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エピローグ『また花が咲いた。』
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8月12日、月曜日。
午後8時過ぎ。
俺は小雪と一緒に近所の花畑にいる。俺達は今、咲夜、紗衣、麗奈先輩がここに来るのを待っているのだ。
「みんなにも早く月下美人の花を見せてあげたいね!」
「ああ、そうだな」
そう、3人をここに呼び出したのは、月下美人の花が咲いたからだ。咲夜にニセの恋人になってほしいと言われたあの日以降では初めてのこと。普段とは違って、花畑にいると月下美人の花の独特の香りが感じられる。
「こんばんは、はやちゃん、小雪ちゃん」
ロングスカートにVネックのTシャツ姿の麗奈先輩が最初に花畑にやってきた。3人の中では、ここから一番近いところに住んでいるからな。俺達と目が合うと、先輩は嬉しそうな様子で手を振ってくる。
ちなみに、咲夜と紗衣は駅で待ち合わせて一緒に来るそうだ。
「麗奈先輩、こんばんは」
「こんばんは、麗奈さん!」
「2人ともこんばんは。はやちゃん、わざわざ呼んでくれてありがとう」
「いえいえ。確か、期末試験の勉強をするときでしたよね。この花畑に来て、月下美人の花が咲いたら連絡してと言っていましたから。俺も次咲いたら、みんなで一緒に見たいって思っていたんです」
「そっか。……あのときの言葉を覚えていてくれて嬉しいな」
えへへっ、と麗奈先輩は嬉しそうに笑う。満月にかなり近い月の明かりと街灯の明るさもあってか、彼女の頬がほんのりと赤くなっているのも分かった。
麗奈先輩は月下美人の花の前に行く。
「この白い花が月下美人だよね」
「そうです。今シーズン2度目の開花です。綺麗に咲いてくれました」
「本当に綺麗だね。これが月下美人の花の匂いかぁ。中学時代にはやちゃんを陰で見ていたとき、こんな匂いを嗅いだことがあったな。そういえば、その時期って夏だった気がする」
「そ、そうだったんですね」
麗奈先輩は中学時代の俺の様子をこっそりと見ていたんだっけ。花畑の近くにいれば、月下美人の花の香りを感じることができるか。
「はやちゃん、スマホで写真を撮ってもいいかな」
「もちろんですよ」
「ありがとう」
麗奈先輩はスカートのポケットからスマホを取り出して、月下美人の写真を撮影したり、月下美人をバックに自撮りしたりしている。ちゃんと見ることができたぞっていう記念なのかな。
咲夜と紗衣が来るまでは、俺の持参したデジカメやスケッチブックを見ながら、麗奈先輩と小雪と談笑する。その中で、咲夜の家へ泊まりに行ったときに何をしていたのか追究されたけれど。
「お待たせしました!」
「3人ともこんばんは。颯人、呼んでくれてありがとう」
麗奈先輩が来てからおよそ30分後。
キュロットスカートにブラウス姿の咲夜と、ジーパンにYシャツ姿の紗衣が手を繋ぎながら花畑にやってきた。2人が無事にここに来てくれて安心もするが、咲夜の可愛らしい笑顔を見た瞬間にキュンとなった。可愛いな、俺の恋人。
「咲夜、紗衣、こんばんは」
「咲夜ちゃん、紗衣ちゃん、こんばんは」
「咲夜さん、紗衣ちゃん、こんばんは。でも、咲夜さんのことはお義姉さんって呼んだ方がいいですかね?」
「こ、小雪ちゃんの呼びやすい方でいいよ。ただ、あたしとしてはまだ結婚していないし、名前で呼んでくれた方が距離感も近くて好きかな」
「ふふっ、では今までと同じく咲夜さんで」
小雪のからかいで咲夜は恥ずかしそうな様子に。いつかは2人が本当に義理の姉妹になるように頑張らなければ。
「おっ、綺麗に月下美人の花が咲いたね」
「そうだね。この花を見ると、颯人君と初めてちゃんと話したあの日のことを思い出すな。大げさかもしれないけど、あれが全ての始まりだったんだろうね」
「そうだな。みんなと一緒に月下美人の花を見ることができて嬉しいぞ。特に咲夜とは。あの日のこともあってか、月下美人は俺にとって大切な花だから」
