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本編-ARIA-
第58話『全然先生-後編-』
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――面倒だと思った。転校させて終わらせるはずだった。
僕らに追い詰められて、ようやく後藤さんの口から言葉はひどく冷たい言葉だった。
「面倒だと思った……ですって?」
「……そうですよ。私達の本職は勉強を教えることなんですよ。なのに、いじめなんていう一番面倒な問題を朝比奈さんは持ち込んできた。既に声楽部の方でいじめを認めてしまったので、そっちの方で全責任を負ってもらおうと思ったのですがねぇ」
「それは後藤さん自身のためでもありますよね」
僕がそう指摘すると、後藤さんはふっと笑って、
「当たり前じゃないですか。担当しているクラスでいじめがあったと事実が認められたら、私の今後にも影響する。朝比奈さんのせいで私の昇級や昇進に響くんですよ」
「……それが教師という職業に全うする人間の言葉ですか。そして、人としてその考えはどうかと思いますよ。後藤さん、昨日も言いましたが、あなたこそ学校という場から離れた方がいいのでは?」
こんな教師に任され、勉強を教えてもらう生徒がかわいそうだ。後藤さんのような考えの人間は学校という職場には合わないし、追放すべきだろう。
「それに、いじめなんていじめられる人間が悪いんですよ。不登校になるくらいだったら、さっさとここを辞めて、他の高校に転校してくれればいいのに。どうして、ここまで問題にしたがるんでしょうね……」
「……言葉は悪いですが、あなたのような学校にとっての『癌』を取り除くためですよ。いじめた生徒や後藤さんのような考えの教師には然るべき処罰を与え、学校全体で考えを改めなければ、美来のような辛い目に遭う生徒がまた出てしまうからです。そして、いじめはいじめる生徒が100%悪いんです。色々な口実でいじめるんですよ」
仮に美来が退学したり、転校したりすることになっても、いじめの事実を明らかにしてそれを世間に公表しなければならない。いじめに対するきちんとした対処を取っていかなければ、美来のように苦しむ羽目になる生徒がいずれまた出てきてしまうだろう。
「阿久津さん、松坂さん……もちろん、クラスでのいじめの事実を知っていたのであれば、後藤さんと同じように朝比奈さんに謝罪し、然るべき処罰を受けてください」
まあ、後藤さんからは謝罪されていないけれど。むしろ、開き直りやがった。反省の色が全く見えない。
「……学校のためになるように動くよう、後藤先生には言ったんですがね。まさか、後藤先生がアンケートを実施するときに圧力をかけるとは……」
教頭の阿久津さんがそう言うと、後藤先生は机を激しく叩いた。
「何を言っているんですか! 阿久津教頭がクラスの方はまだ間に合うから、いじめがないように話を持っていけと言ったんじゃないですか! 声楽部でのいじめを理由に朝比奈さんは不登校になったと……」
「何を言うんですか、後藤先生! それに、元を言えば校長が言い始めたことで……」
「私はそんなことを言った覚えはない!」
「大人が責任をなすりつけ合うなんて見苦しいですよ。少なくとも、後藤さん、阿久津さん、松坂さん……あなた方3人の行動についても問題化し、きちんと処罰を受けてもらいましょうか」
3人とも、教育現場で働く人間として、そもそも人として……考え方が間違っていると思う。
「朝比奈美来の父として、氷室さんが言ったようにいじめの隠蔽に関わった職員全てに何らかの処分を求めます。そして、いじめた生徒には謝罪の他にも、退学や停学などの学校としての処分をお願いします。当該生徒の態度、学校側の対応によっては法的措置も考えております。氷室さんのおかげで、娘は家にいるときは笑顔を見せてくれますが、精神的に大きなダメージがあり、体にいくつかケガがあることも確認しています。子ども同士のことだから、学校で起きたことだから『いじめ』として処理されるのかもしれません。しかし、大人のやったことであれば、おそらく何らかの罪に問われ、逮捕や書類送検される事件でしょう。個人的な考えですが、いじめはそんな大人達の起こすことよりも、ずっと重い犯罪なのだと思います」
雅治さんの言葉はとても重たい内容だった。いじめと聞くと一瞬マイルドに思えてしまうけど、やっていることは犯罪と同じなんだ。それを学校でのいじめだからと雑に処理したり、ましてや隠蔽したりすることはしてはいけないんだ。
「僕は今回のことをきちんと公表すべきです」
「そんなことをしたら、うちの高校が潰れてしまう!」
