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第60話『暁』
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7月31日、水曜日。
午前5時過ぎ。ようやく外が明るくなってきたか。夏とはいえ、夜の時間がとても長く感じたな。
俺は洗面所に行って顔を何度も洗う。
「……ふぅ、ちょっと目が覚めた。そうだ、コーヒーでも買うか」
この時間なら、外に出ていても警察に捕まることはないだろう。俺は財布とスマートフォンを持って宿の外を出る。
どうしてこんなに眠いのかというと、昨晩、海岸で咲夜に告白されたことをきっかけに、彼女はもちろんのこと、紗衣や麗奈先輩のことも頭から離れなくなり、あまり寝ることができなかったのだ。今、3人に告白の返事を待たせている状況っていうのもある。
昨日と同じ自販機で、俺はボトル缶のブラックコーヒーを購入する。
「兄貴―!」
健太らしき声が聞こえたので、声がした方に向くと、非常に元気な様子の健太がこちらに向かって走ってくる。そんな彼の首には、璃子からプレゼントされたと思われる青いスポーツタオルがかかっていた。
「おはようございます! 兄貴!」
「おはよう、健太。そのスポーツタオル、璃子からの誕生日プレゼントか?」
「はい! 肌触りもいいですし、汗も拭きやすくて最高っすよ!」
そう言って、健太は満面の笑みを浮かべながら汗を拭く。本当に璃子と仲直りできて良かったなと思うよ。
「昨日よりも早い時間からランニングなんて偉いな」
「はい! ぐっすり眠ったんですけど、昨日の誕生日会が嬉しくて早く起きちゃったんです! それに、璃子のくれたこのスポーツタオルを使ってみたくて」
「そうか」
「それにしても、兄貴もかなり早く起きたんですね! 今日はブラックコーヒーなんすね! 大人だなぁ」
健太にとって、コーヒーは大人の象徴の1つなのかな。
俺も小学校高学年くらいのときにコーヒーを飲み始めたけど、当時はカフェオレがせいぜいだった。ブラックコーヒーを飲む両親や真弓さんが凄く大人に見えたものだ。
「……健太みたいに、俺も昨日は色々なことがあってさ。あまり眠れてなくて。だから、ブラックコーヒーを飲んで眠気を覚まそうとしてるんだ」
「そうなんすか! 今日も海の家に手伝いに行くんで、オレのことを頼ってください! オレ、料理は全然できないっすけど」
「……自分のできることを一生懸命にやればいいんだ。頼りにしてるぞ、12歳になった健太」
俺は健太の頭をポンと軽く叩く。健太は爽やかな笑顔を浮かべながら俺のことを見て、しっかりと頷いた。
健太と別れて、俺は宿の方へと戻っていく。
こうして明るくなってから歩くと、咲夜と一緒に散歩をして、浜辺で告白とキスをされたことが遠い昔のことのように感じる。そんなことを考えながら、宿の従業員用の出入り口に向かうと、
「あっ、颯人君戻ってきた。意外と早かったね」
昨日の朝と同じく桃色の寝間着を着た咲夜が出入り口前にいた。俺と目が合うと、ちょっと照れくさそうな様子で小さく手を振ってくる。咲夜を見ると、どうしても昨日の夜のことを思い出してしまい、ドキドキしてくる。
「おはよう、咲夜」
「おはよう、颯人君」
「咲夜、今日は昨日より早く目を覚ましたんだな」
「うん。昨日、告白してキスをしたからかな。でも、割と良く眠ることができたよ。目を覚ましたらすぐに外から扉が開く音が聞こえて。そうしたら、玄関に颯人君の靴がなかったからここで待っていたの」
「そうだったのか。その……ありがとう」
俺がそう言うと、咲夜はにっこりとした笑みを浮かべる。告白されて、キスをされた後だと、今までよりもずっと可愛らしく思える。