「……あたしにとっても大切な花だし、大好きな花でもあるよ」
咲夜はうっとりとした様子で俺のことを見つめてくる。2人きりだったらこの流れでキスしていただろうが、みんなのいる前では恥ずかしいので、今は彼女の頭を優しく撫でることに。
「颯人と咲夜、カップルらしい雰囲気を出しちゃって」
「フラれてから日も浅いけど、こうして2人の仲のいいところを見るとほっこりできるんだよね」
「それ分かります。きっと、咲夜なら大丈夫だって思えるからでしょうね」
「そうだね」
「紗衣ちゃんと麗奈さん、大人の女性って感じがします! ……あれ? もしかして、お兄ちゃんと咲夜さんが結婚したら、咲夜さんと紗衣ちゃんが親戚関係になってこと?」
「そうなるな」
「颯人君と結婚したら、あたしと紗衣ちゃん、親戚同士になるんだ。何だか不思議な感じがする」
「ははっ、そうだね」
咲夜と紗衣は俺を通じて仲良くなった友人同士だから、将来的に彼女達が親戚になると思うと、咲夜の言う通り不思議な感じがするな。
「じゃあ、2人が結婚したら、この中では私だけが他人になっちゃうんだね」
はあっ、と麗奈先輩は悲しげな様子でため息をつく。両眼に涙を浮かべてしまうほどに悲しいんだな。
「確かにそうなりますけど、颯人君は友人ですし、紗衣ちゃんやあたしは親友ですし、かつての恋のライバルでもありますし、その……心の親戚ですから!」
「……ははっ」
心の親戚は初めて聞いたな。思わず声に出して笑ってしまう。
すると、今の咲夜の言葉に納得したのか、麗奈先輩はとても嬉しそうな笑みを浮かべ、
「そうだよね! 私達は心で繋がっているよね!」
と言って、咲夜と紗衣のことをぎゅっと抱きしめた。この夏を経て、3人はいつまでも固い絆で繋がっていられるんじゃないだろうか。
3人は抱きしめ合ったまま、何かコソコソと話しているな。
すると、程なくして紗衣と麗奈先輩の顔が真っ赤になる。その直後に咲夜が俺に向かって両手を合わせ、申し訳なさそうな様子で俺のことを見てくる。まさか、咲夜の家に泊まったときのことを2人に教えたのか?
麗奈先輩は恥ずかしげな様子で俺の目の前までやってくる。
「はやちゃん」
「は、はい」
「気持ちいいことをしたいのは分かるよ! 私もはやちゃんの恋人になったらたくさんしたかったし。咲夜ちゃんの体を大切にしようね! あと、2人は高校生であること忘れないように! 生徒会長からは以上です!」
「麗奈会長の言う通りだね。ただ、何かあったら会長や私に相談して」
「あ、ああ。分かったよ」
やっぱり、咲夜は泊まった日の夜のことを話したんだな。麗奈先輩の言うように、咲夜のことを大切にしないとな。それに、俺達はまだ高校生だから。
あと、さりげなく凄いことを麗奈先輩から告白された気がする。
「そ、そうだ! せっかく月下美人の花も咲いたし、5人一緒に写真を撮りたいです!」
「いいですね、咲夜さん! みんなで撮りましょうよ! お兄ちゃん、三脚も持ってきているよね?」
「ああ。こんな展開になるかもしれないと思って持っているぞ。みんなで撮りましょう」
俺のスマホとデジカメを使って、月下美人をバックにして5人の写真を撮影した。その際、咲夜と寄り添いながら。
スマホで撮った写真を4人が確認している。
「みなさんも月下美人の花もいい感じに撮れていますね!」
「うん! いい写真だね!」
「みんないい笑顔で写っていますね。颯人もいい顔してる。これも隣で腕を組んでいる咲夜のおかげかな?」
「……えへへっ。この颯人君の笑顔、大好き」
咲夜はそう言うと、俺のことを見てニッコリと笑みを見せてくれる。
小雪が持つ俺のスマホをチラッと見ると、自分とは思えない笑顔になっているな。紗衣の言うとおり、ここまでの笑顔になれたのは咲夜のおかげかもしれないな。
「じゃあ、その写真をみんなのスマホに送りますよ。なので、スマホを……」
「ちょっと待って、お兄ちゃん。さっき、お兄ちゃんと咲夜さん、2人とも月下美人の花が大切な花だって言っていたじゃないですか。せっかくですから、お花の前でキスした写真を撮りませんか? 次、月下美人の花がいつ咲くのか分かりませんし」