「あなた達のような人がいたら確実に潰れるでしょうね、松坂さん! いじめをなくすことは不可能に近いです。だからこそ、起きたときにはきちんと対処しなければいけないのだと思います。世間に公表するのは今、別の学校でいじめを受けている生徒さんのためでもあり、この高校に通う未来の生徒さんのためでもあるんです。もし、利益のことを考えているのであれば、まずは信頼されることを第一に考えるべきだと思います」
どうやら、今になってもいじめを隠蔽する姿勢は変わっていないようだ。こんな人達が上層部にいると、私立月が丘高校の未来はとても暗いものになる。反省しない人間にはとっとといなくなってしまった方がいい。
「氷室さんの仰る通りだと思います。私もこのことはマスコミやホームページを通じて、きちんと公表すべきだと思っています。ですが、その前に……申し訳ございませんでした。声楽部の顧問としての私の管理不足が、いじめが発生し、深刻化してしまった一つの原因だと思います。本当に申し訳ございませんでした」
片倉さんは謝罪の言葉を言うと、ゆっくりと立ち上がって深々と頭を下げた。
声楽部の方は明美ちゃんの協力もあって、早くからしっかりと今回の問題について取り組んでいるように思えた。なので、声楽部については解決に向かっていくと思う。
「妻と氷室さんから、声楽部の方はきちんと対処していることは聞いております。片倉さんがいれば、声楽部の方はきちんと解決に向かうと信頼しております。ただ、1年1組の方は……申し訳ないですが、後藤さんに任せたくはないというのが正直な気持ちです。もちろん、校長先生や教頭先生にも。それに、あなた方……今まで一度も謝罪の言葉を言ってないじゃないですか。まさか、今でも悪いのは娘の方だと思っているんですか?」
そう、雅治さんの言うとおり、後藤さん、阿久津さん、松坂さんからは一度も謝罪を受けていないのだ。まるで、自分達には非がなく、全ての責任は美来にあると無言の主張をしているように思える。
すると、松坂さんがゆっくりと立ち上がる。阿久津さんと松坂さんがそれに続く。
「……この度は、朝比奈さんに大変なご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした」
松坂さんがそう言うと、既に謝罪の言葉を言った片倉さんを含め4人全員で、僕と雅治さんに深々と頭を下げた。
もしかしたら、向こう側は謝罪をしたからいいと思っているかもしれないけど、とんでもない。ここからがスタートなんだ。
そうだ、あのことについて伝えておくか。
「あと、これはいじめに関係しているかどうか不明ですが、1年1組の諸澄司という生徒が朝比奈美来さんにストーカーのような行為をしていました」
僕は以前、羽賀が僕の家に遊びに来たときに撮影した写真をテーブルに置く。
「後藤さん、この写真に写っている人物、1年1組の諸澄司君に間違いないですね?」
「はい、間違いありません」
「この写真は以前、私の家に朝比奈美来さんが遊びに来たときに撮影したものです。私の友人が家に入ろうとしたとき、その友人から諸澄君が私の住むアパートを遠くから見ていることを指摘されました。友人がこっそりと撮影したものです」
「いじめの調査を並行して、このことについても調査をお願いしたいです。実は昨日も氷室君が娘と一緒に、用事があって自宅の最寄り駅まで行ったのですが、そこで彼と会ったそうです。その際は警察官である氷室さんのご友人が、その場を収めてくれたので何事もなかったのですが。このこともお伝えしようと」
「……承知いたしました」
とりあえず、これで諸澄君のことも伝えられたので、今度こそ学校側の調査、そして公表を待ちたいところだ。引き続き、状況次第では警察に協力してもらうことになるけれども。
「……あの、朝比奈さん、氷室さん。朝比奈美来さんが名を挙げた生徒の1人を教室で待ってもらっているのですが、ここに連れてきましょうか?」
「えっ?」
「……万が一、いじめがあったとバレても、本人が謝れば事が済むかと思って……」
おいおい、後藤さん。そういう思惑を堂々と言っちゃうのかよ。いじめの首謀者をここに連れてきて謝らせればいいと思っていたのか。甘い。
「どうしましょうか、雅治さん」
「……とりあえず、聞ける話は聞いておいた方がいいと思う。それに、俺達がその子のために何か言えることがあるかもしれない」
「……分かりました。では、その子をここに連れてきてください。ちなみに、その生徒さんの名前は?」
「佐相柚葉さんです」
佐相柚葉……ああ、美来が名を挙げていた女子生徒か。クラスでのいじめの中心となっていた生徒だったな。
「では、佐相さんをここに連れてきます」
「私は今のことを他の先生達に伝えてきますね」
後藤さんと片倉さんは会議室を後にした。
残された松坂さんと阿久津さんは……げんなりとした表情になっている。自業自得だと思うけど。おそらく、クラスでのいじめの隠蔽についてばれないと思ったんだろうな。
