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本編-ARIA-
第72話『ご相談』
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午後6時。
前任者から引き継いだ事件の情報と、今日の捜査で得た情報のまとめがようやく終わった。明日は氷室の自宅と、月が丘高校に調査をしに行くか。
「とりあえず、今日はこの辺にしておきましょうか、浅野さん」
「では、これから羽賀さんの家で岡村さんと3人で呑み会ですね!」
そういえば、そういう話になっていたな。建物を出たときくらいに彼に連絡しておかなければ。
「浅野さん、1つ言っておきますが、仕事中には……自分の趣味嗜好と絡ませるようなことは止めていただきたいです。氷室がとても疲れた表情をしていました。昼休みや休日ならかまいませんが、仕事中は気をつけてください」
昨日までと比べて今日はかなり疲れた。予想もしなかった氷室の逮捕が一番大きいが、浅野さんの暴走も疲れの一因だ。
「……そうですか。申し訳ありませんでした……」
そこまでがっかりするとは。本当にBLというものが好きなのだな。
「仕事中でも支障を来たさない程度の妄想はかまいませんが、それを表に出すなという意味です」
「……分かりました」
「腐女子仲間の警察官にも言っておいてください。氷室は浅野さん以外の女性警察官に取り調べを受けてかなり疲れていましたから」
「了解です。後でSNSのグループにその旨のメッセージ送信しておきます」
「宜しくお願いします」
警視庁腐女子グループでも作っているのだろうか。
それにしてもSNSか。いくつかアプリはインストールしているが、ろくに使ったことがないな。連絡は電話とメールで事足りてしまうので。
「羽賀君、浅野君、お疲れさん」
「佐相さん……」
今日、この人の名前を何度言っただろうか。佐相繁警視が私や浅野さんのデスクにやってきたのだ。背は私よりも少し低めだが、鋭い目つきと彼の低い声で威圧感がある。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です、佐相警視」
「ふっ、階級は警視だが、私には警視と付けなくていいんだよ、浅野君」
「了解でありますっ!」
佐相警視ほどの方が目の前に立っていると、浅野さんも緊張してしまうようだ。さすがに彼をネタにBLの妄想はしないだろう。
「すまないね。今騒がれている児童わいせつ事件の捜査を、羽賀君と浅野君に急に任せてしまって」
「いえ、最近は大きな事件を扱っていなかったので、それはかまいません。しかし、逮捕された氷室智也も、被害者の朝比奈美来も私の知り合いなので……1人の人間としては複雑な気持ちですね」
まさか、この事件を私に担当させたのも、真犯人の策略通りなのだろうか。真犯人が諸澄司であればそれもあり得るか。
「そうだったのか。それは大変だな。精神的に負担が大きいようならば、別の者に担当させてもいいが」
「お気遣いありがとうございます。しかし、この事件……知り合いが関わっているからこそ、事実を見つけるまで担当したいと考えております」
「そうか。羽賀君ならそう言うと思っていたよ。……ちなみに、現状はどうだ?」
「被害者である朝比奈美来さんの自宅に行き、彼女と彼女母親に話を聞きました。ただ、報道にあるような強制わいせつ行為は一切ないと言っているのですよ」
「……そうか。被害者の朝比奈さんは、被疑者の氷室に好意を抱いていると聞いている。朝比奈さんは氷室のことを庇っているんじゃないのか?」
「……なるほど、そういう考えもありましたか」
氷室を庇って何の意味があるというのか。それに、美来さんの性格ならば、仮に氷室が罪を犯していたとしたら、罪を償うべきであるときちんと言える人であると信じている。
「これだけ世間で騒がれている事件だ。羽賀君なら浅野君と一緒に事件の真実を掴むと信じているよ。明日からもよろしく」
「分かりました。この事件について事実を究明してみせます」
真犯人が創り出した偽りの「真実」のせいで、氷室は逮捕されてしまったのだ。私や浅野さんはただ、本当にあった事実を探し出すだけだ。
「……事実か」
「言葉の好みの話かと思います。私は真実というものは人間がいくらでも創り出せるものであり、事実は実際にあったことでしかないと考えております。ですから、私はこの事件についても事実を突き止める姿勢でいます」
「ははっ、そうか。まるで、君が報道されていることは嘘だと言っているように聞こえたのでね。なるほど、単に好みの問題か」