「ほえっ?」
「こ、小雪……」
確かに、月下美人の花はお互いにとって大切な花だから、それをバックにキスをする写真を撮るというのは魅力的だ。次にいつ咲くか分からないし、咲いた日がこんなに晴れている夜とも限らない。
ただ、紗衣や麗奈先輩の前でキスをするのは恥ずかしい。それに、すぐ側の道をいつ誰が通るか分からないし。
「私は小雪ちゃんの提案、素敵だと思うけれど」
「そうだね、紗衣ちゃん。キース! キース!」
『キース! キース!』
麗奈先輩から始まったそんなキスコールはすぐに紗衣、小雪にも広がる。くそっ、可愛い笑顔で言われると止められないではないか。
「……しようよ、颯人君。あたしも月下美人の前での颯人君とキスする写真がほしいし」
「……分かった」
「じゃあ決まりですね!」
「いいキス見せて! はやちゃん! 咲夜ちゃん!」
「麗奈会長の命令はちゃんと聞かなきゃいけないよ!」
3人とも、この状況を本当に楽しんでいるな。
俺は咲夜に手を引かれる形で月下美人の前まで行き、彼女と向かい合うようにして立つ。何だかこうしていると、咲夜と初めて話した日のことを鮮明に思い出すな。
「颯人君も思い出してる? 前回、月下美人が咲いたあの日のこと」
「ああ」
「あの日はニセの恋人になってほしいって頼んだけれど、今はこうして本当の恋人になれてとても幸せだよ。颯人君のことが大好きです」
「俺も大好きだ。咲夜」
前回、月下美人の花が咲いたとき、俺と咲夜は単なるクラスメイトだった。
そこから紆余曲折を経て、今回、月下美人の花が咲いたときには俺達は恋人になっていた。
きっと、これから何代にも渡って命が引き継がれた月下美人の花が咲くとき、俺達はまた別の関係になっていることだろう。その関係が今よりも親密でありたい。そう強く願いながら俺は咲夜のことを抱き寄せてキスをする。みんなに見られるのは恥ずかしいけれど、キスする嬉しさの方が勝る。
長めのキスを終えると、咲夜はとても可愛らしい笑みを見せてくれて、紗衣、麗奈先輩、小雪も楽しそうに拍手を送ってくれる。みんなのおかげで、以前の自分には想像もできなかった幸せを掴めたのだと実感するのであった。
『アドルフの微笑』 おわり
午後8時過ぎ。
俺は小雪と一緒に近所の花畑にいる。俺達は今、咲夜、紗衣、麗奈先輩がここに来るのを待っているのだ。
「みんなにも早く月下美人の花を見せてあげたいね!」
「ああ、そうだな」
そう、3人をここに呼び出したのは、月下美人の花が咲いたからだ。咲夜にニセの恋人になってほしいと言われたあの日以降では初めてのこと。普段とは違って、花畑にいると月下美人の花の独特の香りが感じられる。
「こんばんは、はやちゃん、小雪ちゃん」
ロングスカートにVネックのTシャツ姿の麗奈先輩が最初に花畑にやってきた。3人の中では、ここから一番近いところに住んでいるからな。俺達と目が合うと、先輩は嬉しそうな様子で手を振ってくる。
ちなみに、咲夜と紗衣は駅で待ち合わせて一緒に来るそうだ。
「麗奈先輩、こんばんは」
「こんばんは、麗奈さん!」
「2人ともこんばんは。はやちゃん、わざわざ呼んでくれてありがとう」
「いえいえ。確か、期末試験の勉強をするときでしたよね。この花畑に来て、月下美人の花が咲いたら連絡してと言っていましたから。俺も次咲いたら、みんなで一緒に見たいって思っていたんです」
「そっか。……あのときの言葉を覚えていてくれて嬉しいな」
えへへっ、と麗奈先輩は嬉しそうに笑う。満月にかなり近い月の明かりと街灯の明るさもあってか、彼女の頬がほんのりと赤くなっているのも分かった。
麗奈先輩は月下美人の花の前に行く。
「この白い花が月下美人だよね」
「そうです。今シーズン2度目の開花です。綺麗に咲いてくれました」
「本当に綺麗だね。これが月下美人の花の匂いかぁ。中学時代にはやちゃんを陰で見ていたとき、こんな匂いを嗅いだことがあったな。そういえば、その時期って夏だった気がする」
「そ、そうだったんですね」