でも、僕らも詩織ちゃんが録音してくれたり、写真を撮影してくれたりしなければ、隠蔽などの事実を証明できなかったかもしれない。今回のことでの一番の功労者は美来を大切に想っていた友人……なのかもな。
僕らに追い詰められて、ようやく後藤さんの口から言葉はひどく冷たい言葉だった。
「面倒だと思った……ですって?」
「……そうですよ。私達の本職は勉強を教えることなんですよ。なのに、いじめなんていう一番面倒な問題を朝比奈さんは持ち込んできた。既に声楽部の方でいじめを認めてしまったので、そっちの方で全責任を負ってもらおうと思ったのですがねぇ」
「それは後藤さん自身のためでもありますよね」
僕がそう指摘すると、後藤さんはふっと笑って、
「当たり前じゃないですか。担当しているクラスでいじめがあったと事実が認められたら、私の今後にも影響する。朝比奈さんのせいで私の昇級や昇進に響くんですよ」
「……それが教師という職業に全うする人間の言葉ですか。そして、人としてその考えはどうかと思いますよ。後藤さん、昨日も言いましたが、あなたこそ学校という場から離れた方がいいのでは?」
こんな教師に任され、勉強を教えてもらう生徒がかわいそうだ。後藤さんのような考えの人間は学校という職場には合わないし、追放すべきだろう。
「それに、いじめなんていじめられる人間が悪いんですよ。不登校になるくらいだったら、さっさとここを辞めて、他の高校に転校してくれればいいのに。どうして、ここまで問題にしたがるんでしょうね……」
「……言葉は悪いですが、あなたのような学校にとっての『癌』を取り除くためですよ。いじめた生徒や後藤さんのような考えの教師には然るべき処罰を与え、学校全体で考えを改めなければ、美来のような辛い目に遭う生徒がまた出てしまうからです。そして、いじめはいじめる生徒が100%悪いんです。色々な口実でいじめるんですよ」
仮に美来が退学したり、転校したりすることになっても、いじめの事実を明らかにしてそれを世間に公表しなければならない。いじめに対するきちんとした対処を取っていかなければ、美来のように苦しむ羽目になる生徒がいずれまた出てきてしまうだろう。
「阿久津さん、松坂さん……もちろん、クラスでのいじめの事実を知っていたのであれば、後藤さんと同じように朝比奈さんに謝罪し、然るべき処罰を受けてください」
まあ、後藤さんからは謝罪されていないけれど。むしろ、開き直りやがった。反省の色が全く見えない。
「……学校のためになるように動くよう、後藤先生には言ったんですがね。まさか、後藤先生がアンケートを実施するときに圧力をかけるとは……」
教頭の阿久津さんがそう言うと、後藤先生は机を激しく叩いた。
「何を言っているんですか! 阿久津教頭がクラスの方はまだ間に合うから、いじめがないように話を持っていけと言ったんじゃないですか! 声楽部でのいじめを理由に朝比奈さんは不登校になったと……」
「何を言うんですか、後藤先生! それに、元を言えば校長が言い始めたことで……」
「私はそんなことを言った覚えはない!」
「大人が責任をなすりつけ合うなんて見苦しいですよ。少なくとも、後藤さん、阿久津さん、松坂さん……あなた方3人の行動についても問題化し、きちんと処罰を受けてもらいましょうか」
3人とも、教育現場で働く人間として、そもそも人として……考え方が間違っていると思う。
「朝比奈美来の父として、氷室さんが言ったようにいじめの隠蔽に関わった職員全てに何らかの処分を求めます。そして、いじめた生徒には謝罪の他にも、退学や停学などの学校としての処分をお願いします。当該生徒の態度、学校側の対応によっては法的措置も考えております。氷室さんのおかげで、娘は家にいるときは笑顔を見せてくれますが、精神的に大きなダメージがあり、体にいくつかケガがあることも確認しています。子ども同士のことだから、学校で起きたことだから『いじめ』として処理されるのかもしれません。しかし、大人のやったことであれば、おそらく何らかの罪に問われ、逮捕や書類送検される事件でしょう。個人的な考えですが、いじめはそんな大人達の起こすことよりも、ずっと重い犯罪なのだと思います」
雅治さんの言葉はとても重たい内容だった。いじめと聞くと一瞬マイルドに思えてしまうけど、やっていることは犯罪と同じなんだ。それを学校でのいじめだからと雑に処理したり、ましてや隠蔽したりすることはしてはいけないんだ。
「僕は今回のことをきちんと公表すべきです」
「そんなことをしたら、うちの高校が潰れてしまう!」
「あなた達のような人がいたら確実に潰れるでしょうね、松坂さん! いじめをなくすことは不可能に近いです。だからこそ、起きたときにはきちんと対処しなければいけないのだと思います。世間に公表するのは今、別の学校でいじめを受けている生徒さんのためでもあり、この高校に通う未来の生徒さんのためでもあるんです。もし、利益のことを考えているのであれば、まずは信頼されることを第一に考えるべきだと思います」
