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本編-ARIA-
第22話『好きですが好きですか?』
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5月21日、土曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、屋の中はうっすらと明るくなっていた。
僕の隣では、美来が僕の腕を枕にして気持ち良さそうに眠っている。いい夢を見ていそうな気がする。
枕元に置いておいたスマートフォンで時刻を確認しようとしたけど、
『週末になると寮からいなくなるけど何やってんの?』
というLINEのメッセージが表示された。えっ、何なんだ……このメッセージ。
「……あっ、これ……美来のだった」
手探りで掴んでしまったせいで、僕のスマートフォンと間違えてしまった。
それにしても今のメッセージ、学校の友達からかな。週末、僕の家に行っていることは学校の子には言ってないのかな。もしかしたら、言い辛いのかも。
改めて、僕のスマートフォンで時刻を確認すると、今は午前7時半過ぎ。昨日、お酒を呑んだ割には早く起きることができた。
「うん……」
有紗さんの声が聞こえたので、僕はゆっくりと体を起こしてベッドの方を見てみると、ちょうど彼女が目を覚ましたところだった。
「あれ、智也君……?」
「おはようございます、有紗さん」
有紗さんは周りを見渡して、
「ここ、智也君のお家?」
「そうですよ、有紗さん。有紗さん、自分の家の最寄り駅で目が覚めなかったので、僕の家まで連れてきたんですよ。あと、何も変なことはしていないので安心してください」
実際には有紗さんが深夜、寝ぼけたからか美来にキスをしたんだけれど。それを言ったら、彼女の気持ちを乱すだけだと思うので言うのは止めておこう。
「いつもより気持ち良く眠ることができたのは、智也君のベッドだったからなのかな」
「……よく眠れたのなら良かったです」
どうやら、僕の家に連れてきて正解だったようだ。今のところ、嫌そうな様子は一つも見せていない。
「あれ、その子……今、初めて見たはずなのに、最近会ったことがあるようなないような……」
どうやら、夜中のことを全く覚えてないわけではないらしい。
「その子は智也君の妹さん? それとも親戚の子とか?」
「前に話したことがあると思いますが、僕の大切な人です」
「とても可愛い女の子ね。歳はいくつ?」
「16歳ですね。先月、高校生になったばかりです」
まるで、自己紹介をしているような気分だ。
「へえ、16歳なんだ。それなのに、こんなに可愛くてスタイルも良くて、金色の髪も綺麗で……何だか全てが羨ましい」
「有紗さんだって十分に可愛らしいと思いますよ」
スタイルもいいと思う。だけど、そこまで言っていいのかが分からないのでとりあえず言わないでおく。
「ありがとう。それで、赤の他人である16歳の女の子とどうして一緒の部屋に寝ているのかな? 智也君は大切な人って言っているけれど……」
有紗さん、若干引いた感じで僕のことを見ている。ここはちゃんと美来との関係性を説明しないと変に誤解されてしまいそうだ。後々、やっかいなことになりかねない。
有紗さんに10年前からの美来との関係を話すと、
「なるほど。それなら、今のところ彼女じゃないけれど、大切な人とは言えるわね」
と、有紗さんは理解を示してくれた。
「となると、朝比奈さんは智也君のことが本当に大好きなのね……」
笑ってそう言うものの、何だか寂しそうに聞こえた。
「羨ましいなぁ……」
「羨ましい?」
僕がそう訊くと、有紗さんはほんのりと頬を赤くし、僕に向いていた視線がちらつき始める。
「えっ、いや……朝比奈さんにはプロポーズを2回するくらいに好きな人がいて、その人と週末は一緒に過ごしていることが羨ましいって言っただけよ。別にその……智也君と一緒に過ごせることが羨ましいって言っているわけじゃないから」
「そうですか」
夜中に寝ぼけていたときは僕にキスしようとし、僕にずっと離れないでほしいと言ったのに。きっと、有紗さんをそうさせるほど、彼女の夢に出てきた僕が相当いい奴だったんだろう。そういうことにしておこう。
「んっ……」
僕と有紗さんが話していたからか、美来が目を覚ましてしまった。