「颯人君も昨日よりも早く起きたじゃない」
「……ああ。正確にはあんまり眠れなかったんだけど。昨日、咲夜にも告白されたから、3人のことを考えててさ」
「そうだったんだ。何か、その……ごめんね」
「気にしなくていいさ。好きだって気持ち伝えることは何も悪くない。むしろ、凄く素敵なことだと思う」
眠ることができなかったのは、麗奈先輩や紗衣の告白にはっきりとした気持ちを出していなかったことの罰だと思っている。
咲夜は頬をほんのりと赤くさせて、俺の右手を両手でぎゅっと掴んでくる。
「ねえ、颯人君。これから部屋に行ってもいいかな? 紗衣ちゃんと会長さんはまだ寝ているし、颯人君と一緒にいたいの」
「……ああ、いいぞ」
「ありがとう」
明るくなってからでも、部屋に行きたいと言われるとドキドキするもんだな。もし、昨日の夜、散歩から戻ってきたときに言われたら、きっと今以上にドキドキしていただろうな。その流れで、咲夜と2人きりで一夜を明かすことになったら……ど、どんな風に過ごしたのか。色々考えると熱中症になって倒れそうだ。
俺は咲夜と一緒に宿の中に入り、4号室へと戻る。
「5号室とは全然違う雰囲気だよね」
「和室じゃないし、こっちはベッドだからな。昨日、咲夜との散歩から帰ってきたら、ずっとベッドでゴロゴロしてた」
「そうなんだ。あたしは5号室に戻ったら、紗衣ちゃんや会長さんに颯人君に告白したことを報告したよ。2人とも『言えて良かったね』って喜んでくれて。そのあとはふとんに入りながら、夜遅くまで颯人君の話で盛り上がったんだ。特に紗衣ちゃんは思い出話をたくさん話してくれて。楽しかったけど、羨ましかったな」
「そうだったのか」
照れくさくなってくるな。
同じ人のことが好きになっていがみ合うことなく、楽しく話をしたことが分かって安心もする。そんなことを思いながら、さっき自販機で買ったブラックコーヒーを飲む。
コーヒーのボトル缶をテーブルに置いた直後、咲夜は俺のことを抱きしめてキスをしてくる。
「……ブラックコーヒーを飲んだからか苦いね。でも、この苦味は嫌いじゃないよ」
コーヒーが苦手であると知っているからこそ、今の咲夜の言葉にはかなりの力があって。キスした流れで、至近距離で言われたこともあって心臓の鼓動が激しさを増す。
「ねえ、颯人君。そこのベッドで一緒に横になりたい。この前、紗衣ちゃんが颯人君の部屋のベッドで一緒に寝たって聞いたとき、凄く羨ましかったの。だから、あたしも横になってみたくて。あまり寝ていないようだし、あたしが側にいれば意外と眠れるかもよ? 今日も一日バイトがあるんだし、少しでも寝ておいた方がいいよ」
「……今、こうして抱きしめられて、キスされただけでもドキドキしているんだ。一緒に横になったら眠気が来るのか?」
「それは……やってみないと分からないと思うな」
上目遣いで俺のことを見ながらそう言うと、咲夜は一旦、俺への抱擁を解く。そして、俺の右手をぎゅっと掴んできて、ベッドの方へと倒れ込んだ。倒れ込む勢いに負けて、俺もベッドの上に倒れる。
「危ないな。ビックリしたぞ」
「ごめんごめん。あぁ、ベッドから颯人君の匂いがほんのり香ってくる」
ふふっ、と咲夜は小さく笑う。
咲夜がベッドから落ちてしまわないように、彼女を壁側に寝かせ、風邪を引かないように胸の辺りまでふとんを掛ける。その際、咲夜に右腕をぎゅっと抱きしめられて。紗衣と一緒に寝たときもこんな感じだったな。
「どう? 眠れそう?」
「……ドキドキはするけど、あまり眠れていないからか、それとも咲夜が温かくて気持ちいいからなのか段々と眠くなってきた」
「嬉しいな。従妹の紗衣ちゃんならまだしも、あたしだとドキドキしすぎて目が冴えたって言うのかなって思ったんだけど」
