午後2時。
 紗衣との約束の時間ピッタリにインターホンが鳴った。その音にビクッとしつつ、インターホンの受話器を取る。

「はい」
『……颯人。来たよ』
「紗衣か。すぐに行くから待ってろ」

 俺は紗衣が待っている玄関へと向かう。
 ゆっくりと家の扉を開けると、そこにはノースリーブの白いワンピースを着た、ストレートヘアの銀髪の女性が立っていた。一瞬、彼女が誰なのかと思ったけれど、

「紗衣だよな」
「……うん、正解だよ」

 紗衣は俺のことを見ながらニッコリと笑う。

「私服ではパンツルックが多いからさ。高校生になったんだし、たまにはこういう服もいいかなと思って。好きな人の家に行くし。それで、昨日のバイトの帰りに、清田のショッピングモールで買ったの。バイト代もあるから。髪も普段と違って結ばないでいるけれど、どうかな?」
「……凄く似合ってる。可愛いよ」
「ありがとう。これからたまにはこういう服装もしようかな」

 こういうスカート系の服を着て、髪もストレートだと彼女の小さい頃を思い出すな。それもあってか、本当に紗衣も大人になったんだと実感する。

「さあ、上がって」
「おじゃまします。陽子さん達は?」
「今はみんないない。母さんもパートで、小雪も部活だから。夕方までは紗衣と俺の2人きりだな」
「……そっか。ドキドキするけれど嬉しいな」

 ふふっ、と紗衣は笑う。普段は凜々しい雰囲気だけれど、今の紗衣は可愛らしい雰囲気だな。そのギャップにキュンとなってしまう。
 紗衣を俺の部屋に通し、彼女と自分の分の麦茶を用意することに。

「今日は課題を一緒にやるのがメインだ。そうだ」

 紗衣と2人きりだからといって、変なことをしてしまわないように気を付けなければ。従妹であっても一人の女子高生なんだし。そう心に決めて、2人分の麦茶を持って自分の部屋に戻る。

「紗衣、お待たせ。麦茶を持ってきたよ」
「ありがとう、颯人」

 紗衣はテーブルの側にあるクッションに座り、テーブルの上に自分のやろうとしている課題のプリントや筆記用具を出していた。紗衣らしいな。小さい頃のようにベッドの上でゴロゴロしたり、この前の麗奈先輩のようにベッドの中に潜ったりしているかと思った自分が情けない。
 紗衣の前に麦茶を置き、彼女と向かい合うところにあるクッションの側に俺の麦茶を置こうとしたら、

「ここに座って」

 紗衣は彼女から見て右斜め前のところにあるクッションをポンポンと叩いた。少しでも近くにいてほしいのか、それとも分からないところを教えてもらいやすくするためなのか。テーブルの上に置かれている課題、古典だから。理由は分からないが、彼女の意向に従うことにしよう。彼女の右斜め前に麦茶を置いた。
 俺は紗衣と同じ古典と、数学Ⅰの課題プリントを持って、紗衣の右斜め前のところにあるクッションに座る。

「それじゃ、さっそく始めるか」
「……その前に、私の写真をスマホで撮っていいよ。可愛いって言ってくれたし、好きな人には持っていてほしいから」

 紗衣はにっこりと笑ってそう言う。ワンピース姿も可愛いけれど、そういうことを言ってくるところも可愛らしい。

「……わ、分かった。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう」

 俺はスマホでワンピース姿の紗衣のことを撮影する。本当に普段の紗衣とは雰囲気が全然違うな。

「じゃあ、課題を始めようか」
「そうだな」
「あたしがやるのは古典だから、たまに颯人に訊いちゃうかもしれない」
「もちろんいいよ」
「ありがとう、颯人。まあ、古典はあまり得意じゃないから、颯人がいると心強いから一緒に勉強しようって誘ったんだけどね」

 やっぱり。古典のプリントを見たとき、そんなことだろうと思っていたよ。頼ってくれることは嬉しいし。彼女のサポートをするか。
 紗衣はいつになくもじもじとした様子で俺のことを見てくる。

「ただ、誘ったのは、課題だけじゃなくて大好きな颯人と一緒に過ごしたくて。ただ、キスをしてから颯人とは一切、電話やメッセージでやり取りしていなかったから。課題をやろうと思って古典のプリントを見たときにこれだって思ってさ。颯人はこれまでにも夏休みの課題を手伝ってくれたし。颯人は優しいから、きっと今の状況でも課題を一緒にやろうっていう理由なら、いいよって言ってくれるだろうって」
「確かにそういう返信はしやすかったな。でも、紗衣だったら、単に俺の家で遊びたいとか、ゆっくり過ごしたいって言ってくれてもOKだって返信したと思う。もちろん、好きだって告白されて、キスもされたからドキドキはするだろうけど」

 これまで、数え切れないほどに紗衣とはお互いの家で遊んだからな。よほどの喧嘩をしない限りは嫌だと断ることはしない。
 あと、今のようなことを言ったからか、告白されたときほどじゃないけど、結構ドキドキしてきた。
 すると、紗衣は頬をほんのりと赤くしながら「ふふっ」と笑って、

「何だか颯人らしいね。……そういうところも含めて好きだよ」

 囁くようにしてそう言い、俺の頬にキスをしてきた。
 咲夜や麗奈先輩を含め、周りに人がいる中で告白されてキスされたのもドキドキしたけど、こうして2人きりの状況でも結構来るものがあるな。紗衣だからそう思えるのだろうか。

「さてと、課題をやろうか」
「……ああ」

 左側に紗衣の姿が見え、彼女の甘い匂いがほんのりと香る中で、俺は数学Ⅰの課題を始めるのであった。
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