アリア

桜庭かなめ

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本編-ARIA-

第83話『おねがい』

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 ――智也さんと面会がしたい。

 やはり、美来さんは氷室に会いたいのか。好きな人だからだろうか。氷室から話を聞いていたが、美来さんは氷室のいるところには何としてでも行くのだな。10年ものの愛情は伊達ではないか。

『羽賀さん、私を警視庁に連れて行っていただけませんか? 私は……被害者ですから面会は許されないのですか? 一度だけでもいいので、智也さんに会わせてください。お願いします』
「美来さん、落ち着いてほしい。被害者だから会えないなんてことはない。美来さんが会いたいと言うのだから、もちろん彼との面会を許可する」
『……ありがとうございます』

 佐相柚葉の家に行くのは後にして、まずは美来さんと一緒に氷室が勾留されている警視庁へ行くことにしよう。それに、諸澄司が氷室の所に面会しに来たのだから、氷室が面会時の会話を録音してくれているはずだ。その録音内容を早く確認するためにも、一旦、警視庁に戻った方がいいだろう。

『羽賀さんは今も月が丘高校で捜査をしているんですか?』
「そうだ。ただ、学校での捜査はそろそろ終わらせるつもりでいる。それに、美来さんの挙げていた真犯人の候補である5人は全員、学校にいなかったからな」
『そう……ですよね。3人の先生方は懲戒解雇され、諸澄君は自宅謹慎処分、佐相さんはいじめで学校に行っていないんですもんね』
「それでも、色々と重要なことが分かったから、高校へ捜査しに来た甲斐があった」
『そうですか』
「そのことについては、警視庁へ一緒に行くときにゆっくりと話すにしよう。これから、君の家に向かうよ」
『分かりました。では、お待ちしています』
「ああ」

 美来さんの方から通話を切った。

「ということで、月が丘高校の捜査はひとまずここまでにして、これから氷室と面会するため、美来さんを警視庁へと連れて行きます」
「分かりました。でも、もう捜査を終えていいんですか?」
「元々、ここには佐相柚葉と佐相警視が親子であるかどうかの確認と、真犯人の候補となっている5人に話を聞くことがここに来た目的でしたからね」
「それなら、もうここを後にして大丈夫ですね」
「あ、あのっ!」

 詩織さんが真剣な表情をして私達に声をかける。

「何だろうか?」
「私もついていってもいいですか? クラスのこととかを美来ちゃんに直接伝えたいから。それに、今のクラスにいるのが辛くて……」
「私はかまわないが」

 今のクラスの状況なら私が伝えるつもりでいたが、詩織さんの方が上手く伝えられるかもしれない。それに、美来さんも詩織さんが側にいた方が心強いだろう。

「片倉先生、その……早退してもいいですか?」
「もちろんよ。美来ちゃんの側にいてあげて。先生の方には私から言っておくよ」
「ありがとうございます」
「では、教室に戻って荷物を取りに行くといい。私達ここで待っている」
「分かりました。すぐに取りに行ってきます」

 詩織さんは教室へ荷物を取りに行く。
 彼女が戻ってくるまでの間、明美さんから私のことを色々と訊かれたが……まあ、気分転換になったのでいいか。たまには捜査に関係ない話をしてガス抜きするのも必要だ。それに、可愛らしい女性と話すことは嫌いではない。
 数分ほどして荷物を持った詩織さんが会議室に戻ってきたので、彼女と一緒に私の運転する車で美来さんの家へと向かい始める。

「羽賀さんは佐相さんが真犯人だと考えていますか?」
「そうだと断定はできませんが、何らかの形で関わっていると考えています」

 ただ、その理由も佐相柚葉と佐相警視が親子であるという1点のみ。今の状況では彼女の家に行っても、適当にはぐらかされてしまうだろう。もしかしたら、会ってくれない可能性だってある。