俺も正直そうなるんじゃないかと思ったけど、ベッドのふかふかさと、咲夜の温もりと柔らかな感触が心地よく感じられたのだ。
「颯人君さえ良ければ、あたしを抱き枕にしてもいいよ? 気持ち良く眠ることができるかもしれないよ。ちなみに、この前、紗衣ちゃんと寝たときはどんな感じだったの?」
「今みたいに腕を抱きしめられた状態で寝たな」
「なるほどね。よし、あたしのことを抱きしめてみよっか」
咲夜は俺の右腕を離す。腕を抱きしめるよりも、俺に体を抱きしめられる方が上だと思っているのだろうか。抱きしめられるのを待ち望んでいるのか、ワクワクとした様子で俺のことを至近距離で見つめている。
腕を抱かれたことで感じた咲夜の温もりが心地良く思えたほどだ。抱きしめたら、彼女の言うように気持ち良く眠ることができるかもしれない。そう思い、咲夜のことをそっと抱きしめる。
「……どう?」
「……不思議だ。さっきよりもドキドキするけれど、心地よさもちゃんとある。これなら眠れそうだ」
「……良かった。あたしもドキドキ……しています」
咲夜ははにかみながら俺のことを見る。その言葉通り、体から確かな鼓動が伝わってくる。彼女の熱い吐息が首筋にかかることにくすぐったさがあったけど、それも段々と気持ち良く感じられた。
「このまま寝ちゃって大丈夫だよ。7時近くになったらちゃんと起こすから」
「……分かった。あと、俺に抱きしめられて苦しくなったら、俺のことは気にせずに離れていいからな。起こしてくれていいし」
「お気遣いありがとう。おやすみ、颯人君」
「ああ、おやすみ」
俺はゆっくりと目を瞑る。そのことで、咲夜の温もりと甘い匂い、柔らかさにより包まれている感じがして。咲夜が撫でてくれているのか、髪から優しい感触があって。
昨日、あんまり眠ることができなかったのが嘘だったかのように、俺はすぐに眠りに落ちていった。
咲夜を抱きしめてからどのくらい経ったのだろうか。
ゆっくりと目を覚ますと、そこには……なぜか麗奈先輩が俺のことを見つめながら寝そべっていた。
「おはよう、はやちゃん」
「……お、おはようございま……す?」
どうして麗奈先輩がベッドに寝そべっているんだろう。優しい笑みを浮かべる麗奈先輩は俺の頭を優しく撫でてくる。……気持ちいいな。それでも、夢かもしれないと思って自分の頬をつねると確かな痛みが。
「ふふっ、はやちゃん、何やってるの」
「まだ夢じゃないかと思っているんじゃないですか?」
「寝ぼける颯人はレアですね」
麗奈先輩だけなく、咲夜と紗衣にまで笑われてしまった。どうやら、これは夢じゃなくて現実らしい。だからか、ちょっと恥ずかしい。
「おはようございます、麗奈先輩。咲夜や紗衣もおはよう。……2人ともどうしてここに?」
「紗衣ちゃんと会長さんが遊びに来たの。実はそのときのノック音が聞こえるまで、あたしも寝ちゃってたから助かった。そうしたら、麗奈先輩も颯人君と一緒にベッドで横になりたいって言うから」
「私も一度、颯人の隣で横になったけどね」
「そうだったんだ。それで、目を覚ましたら麗奈先輩がいたと」
そういったことがあったのに、全然目が覚めなかったな。それだけ深く眠っていたってことか。
「ベッドで一緒に横になるとドキドキするね」
「……状況が分かって、俺もようやくドキドキしてきました」
「ふふっ、はやちゃんかわいい!」
麗奈先輩は俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。咲夜や紗衣と負けず劣らずの甘い匂いと、2人以上の柔らかい感触を感じるから、ドキドキがすぐに激しいものになっていく。
部屋にかかっている時計を見ると、針が午前6時50分を指していた。1時間半近く眠ったのか。それにしては結構スッキリとしている。それはきっと、3人が俺の隣で横になってくれたおかげかもしれない。
