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本編-ARIA-
第93話『独房にて』
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私は今朝の柚葉さんへの聞き取り捜査で得た情報を氷室に話した。
時々、詳細を訊かれることはあったが、基本的には静かに聞いていてくれた。ただ、黒幕が存在したと言ったときにはさすがに驚いていた。
「佐相親子が事件に関わっているのは、昨日の佐相警視の様子からして予想できたけど、まさか佐相さんに指示した真犯人がいるとは」
「ああ。Tubutterで『TKS』と名乗る人間が柚葉さんに指示していたのだ」
「『TKS』かぁ。おそらく、それは諸澄君だろうね。彼の下の名前をローマ字表記にしたら『TSUKASA』になるし。正体を明かしてはならない立場なのに、Tubutterのアカウント名を自分の名前から取るなんて。何とも彼らしいというか」
「な、なるほど。私も諸澄司だとは思っていたぞ」
これまで捜査をしてきて、柚葉さん以外にも真犯人がいるとしたら、筆頭候補は諸澄司になるからな。『TKS』の由来は今まで全然分からなかったが、彼の下の名前をローマ字表記した『TSUKASA』から取った可能性があるのか。相手が氷室なので、さすがはIT企業で勤めるだけあると自分を納得させられるが、これが岡村だったらさぞかし悔しく思っていたことだろう。あいつの場合は私のことをバカにしてくるかもしれないが。
「仮に『TKS』が諸澄君だとしたら、佐相さんと直接会っていなくても、Tubutterを用いて彼女に写真を送ることができたわけだ」
「ああ。メッセージ機能の中で写真を添付させられるようだ」
「なるほど。その写真のデータを自分のパソコンにダウンロードしたのか。そして、佐相警視に渡したと」
「柚葉さんが佐相警視に計画を話した際に、彼のUSBを柚葉さんのパソコンに接続してデータをコピーしたらしい。おそらく、そのデータを警視庁で彼が使っているパソコンに入れたのだろう」
「そのUSBが警視庁のものなのか分からないけど、情報セキュリティの観点からすればやっちゃいけないことだな。官公庁、民間問わず仕事の情報は慎重に扱わなきゃいけないんだ。もちろん、ウイルスに感染する可能性もあるし。私用のパソコンに接続したことのあるUSBを業務用のパソコンに接続し写真を転送するなんて……」
私も警視庁に入庁した際に、情報セキュリティについて講習を受けたな。氷室の言うとおり、佐相警視の一連の行動はセキュリティの観点からすると相当問題であると分かる。
「話は変わるけど、どうして羽賀まで逮捕されなきゃいけないんだ?」
「おそらく、私が氷室の無実を証明するために捜査していたからだろう。そして、検察官に送致する期限が逮捕されてから48時間以内と定められているのもあるだろう」
「48時間っていうと丸2日か。もうすぐだよな」
「ああ。氷室は一昨日の昼前に逮捕された。だから、まもなく48時間を迎える。送検されると検察庁に身柄を送られるが、警察官も引き続き取り調べを行なうので、おそらくここで過ごすことになるだろう」
「そうか……」
送検されたら起訴されるのも時間の問題だろう。送検前に釈放が決まれば一番いいのだが。
「おそらく、佐相警視は私に事件の捜査をさせ、氷室が罪を犯していると捉えられる証拠や証言を更に得たかったのだろう。そうすることで、検察官に起訴という判断をスムーズにさせようと企んでいた」
「だけど、実際には僕の無実を念頭に捜査をしていた。そして、48時間というタイムリミットが迫っているから、羽賀を排除するために逮捕させたっていうのか」
「まあ、そういうことだろうな」
被害者とされている美来さんが、氷室は無実であると証言しているので、私が氷室を釈放するように何度も願い出たが、頑なに拒否されている。写真も診断書も、何の効力も持たないというのに、佐相警視の圧力によって、それらの証拠が『氷室が知り合いの少女に強制わいせつをしている証拠』と解釈されてしまっている。内部の圧力は本当に面倒だ。
「じゃあ、もしかして今頃、佐相警視は……」
「送検の手続きをしているのだろう。そして、検察官の方にも氷室のことを起訴するように言っているかもしれない。佐相警視くらいの人になると、検察庁の方にも知り合いがたくさんいそうだ。裁判所に虚偽の罪で氷室に逮捕状を発行させたくらいだ」
