アリア

桜庭かなめ

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特別編-ホームでシック-

後編

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「うわああああああっ!」

 目が覚めると、視界は真っ暗だった。今は夜……なのかな。呼吸が荒くなっていて、体もちょっと熱い。

「夢、だったのかな……」

 美来と結婚していて、有紗さんを養子縁組という形で僕等の娘になって……3人一緒に家族として暮らしていた。それは微笑ましいことなんだろうけど、あのときは非日常的な感じしてとても恐ろしく思えた。

「どうしたんですか! 智也さん!」
「大丈夫? 智也君!」
「うわあっ!」

 部屋の照明が点くと、扉の所に寝る前と同じ服装をした美来と、職場からお見舞いに来てくれたのか、ワイシャツ姿の有紗さんが立っていた。
 壁に掛かっている時計を見ると、今は午後7時半過ぎか。

「美来、有紗さん……」
「智也さん、悲鳴が聞こえましたけど、大丈夫ですか?」
「悪い夢でも見たの?」

 美来と有紗さんが僕に近づいてきたので、

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 もしかしたら、まだ夢の中かもしれない。もしそうだとしたら、2人に色々とされてしまうかもしれない。2人にはいくつか確認しないと。

「ねえ、美来。美来は僕と今……結婚してる?」
「何を言っているんですか。結婚する予定ですけど、まだ入籍していませんよ」
「じゃあ、有紗さんが養子縁組という形で、僕と美来の娘にはなっていないんですね?」
「……本当に何を言っているの? 智也君、風邪が酷くて頭がおかしくなった?」
「……良かったぁ」

 夢から覚めたんだな、僕。本当に良かったよ。
 それにしても、どうしてあんな夢を見たのか。風邪の影響……なのかな。

「本当に大丈夫ですか? 私のおっぱいを揉みますか?」

 そう言いながら、美来はちょっと心配そうな表情をして手を僕の額に当ててくる。

「お昼に比べればだいぶ良くなりましたけど、まだちょっと熱っぽい気がします。起きて間もないですから仕方ないのかも」
「昼に比べれば熱っぽさも大分マシになったよ」

 むしろ、寒気を感じたり、冷や汗が出てしまったりするくらいの恐ろしい夢を見てしまったけれど。

「有紗さん、お見舞いに来てくれたんですね。ありがとうございます」
「美来ちゃんから連絡があってね。途中で、私が好きなお店のプリンとアイスを買ってきたから後で一緒に食べようよ」
「はい、ありがとうございます」

 そういえば、寝る前にプリンとアイスを食べようって美来が言っていたな。

「それにしてもさ、智也君。結婚とか養子縁組とか……本当にどうしたの?」
「ええと、実は……」

 僕は今見た夢について、覚えている限りのことを美来と有紗さんに話した。すると、

「あははっ! 何なの、その夢……」
「それは災難でしたね、智也さん……ふふっ」

 どうして、2人にこんなに笑われなければいけないのだろう。僕、とても恐い思いをしたのに。今、2人が僕を笑っていることの方が恐ろしく思えてきたよ。

「もう、笑わないでくださいよ。僕、本当に怖かったんですから」
「ごめんごめん。何だか笑えちゃってね。でも、養子縁組で2人の娘になるのか……3人一緒に住む1つの形なのかも。実際にそういうことはないよ」
「養子縁組をせずとも、こうしてたまに3人で一緒にいる時間があればいいと思います。それにしても、智也さんの夢に出てきた私は行動派なんですね。既に結婚していて、子供を作ろうだなんて。あと、人妻JK……素敵な響きです」

 そう言って、美来はうっとりとした表情になっている。
 夢の中の美来は確かに行動派だったけれど、これまでのことを考えたら現実の美来だって相当な行動派だと思うよ。

「たまにはこうして3人の時間を過ごしたいと思っていたけど、風邪を引いたから智也君が話したようなホラーチックな夢を見ちゃったんだろうね」
「……そうだと思います」

 夢は自分の思ったことを映像化すると言われている。たまには有紗さんと3人で過ごす時間もあるといいなと思っていた気持ちが、風邪の影響で結婚や養子縁組、そして家から出ることができず、2人に襲われそうになるという悪夢を作り出してしまったんだと思う。

「何か、これまでにも心霊映画やバラエティを何度か見たけれど、それとは比にならないくらいに怖かったよ」

 実際に寒気も感じたし、美来や有紗さんと触れているときの柔らかさや温もりも感じたから。まるで実際にあったかのような。

「それは大変でしたね、あなた」
「夢だから大丈夫だよ、お父さん」

 どうして、美来と有紗さんは僕のことをそういう風に呼ぶんだ? もしかして、まだ夢の中にいたりするのか? 急に寒気がしてきて、体が震えてくる。

「じょ、冗談ですよ! 智也さん!」
「本当にごめん! 智也君! ちょっとからかってみただけで……」

 冗談だったのか。一瞬、『死』の文字が頭によぎったぞ。

「これでも僕はまだ病人なんですよ、もう。怖い夢を見た後でそういう悪ふざけをしないでくださいよ。まだ夢から覚めてないと思ったじゃないですか……」
「ごめんなさい。ほら、私のおっぱいでも揉んで気持ちを落ち着かせてください」

 美来は僕に胸を突き出してくるので、仕方なく彼女の胸を揉むことに。そんなことをしたって特に意味はないだろうと思っていたけど、この柔らかさ……意外と落ち着く。

「んっ……」

 美来、頬を赤くして体をビクつかせている。そういえば、夢の中の美来は今のような可愛らしさがなかった気がする。

「智也君が体調を崩したって聞いて心配したけれど、この様子なら大丈夫だね」
「ええ。明日はまだ無理かもしれませんが、明後日には復帰できると思います」
「うん、分かった。まあ、これまで色々とあって疲れていたから、今になってそれが体に来ちゃったのかもね」
「そうかも……しれませんね」

 およそ3ヶ月前に誤認逮捕があって、それによって前の会社を退職させられてしまったから、僕にはまだ精神的な疲労が今でもあると思う人がいるのだろう。まったく、彼は色々と僕の人生を変えてくれちゃったな。

「何だか、安心したらお腹空いてきたよ」
「そうですか。お腹が空くというのはいいことです。今夜は温かいうどんにするつもりですが……どうでしょうか?」
「うどんか、いいね」
「その後にデザートで、あたしが買ってきたプリンかアイスを食べることにしようか」
「……はい」

 ベッドから降りようとするときに、美来と有紗さんが両側から僕のことを支えてくれる。そこまでだるくないから支えが無くても大丈夫なんだけど。何だか、こうしてもらうとおじいちゃんになったような気がしてくる。

「きっと、必要ないとか考えているんでしょうけど、体調もまだ悪いんですから甘えちゃっていいんですよ」
「美来ちゃんの言う通りね」

 2人とも楽しそうだ。2人がそう言ってくれるのなら、ここは彼女達のご厚意に甘えることにしようかな。

「……ありがとう」

 両腕から伝わってくる美来と有紗さんの温かさはとても心地よい。それは2人の優しさがあるからなのかもしれない。そう思う夏の夜なのであった。



特別編-ホームでシック- おわり


次の話は特別編-YOU-となります。
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