どうやら、今になってもいじめを隠蔽する姿勢は変わっていないようだ。こんな人達が上層部にいると、私立月が丘高校の未来はとても暗いものになる。反省しない人間にはとっとといなくなってしまった方がいい。
「氷室さんの仰る通りだと思います。私もこのことはマスコミやホームページを通じて、きちんと公表すべきだと思っています。ですが、その前に……申し訳ございませんでした。声楽部の顧問としての私の管理不足が、いじめが発生し、深刻化してしまった一つの原因だと思います。本当に申し訳ございませんでした」
片倉さんは謝罪の言葉を言うと、ゆっくりと立ち上がって深々と頭を下げた。
声楽部の方は明美ちゃんの協力もあって、早くからしっかりと今回の問題について取り組んでいるように思えた。なので、声楽部については解決に向かっていくと思う。
「妻と氷室さんから、声楽部の方はきちんと対処していることは聞いております。片倉さんがいれば、声楽部の方はきちんと解決に向かうと信頼しております。ただ、1年1組の方は……申し訳ないですが、後藤さんに任せたくはないというのが正直な気持ちです。もちろん、校長先生や教頭先生にも。それに、あなた方……今まで一度も謝罪の言葉を言ってないじゃないですか。まさか、今でも悪いのは娘の方だと思っているんですか?」
そう、雅治さんの言うとおり、後藤さん、阿久津さん、松坂さんからは一度も謝罪を受けていないのだ。まるで、自分達には非がなく、全ての責任は美来にあると無言の主張をしているように思える。
すると、松坂さんがゆっくりと立ち上がる。阿久津さんと松坂さんがそれに続く。
「……この度は、朝比奈さんに大変なご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした」
松坂さんがそう言うと、既に謝罪の言葉を言った片倉さんを含め4人全員で、僕と雅治さんに深々と頭を下げた。
もしかしたら、向こう側は謝罪をしたからいいと思っているかもしれないけど、とんでもない。ここからがスタートなんだ。
そうだ、あのことについて伝えておくか。
「あと、これはいじめに関係しているかどうか不明ですが、1年1組の諸澄司という生徒が朝比奈美来さんにストーカーのような行為をしていました」
僕は以前、羽賀が僕の家に遊びに来たときに撮影した写真をテーブルに置く。
「後藤さん、この写真に写っている人物、1年1組の諸澄司君に間違いないですね?」
「はい、間違いありません」
「この写真は以前、私の家に朝比奈美来さんが遊びに来たときに撮影したものです。私の友人が家に入ろうとしたとき、その友人から諸澄君が私の住むアパートを遠くから見ていることを指摘されました。友人がこっそりと撮影したものです」
「いじめの調査を並行して、このことについても調査をお願いしたいです。実は昨日も氷室君が娘と一緒に、用事があって自宅の最寄り駅まで行ったのですが、そこで彼と会ったそうです。その際は警察官である氷室さんのご友人が、その場を収めてくれたので何事もなかったのですが。このこともお伝えしようと」
「……承知いたしました」
とりあえず、これで諸澄君のことも伝えられたので、今度こそ学校側の調査、そして公表を待ちたいところだ。引き続き、状況次第では警察に協力してもらうことになるけれども。
「……あの、朝比奈さん、氷室さん。朝比奈美来さんが名を挙げた生徒の1人を教室で待ってもらっているのですが、ここに連れてきましょうか?」
「えっ?」
「……万が一、いじめがあったとバレても、本人が謝れば事が済むかと思って……」
おいおい、後藤さん。そういう思惑を堂々と言っちゃうのかよ。いじめの首謀者をここに連れてきて謝らせればいいと思っていたのか。甘い。
「どうしましょうか、雅治さん」
「……とりあえず、聞ける話は聞いておいた方がいいと思う。それに、俺達がその子のために何か言えることがあるかもしれない」
「……分かりました。では、その子をここに連れてきてください。ちなみに、その生徒さんの名前は?」
「佐相柚葉さんです」
佐相柚葉……ああ、美来が名を挙げていた女子生徒か。クラスでのいじめの中心となっていた生徒だったな。
「では、佐相さんをここに連れてきます」
「私は今のことを他の先生達に伝えてきますね」
後藤さんと片倉さんは会議室を後にした。
残された松坂さんと阿久津さんは……げんなりとした表情になっている。自業自得だと思うけど。おそらく、クラスでのいじめの隠蔽についてばれないと思ったんだろうな。
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