「そっか。でも、そういうことをするなら、最初から羽賀に捜査をさせずに、僕をさっさと送検して、起訴させた方が確実なのに。どんなに不正を重ねてもさ。何で、わざわざ羽賀に捜査させるようなことをしたんだろうな。僕の無実を証明されてしまうかもしれないのに」
「もしかしたら、『TKS』は知り合いの警察官である私に逮捕されることで、氷室により大きなショックを与えたかったのかもしれん。そして、『TKS』が諸澄司である場合、私のことも恨んでいるかもしれない」
「羽賀のことを? ああ、詩織ちゃんと初めて会ったときに、お前と岡村に諸澄君から助けてもらったからな」
「ああ。そのときに、諸澄司は私が警察官であることを知り、氷室と知り合いであることも分かったのだろう。知り合いを逮捕するのは心苦しいものだ。無実の罪であっても。これは私に対する復讐とも言えそうだ」
「じゃあ、羽賀も逮捕されたって報道されたら、『TKS』は喜ぶかもってことか」
「そういうことだ」
諸澄司の場合なら、だが。しかし、私に捜査させるよう柚葉さんに伝えるのだから、黒幕『TKS』は彼の可能性が高いだろう。
「しかし、氷室が無実であると報道される方が早いかもしれない」
これは時間の勝負だ。なるべくなら、送検の期限である48時間よりも前に、正確には氷室が送検されてしまう前に氷室が無実であると報道されればいいのだが。
「ど、どういうことなんだ? 僕が無実であると報道される方が早いって……」
「氷室。この異様とも言える状況で、氷室が無実であると警察側が判断するとしたらどんな場合だと思う?」
「えっ、手っ取り早い方法なら、事件に関わっている人……例えば真犯人が、自分がやったと自白する……あっ!」
どうやら、氷室は気付いたようだ。それが、私が昨日の仕事の後に知り合いに連絡し、今日に向けて念入りに準備をしていた理由でもある。
「そう。今朝、柚葉さんとの話を全て録音しておいたのだよ」
他の誰にも聞かれないように、氷室の耳元で呟く。
「逮捕という形で捜査を妨害される最悪の状況も想定したから、柚葉さんに一通り話を聞いたところで録音を止め、レコーダーを美来さんに預けておいた。そして、美来さんと詩織さんに、私と佐相警視が話している隙を狙って、近くで待たせている岡村の車に乗り、私の大学時代の友人が勤めている報道局に行くように言っておいた。岡村だけでは何が起きるか分からないから、美来さんの御両親や月村さんにも別の車で一緒に向かってもらっている」
警察の追従もあり得るので、月村さんが運転する車、美来さんの父親が運転する車の2台が、岡村が運転する車についていく形を取るように指示しておいた。
「なるほどな。それにしてもお前、会話の録音が大好きだな。僕にもICレコーダーを持たしていたし」
「証拠になるからな。報道局に勤めている友人には今朝、重要な情報を提供できるかもしれないと連絡してあるから、美来さんが彼に連絡しても対応してくれるはずだ」
鷺沼はこちらからの連絡があり次第、取材班を警視庁の方へ行けるように準備すると言っていた。美来さんと鷺沼が会うことさえできれば、おそらく氷室の無実が報道されて、彼を釈放する流れになるだろう。私の方は分からないが。
「それでも、佐相警視側が気付いて、報道局に辿り着けない可能性もある。必ず成功するとは限らないが、この状況を打破できるかもしれない方法はこれしか思いつかなかった」
「いいんじゃないか。何もできないよりは、やってみる方が」
「そうだな」
しかし、もう少し佐相警視が公園にやってくるのが早かったら、美来さんにレコーダーを渡すチャンスがなくなっていたかもしれない。柚葉さんから重要な話を一通り聞けたのは運が良かった。
「美来が羽賀の友人と会って、佐相さんとの会話の録音内容や、僕は無実だという美来の証言が報道されれば、僕が釈放される方向に動くってわけだな」
「ああ。黒幕は分かっていないが、柚葉さんが氷室を無実の罪で、警察官の父親に氷室を逮捕させるように頼んだことを認めたのだ。2枚の写真も診断書もそのために用意したものであると証言している。それに、私が逮捕されそうなときに、柚葉さん自身が佐相警視にこのことを世間にバラすと言ったぐらいだ。ここまではっきりとしたことが報道されれば、警察側も氷室の無実を認めざるを得なくなる」
「そう……なるといいな。でも、そういう状況なのに2人を岡村に任せて大丈夫だったのか? あいつ、飛ばすと思うぞ」
「……多少のスピード超過はあるかもしれないが、事故は起こさないだろう。美来さんと詩織さんが安全運転をするように注意するかもしれない」
「それはありそうだな」
岡村はやる気になっていたから、美来さんと詩織さんを鷺沼のいる報道局に連れて行ってくれるだろう。そう信頼した上で頼んだのだ。
