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続編-螺旋百合-
第36話『最もよく知る人』
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9月6日、火曜日。
今もなお、乃愛ちゃんから連絡は一切なくて。それは亜依ちゃんも同じだった。
私からもメッセージを送ろうと思ったけれど、上手く言葉が見つからなくて、ようやく送ったのが、
『今更って思うかもしれないけど、いつでもいいから連絡してきてね』
という短い言葉だった。どんなときでも、乃愛ちゃんの言葉を聞く姿勢でいることは今の彼女に知っていてほしかった。
家を出る前に送ったメッセージはなかなか既読にならなかったけど、亜依ちゃんと学校に到着したときに『既読』というマークが付いた。それだけでも、ちょっと安心感を覚えた。
「美来ちゃんの言葉、見てくれているんですね」
「……そうだと思っておこう」
今日も教室には乃愛ちゃんの姿はない。乃愛ちゃんは今日もお休みなのかな。
「今日は何を調べましょうか?」
「玲奈先輩のことを今日も調べようと思ってる。花音先輩や栞先輩の話を聞いても、何だか玲奈先輩の本心があまり分からなくて」
「私も同感です」
花音先輩と栞先輩の話から分かっているのは、玲奈先輩は乃愛ちゃんと姉妹としての仲が良かったこと。私が編入した直後から私のことが気になっていたこと。ただし、金曜日のあのことで、色々なことがグチャグチャになってしまったと感じていること。
「ただ、玲奈先輩のことを調べるにしても、これ以上の調査ができるのでしょうか。新藤先輩も日高先輩も、玲奈先輩とは結構仲が良かったですし」
「1人いるじゃない。玲奈先輩の気持ちを誰よりも知っている人」
私がそう言うと、亜依ちゃんはすぐにはっとした表情になる。
「まさか、本人と話すつもりですか?」
「……そう」
昨日の夜に智也さんに相談して、玲奈先輩のことを更に知っていく必要があると思った。そのためには本人と直接話すのが一番いいと思って。
「本人であれば確実だとは思いますが、大丈夫でしょうか。金曜日にあんなことがあって、先輩も謝っていたじゃないですか。ですから、会いづらいのでは……」
「その可能性はありそうだね。でも、トライしてみたいんだ。もちろん、玲奈先輩が嫌そうな感じだったら、すぐに止めるつもりだから」
「……分かりました。やってみましょう。そのときは私もついています」
「うん」
時間を気にせずに玲奈先輩とゆっくりと話したいから、やっぱり放課後がいいよね。
でも、今日は火曜日なので、玲奈先輩が入っている茶道部の活動がある。だから、栞先輩を介して玲奈先輩と部活動の後に話す約束を取り付けよう。
栞先輩に、放課後に玲奈先輩と話がしたいというメッセージを送る。すると、すぐに『既読』マークが付いて、栞先輩から分かったというメッセージが届いた。
「あとは栞先輩が何とかしてくれると思う」
「そうですね」
玲奈先輩、私と会って自分の気持ちを話してくれるだろうか。
1時間目が終わった後の休憩時間に、栞先輩からメッセージが届いて、部活動が終わった後に茶道室で会うことになったのであった。
放課後。
亜依ちゃんとは一旦別れて、私は声楽部の活動に参加するため第2音楽室へと向かう。部活が終わるときに茶道室の前で待ち合わせをすることにした。
「美来ちゃん」
「な、何ですか?」
花音先輩、不機嫌そうな表情をしているけれどどうしたんだろう?
