アリア

桜庭かなめ

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本編-ARIA-

第32話『朝比奈母娘』

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 朝食を食べ終わって、食休みをしたところで美来は母親に電話をかける。学校のことで話したいことがあるから、家族みんなで僕の家に来てほしいと言った。
 すると、美来の父親は今日、急に仕事が入ってしまい家にいないそうなので、母親と妹の2人で僕の家に来るという。
 車で来るそうなので、僕は美来にこのアパートの住所を教え、彼女の母親のスマートフォンにメッセージを送信した。アパートのすぐ近くにコインパーキングがあるので、そこに駐車してもらおう。

「さて、美来のお母さんと妹さんがここに来ることになったけど、美来はいいとして……有紗さんはメイド服姿のままでいいんですか?」
「美来ちゃんのお父さんも来るんだったら私服に着替えるけれど、お母さんと妹さんだけならこのままでもいいかな。不思議と、ここではメイド服姿の方が落ち着くようになってきたから……」
「そうですか。有紗さんがそう言うならメイド服姿でいいですね」

 そういえば、朝ご飯を作る前に、メイド服はここの制服とも言っていたし。美来は有紗さんがこうなることを見越してメイド服を着させたのか?
 美来が連絡をしてから30分ほど経ったとき、美来のスマートフォンが鳴る。

「妹からです」

 美来は電話に出る。今の小学生はスマートフォンを持っているのか。僕が小学生のときなんて携帯すら持っていなかった。

「智也さん、アパートの前に着いたので、駐車する場所を教えてほしいそうです。アパートの前にいるのですぐに分かると思いますが、家の車はシルバーです」
「分かった。シルバーだね。じゃあ、案内してくるから2人はここで待ってて」

 僕は家から出て、アパートの前に停車しているシルバーの車のところへ行く。中には金髪の女性が2人。運転席に座っているのが美来のお母さんで、助手席に座っているのが妹さんかな。
 運転席側の方に行くと、車窓が開き、

「美来のお母様ですか? 氷室智也といいます」
「はい、そうです。初めまして……ではなくて、おひさしぶりの方が正しいでしょうか。美来の母の朝比奈果歩あさひなかほといいます。美来がお世話になっております」
「こちらこそ、色々とお世話になっております。すぐそこにコインパーキングがあるので、そちらに駐車していただけますか」
「分かりました」

 美来のお母さんはそう言うと、車を発進させて、コインパーキングに入っていく。スムーズに駐車ができるのがかっこいいなぁ。僕も運転免許は持っているけれど、実家にいたときもあまり運転しなかったから駐車は非常に不安。
 車から美来のお母様と妹さんが降りてきくる。
 お母様の方は背が高くスラッとしていて、妹さんも小学4年生にしては大人っぽい感じ。でも、ポニーテールの髪型が可愛らしい。2人とも美来と似ているな。
 美来のお母様はパンツルックで、黒いジャケットを着こなしていてスタイリッシュ。妹さんはキュロットスカートにTシャツという可愛らしい服装だ。

「氷室さん、10年前と雰囲気が変わっていないですね。そのまま大人になった感じといいますか」
「友人からもよく言われます」

 羽賀や岡村からは特に昔から変わっていないと言われる。10年の間に僕は高校生、大学生、そして社会人となった。だから、僕自身は結構変わったと思うんだけどなぁ。

「美来がたまに写真を撮ってきて、私に見せてくれていたんです。なので、姿だけは分かっていました。結菜も氷室さんの姿だけは知っています」
「結菜……ああ、こちらの女の子ですか」

 美来、僕のことを見ていただけでなく、写真も撮っていたのか。これじゃ、ストーカーとあまり変わりないじゃないか。

「写真を隠れて撮るのを止めなさいと一度叱ったことがあるんですけど、そのときに号泣されてしまいまして。氷室さんの写真を見ているときの美来はとても嬉しそうで。氷室さん、何かこの10年の間にあったのでしたら、遅いかもしれませんが謝らせてください」
「いえ、いいんですよ。僕も全然気付かなかったですし、美来のそういった行為が原因と思われることで嫌だと思ったのは一度もなかったですから。本当に気になさらないでください」
「ありがとうございます。あと、先週末から美来が本当にお世話になっております」
「こちらこそ。美来と再会してから、楽しい時間を過ごさせてもらっています」

 こんなにもしっかりしたご家族の中で育ってきたんだから、学校で美来が意図的に誰かに嫌なことをしたとは思えない。
 穏やかそうなお母様だけれど、美来の有紗さんのメイド服姿を見たらどんな反応をするんだろう。ちょっと不安だ。

「結菜も挨拶しなさい」
「はい。朝比奈結菜あさひなゆいなです。小学4年生です」
「氷室智也です。ええと、社会人2年生です。今年で24歳になります」
「……とても優しそうです。お姉ちゃんが言った通りですね。いずれは家族になるのですから、智也お兄ちゃんと呼んだ方がいいですか?」
「……結菜ちゃんの言いたい呼び方でいいよ」