頼んだぞ、岡村。そして、美来さんと詩織さん。今の状況で氷室を救えるのは君達しかいない。
時々、詳細を訊かれることはあったが、基本的には静かに聞いていてくれた。ただ、黒幕が存在したと言ったときにはさすがに驚いていた。
「佐相親子が事件に関わっているのは、昨日の佐相警視の様子からして予想できたけど、まさか佐相さんに指示した真犯人がいるとは」
「ああ。Tubutterで『TKS』と名乗る人間が柚葉さんに指示していたのだ」
「『TKS』かぁ。おそらく、それは諸澄君だろうね。彼の下の名前をローマ字表記にしたら『TSUKASA』になるし。正体を明かしてはならない立場なのに、Tubutterのアカウント名を自分の名前から取るなんて。何とも彼らしいというか」
「な、なるほど。私も諸澄司だとは思っていたぞ」
これまで捜査をしてきて、柚葉さん以外にも真犯人がいるとしたら、筆頭候補は諸澄司になるからな。『TKS』の由来は今まで全然分からなかったが、彼の下の名前をローマ字表記した『TSUKASA』から取った可能性があるのか。相手が氷室なので、さすがはIT企業で勤めるだけあると自分を納得させられるが、これが岡村だったらさぞかし悔しく思っていたことだろう。あいつの場合は私のことをバカにしてくるかもしれないが。
「仮に『TKS』が諸澄君だとしたら、佐相さんと直接会っていなくても、Tubutterを用いて彼女に写真を送ることができたわけだ」
「ああ。メッセージ機能の中で写真を添付させられるようだ」
「なるほど。その写真のデータを自分のパソコンにダウンロードしたのか。そして、佐相警視に渡したと」
「柚葉さんが佐相警視に計画を話した際に、彼のUSBを柚葉さんのパソコンに接続してデータをコピーしたらしい。おそらく、そのデータを警視庁で彼が使っているパソコンに入れたのだろう」
「そのUSBが警視庁のものなのか分からないけど、情報セキュリティの観点からすればやっちゃいけないことだな。官公庁、民間問わず仕事の情報は慎重に扱わなきゃいけないんだ。もちろん、ウイルスに感染する可能性もあるし。私用のパソコンに接続したことのあるUSBを業務用のパソコンに接続し写真を転送するなんて……」
私も警視庁に入庁した際に、情報セキュリティについて講習を受けたな。氷室の言うとおり、佐相警視の一連の行動はセキュリティの観点からすると相当問題であると分かる。
「話は変わるけど、どうして羽賀まで逮捕されなきゃいけないんだ?」
「おそらく、私が氷室の無実を証明するために捜査していたからだろう。そして、検察官に送致する期限が逮捕されてから48時間以内と定められているのもあるだろう」
「48時間っていうと丸2日か。もうすぐだよな」
「ああ。氷室は一昨日の昼前に逮捕された。だから、まもなく48時間を迎える。送検されると検察庁に身柄を送られるが、警察官も引き続き取り調べを行なうので、おそらくここで過ごすことになるだろう」
「そうか……」
送検されたら起訴されるのも時間の問題だろう。送検前に釈放が決まれば一番いいのだが。
「おそらく、佐相警視は私に事件の捜査をさせ、氷室が罪を犯していると捉えられる証拠や証言を更に得たかったのだろう。そうすることで、検察官に起訴という判断をスムーズにさせようと企んでいた」
「だけど、実際には僕の無実を念頭に捜査をしていた。そして、48時間というタイムリミットが迫っているから、羽賀を排除するために逮捕させたっていうのか」
「まあ、そういうことだろうな」
被害者とされている美来さんが、氷室は無実であると証言しているので、私が氷室を釈放するように何度も願い出たが、頑なに拒否されている。写真も診断書も、何の効力も持たないというのに、佐相警視の圧力によって、それらの証拠が『氷室が知り合いの少女に強制わいせつをしている証拠』と解釈されてしまっている。内部の圧力は本当に面倒だ。
「じゃあ、もしかして今頃、佐相警視は……」
「送検の手続きをしているのだろう。そして、検察官の方にも氷室のことを起訴するように言っているかもしれない。佐相警視くらいの人になると、検察庁の方にも知り合いがたくさんいそうだ。裁判所に虚偽の罪で氷室に逮捕状を発行させたくらいだ」
「そっか。でも、そういうことをするなら、最初から羽賀に捜査をさせずに、僕をさっさと送検して、起訴させた方が確実なのに。どんなに不正を重ねてもさ。何で、わざわざ羽賀に捜査させるようなことをしたんだろうな。僕の無実を証明されてしまうかもしれないのに」