「栞から聞いたわよ。部活が終わったら玲奈と会うことになっているじゃない。どうして私に頼ってくれないのかしら……」
「私にとっては花音先輩の方が繋がりは強いですけど、玲奈先輩と繋がりが一番強いのは栞先輩じゃないかと思いまして。今日は茶道部の活動がありますから、同じ部活の栞先輩の方が色々と対応してくれるのかなと思って」
「……そういうことなら納得ね」
そう言ってすぐに不満げな表情はなくなっていった。
「私も行っていい?」
「もちろんいいですよ」
「ありがとう。よし、じゃあ今日も練習を頑張ろうね」
「分かりました」
今日も声楽部の練習を頑張るけど、玲奈先輩が私にどんなことを話すのかが気になって、思ったような声がなかなか出ないな。
「昨日とあまり変わらない声だね。やっぱり、玲奈のことが気になる?」
「……はい。ごめんなさい、気持ちを切り替えようとは思っているんですけど。私、思ったよりも感情の影響が声に出やすいってことが分かりました」
「なるほどね。もちろん、頑張っている意志も伝わってくるよ。今みたいにネガティブな感情に左右されるのは直すべきだけど、ポジティブな感情とは上手く付き合えるようになるといいね。さあ、今日もこのくらいにしようか。一緒に茶道室に行こう」
「分かりました」
玲奈先輩の気持ちを聞くことで、今回のことについての目的地が見えてくるかな。いや、今は見えると信じるしかないか。信じないと見つけられないような気がするから。
私は花音先輩と一緒に茶道室へと向かう。
約束の通り、茶道室の前には亜依ちゃんが待っていた。
「茶道部の生徒らしき人は何人か出てきましたが、玲奈先輩と日高先輩の姿はありませんでした。中で待っていてくれていると思います」
「美来ちゃん、3人で行こう」
「そうですね」
茶道室の扉を開けると、中にいたのは玲奈先輩と栞先輩の2人だけだった。私達の姿を見た瞬間、玲奈先輩は目を見開いた。
「朝比奈さん……」
「すみません、急に話がしたいと言って」
「そんなことないわ」
すると、玲奈先輩は嬉しそうな表情をして私のところまで来ると、
「あなたが私と話したいって言ってくれたんだもの。本当に嬉しい……」
そう言って、私のことをぎゅっと抱きしめてきた。そのことで玲奈先輩の温もりが感じられる。あと、彼女の着ているベストからお抹茶の匂いがするな。
「一度でもいいから、朝比奈さんとゆっくり話をしたかったの。でも、金曜日にあんなことがあったから、しばらくは無理かなと思っていたんだよ。だから、こんなに早く朝比奈さんと話せる機会ができるなんて嬉しくて」
「玲奈先輩……」
間近に玲奈先輩の可愛らしい笑顔が。私のことが好きだっていうのは本当だと思うけれど、どうして玲奈先輩の本心がまだ隠れていると考えてしまうのか。
「玲奈。この茶道室にいる全員、金曜日のことは知ってるよ。少しずつでもいいから、乃愛ちゃんと話していった方がいいと思う。あなた、少なくとも2年生までの間は、私や栞にたくさん乃愛ちゃんのことを話して、自慢の妹だって言っていたじゃない。姉妹としてならまた――」
「無理だよ、花音」
すると、玲奈先輩は突然、涙を流し始め、ゆっくりと首を横に振る。
「私だって、乃愛のことをずっと……女性として好きなんだから」
玲奈先輩は私達にはっきりとそう言った。
もしかしたらとは思っていたけれど、玲奈先輩、乃愛ちゃんのことを妹としてだけではなく、一人の女性として好きになっていたんだ。だから、金曜日のことを栞先輩に話したとき、グチャグチャになっちゃったって言ったんだと思う。