麗奈先輩は中学時代の俺の様子をこっそりと見ていたんだっけ。花畑の近くにいれば、月下美人の花の香りを感じることができるか。
「はやちゃん、スマホで写真を撮ってもいいかな」
「もちろんですよ」
「ありがとう」
麗奈先輩はスカートのポケットからスマホを取り出して、月下美人の写真を撮影したり、月下美人をバックに自撮りしたりしている。ちゃんと見ることができたぞっていう記念なのかな。
咲夜と紗衣が来るまでは、俺の持参したデジカメやスケッチブックを見ながら、麗奈先輩と小雪と談笑する。その中で、咲夜の家へ泊まりに行ったときに何をしていたのか追究されたけれど。
「お待たせしました!」
「3人ともこんばんは。颯人、呼んでくれてありがとう」
麗奈先輩が来てからおよそ30分後。
キュロットスカートにブラウス姿の咲夜と、ジーパンにYシャツ姿の紗衣が手を繋ぎながら花畑にやってきた。2人が無事にここに来てくれて安心もするが、咲夜の可愛らしい笑顔を見た瞬間にキュンとなった。可愛いな、俺の恋人。
「咲夜、紗衣、こんばんは」
「咲夜ちゃん、紗衣ちゃん、こんばんは」
「咲夜さん、紗衣ちゃん、こんばんは。でも、咲夜さんのことはお義姉さんって呼んだ方がいいですかね?」
「こ、小雪ちゃんの呼びやすい方でいいよ。ただ、あたしとしてはまだ結婚していないし、名前で呼んでくれた方が距離感も近くて好きかな」
「ふふっ、では今までと同じく咲夜さんで」
小雪のからかいで咲夜は恥ずかしそうな様子に。いつかは2人が本当に義理の姉妹になるように頑張らなければ。
「おっ、綺麗に月下美人の花が咲いたね」
「そうだね。この花を見ると、颯人君と初めてちゃんと話したあの日のことを思い出すな。大げさかもしれないけど、あれが全ての始まりだったんだろうね」
「そうだな。みんなと一緒に月下美人の花を見ることができて嬉しいぞ。特に咲夜とは。あの日のこともあってか、月下美人は俺にとって大切な花だから」
「……あたしにとっても大切な花だし、大好きな花でもあるよ」
咲夜はうっとりとした様子で俺のことを見つめてくる。2人きりだったらこの流れでキスしていただろうが、みんなのいる前では恥ずかしいので、今は彼女の頭を優しく撫でることに。
「颯人と咲夜、カップルらしい雰囲気を出しちゃって」
「フラれてから日も浅いけど、こうして2人の仲のいいところを見るとほっこりできるんだよね」
「それ分かります。きっと、咲夜なら大丈夫だって思えるからでしょうね」
「そうだね」
「紗衣ちゃんと麗奈さん、大人の女性って感じがします! ……あれ? もしかして、お兄ちゃんと咲夜さんが結婚したら、咲夜さんと紗衣ちゃんが親戚関係になってこと?」
「そうなるな」
「颯人君と結婚したら、あたしと紗衣ちゃん、親戚同士になるんだ。何だか不思議な感じがする」
「ははっ、そうだね」
咲夜と紗衣は俺を通じて仲良くなった友人同士だから、将来的に彼女達が親戚になると思うと、咲夜の言う通り不思議な感じがするな。
「じゃあ、2人が結婚したら、この中では私だけが他人になっちゃうんだね」
はあっ、と麗奈先輩は悲しげな様子でため息をつく。両眼に涙を浮かべてしまうほどに悲しいんだな。
「確かにそうなりますけど、颯人君は友人ですし、紗衣ちゃんやあたしは親友ですし、かつての恋のライバルでもありますし、その……心の親戚ですから!」
「……ははっ」
心の親戚は初めて聞いたな。思わず声に出して笑ってしまう。
すると、今の咲夜の言葉に納得したのか、麗奈先輩はとても嬉しそうな笑みを浮かべ、
「そうだよね! 私達は心で繋がっているよね!」
と言って、咲夜と紗衣のことをぎゅっと抱きしめた。この夏を経て、3人はいつまでも固い絆で繋がっていられるんじゃないだろうか。
3人は抱きしめ合ったまま、何かコソコソと話しているな。
すると、程なくして紗衣と麗奈先輩の顔が真っ赤になる。その直後に咲夜が俺に向かって両手を合わせ、申し訳なさそうな様子で俺のことを見てくる。まさか、咲夜の家に泊まったときのことを2人に教えたのか?
