アリア

桜庭かなめ

文字の大きさ
82 / 292
本編-ARIA-

第81話『面会-後編-』

しおりを挟む
 雅治さんとの面会が終わり、僕は独房に戻る。
 戻ってからすぐに昼食が出たので、今は昼休みなのか。早く食事を済ませて、少しでも寝た方が良さそう――。

「氷室智也。面会者が来ている」
「……そうですか」
「次々と来るとはお前は人気者だな。報道でもお前のことばかりやっている」
「……そうなんですかね」

 報道の方はきっと、視聴率を上げるための餌としか思っていない気がする。
 まったく、これから昼食を食べて寝ようとしていたのに。有紗さんだったら全然かまわないけど、真犯人候補の5人の誰かだったら激昂してしまうかもしれない。

「氷室さん、おひさしぶりですね」
「うわあっ……」

 面会に来ている人物を見て思わずそんな声が漏れてしまった。
 面会室に入ると、透明なアクリル板の向こうには私服姿の諸澄君が座っていたのだ。相変わらず嫌味な笑みを見せてくるなぁ。やはり、彼に自宅謹慎処分なんて意味がなかったか。
 彼と話すのは正直嫌だけど、僕を嵌めた真犯人の候補の中でも最有力人物だ。上手く聞きだしてみよう。羽賀や浅野さんのためにもな。

「まさか、諸澄君が僕に面会しに来てくれるとはね」
「氷室さんの無様な姿を見に来たんですよ」
「……随分と尖った言葉選びだなぁ」

 この様子だと、諸澄君が僕を無実の罪で逮捕させた真犯人でも納得できるな。

「囚われの身になって、気分はいかがですか?」
「今は眠たい気持ちでいっぱいだよ。取り調べばかりでね。まったく、誰が僕にこんなところへ放り込ませたのか……」
「惨めですね。アクリル板1枚でここまで環境が違うなんて。こちら側は自由ですよ」
「……君だって、本来なら僕と似たような状況だろう? 聞いているよ、学校から自宅謹慎処分が下っていると」
「……誰のせいだと思っているんですか」

 すると、諸澄君の目つきが鋭くなる。やはり、彼の本心を引き出すには美来へのストーカー行為について話すのがいいみたいだな。

「誰のせいなのかって? それは君自身が一番分かっているんじゃないかな。いや、分かっていないか。分かっていないから、学校からの処分にも従わずにこんなところにいるんだよね?」
「逮捕されたくせに、何を偉そうに言っているんですか!」

 おやおや、露骨に怒るなんて可愛いもんだね、諸澄君。もし、君が真犯人だったらその怒りを100倍にして返してやりたいよ。

「確かに、僕は逮捕されたよ。でも、僕は本当に罪を犯したのかな? 被害者と言われている女の子だって報道のようなことは一切なく、僕は無実だと言ってくれているんだよ? 諸澄君なら、僕が逮捕された心当たりを知っているんじゃないかな?」

 証拠として挙がっている2枚の写真、99%の確率で諸澄君が撮影したものだろう。僕の逮捕に何かしら関わっているはずだ。

「……どうでしょうね。しかし、1つだけ教えるとするなら、氷室さんは決して歯向かってはいけない人物に歯向かってしまった。そのことで、その人物の逆鱗に触れてしまったからこうなったんじゃありませんか? そして、あなたが逮捕されたという真実にも歯向かってはならないんですよ」
「……その言葉、君が僕の逮捕を仕組んだ真犯人だと受け取っていいのかな?」

 核心を突く問いをすると、諸澄君はふっと笑った。

「好きに受け取ってくれてかまいません。ただ、俺を捕まえられるでしょうかね。あなたは今、囚われの身なのに。しかも、日本の警察を敵に回して。あなたが逮捕されたということは、警察や裁判所はあなたが朝比奈さんに強制わいせつを行なったことが真実であると認めた何よりの証拠なんですよ」

 確かに、美来に強制わいせつをしたという罪で、僕に逮捕状が発行されている。その「真実」が、僕が逮捕された直後から日本全国、いや世界中に報道されているんだ。

「僕は真実って言葉が嫌いだけれどね。クラスで美来が受けたいじめだって、本当はあったのに担任はなかったという『真実』を朝比奈家に認めさせようとした。真実は果たして事実とイコールなのかな」
「しかし、世の中にはそういった『真実』を結論とする方が、丸く収まるときがあるんですよ。傷付く人間が少なくて済む場合だってある」
「へえ。ということは、君も美来がクラスでいじめられなかったという『真実』を選択する方が丸く収まり、傷付く人間が少なくなるからいいと思ったんだ。でも、その『真実』を通そうとしたせいで、美来はより心を傷つけられる結果になったんじゃないかな。それに、美来は声楽部の方でもいじめを受けていたのに、君は美来に一切手を差し伸べなかった。これはどういうことだろうね?」
「くっ……!」