「そういうことです」
佐相警視が真犯人の協力者の可能性が高いので、今はまだ、あまり真意を語らない方がいいだろう。
「浅野君はそんな羽賀君と捜査をしていてどうだろうか?」
「さすがは羽賀さんという場面が多いですから、いい意味で刺激を受けています。勉強にもなります」
「なるほど。それは感心だ」
佐相警視は静かに笑った。
浅野さんの場合、刺激を受けるというのは捜査についてもあるかもしれないが、主にBLについての刺激だろう。
「佐相警視。仕事とは関係のないことでご相談があるのですが、よろしいでしょうか」
「何だろう?」
「……今月、私の友人の妹さんが誕生日を迎えるのです。この4月に高校生になったばかりで。私は女性と付き合った経験が一度もありませんし、姉や妹もいないのでどのようなプレゼントをあげればいいのかがよく分からないのです」
「ほう、羽賀君が女性経験なしとは意外だな」
「ええ。以前、別の警察官から佐相警視は中高生くらいの娘さんがいると聞きましたので、佐相警視であれば、年頃の女性にどのようなものをプレゼントすればいいのかが分かるかと思いまして」
「ほぅ、なるほど。羽賀君は質問する相手を選ぶセンスに長けているな」
ふふっ、と佐相警視は声に出して笑った。これをドヤ顔というのだろうか。
佐相警視がこういう表情をするということは、彼には中高生の娘さんがいると考えていいだろう。しかも、かなり可愛がっていると思われる。
「うちには、この4月に高校生になった娘がいるのだが、中学生くらいからあまり話をしなくなってなぁ。当時はともかく、現在は思春期も通り過ぎたと思うのだが……」
「なるほど。確かにそのくらいの年齢になると、父親とは急に話をしなくなると聞いたことがありますね」
「そうなんだよ、羽賀君。将来、結婚して娘ができたときには覚えておいた方がいい。それよりも、女性へのプレゼントなら浅野君に訊いた方がいいんじゃないのか?」
「……彼女は現金をもらえればいいらしいので」
「なるほど。ただ、好きなものを買いなさいという意味で、現金を渡すのも1つの手かもしれない。もちろん、女子高生として適正な金額をな」
「そうですか。参考になりました。ありがとうございます」
「気にしないでくれ。では、今日はお疲れさん」
「お疲れ様でした、佐相さん」
「お疲れ様です」
佐相警視は私達の所から立ち去っていった。
なるほど、佐相警視にはこの4月に高校生に入学した娘さんがいるのか。つまり、美来さんと同い年ということだ。これで、佐相柚葉さんと親子である可能性が高くなったか。
「さあ、行きましょうか、浅野さん」
「は、はい」
私と浅野さんはオフィスを後にし、駐車場へと向かう。
「羽賀さん、女の子へのプレゼントの悩むなんて可愛らしいですね。私は確かにお金をもらえたら嬉しいです。色々と買いたいものもありますし」
「……プレゼントに悩んでいることは嘘ですよ」
「えっ、ど、どういうことですか?」
浅野さんは先ほどの佐相警視への相談の真意が分かっていないようだな。佐相警視にも気付かれていなければいいのだが。
「佐相警視に高校生の娘がいるかどうかを確認するために訊いたのですよ」
「それで、ああいうご相談を?」
「ええ。同年代の娘がいれば、アドバイスの有無はともかく、好意的な返答はもらえると思いまして。うちにも同年代の娘がいる。ましてや、高校1年の娘であれば『この春に高校生になった娘がいる』といった言葉を口にすると思いまして」
「そういうことだったんですか。そういえば、4月に高校に進学した娘がいると警視は仰っていましたね」
「ええ。佐相柚葉さんは高校1年生です。年齢は同じですね」
できれば、名前も口にしてくれれば良かったのだが。
しかし、こちらから名前を訊くと怪しまれる可能性もあった。高校1年生の娘がいると分かっただけでもよしとしよう。
「明日、月が丘高校へと捜査しに行く予定なので、そのときに高校から家庭調査票を見せてもらいましょう」
「それがいいですね。家族構成もそうですし、ご家族の現在の職業も分かりますからね」
さすがに、高校で保管されている家庭調査票までには手を加えたり、隠蔽したりすることはできないだろう。もし、学校関係者に情報提供しないように圧力がかかっているのであれば、警察官として徹底的にそのことを含めて追究するのみ。
岡村に連絡をすると、彼は既に仕事を終えていて、今夜、私の家で呑むお酒を買うところらしい。何か買ってやると言われたので、私の好きな日本酒と、浅野さんが好きな白ワインを頼んだ。ただ、後で料金を請求される可能性があるので、安いやつでいいと言っておいた。
