アリア

桜庭かなめ

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続編-螺旋百合-

第25話『コイノカオリ』

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「お待たせしました。ホットコーヒーをアイスティーになります。料理の方はもう少々お待ちください」

 さっきみたいにフランクな対応をするのかと思ったけど、店員さんというスイッチが入っているのか、仁実さんは落ち着いた様子で私達のテーブルにホットコーヒーとアイスティーを持ってきた。

「亜依ちゃん、コーヒーが飲めるんだね」
「中学生の頃に飲めるようになりました。といっても、最初は砂糖とミルクたっぷりのカフェオレからでしたが」

 亜依ちゃんはブラックコーヒーを一口飲む。普段から落ち着いていて大人っぽいと思っていたけれど、今は更に大人っぽく見える。

「美味しいです。暑い日でも温かいものを飲むと落ち着きますね」

 そんな亜依ちゃんの姿を見ながら、私はストローを使って「ちゅー」とアイスティーを飲む。

「ねえ、亜依ちゃん。智也さんもコーヒーが大好きなんだけれど、私、あまり飲むことができなくて。どうすれば飲めるようになるのかな」

 できれば、智也さんと一緒に楽しくコーヒーが飲みたい。

「そうですね……これまで、美来ちゃんはどうしてコーヒーが飲めないのでしょうか」
「苦いのが苦手で……」
「やはり苦味ですよね。それでしたら、砂糖とミルクをたくさん入れたカフェオレからスタートした方がいいかと思います」
「そっか……」

 ただ、前にそんな感じでチャレンジしようとしたらダメだったんだよね。でも、家で作るインスタントコーヒーなら濃さも自由にできるから、今度は薄く作ってみよう。

「お待たせしました。ナポリタンにサンドイッチです」

 料理を持ってくる仁実さん、すっかりと様になっている。亜依ちゃんのように見とれてしまうのも納得だ。

「いただきましょう、美来ちゃん」
「そうだね。じゃあ、いただきます」
「いただきます」

 ナポリタンを一口食べてみる。

「うん、美味しい!」

 具材はベーコンにタマネギにピーマン。ケチャップで味付けされた素朴な味だけれどそこがいい。今後、家でも作ってみようかな。

「サンドイッチも美味しいですよ。一口食べてみますか?」
「ありがとう。じゃあ、私のナポリタンも一口食べてみて」
「ふふっ、では交換ですね」

 私と亜依ちゃんはお互いに頼んだものを一口食べさせ合う。

「サンドイッチも美味しいね!」
「ナポリタンも美味しいですよ」

 亜依ちゃん、とても嬉しそうな笑みを浮かべている。やっぱりいいな、こういうの。月が丘高校に通っていたときは全然できなかったから。
 穏やかな雰囲気だからか、時間がゆっくりと流れてゆく。
 初めて来るお店に、店員として働いている桃花さんや仁実さんの姿が見えると不思議な感覚に。そんな2人は目が合うのか、たまに笑顔を見せ合っている。乃愛ちゃんもお姉さんとあんな風に笑顔でいられるようになるといいんだけど。

「そういえば……」
「どうしました、美来ちゃん」
「乃愛ちゃんのお姉さんってどういう人なのか全然知らないなぁって。亜依ちゃん、乃愛ちゃんのお姉さんのことを知ってる?」
「1学期のときはたまに乃愛ちゃんから話を聞いていましたね。名前は確か玲奈さんでしたね。直接話したのは数えるほどしかありませんが……って、美来ちゃん。まさか、浮気ですか?」
「ち、違うって」

 どうしてそんな考えに行き着くのか。今日、智也さんとの夏の日々についてたくさん話したからかな。それとも、桃花さんと仁実さんという女の子同士のカップルと出会ったからなのか。私は智也さん一筋だよ!
 乃愛ちゃんのこと……亜依ちゃんなら大丈夫だよね。乃愛ちゃんも亜依ちゃんなら話してもいいって言っていたし。

「乃愛ちゃんのことなんだけれど、実は……お姉さんのことが好きみたいで。部活が終わったときに相談されたの」
「そういうことでしたか。私が覚えている限りでは、お姉さんと一緒にいるときはとても仲がいい雰囲気でしたね」

 姉妹としての仲は良好なんだ。それが分かってまずは一安心。

「それにしても、まさか……乃愛ちゃんが玲奈先輩のことを女性として好きだなんて。もしかして、美来ちゃんを恋愛マスターだと言っていたのは、そんな気持ちが心にあったからかもしれませんね」
「そうかもしれない。恋愛マスターに相談したいって言っていたから」
「そうですか。ちなみに、今……乃愛ちゃんはどうしていますか?」
「一度、落ち着いて気持ちを整理してみたらどうかって言ったら、そうするって。あとはお姉さんに恋人がいるかどうかとか、女性同士の恋愛についてどう考えているのか探ってみるってさ」
「なるほど。それらは大切なことですね」
「ただ、玲奈先輩のことを知っていれば、もっと的確なアドバイスができるのかなと思って。それで、亜依ちゃんに訊いてみたの」
「そういうことでしたか……」