「智也さん……おはようございます」
「おはよう、美来。ごめんね、僕と有紗さんが話していたから起こしちゃったかな」
「いいえ、いいんです。気持ち良く起きることができたので……」
う~ん、と美来は体を伸ばす。
「あの……」
美来に恐縮しているのか、有紗さんは小さめの声で美来に声をかける。
「あっ、月村さん。おはようございます。よく眠れましたか?」
「お、おかげさまで。あと、私1人でベッドを使ってしまってごめんなさい」
「いいえ、かまいません。智也さんと一緒におふとんで眠ることができましたから」
笑顔で言うところをみると、どうやら僕と眠れたことが嬉しかったようだ。
「ええと、昨日の夜にちょっと話したかもしれないけれど、酔っ払っていたから全然覚えていないの。だから、改めて自己紹介させて。月村有紗といいます。智也君と同じ会社に勤めていて、彼の1年先輩。先月から智也君と一緒に同じ仕事をしているわ。ちなみに今年で……25歳になるかな、確か。もっと若いかもしれないけれど」
「ふふっ、そうなのですか。智也さんがいつもお世話になっています」
「いいえ、こちらこそ」
「では、私の方からも。朝比奈美来といいます。智也さんの……まだ恋人にはなっていませんが、お嫁さん筆頭候補です。2度ほどプロポーズをして今は返事待ちです。先月、私立月が丘高校に入学しました」
彼女ではないけれど、お嫁さん筆頭候補。プロポーズをされているのは美来だけなのでそれは正しいかな。
あと、俺は美来に返事を待たせてしまっているんだよな。申し訳なくて、心がチクッとなった。
「お嫁さん筆頭候補……なんだね。でも、彼女じゃないんだ。さっき、智也君から話を聞いていたから理解できるけど、事情を知らなかったら首を傾げちゃうね」
「そうですね。なので、智也さんには早く私の恋人になってほしいのですが……」
「関係性をはっきりさせたいわけだ。確かに、智也君も朝比奈さんのことを大切な人って言っていたもんね。恋人はいないとも言っていたし。あと、朝比奈さんって月が丘高校に通っているんだ。そこに妹が通っているの。妹は2年生だけれど」
「そうなんですか! あと、私のことは名前で呼んでもらってかまいませんよ」
いつだったかは忘れたけど、呑み会で有紗さんには妹が1人いるって言っていたなぁ。そうか、妹さんは美来と同じ高校に通っているんだ。
「しかし、昨晩とは違って穏やかな感じの方ですね。ちょっと安心しました」
「えっ? そう言うってことは、あたし……昨日の夜に2人に何かしちゃった?」
まずいことをしたかもと思っているのか、有紗さんの額が汗ばんでいる。
「ええと、寝ぼけて私にキスをしたり、智也さんにキスをしようとしたり。そのときの月村さんは智也さんにキスしたかったようですよ? あと、智也さんのことを抱きしめて、智也さんに物凄く甘えた言葉を言っていました」
そんなにはっきりと言わなくていいのに。全部事実だけれど。
案の定、有紗さんは顔を真っ赤にし、恥ずかしいからか枕で顔を隠してしまう。
「うううっ、あたし、2人になんてことを……」
「あそこまで言わなくても良かったんじゃないかな、美来」
「……ごめんなさい」
美来が謝ると、有紗さんは枕から顔を出して、
「別に気にしないでいいんだよ。あたしは変なことをしちゃったんだし。…でも、智也君にキスかぁ。あと、智也君に甘えたってど、どういう風に甘えたの?」
「……えっとですね」
僕の口から言ってしまっていいのだろうか。
「智也さんのことを抱きしめて、智也さんにずっといなくならないでほしいと言っていました。寝ている間にどこにも行かないでって」
「……あたし、智也君にそんなことを言ってたのね……」
「単刀直入に訊きます。月村さんは智也さんのことが好きなのですか?」
「ふえっ?」
有紗さんは可愛らしい声を上げた。
確かに、昨日の夜に有紗さんが僕のことが好きかもしれないって話はしたけれど、こんなすぐに訊いちゃっていいのか。ましてや、互いに自己紹介をしたすぐ後に。
「えっと、その……」
悶えている有紗さんを見るのは初めてだ。今の有紗さんは仕事をしているときとは別人なんじゃないかというくらい。
すると、有紗さんは僕の手をぎゅっと握って、