午前5時過ぎ。ようやく外が明るくなってきたか。夏とはいえ、夜の時間がとても長く感じたな。
俺は洗面所に行って顔を何度も洗う。
「……ふぅ、ちょっと目が覚めた。そうだ、コーヒーでも買うか」
この時間なら、外に出ていても警察に捕まることはないだろう。俺は財布とスマートフォンを持って宿の外を出る。
どうしてこんなに眠いのかというと、昨晩、海岸で咲夜に告白されたことをきっかけに、彼女はもちろんのこと、紗衣や麗奈先輩のことも頭から離れなくなり、あまり寝ることができなかったのだ。今、3人に告白の返事を待たせている状況っていうのもある。
昨日と同じ自販機で、俺はボトル缶のブラックコーヒーを購入する。
「兄貴―!」
健太らしき声が聞こえたので、声がした方に向くと、非常に元気な様子の健太がこちらに向かって走ってくる。そんな彼の首には、璃子からプレゼントされたと思われる青いスポーツタオルがかかっていた。
「おはようございます! 兄貴!」
「おはよう、健太。そのスポーツタオル、璃子からの誕生日プレゼントか?」
「はい! 肌触りもいいですし、汗も拭きやすくて最高っすよ!」
そう言って、健太は満面の笑みを浮かべながら汗を拭く。本当に璃子と仲直りできて良かったなと思うよ。
「昨日よりも早い時間からランニングなんて偉いな」
「はい! ぐっすり眠ったんですけど、昨日の誕生日会が嬉しくて早く起きちゃったんです! それに、璃子のくれたこのスポーツタオルを使ってみたくて」
「そうか」
「それにしても、兄貴もかなり早く起きたんですね! 今日はブラックコーヒーなんすね! 大人だなぁ」
健太にとって、コーヒーは大人の象徴の1つなのかな。
俺も小学校高学年くらいのときにコーヒーを飲み始めたけど、当時はカフェオレがせいぜいだった。ブラックコーヒーを飲む両親や真弓さんが凄く大人に見えたものだ。
「……健太みたいに、俺も昨日は色々なことがあってさ。あまり眠れてなくて。だから、ブラックコーヒーを飲んで眠気を覚まそうとしてるんだ」
「そうなんすか! 今日も海の家に手伝いに行くんで、オレのことを頼ってください! オレ、料理は全然できないっすけど」
「……自分のできることを一生懸命にやればいいんだ。頼りにしてるぞ、12歳になった健太」
俺は健太の頭をポンと軽く叩く。健太は爽やかな笑顔を浮かべながら俺のことを見て、しっかりと頷いた。
健太と別れて、俺は宿の方へと戻っていく。
こうして明るくなってから歩くと、咲夜と一緒に散歩をして、浜辺で告白とキスをされたことが遠い昔のことのように感じる。そんなことを考えながら、宿の従業員用の出入り口に向かうと、
「あっ、颯人君戻ってきた。意外と早かったね」
昨日の朝と同じく桃色の寝間着を着た咲夜が出入り口前にいた。俺と目が合うと、ちょっと照れくさそうな様子で小さく手を振ってくる。咲夜を見ると、どうしても昨日の夜のことを思い出してしまい、ドキドキしてくる。
「おはよう、咲夜」
「おはよう、颯人君」
「咲夜、今日は昨日より早く目を覚ましたんだな」
「うん。昨日、告白してキスをしたからかな。でも、割と良く眠ることができたよ。目を覚ましたらすぐに外から扉が開く音が聞こえて。そうしたら、玄関に颯人君の靴がなかったからここで待っていたの」
「そうだったのか。その……ありがとう」
俺がそう言うと、咲夜はにっこりとした笑みを浮かべる。告白されて、キスをされた後だと、今までよりもずっと可愛らしく思える。
「颯人君も昨日よりも早く起きたじゃない」
「……ああ。正確にはあんまり眠れなかったんだけど。昨日、咲夜にも告白されたから、3人のことを考えててさ」
「そうだったんだ。何か、その……ごめんね」