麗奈先輩は恥ずかしげな様子で俺の目の前までやってくる。
「はやちゃん」
「は、はい」
「気持ちいいことをしたいのは分かるよ! 私もはやちゃんの恋人になったらたくさんしたかったし。咲夜ちゃんの体を大切にしようね! あと、2人は高校生であること忘れないように! 生徒会長からは以上です!」
「麗奈会長の言う通りだね。ただ、何かあったら会長や私に相談して」
「あ、ああ。分かったよ」
やっぱり、咲夜は泊まった日の夜のことを話したんだな。麗奈先輩の言うように、咲夜のことを大切にしないとな。それに、俺達はまだ高校生だから。
あと、さりげなく凄いことを麗奈先輩から告白された気がする。
「そ、そうだ! せっかく月下美人の花も咲いたし、5人一緒に写真を撮りたいです!」
「いいですね、咲夜さん! みんなで撮りましょうよ! お兄ちゃん、三脚も持ってきているよね?」
「ああ。こんな展開になるかもしれないと思って持っているぞ。みんなで撮りましょう」
俺のスマホとデジカメを使って、月下美人をバックにして5人の写真を撮影した。その際、咲夜と寄り添いながら。
スマホで撮った写真を4人が確認している。
「みなさんも月下美人の花もいい感じに撮れていますね!」
「うん! いい写真だね!」
「みんないい笑顔で写っていますね。颯人もいい顔してる。これも隣で腕を組んでいる咲夜のおかげかな?」
「……えへへっ。この颯人君の笑顔、大好き」
咲夜はそう言うと、俺のことを見てニッコリと笑みを見せてくれる。
小雪が持つ俺のスマホをチラッと見ると、自分とは思えない笑顔になっているな。紗衣の言うとおり、ここまでの笑顔になれたのは咲夜のおかげかもしれないな。
「じゃあ、その写真をみんなのスマホに送りますよ。なので、スマホを……」
「ちょっと待って、お兄ちゃん。さっき、お兄ちゃんと咲夜さん、2人とも月下美人の花が大切な花だって言っていたじゃないですか。せっかくですから、お花の前でキスした写真を撮りませんか? 次、月下美人の花がいつ咲くのか分かりませんし」
「ほえっ?」
「こ、小雪……」
確かに、月下美人の花はお互いにとって大切な花だから、それをバックにキスをする写真を撮るというのは魅力的だ。次にいつ咲くか分からないし、咲いた日がこんなに晴れている夜とも限らない。
ただ、紗衣や麗奈先輩の前でキスをするのは恥ずかしい。それに、すぐ側の道をいつ誰が通るか分からないし。
「私は小雪ちゃんの提案、素敵だと思うけれど」
「そうだね、紗衣ちゃん。キース! キース!」
『キース! キース!』
麗奈先輩から始まったそんなキスコールはすぐに紗衣、小雪にも広がる。くそっ、可愛い笑顔で言われると止められないではないか。
「……しようよ、颯人君。あたしも月下美人の前での颯人君とキスする写真がほしいし」
「……分かった」
「じゃあ決まりですね!」
「いいキス見せて! はやちゃん! 咲夜ちゃん!」
「麗奈会長の命令はちゃんと聞かなきゃいけないよ!」
3人とも、この状況を本当に楽しんでいるな。
俺は咲夜に手を引かれる形で月下美人の前まで行き、彼女と向かい合うようにして立つ。何だかこうしていると、咲夜と初めて話した日のことを鮮明に思い出すな。
「颯人君も思い出してる? 前回、月下美人が咲いたあの日のこと」
「ああ」
「あの日はニセの恋人になってほしいって頼んだけれど、今はこうして本当の恋人になれてとても幸せだよ。颯人君のことが大好きです」
「俺も大好きだ。咲夜」
前回、月下美人の花が咲いたとき、俺と咲夜は単なるクラスメイトだった。
そこから紆余曲折を経て、今回、月下美人の花が咲いたときには俺達は恋人になっていた。
きっと、これから何代にも渡って命が引き継がれた月下美人の花が咲くとき、俺達はまた別の関係になっていることだろう。その関係が今よりも親密でありたい。そう強く願いながら俺は咲夜のことを抱き寄せてキスをする。みんなに見られるのは恥ずかしいけれど、キスする嬉しさの方が勝る。
長めのキスを終えると、咲夜はとても可愛らしい笑みを見せてくれて、紗衣、麗奈先輩、小雪も楽しそうに拍手を送ってくれる。みんなのおかげで、以前の自分には想像もできなかった幸せを掴めたのだと実感するのであった。
『アドルフの微笑』 おわり
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