「智也君のこと、今の現場で一緒に仕事をする前からずっと好きだったし、今も好きだよ。今すぐに付き合ってとはいわないから、まずはそれを覚えておいてくれるかな」
僕の目を見てしっかりと言った。その想いはきっと、彼女の手から伝わってきているような優しくて温かいものなんだと思う。
「一緒の現場にいるから、智也君のことを1人の男性として見ていいのかどうか迷っちゃって。意識して、ましてや告白なんてしちゃったらどうなるか不安で。仕事はまともにできなくなりそうで。でも、智也君とは離れたくなくて……」
「……そうだったんですか」
仕事をしているときと、昼休みや昨日2人で呑んでいるときの有紗さんはどこか違うと思っていたけれど、それは僕のことが好きだったことが理由だったんだ。そういえば、スマホを弄っていたことに不機嫌になっていたのも……。
「今まで、何かと態度に出ていたんですね」
「だって、もっと……あたしに構ってほしかったんだもん。他の女の子と喋っていたら、嫌な気持ちになるし。あたしのことをもっと見てほしいっていうか」
そんなことを言われたら、有紗さんが何だか1人の可愛らしい女性にしか見えなくなってきた。今日が土曜日で良かった。平日だったら有紗さんのことを意識して、まともに仕事ができなかったかもしれない。
「何だか、私のときとは違う反応ですね、智也さん」
美来は不機嫌そうに頬を膨らましていた。そんな美来のことを有紗さんは微笑ましそうに見ている。
「やはり、月村さんは智也さんを巡る上で強力なライバルですね。絶対に負けることができません!」
「ライバルでいいの? 美来ちゃんはプロポーズを2回もしているんだよ? そんな美来ちゃんと同じ立ち位置で……」
「月村さんだけは特別です」
僕が他の女性と関わることをあんなにも嫌がっていた美来が、有紗さんをライバルと認めるなんて。有紗さんの真っ直ぐな気持ちが美来にも伝わったからかな。
「ありがとう、美来ちゃん」
有紗さんはいつもの爽やかな笑みを浮かべて、美来にそう言った。
美来が有紗さんに僕のことが好きかを訊ねたときはどうなるかと思ったけれど、この様子なら平和に過ごせそうだ。
僕はちゃんと2人の気持ちをきちんと尊重して、これからどうしていくのかをしっかりと考えていかないと。2人をあまり待たせてもいけない。それだけに、真剣に2人と向き合っていかなければ。僕はそう心に誓ったのであった。
ゆっくりと目を覚ますと、屋の中はうっすらと明るくなっていた。
僕の隣では、美来が僕の腕を枕にして気持ち良さそうに眠っている。いい夢を見ていそうな気がする。
枕元に置いておいたスマートフォンで時刻を確認しようとしたけど、
『週末になると寮からいなくなるけど何やってんの?』
というLINEのメッセージが表示された。えっ、何なんだ……このメッセージ。
「……あっ、これ……美来のだった」
手探りで掴んでしまったせいで、僕のスマートフォンと間違えてしまった。
それにしても今のメッセージ、学校の友達からかな。週末、僕の家に行っていることは学校の子には言ってないのかな。もしかしたら、言い辛いのかも。
改めて、僕のスマートフォンで時刻を確認すると、今は午前7時半過ぎ。昨日、お酒を呑んだ割には早く起きることができた。
「うん……」
有紗さんの声が聞こえたので、僕はゆっくりと体を起こしてベッドの方を見てみると、ちょうど彼女が目を覚ましたところだった。
「あれ、智也君……?」
「おはようございます、有紗さん」
有紗さんは周りを見渡して、
「ここ、智也君のお家?」
「そうですよ、有紗さん。有紗さん、自分の家の最寄り駅で目が覚めなかったので、僕の家まで連れてきたんですよ。あと、何も変なことはしていないので安心してください」
実際には有紗さんが深夜、寝ぼけたからか美来にキスをしたんだけれど。それを言ったら、彼女の気持ちを乱すだけだと思うので言うのは止めておこう。
「いつもより気持ち良く眠ることができたのは、智也君のベッドだったからなのかな」
「……よく眠れたのなら良かったです」
どうやら、僕の家に連れてきて正解だったようだ。今のところ、嫌そうな様子は一つも見せていない。
「あれ、その子……今、初めて見たはずなのに、最近会ったことがあるようなないような……」
どうやら、夜中のことを全く覚えてないわけではないらしい。
「その子は智也君の妹さん? それとも親戚の子とか?」