「羽賀さん、浅野さん。ネット上に氷室さんが逮捕された事件の被害者が美来ちゃんだって流れてます。そして、うちの高校で起こったいじめの被害者だっていうことも……」
「何だって?」
「私、SNSをやっているので、もしかしたらと思って美来ちゃんの名前で検索したら……」
「それ、私に見せてくれますか? あっ、なるほど、Tubutterツブッターで『朝比奈美来』と検索したんですか……」

 今朝の報道があって、氷室の事件の被害者が朝比奈美来さんだと気付いた生徒が、TubutterというSNSでそのことを呟き、拡散されていったということか。昨夜の段階で取材によって、氷室と美来さんについての情報を掴んでいた局もあったから、被害者が判明するのは時間の問題だったのかもしれないが。

「氷室智也が逮捕された事件の被害者、月が丘高校に通っている朝比奈美来という女子生徒じゃないかという呟きが結構ありますね。古いものでは数時間前の呟きもあります」
「数時間前……ちょうど朝に報道がされたときですか」

 やはり、朝の報道を見た月が丘高校の生徒の誰かが、被害者が美来さんだと気付いて呟いたのだろう。

「しかし、これはまずい状況ですね。被害者が美来さんだと判明してしまったら、おそらくメディア関係者が美来さんのご自宅の前や学校に集まってしまうでしょう。美来さんのご自宅の様子がテレビやネット上に流れたら、諸澄君に美来さんの家がどこにあるか特定される危険がありますね。最寄り駅までは既に知られていますし……」

 自宅謹慎処分を下されたにも関わらず、氷室に面会をするために警視庁に行くぐらいの少年だ。美来さんの家が分かったら、美来さんと会うために彼女の自宅へ向かってしまうかもしれない。

「一旦、車を停めますね。種田さんに連絡します」

 今の状況を確認しなければ。種田さんは諸澄司と会うことができているのだろうか。
 周りを確認して、私は車を道路の端に停車させる。スマートフォンで種田さんに連絡をしてみる。

『はい、種田ですが』
「種田さん。先ほど、私からお願いをした諸澄司への聞き込み捜査の件ですが、今、どのような状況ですか?」
『今は諸澄司の家にいて、親御さんのいる前で彼と話しているところですよ。彼、クラスメイトの女子生徒にストーカーをしていたことが原因で、自宅謹慎処分が下っていたそうですね。電話をしてきたと言うことは、彼に何か追加で訊いておくべき用件があるのでしょうか?』

 諸澄司は今、自宅にいるのか。それならひとまず安心して大丈夫そうだ。

「いえ、現状を確認したかっただけです。ただ、できるだけ彼とゆっくりと話をしてください。お願いします」
『は、はあ……分かりました』
「では、失礼します」

 私の方から通話を切る。
 もし、諸澄司が自宅にいないのなら警戒する必要があったが、種田さんが諸澄司の自宅で話をしているところなら、美来さんの家に行って、彼女を警視庁に連れて行っても大丈夫そうだ。
 再び、美来さんの家に向かって車を出発させる。

「種田さんに連絡しましたけど、どうかしたんですか?」
「彼に諸澄司に聞き込み捜査をしてほしいと依頼していましたからね。彼に連絡して諸澄司の状況を教えてもらったんです」
「なるほど。それで、諸澄君は?」
「彼の自宅で、種田さんが聞き込み捜査をしているところでした。なので、ひとまずは大丈夫ですよ」
「そうですか。あっ、詩織さん。スマートフォンをありがとうございます」
「いえいえ」

 しかし、報道では被害者の名前を伏せることができても、一般人によるネットの投稿までは無理だったか。事前に鷺沼のところに氷室と美来さんの情報があったとはいえ、それが正しいかどうか伝えたのは私だ。この事件の被害者を美来さんであると早く広めさせてしまった一因は私にある。

「……絶対に美来さんのことを守らねば」

 そのためにも、二度と同じような失態を犯してはならないな。そう思いながら、彼女の家へと向かうのであった。
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