 桃花さんと仁実さんのときと似た状況のように思えるけど、今回はまだお姉さんと直接話したことは一度もない。だから、一抹の不安もある。

「乃愛ちゃんの話では玲奈先輩は茶道部の副部長さんで、先輩が家で点ててくれたお抹茶を飲んだらとても美味しかったそうです」
「そうなんだ……」

 天羽女子に茶道部があったんだ。あと、亜依ちゃんはコーヒーよりもお抹茶の方が似合いそう。仁実さんも大和撫子と言うくらいだし。

「玲奈先輩が誰かと付き合っている話を聞いたこともありませんし、女性との恋愛なんて考えられないっていう話も聞いたことないですね」
「そっか……」
「ただ、想いは変わることだってあるよ、美来ちゃん。それに、周りが気付けない想いだってある」

 仁実さんの声が聞こえたので周りを見ると、私達のすぐ側に私服姿の仁実さんと桃花さんが立っていた。2人はサンドイッチを持っているな。

「仁実さんに桃花さん……」
「バイト、ついさっき終わったんだよ。このサンドイッチはまかないなんだ。ごめんね、2人の話を聞いちゃった」
「いえいえ」
「私達も一緒に食べていいかな」
「はい、どうぞ」

 すると、仁実さんと桃花さんは隣にあるテーブルを私達のテーブルにくっつけた。私の隣に桃花さん、亜依ちゃんの隣に仁実さんが座る形に。そのことで亜依ちゃんは仁実さんのことをちらちら見るように。

「仁実さん、さっきの言葉……どういうことですか?」
「言葉通りだよ。私だって、高校生まではモモちゃんのことを幼なじみで親友だった。でも、大学に進学して、この夏休みに再会したらモモちゃんへの恋心を自覚したんだ。あと、以前からあたしのことが好きだっていうモモちゃんの気持ちは、再会するまで気付かなかったからさ」

 むしろ、今でも桃花さんは智也さんのことが気になっているんじゃないかって思っていたくらいだもんね。

「つまり、玲奈先輩には、私や美来ちゃんはもちろんのこと、妹の乃愛ちゃんでさえも知らない想いがあるかもしれないということですか……」
「そういうことだね、佐々木さん」

 確かに、桃花さんと仁実さんの場合は、智也さんがひさしぶりに仁実さんと再会して、そのときに仁実さんの桃花さんへの想いを知ることができた。だから、桃花さんの告白を安心して見守ることができたんだ。

「ひとみんの考えていることも一理あるけれど、その女の子がお姉さんのことが大好きなら思い切って告白するのも一つの手だと思うよ。恋人がいなくて、女性同士の恋愛に嫌悪感は一応ないようだし。言葉にして伝えない限り、何も状況が変化しないこともあるから。きっと、私達もどっちかが告白しなかったら、幼なじみのままだったかもしれない」
「確かに。モモちゃんのことが好きだって自覚したとき、告白したらどうなるんだろうっていう不安もあった。だから、モモちゃんの告白に救われたっていうのもあるね」
「ひとみん……」
「これからはあたしもモモちゃんを引っ張ることができるようにしないとね」
「うん」

 2人とも、見つめ合って笑顔になっちゃって。2人だけの世界がすぐ側にできてしまった感じだ。これは亜依ちゃんもさすがに苦笑いだった。

「あっ、ごめん……私達の話になっちゃったね。ひとみんに告白したとき、美来ちゃんが側にいてくれてとても心強かったんだ。その子もお姉さんに告白することになったら、2人が側にいると心強いかもしれないね」
「そうですね。……そのときは側にいようと思います」
「何か力になれるかもしれないですしね。乃愛ちゃん、想いが強すぎて突っ走ってしまいそうですから……」
「……確かに」

 お姉さんのことが好きだと相談を受けたときは、普段とは違って汐らしい感じだったけれど。ただ、相手は一緒に住むお姉さん。気持ちを整理して、お姉さんのことが好きだと言う気持ちがより強くなったら勢いに任せて告白という展開もあり得そう。後でメッセージを送っておこうかな。

「しかし、そういう相談をクラスメイトの子から受けるなんて、さすがは美来ちゃんだよね。お兄ちゃんのことがあるから信頼されているからかな」
「相談した子、美来ちゃんのことを『恋愛マスター』って命名したんですよ」

 亜依ちゃんがそう言うと、桃花さんと仁実さんはクスクスと笑う。喫茶店にいるからマスターって言葉も合っているけれど、頭に恋愛がついてしまうとやっぱりダメだよね。亜依ちゃん、たまにSのところを見せるからなぁ。

「私はマスターよりもゴッドで感じだけれど」
「ああ、それ分かるかも。ただ、あたしはクイーンってイメージかな」
「クイーンは思いつきませんでした。ちなみに、私はティーチャーだと思いました」

 みんな、好き勝手なことを言って。恥ずかしいな。耳を貸したらまずい。他人のふりをした方がいいくらいかも。
 残りのナポリタンを食べると、ナポリタンがすっかりと冷めてしまっていた。でも、今の私にはこのくらいの方がちょうどいいなと思うのであった。
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