「前に話したことがあると思いますが、僕の大切な人です」
「とても可愛い女の子ね。歳はいくつ?」
「16歳ですね。先月、高校生になったばかりです」
まるで、自己紹介をしているような気分だ。
「へえ、16歳なんだ。それなのに、こんなに可愛くてスタイルも良くて、金色の髪も綺麗で……何だか全てが羨ましい」
「有紗さんだって十分に可愛らしいと思いますよ」
スタイルもいいと思う。だけど、そこまで言っていいのかが分からないのでとりあえず言わないでおく。
「ありがとう。それで、赤の他人である16歳の女の子とどうして一緒の部屋に寝ているのかな? 智也君は大切な人って言っているけれど……」
有紗さん、若干引いた感じで僕のことを見ている。ここはちゃんと美来との関係性を説明しないと変に誤解されてしまいそうだ。後々、やっかいなことになりかねない。
有紗さんに10年前からの美来との関係を話すと、
「なるほど。それなら、今のところ彼女じゃないけれど、大切な人とは言えるわね」
と、有紗さんは理解を示してくれた。
「となると、朝比奈さんは智也君のことが本当に大好きなのね……」
笑ってそう言うものの、何だか寂しそうに聞こえた。
「羨ましいなぁ……」
「羨ましい?」
僕がそう訊くと、有紗さんはほんのりと頬を赤くし、僕に向いていた視線がちらつき始める。
「えっ、いや……朝比奈さんにはプロポーズを2回するくらいに好きな人がいて、その人と週末は一緒に過ごしていることが羨ましいって言っただけよ。別にその……智也君と一緒に過ごせることが羨ましいって言っているわけじゃないから」
「そうですか」
夜中に寝ぼけていたときは僕にキスしようとし、僕にずっと離れないでほしいと言ったのに。きっと、有紗さんをそうさせるほど、彼女の夢に出てきた僕が相当いい奴だったんだろう。そういうことにしておこう。
「んっ……」
僕と有紗さんが話していたからか、美来が目を覚ましてしまった。
「智也さん……おはようございます」
「おはよう、美来。ごめんね、僕と有紗さんが話していたから起こしちゃったかな」
「いいえ、いいんです。気持ち良く起きることができたので……」
う~ん、と美来は体を伸ばす。
「あの……」
美来に恐縮しているのか、有紗さんは小さめの声で美来に声をかける。
「あっ、月村さん。おはようございます。よく眠れましたか?」
「お、おかげさまで。あと、私1人でベッドを使ってしまってごめんなさい」
「いいえ、かまいません。智也さんと一緒におふとんで眠ることができましたから」
笑顔で言うところをみると、どうやら僕と眠れたことが嬉しかったようだ。
「ええと、昨日の夜にちょっと話したかもしれないけれど、酔っ払っていたから全然覚えていないの。だから、改めて自己紹介させて。月村有紗といいます。智也君と同じ会社に勤めていて、彼の1年先輩。先月から智也君と一緒に同じ仕事をしているわ。ちなみに今年で……25歳になるかな、確か。もっと若いかもしれないけれど」
「ふふっ、そうなのですか。智也さんがいつもお世話になっています」
「いいえ、こちらこそ」
「では、私の方からも。朝比奈美来といいます。智也さんの……まだ恋人にはなっていませんが、お嫁さん筆頭候補です。2度ほどプロポーズをして今は返事待ちです。先月、私立月が丘高校に入学しました」
彼女ではないけれど、お嫁さん筆頭候補。プロポーズをされているのは美来だけなのでそれは正しいかな。
あと、俺は美来に返事を待たせてしまっているんだよな。申し訳なくて、心がチクッとなった。
「お嫁さん筆頭候補……なんだね。でも、彼女じゃないんだ。さっき、智也君から話を聞いていたから理解できるけど、事情を知らなかったら首を傾げちゃうね」
「そうですね。なので、智也さんには早く私の恋人になってほしいのですが……」
「関係性をはっきりさせたいわけだ。確かに、智也君も朝比奈さんのことを大切な人って言っていたもんね。恋人はいないとも言っていたし。あと、朝比奈さんって月が丘高校に通っているんだ。そこに妹が通っているの。妹は2年生だけれど」
「そうなんですか! あと、私のことは名前で呼んでもらってかまいませんよ」
いつだったかは忘れたけど、呑み会で有紗さんには妹が1人いるって言っていたなぁ。そうか、妹さんは美来と同じ高校に通っているんだ。
「しかし、昨晩とは違って穏やかな感じの方ですね。ちょっと安心しました」