「気にしなくていいさ。好きだって気持ち伝えることは何も悪くない。むしろ、凄く素敵なことだと思う」
眠ることができなかったのは、麗奈先輩や紗衣の告白にはっきりとした気持ちを出していなかったことの罰だと思っている。
咲夜は頬をほんのりと赤くさせて、俺の右手を両手でぎゅっと掴んでくる。
「ねえ、颯人君。これから部屋に行ってもいいかな? 紗衣ちゃんと会長さんはまだ寝ているし、颯人君と一緒にいたいの」
「……ああ、いいぞ」
「ありがとう」
明るくなってからでも、部屋に行きたいと言われるとドキドキするもんだな。もし、昨日の夜、散歩から戻ってきたときに言われたら、きっと今以上にドキドキしていただろうな。その流れで、咲夜と2人きりで一夜を明かすことになったら……ど、どんな風に過ごしたのか。色々考えると熱中症になって倒れそうだ。
俺は咲夜と一緒に宿の中に入り、4号室へと戻る。
「5号室とは全然違う雰囲気だよね」
「和室じゃないし、こっちはベッドだからな。昨日、咲夜との散歩から帰ってきたら、ずっとベッドでゴロゴロしてた」
「そうなんだ。あたしは5号室に戻ったら、紗衣ちゃんや会長さんに颯人君に告白したことを報告したよ。2人とも『言えて良かったね』って喜んでくれて。そのあとはふとんに入りながら、夜遅くまで颯人君の話で盛り上がったんだ。特に紗衣ちゃんは思い出話をたくさん話してくれて。楽しかったけど、羨ましかったな」
「そうだったのか」
照れくさくなってくるな。
同じ人のことが好きになっていがみ合うことなく、楽しく話をしたことが分かって安心もする。そんなことを思いながら、さっき自販機で買ったブラックコーヒーを飲む。
コーヒーのボトル缶をテーブルに置いた直後、咲夜は俺のことを抱きしめてキスをしてくる。
「……ブラックコーヒーを飲んだからか苦いね。でも、この苦味は嫌いじゃないよ」
コーヒーが苦手であると知っているからこそ、今の咲夜の言葉にはかなりの力があって。キスした流れで、至近距離で言われたこともあって心臓の鼓動が激しさを増す。
「ねえ、颯人君。そこのベッドで一緒に横になりたい。この前、紗衣ちゃんが颯人君の部屋のベッドで一緒に寝たって聞いたとき、凄く羨ましかったの。だから、あたしも横になってみたくて。あまり寝ていないようだし、あたしが側にいれば意外と眠れるかもよ? 今日も一日バイトがあるんだし、少しでも寝ておいた方がいいよ」
「……今、こうして抱きしめられて、キスされただけでもドキドキしているんだ。一緒に横になったら眠気が来るのか?」
「それは……やってみないと分からないと思うな」
上目遣いで俺のことを見ながらそう言うと、咲夜は一旦、俺への抱擁を解く。そして、俺の右手をぎゅっと掴んできて、ベッドの方へと倒れ込んだ。倒れ込む勢いに負けて、俺もベッドの上に倒れる。
「危ないな。ビックリしたぞ」
「ごめんごめん。あぁ、ベッドから颯人君の匂いがほんのり香ってくる」
ふふっ、と咲夜は小さく笑う。
咲夜がベッドから落ちてしまわないように、彼女を壁側に寝かせ、風邪を引かないように胸の辺りまでふとんを掛ける。その際、咲夜に右腕をぎゅっと抱きしめられて。紗衣と一緒に寝たときもこんな感じだったな。
「どう? 眠れそう?」
「……ドキドキはするけど、あまり眠れていないからか、それとも咲夜が温かくて気持ちいいからなのか段々と眠くなってきた」
「嬉しいな。従妹の紗衣ちゃんならまだしも、あたしだとドキドキしすぎて目が冴えたって言うのかなって思ったんだけど」
俺も正直そうなるんじゃないかと思ったけど、ベッドのふかふかさと、咲夜の温もりと柔らかな感触が心地よく感じられたのだ。