「乃愛ちゃんのことをずっと女性として好きだったなら、どうして金曜日に乃愛ちゃんが告白してくれたときに断るようなことをしたの? しかも、乃愛ちゃんの親友の美来ちゃんのことが好きだからっていう理由で。乃愛ちゃんの言葉を借りれば、美来ちゃんには結婚を前提に付き合っている彼氏が――」
「花音ちゃん、落ち着いて。玲奈ちゃんはきっと、何か訳があって断る理由に美来ちゃんを絡ませたんだと思うよ」
玲奈先輩は乃愛ちゃんのことが以前から好きだった。
しかし、栞先輩の話だと、私が転入してすぐの頃から、私のことが気になっている様子を見せていた。そこにはきっと乃愛ちゃんが関わっているはず。
「乃愛のことが好きだから、美来ちゃんのことを好きになったんだよ」
「それってどういうことですか? 乃愛ちゃんのことが好きだから、美来ちゃんのことを好きになったというのは……」
「乃愛への好意を押さえ込むためだよ、亜依ちゃん。このまま乃愛を好きで居続けて、万が一、実の姉妹が恋愛関係を持ったら、乃愛に辛い目に遭わせてしまうかもしれない。だから、乃愛以外の人に対して、乃愛以上の恋をしないといけないと思って。乃愛が入学してからずっと探してた。そして、6月の終わり頃になって転入してきた朝比奈さんに出会ったとき、思わず目を奪われたの。こんなに綺麗で可愛らしい子がうちの生徒になったんだって」
どうやら、一目見た瞬間に心を奪われたというのは本当だったみたい。
「朝比奈さんのことを思うようにして、栞や花音には乃愛のことを話さなくなるようにすれば、乃愛への好意はきっとなくなる。朝比奈さんに結婚前提で付き合っている彼氏がいることはすぐに分かったけれど、それでも好きな気持ちを抱き続けていれば大丈夫だって思ったの。でも、先週の金曜日……まさか乃愛が告白してくるとは思わなくて」
「予想外のことが起きてしまったんですね。でも、乃愛ちゃんのすぐ側には私がいたので、私が好きだという理由で乃愛ちゃんのことを振ったんですね。私を抱きしめたり、頬にキスしたりするなど私への好意をより伝える行動を見せながら」
「そうだよ。それに、姉妹だから付き合うことなんてできないって言ったら、あの子の気持ちを否定するようで嫌だった。だから、私には朝比奈さんという好きな人がいるっていう理由にしたの。でも、乃愛があそこまで粘ってくるとは思っていなくて」
「美来ちゃんには、氷室さんという結婚を前提に付き合っている恋人ががいるからですね」
それを理由に乃愛ちゃんは玲奈先輩や私にキツい言葉を言った。当時の乃愛ちゃんの心境を考えれば、そうなってしまうのは当然だろう。
「乃愛の気持ちは嬉しい。乃愛に告白されて、もっと乃愛のことが好きになったよ。でも、乃愛のことをこれ以上傷つけたくない……」
「玲奈先輩……」
「家に帰るのが怖い。気持ちが押さえられなくなって、乃愛のことをグチャグチャにしちゃいそうで。もっと傷つけちゃいそうなの。朝比奈さんの恋人になれなくていいから、朝比奈さんの側にいさせて。好きでいさせて……」
そう言って、玲奈先輩は私の胸に顔を埋める。玲奈先輩の体、ビクビクと震えている。この様子だと、先輩……自分の家に帰ってくれなさそうだ。
「ちょっと玲奈。あなたの気持ちも分からなくはないけれど。美来ちゃんには結婚前提に付き合っている恋人がいるんだし……」
「それでも、好きな人と一緒にいたいよ。恋人がいる栞なら分かるよね、私の気持ち……」
「……わ、分かっちゃう」
栞先輩、何を考えているのかとても柔らかい笑みを浮かべている。
「何なのよ、その言い方。まるで恋愛経験のない私には分からないことだって言いたいの?」