私は浅野さんを車に乗せて一緒に帰るのであった。
前任者から引き継いだ事件の情報と、今日の捜査で得た情報のまとめがようやく終わった。明日は氷室の自宅と、月が丘高校に調査をしに行くか。
「とりあえず、今日はこの辺にしておきましょうか、浅野さん」
「では、これから羽賀さんの家で岡村さんと3人で呑み会ですね!」
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「浅野さん、1つ言っておきますが、仕事中には……自分の趣味嗜好と絡ませるようなことは止めていただきたいです。氷室がとても疲れた表情をしていました。昼休みや休日ならかまいませんが、仕事中は気をつけてください」
昨日までと比べて今日はかなり疲れた。予想もしなかった氷室の逮捕が一番大きいが、浅野さんの暴走も疲れの一因だ。
「……そうですか。申し訳ありませんでした……」
そこまでがっかりするとは。本当にBLというものが好きなのだな。
「仕事中でも支障を来たさない程度の妄想はかまいませんが、それを表に出すなという意味です」
「……分かりました」
「腐女子仲間の警察官にも言っておいてください。氷室は浅野さん以外の女性警察官に取り調べを受けてかなり疲れていましたから」
「了解です。後でSNSのグループにその旨のメッセージ送信しておきます」
「宜しくお願いします」
警視庁腐女子グループでも作っているのだろうか。
それにしてもSNSか。いくつかアプリはインストールしているが、ろくに使ったことがないな。連絡は電話とメールで事足りてしまうので。
「羽賀君、浅野君、お疲れさん」
「佐相さん……」
今日、この人の名前を何度言っただろうか。佐相繁警視が私や浅野さんのデスクにやってきたのだ。背は私よりも少し低めだが、鋭い目つきと彼の低い声で威圧感がある。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です、佐相警視」
「ふっ、階級は警視だが、私には警視と付けなくていいんだよ、浅野君」
「了解でありますっ!」
佐相警視ほどの方が目の前に立っていると、浅野さんも緊張してしまうようだ。さすがに彼をネタにBLの妄想はしないだろう。
「すまないね。今騒がれている児童わいせつ事件の捜査を、羽賀君と浅野君に急に任せてしまって」
「いえ、最近は大きな事件を扱っていなかったので、それはかまいません。しかし、逮捕された氷室智也も、被害者の朝比奈美来も私の知り合いなので……1人の人間としては複雑な気持ちですね」
まさか、この事件を私に担当させたのも、真犯人の策略通りなのだろうか。真犯人が諸澄司であればそれもあり得るか。
「そうだったのか。それは大変だな。精神的に負担が大きいようならば、別の者に担当させてもいいが」
「お気遣いありがとうございます。しかし、この事件……知り合いが関わっているからこそ、事実を見つけるまで担当したいと考えております」
「そうか。羽賀君ならそう言うと思っていたよ。……ちなみに、現状はどうだ?」
「被害者である朝比奈美来さんの自宅に行き、彼女と彼女母親に話を聞きました。ただ、報道にあるような強制わいせつ行為は一切ないと言っているのですよ」
「……そうか。被害者の朝比奈さんは、被疑者の氷室に好意を抱いていると聞いている。朝比奈さんは氷室のことを庇っているんじゃないのか?」
「……なるほど、そういう考えもありましたか」
氷室を庇って何の意味があるというのか。それに、美来さんの性格ならば、仮に氷室が罪を犯していたとしたら、罪を償うべきであるときちんと言える人であると信じている。
「これだけ世間で騒がれている事件だ。羽賀君なら浅野君と一緒に事件の真実を掴むと信じているよ。明日からもよろしく」
「分かりました。この事件について事実を究明してみせます」
真犯人が創り出した偽りの「真実」のせいで、氷室は逮捕されてしまったのだ。私や浅野さんはただ、本当にあった事実を探し出すだけだ。
「……事実か」
「言葉の好みの話かと思います。私は真実というものは人間がいくらでも創り出せるものであり、事実は実際にあったことでしかないと考えております。ですから、私はこの事件についても事実を突き止める姿勢でいます」
「ははっ、そうか。まるで、君が報道されていることは嘘だと言っているように聞こえたのでね。なるほど、単に好みの問題か」
「そういうことです」
佐相警視が真犯人の協力者の可能性が高いので、今はまだ、あまり真意を語らない方がいいだろう。