「えっ? そう言うってことは、あたし……昨日の夜に2人に何かしちゃった?」
まずいことをしたかもと思っているのか、有紗さんの額が汗ばんでいる。
「ええと、寝ぼけて私にキスをしたり、智也さんにキスをしようとしたり。そのときの月村さんは智也さんにキスしたかったようですよ? あと、智也さんのことを抱きしめて、智也さんに物凄く甘えた言葉を言っていました」
そんなにはっきりと言わなくていいのに。全部事実だけれど。
案の定、有紗さんは顔を真っ赤にし、恥ずかしいからか枕で顔を隠してしまう。
「うううっ、あたし、2人になんてことを……」
「あそこまで言わなくても良かったんじゃないかな、美来」
「……ごめんなさい」
美来が謝ると、有紗さんは枕から顔を出して、
「別に気にしないでいいんだよ。あたしは変なことをしちゃったんだし。…でも、智也君にキスかぁ。あと、智也君に甘えたってど、どういう風に甘えたの?」
「……えっとですね」
僕の口から言ってしまっていいのだろうか。
「智也さんのことを抱きしめて、智也さんにずっといなくならないでほしいと言っていました。寝ている間にどこにも行かないでって」
「……あたし、智也君にそんなことを言ってたのね……」
「単刀直入に訊きます。月村さんは智也さんのことが好きなのですか?」
「ふえっ?」
有紗さんは可愛らしい声を上げた。
確かに、昨日の夜に有紗さんが僕のことが好きかもしれないって話はしたけれど、こんなすぐに訊いちゃっていいのか。ましてや、互いに自己紹介をしたすぐ後に。
「えっと、その……」
悶えている有紗さんを見るのは初めてだ。今の有紗さんは仕事をしているときとは別人なんじゃないかというくらい。
すると、有紗さんは僕の手をぎゅっと握って、
「智也君のこと、今の現場で一緒に仕事をする前からずっと好きだったし、今も好きだよ。今すぐに付き合ってとはいわないから、まずはそれを覚えておいてくれるかな」
僕の目を見てしっかりと言った。その想いはきっと、彼女の手から伝わってきているような優しくて温かいものなんだと思う。
「一緒の現場にいるから、智也君のことを1人の男性として見ていいのかどうか迷っちゃって。意識して、ましてや告白なんてしちゃったらどうなるか不安で。仕事はまともにできなくなりそうで。でも、智也君とは離れたくなくて……」
「……そうだったんですか」
仕事をしているときと、昼休みや昨日2人で呑んでいるときの有紗さんはどこか違うと思っていたけれど、それは僕のことが好きだったことが理由だったんだ。そういえば、スマホを弄っていたことに不機嫌になっていたのも……。
「今まで、何かと態度に出ていたんですね」
「だって、もっと……あたしに構ってほしかったんだもん。他の女の子と喋っていたら、嫌な気持ちになるし。あたしのことをもっと見てほしいっていうか」
そんなことを言われたら、有紗さんが何だか1人の可愛らしい女性にしか見えなくなってきた。今日が土曜日で良かった。平日だったら有紗さんのことを意識して、まともに仕事ができなかったかもしれない。
「何だか、私のときとは違う反応ですね、智也さん」
美来は不機嫌そうに頬を膨らましていた。そんな美来のことを有紗さんは微笑ましそうに見ている。
「やはり、月村さんは智也さんを巡る上で強力なライバルですね。絶対に負けることができません!」
「ライバルでいいの? 美来ちゃんはプロポーズを2回もしているんだよ? そんな美来ちゃんと同じ立ち位置で……」
「月村さんだけは特別です」
僕が他の女性と関わることをあんなにも嫌がっていた美来が、有紗さんをライバルと認めるなんて。有紗さんの真っ直ぐな気持ちが美来にも伝わったからかな。
「ありがとう、美来ちゃん」
有紗さんはいつもの爽やかな笑みを浮かべて、美来にそう言った。
美来が有紗さんに僕のことが好きかを訊ねたときはどうなるかと思ったけれど、この様子なら平和に過ごせそうだ。
僕はちゃんと2人の気持ちをきちんと尊重して、これからどうしていくのかをしっかりと考えていかないと。2人をあまり待たせてもいけない。それだけに、真剣に2人と向き合っていかなければ。僕はそう心に誓ったのであった。
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