「落ち着いてください、新藤先輩。私も恋愛経験は全くありませんから」
亜依ちゃん、それ……全くフォローになってないよ。
玲奈先輩は相変わらず私のことをぎゅっと抱きしめている状態だし、こうなったら今夜は彼女の言葉通りにするのが一番いいようだ。でも、智也さんに許可をもらわないとね。私はスマートフォンを手に取り、智也さんにメッセージを送るのであった。
今もなお、乃愛ちゃんから連絡は一切なくて。それは亜依ちゃんも同じだった。
私からもメッセージを送ろうと思ったけれど、上手く言葉が見つからなくて、ようやく送ったのが、
『今更って思うかもしれないけど、いつでもいいから連絡してきてね』
という短い言葉だった。どんなときでも、乃愛ちゃんの言葉を聞く姿勢でいることは今の彼女に知っていてほしかった。
家を出る前に送ったメッセージはなかなか既読にならなかったけど、亜依ちゃんと学校に到着したときに『既読』というマークが付いた。それだけでも、ちょっと安心感を覚えた。
「美来ちゃんの言葉、見てくれているんですね」
「……そうだと思っておこう」
今日も教室には乃愛ちゃんの姿はない。乃愛ちゃんは今日もお休みなのかな。
「今日は何を調べましょうか?」
「玲奈先輩のことを今日も調べようと思ってる。花音先輩や栞先輩の話を聞いても、何だか玲奈先輩の本心があまり分からなくて」
「私も同感です」
花音先輩と栞先輩の話から分かっているのは、玲奈先輩は乃愛ちゃんと姉妹としての仲が良かったこと。私が編入した直後から私のことが気になっていたこと。ただし、金曜日のあのことで、色々なことがグチャグチャになってしまったと感じていること。
「ただ、玲奈先輩のことを調べるにしても、これ以上の調査ができるのでしょうか。新藤先輩も日高先輩も、玲奈先輩とは結構仲が良かったですし」
「1人いるじゃない。玲奈先輩の気持ちを誰よりも知っている人」
私がそう言うと、亜依ちゃんはすぐにはっとした表情になる。
「まさか、本人と話すつもりですか?」
「……そう」
昨日の夜に智也さんに相談して、玲奈先輩のことを更に知っていく必要があると思った。そのためには本人と直接話すのが一番いいと思って。
「本人であれば確実だとは思いますが、大丈夫でしょうか。金曜日にあんなことがあって、先輩も謝っていたじゃないですか。ですから、会いづらいのでは……」
「その可能性はありそうだね。でも、トライしてみたいんだ。もちろん、玲奈先輩が嫌そうな感じだったら、すぐに止めるつもりだから」
「……分かりました。やってみましょう。そのときは私もついています」
「うん」
時間を気にせずに玲奈先輩とゆっくりと話したいから、やっぱり放課後がいいよね。
でも、今日は火曜日なので、玲奈先輩が入っている茶道部の活動がある。だから、栞先輩を介して玲奈先輩と部活動の後に話す約束を取り付けよう。
栞先輩に、放課後に玲奈先輩と話がしたいというメッセージを送る。すると、すぐに『既読』マークが付いて、栞先輩から分かったというメッセージが届いた。
「あとは栞先輩が何とかしてくれると思う」
「そうですね」
玲奈先輩、私と会って自分の気持ちを話してくれるだろうか。
1時間目が終わった後の休憩時間に、栞先輩からメッセージが届いて、部活動が終わった後に茶道室で会うことになったのであった。
放課後。
亜依ちゃんとは一旦別れて、私は声楽部の活動に参加するため第2音楽室へと向かう。部活が終わるときに茶道室の前で待ち合わせをすることにした。
「美来ちゃん」
「な、何ですか?」
花音先輩、不機嫌そうな表情をしているけれどどうしたんだろう?