「浅野君はそんな羽賀君と捜査をしていてどうだろうか?」
「さすがは羽賀さんという場面が多いですから、いい意味で刺激を受けています。勉強にもなります」
「なるほど。それは感心だ」
佐相警視は静かに笑った。
浅野さんの場合、刺激を受けるというのは捜査についてもあるかもしれないが、主にBLについての刺激だろう。
「佐相警視。仕事とは関係のないことでご相談があるのですが、よろしいでしょうか」
「何だろう?」
「……今月、私の友人の妹さんが誕生日を迎えるのです。この4月に高校生になったばかりで。私は女性と付き合った経験が一度もありませんし、姉や妹もいないのでどのようなプレゼントをあげればいいのかがよく分からないのです」
「ほう、羽賀君が女性経験なしとは意外だな」
「ええ。以前、別の警察官から佐相警視は中高生くらいの娘さんがいると聞きましたので、佐相警視であれば、年頃の女性にどのようなものをプレゼントすればいいのかが分かるかと思いまして」
「ほぅ、なるほど。羽賀君は質問する相手を選ぶセンスに長けているな」
ふふっ、と佐相警視は声に出して笑った。これをドヤ顔というのだろうか。
佐相警視がこういう表情をするということは、彼には中高生の娘さんがいると考えていいだろう。しかも、かなり可愛がっていると思われる。
「うちには、この4月に高校生になった娘がいるのだが、中学生くらいからあまり話をしなくなってなぁ。当時はともかく、現在は思春期も通り過ぎたと思うのだが……」
「なるほど。確かにそのくらいの年齢になると、父親とは急に話をしなくなると聞いたことがありますね」
「そうなんだよ、羽賀君。将来、結婚して娘ができたときには覚えておいた方がいい。それよりも、女性へのプレゼントなら浅野君に訊いた方がいいんじゃないのか?」
「……彼女は現金をもらえればいいらしいので」
「なるほど。ただ、好きなものを買いなさいという意味で、現金を渡すのも1つの手かもしれない。もちろん、女子高生として適正な金額をな」
「そうですか。参考になりました。ありがとうございます」
「気にしないでくれ。では、今日はお疲れさん」
「お疲れ様でした、佐相さん」
「お疲れ様です」
佐相警視は私達の所から立ち去っていった。
なるほど、佐相警視にはこの4月に高校生に入学した娘さんがいるのか。つまり、美来さんと同い年ということだ。これで、佐相柚葉さんと親子である可能性が高くなったか。
「さあ、行きましょうか、浅野さん」
「は、はい」
私と浅野さんはオフィスを後にし、駐車場へと向かう。
「羽賀さん、女の子へのプレゼントの悩むなんて可愛らしいですね。私は確かにお金をもらえたら嬉しいです。色々と買いたいものもありますし」
「……プレゼントに悩んでいることは嘘ですよ」
「えっ、ど、どういうことですか?」
浅野さんは先ほどの佐相警視への相談の真意が分かっていないようだな。佐相警視にも気付かれていなければいいのだが。
「佐相警視に高校生の娘がいるかどうかを確認するために訊いたのですよ」
「それで、ああいうご相談を?」
「ええ。同年代の娘がいれば、アドバイスの有無はともかく、好意的な返答はもらえると思いまして。うちにも同年代の娘がいる。ましてや、高校1年の娘であれば『この春に高校生になった娘がいる』といった言葉を口にすると思いまして」
「そういうことだったんですか。そういえば、4月に高校に進学した娘がいると警視は仰っていましたね」
「ええ。佐相柚葉さんは高校1年生です。年齢は同じですね」
できれば、名前も口にしてくれれば良かったのだが。
しかし、こちらから名前を訊くと怪しまれる可能性もあった。高校1年生の娘がいると分かっただけでもよしとしよう。
「明日、月が丘高校へと捜査しに行く予定なので、そのときに高校から家庭調査票を見せてもらいましょう」
「それがいいですね。家族構成もそうですし、ご家族の現在の職業も分かりますからね」
さすがに、高校で保管されている家庭調査票までには手を加えたり、隠蔽したりすることはできないだろう。もし、学校関係者に情報提供しないように圧力がかかっているのであれば、警察官として徹底的にそのことを含めて追究するのみ。
岡村に連絡をすると、彼は既に仕事を終えていて、今夜、私の家で呑むお酒を買うところらしい。何か買ってやると言われたので、私の好きな日本酒と、浅野さんが好きな白ワインを頼んだ。ただ、後で料金を請求される可能性があるので、安いやつでいいと言っておいた。
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