「もしかしたら、『TKS』は知り合いの警察官である私に逮捕されることで、氷室により大きなショックを与えたかったのかもしれん。そして、『TKS』が諸澄司である場合、私のことも恨んでいるかもしれない」
「羽賀のことを? ああ、詩織ちゃんと初めて会ったときに、お前と岡村に諸澄君から助けてもらったからな」
「ああ。そのときに、諸澄司は私が警察官であることを知り、氷室と知り合いであることも分かったのだろう。知り合いを逮捕するのは心苦しいものだ。無実の罪であっても。これは私に対する復讐とも言えそうだ」
「じゃあ、羽賀も逮捕されたって報道されたら、『TKS』は喜ぶかもってことか」
「そういうことだ」
諸澄司の場合なら、だが。しかし、私に捜査させるよう柚葉さんに伝えるのだから、黒幕『TKS』は彼の可能性が高いだろう。
「しかし、氷室が無実であると報道される方が早いかもしれない」
これは時間の勝負だ。なるべくなら、送検の期限である48時間よりも前に、正確には氷室が送検されてしまう前に氷室が無実であると報道されればいいのだが。
「ど、どういうことなんだ? 僕が無実であると報道される方が早いって……」
「氷室。この異様とも言える状況で、氷室が無実であると警察側が判断するとしたらどんな場合だと思う?」
「えっ、手っ取り早い方法なら、事件に関わっている人……例えば真犯人が、自分がやったと自白する……あっ!」
どうやら、氷室は気付いたようだ。それが、私が昨日の仕事の後に知り合いに連絡し、今日に向けて念入りに準備をしていた理由でもある。
「そう。今朝、柚葉さんとの話を全て録音しておいたのだよ」
他の誰にも聞かれないように、氷室の耳元で呟く。
「逮捕という形で捜査を妨害される最悪の状況も想定したから、柚葉さんに一通り話を聞いたところで録音を止め、レコーダーを美来さんに預けておいた。そして、美来さんと詩織さんに、私と佐相警視が話している隙を狙って、近くで待たせている岡村の車に乗り、私の大学時代の友人が勤めている報道局に行くように言っておいた。岡村だけでは何が起きるか分からないから、美来さんの御両親や月村さんにも別の車で一緒に向かってもらっている」
警察の追従もあり得るので、月村さんが運転する車、美来さんの父親が運転する車の2台が、岡村が運転する車についていく形を取るように指示しておいた。
「なるほどな。それにしてもお前、会話の録音が大好きだな。僕にもICレコーダーを持たしていたし」
「証拠になるからな。報道局に勤めている友人には今朝、重要な情報を提供できるかもしれないと連絡してあるから、美来さんが彼に連絡しても対応してくれるはずだ」
鷺沼はこちらからの連絡があり次第、取材班を警視庁の方へ行けるように準備すると言っていた。美来さんと鷺沼が会うことさえできれば、おそらく氷室の無実が報道されて、彼を釈放する流れになるだろう。私の方は分からないが。
「それでも、佐相警視側が気付いて、報道局に辿り着けない可能性もある。必ず成功するとは限らないが、この状況を打破できるかもしれない方法はこれしか思いつかなかった」
「いいんじゃないか。何もできないよりは、やってみる方が」
「そうだな」
しかし、もう少し佐相警視が公園にやってくるのが早かったら、美来さんにレコーダーを渡すチャンスがなくなっていたかもしれない。柚葉さんから重要な話を一通り聞けたのは運が良かった。
「美来が羽賀の友人と会って、佐相さんとの会話の録音内容や、僕は無実だという美来の証言が報道されれば、僕が釈放される方向に動くってわけだな」
「ああ。黒幕は分かっていないが、柚葉さんが氷室を無実の罪で、警察官の父親に氷室を逮捕させるように頼んだことを認めたのだ。2枚の写真も診断書もそのために用意したものであると証言している。それに、私が逮捕されそうなときに、柚葉さん自身が佐相警視にこのことを世間にバラすと言ったぐらいだ。ここまではっきりとしたことが報道されれば、警察側も氷室の無実を認めざるを得なくなる」
「そう……なるといいな。でも、そういう状況なのに2人を岡村に任せて大丈夫だったのか? あいつ、飛ばすと思うぞ」
「……多少のスピード超過はあるかもしれないが、事故は起こさないだろう。美来さんと詩織さんが安全運転をするように注意するかもしれない」
「それはありそうだな」
岡村はやる気になっていたから、美来さんと詩織さんを鷺沼のいる報道局に連れて行ってくれるだろう。そう信頼した上で頼んだのだ。
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