 将来のことを想像して、デレデレするところは美来とそっくりだ。美来が結菜ちゃんと同じくらいの年齢のときは、こういう感じだったのかなと思わせてくれる。
 それにしても、智也お兄ちゃんか。僕は弟や妹がいないので、そういう風に言われたことなんて1度もない。けれど、お兄ちゃんっていい響きだな。こんな可愛い女の子に言ってもらえる日が来るとは思わなかったぞ。

「僕の家で美来と、訳あって僕が勤めている会社の女性が待っていますので。お母様と結菜ちゃん、行きましょうか」
「はいっ!」

 結菜ちゃんは元気にお返事してくれるけれど、美来のお母様の方はちょっと不機嫌そう。もしかして、有紗さんがいることが嫌なのかな。

「氷室さん。私のことも名前で呼んでくれていいんですよ? 美来も結菜も名前で呼んでくれるのに、私だけお母様だと……ちょっと嫉妬しちゃいます。あっ、もしかして将来のことを考えて、今からお母様と呼んでくれているんですか?」
「……いえ、名前で呼んでいいのか分からなかったので、お母様と言っていただけです。果歩さん」
「ええっ、そうなんですか。ちょっと残念かも……」

 どうやら、美来の性格や普段の様子は果歩さんからの遺伝だと考えていいだろう。それは妹の結菜ちゃんにも言えそうだ。似たもの親子という感じか。
 僕は果歩さんと結菜ちゃんを連れて、僕の家へと案内する。

「さあ、どうぞ」

 玄関の扉を開けると、

「おかえりなさいませ」
「ようこそおいでくださいました」

 美来、有紗さんが本当のメイドさんのように玄関のところで出迎えてくれる。豪邸でやれば様になるだろうけど、アパートの1室で同じことをされると何とも言えない気分。2人とも可愛いんだけれどね。
 さあ、美来や有紗さんのメイド服姿を見てどんな反応を見せるか。特に果歩さん。

「2人とも可愛いわね! 私が作ったメイド服、よく似合っているじゃない」
「ええっ! これ、果歩さんが作ったんですか!」
「あたし、てっきり美来ちゃんの趣味で、どこかのコスプレショップで買ったんだと思っていたわ……」
「私、学生時代はコスプレをするのが趣味で。当時はあまりお金がないから自分で作っていたんですよ。いつか氷室さんにご奉仕するためということで、美来からメイド服を作ってほしいと言われて、何着か作ったんです」
「そ、そうなんですか」

 まさか、果歩さんお手製のメイド服だったとは。クオリティ高すぎる。僕もてっきり、どこかのコスプレショップで買ったんだと思っていた。

「それで、美来の隣にいる方は氷室さんの雇っているメイドさん?」
「……違います。さっきも言ったじゃないですか。僕の会社に勤めている先輩です」
「初めまして、月村有紗といいます。智也君とは今、同じ現場で働いています。このメイド服は……美来ちゃんの勧めで着させられました」
「そうなんですか。よく似合っていますよ」
「あ、ありがとうございます」

 褒められたことが嬉しいのか、それとも恥ずかしいのか……有紗さんは笑みを見せながらも頬を赤くしている。可愛いな。

「申し遅れました。私、美来の母の朝比奈果歩と申します」
「妹の結菜です」
「果歩さんに結菜ちゃんですね」

 女性同士だと、すんなりと名前で呼び合えるものなのかな。

「ねえ、智也お兄ちゃん。どうして、有紗さんはお兄ちゃんの家にいるのですか?」
「そ、それはね……」

 なかなか鋭い質問をしてくるな、結菜ちゃん。有紗さんも僕のことが言ったら、果歩さんと結菜ちゃんはどう反応するんだろう。

「あたしも智也君のことが好きだからだよ」

 本人から言ってもらおうと思ったら、本人がもうストレートに言っちゃったよ。

「そうですか……」
「お姉ちゃん以外にも、智也お兄ちゃんを好きな人がいたなんて……」

 果歩さんと結菜ちゃんはさっきよりもちょっと低めの声でそう言うと、

「氷室さんは!」
「お兄ちゃんは!」
『将来、美来と結婚するんですっ!』

 僕と腕を絡ませてそう宣言する。息がピッタリ。こういうところも……美来にそっくりだな。どこまで似ているんだ、この親子3人は。

「こらっ! お母さんも結菜も大人げないよ! 月村さんは智也さんを巡る恋のライバルなんだから、そんなこと言わないで!」

 果歩さんと結菜ちゃんに対して、美来は一喝する。ここまで大きな声で怒っているところは初めて見た。さすがに母と妹相手にはこういう対処ができるんだな。

「すみません、色々とご迷惑をおかけして……」
「月村さんが謝る必要はないですよ。母と妹が失礼なことを言ってしまって申し訳ありません」
「ううん、気にしないで」
「……果歩さんと結菜ちゃん、とりあえず中に入ってください」

 果歩さんと結菜ちゃんを家に招き入れる。まさか、僕の家に4人の女性がいる瞬間が訪れるとは。
 さっき一喝した勢いで、学校で遭ったいじめについて話せれば一番いいんだけれど、2人が家に入ったら、美来はすっかりといつもの落ち着いた雰囲気に戻った。いや、いつもよりも緊張しているようにも見える。
 頑張れ、美来。いつでも、有紗さんと僕がフォローするからさ。
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