「颯人君さえ良ければ、あたしを抱き枕にしてもいいよ? 気持ち良く眠ることができるかもしれないよ。ちなみに、この前、紗衣ちゃんと寝たときはどんな感じだったの?」
「今みたいに腕を抱きしめられた状態で寝たな」
「なるほどね。よし、あたしのことを抱きしめてみよっか」
咲夜は俺の右腕を離す。腕を抱きしめるよりも、俺に体を抱きしめられる方が上だと思っているのだろうか。抱きしめられるのを待ち望んでいるのか、ワクワクとした様子で俺のことを至近距離で見つめている。
腕を抱かれたことで感じた咲夜の温もりが心地良く思えたほどだ。抱きしめたら、彼女の言うように気持ち良く眠ることができるかもしれない。そう思い、咲夜のことをそっと抱きしめる。
「……どう?」
「……不思議だ。さっきよりもドキドキするけれど、心地よさもちゃんとある。これなら眠れそうだ」
「……良かった。あたしもドキドキ……しています」
咲夜ははにかみながら俺のことを見る。その言葉通り、体から確かな鼓動が伝わってくる。彼女の熱い吐息が首筋にかかることにくすぐったさがあったけど、それも段々と気持ち良く感じられた。
「このまま寝ちゃって大丈夫だよ。7時近くになったらちゃんと起こすから」
「……分かった。あと、俺に抱きしめられて苦しくなったら、俺のことは気にせずに離れていいからな。起こしてくれていいし」
「お気遣いありがとう。おやすみ、颯人君」
「ああ、おやすみ」
俺はゆっくりと目を瞑る。そのことで、咲夜の温もりと甘い匂い、柔らかさにより包まれている感じがして。咲夜が撫でてくれているのか、髪から優しい感触があって。
昨日、あんまり眠ることができなかったのが嘘だったかのように、俺はすぐに眠りに落ちていった。
咲夜を抱きしめてからどのくらい経ったのだろうか。
ゆっくりと目を覚ますと、そこには……なぜか麗奈先輩が俺のことを見つめながら寝そべっていた。
「おはよう、はやちゃん」
「……お、おはようございま……す?」
どうして麗奈先輩がベッドに寝そべっているんだろう。優しい笑みを浮かべる麗奈先輩は俺の頭を優しく撫でてくる。……気持ちいいな。それでも、夢かもしれないと思って自分の頬をつねると確かな痛みが。
「ふふっ、はやちゃん、何やってるの」
「まだ夢じゃないかと思っているんじゃないですか?」
「寝ぼける颯人はレアですね」
麗奈先輩だけなく、咲夜と紗衣にまで笑われてしまった。どうやら、これは夢じゃなくて現実らしい。だからか、ちょっと恥ずかしい。
「おはようございます、麗奈先輩。咲夜や紗衣もおはよう。……2人ともどうしてここに?」
「紗衣ちゃんと会長さんが遊びに来たの。実はそのときのノック音が聞こえるまで、あたしも寝ちゃってたから助かった。そうしたら、麗奈先輩も颯人君と一緒にベッドで横になりたいって言うから」
「私も一度、颯人の隣で横になったけどね」
「そうだったんだ。それで、目を覚ましたら麗奈先輩がいたと」
そういったことがあったのに、全然目が覚めなかったな。それだけ深く眠っていたってことか。
「ベッドで一緒に横になるとドキドキするね」
「……状況が分かって、俺もようやくドキドキしてきました」
「ふふっ、はやちゃんかわいい!」
麗奈先輩は俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。咲夜や紗衣と負けず劣らずの甘い匂いと、2人以上の柔らかい感触を感じるから、ドキドキがすぐに激しいものになっていく。
部屋にかかっている時計を見ると、針が午前6時50分を指していた。1時間半近く眠ったのか。それにしては結構スッキリとしている。それはきっと、3人が俺の隣で横になってくれたおかげかもしれない。
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