 おっ、面会に来て初めて諸澄君の苦い表情を見たな。美来のことが好きなら、何らかの行動をしているはずなのに。実際には何もしていない。強いて言えば、ストーカー行為だけ。どうやら彼にとって痛いところを突かれたって感じかな。
 せめてもの強がりなのか、諸澄君が「ふっ」と笑う。

「何とでも言えばいい。今のあなたは強制わいせつを行なったという『真実』に屈しているんだ。あなたは世界中の人間を敵に回しているんですよ。そんな今の状況を逆転できる自信があるんですかね?」
「……少ない人数だけど、僕のことを信頼してくれる人達がいるからね。逆転できる可能性はゼロじゃないと信じているよ」
「ふっ、その人達は本当に馬鹿で愚かな人間ですね」

 それだと、美来のことまで馬鹿にすることになるけれど。まあ、今の彼に何を言っても無駄か。

「黙るということは、自分は犯罪者と認めているようなものじゃないですか?」
「そんなことない。君がペラペラと喋りすぎているだけだと思うよ」

 色々なことをね。

「……本当にあなたは邪魔な人間だ。逮捕されていい気味だと思いますよ」
「あまりそういうことを言わない方がいいと思うよ。警察官に監視されている状況なんだからさ。あと、さっさと家に帰った方がいい。学校が自宅謹慎処分を下し、反省文を書かせるということは、君の態度次第では法的措置を講じないというクッションになってくれているんだから。君がやっていたことを大人がやったら、一発で逮捕だよ」

 そうは言ってみるけど、諸澄君が自宅に不在で、ここに面会しに来ていることはいずれバレるかだろう。そうなったら、学校側からもっと重たい処分が下るか、法的措置の可能性も出てくるだろう。自分の首を自分自身で絞めていることを彼は分かっているのかな。

「逮捕された人にそんなアドバイスをされるなんて。侮辱罪で訴えますよ?」
「いや、僕は侮辱をしているつもりは全くないんだけど」

 それなら、諸澄君の方がよっぽど僕のことを侮辱する発言をしていると思うけど。僕と会ってから何回侮辱する発言をしただろうか。本当に彼は自己中心的な性格だな。

「もう1つ、君に言っておくよ。事実に勝る真実なんてない。クラスで美来の受けたいじめと同じように、いずれ事実が明らかになるときが来るよ。それが君の言うこの状況を逆転する瞬間だよ」
「そういう風に強く言っていられるのは今のうちですよ」
「その言葉、そのまま君に返すよ」

 僕は囚われの身で何もできないと言ってもいい状況だ。しかし、羽賀や浅野さんが捜査をしていけば、必ず事実が明らかになるはずだ。そう信じるしかない。

「それでは、俺はもう帰りますよ。これ以上、ここにいても気分が悪くなるだけだと思いますので」
「そうかい。こっちはいい暇つぶしになったよ」
「そうなってしまったことが憎いですね。失礼します」

 諸澄君は僕に対して、嫌悪感を終始出していたな。逮捕された僕の惨めな姿を見たかったそうだけど、気分が悪くなるだけなら別に来なくても良かったのに。
 面会が終わると、僕は再び独房に連れ戻される。昼食の時間が終わってしまったのか、面会に行く直前に配給された昼食が片付けられていた。悲しいなぁ。
 警官がいなくなったところを確認して、

「……録音終了」

 僕はズボンのポケットにしまっていた録音レコーダーを取り出して、停止ボタンを押した。この録音レコーダーは今朝、羽賀から渡されたものだ。真犯人の候補に挙げられている5人が面会しに来た際に録音してほしいと彼に頼まれたから。

「重要な証拠の1つになりそうだな」

 今の面会で、諸澄君は自分が犯人であることをほのめかす発言もしていたし。彼が真犯人だった場合、彼を追い詰めるいい材料になるだろう。羽賀が戻ってくるまで、警官に没収されないように隠しておかなければ。

「ちょっと寝るか」

 諸澄君を相手にするだけでも疲れたので、面会前よりも強い眠気が襲ってきた。何分眠れるかは分からないけど、少しでも疲れを取るために眠ることにしよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...