「栞から聞いたわよ。部活が終わったら玲奈と会うことになっているじゃない。どうして私に頼ってくれないのかしら……」
「私にとっては花音先輩の方が繋がりは強いですけど、玲奈先輩と繋がりが一番強いのは栞先輩じゃないかと思いまして。今日は茶道部の活動がありますから、同じ部活の栞先輩の方が色々と対応してくれるのかなと思って」
「……そういうことなら納得ね」
そう言ってすぐに不満げな表情はなくなっていった。
「私も行っていい?」
「もちろんいいですよ」
「ありがとう。よし、じゃあ今日も練習を頑張ろうね」
「分かりました」
今日も声楽部の練習を頑張るけど、玲奈先輩が私にどんなことを話すのかが気になって、思ったような声がなかなか出ないな。
「昨日とあまり変わらない声だね。やっぱり、玲奈のことが気になる?」
「……はい。ごめんなさい、気持ちを切り替えようとは思っているんですけど。私、思ったよりも感情の影響が声に出やすいってことが分かりました」
「なるほどね。もちろん、頑張っている意志も伝わってくるよ。今みたいにネガティブな感情に左右されるのは直すべきだけど、ポジティブな感情とは上手く付き合えるようになるといいね。さあ、今日もこのくらいにしようか。一緒に茶道室に行こう」
「分かりました」
玲奈先輩の気持ちを聞くことで、今回のことについての目的地が見えてくるかな。いや、今は見えると信じるしかないか。信じないと見つけられないような気がするから。
私は花音先輩と一緒に茶道室へと向かう。
約束の通り、茶道室の前には亜依ちゃんが待っていた。
「茶道部の生徒らしき人は何人か出てきましたが、玲奈先輩と日高先輩の姿はありませんでした。中で待っていてくれていると思います」
「美来ちゃん、3人で行こう」
「そうですね」
茶道室の扉を開けると、中にいたのは玲奈先輩と栞先輩の2人だけだった。私達の姿を見た瞬間、玲奈先輩は目を見開いた。
「朝比奈さん……」
「すみません、急に話がしたいと言って」
「そんなことないわ」
すると、玲奈先輩は嬉しそうな表情をして私のところまで来ると、
「あなたが私と話したいって言ってくれたんだもの。本当に嬉しい……」
そう言って、私のことをぎゅっと抱きしめてきた。そのことで玲奈先輩の温もりが感じられる。あと、彼女の着ているベストからお抹茶の匂いがするな。
「一度でもいいから、朝比奈さんとゆっくり話をしたかったの。でも、金曜日にあんなことがあったから、しばらくは無理かなと思っていたんだよ。だから、こんなに早く朝比奈さんと話せる機会ができるなんて嬉しくて」
「玲奈先輩……」
間近に玲奈先輩の可愛らしい笑顔が。私のことが好きだっていうのは本当だと思うけれど、どうして玲奈先輩の本心がまだ隠れていると考えてしまうのか。
「玲奈。この茶道室にいる全員、金曜日のことは知ってるよ。少しずつでもいいから、乃愛ちゃんと話していった方がいいと思う。あなた、少なくとも2年生までの間は、私や栞にたくさん乃愛ちゃんのことを話して、自慢の妹だって言っていたじゃない。姉妹としてならまた――」
「無理だよ、花音」
すると、玲奈先輩は突然、涙を流し始め、ゆっくりと首を横に振る。
「私だって、乃愛のことをずっと……女性として好きなんだから」
玲奈先輩は私達にはっきりとそう言った。
もしかしたらとは思っていたけれど、玲奈先輩、乃愛ちゃんのことを妹としてだけではなく、一人の女性として好きになっていたんだ。だから、金曜日のことを栞先輩に話したとき、グチャグチャになっちゃったって言ったんだと思う。
「乃愛ちゃんのことをずっと女性として好きだったなら、どうして金曜日に乃愛ちゃんが告白してくれたときに断るようなことをしたの? しかも、乃愛ちゃんの親友の美来ちゃんのことが好きだからっていう理由で。乃愛ちゃんの言葉を借りれば、美来ちゃんには結婚を前提に付き合っている彼氏が――」
「花音ちゃん、落ち着いて。玲奈ちゃんはきっと、何か訳があって断る理由に美来ちゃんを絡ませたんだと思うよ」
玲奈先輩は乃愛ちゃんのことが以前から好きだった。
しかし、栞先輩の話だと、私が転入してすぐの頃から、私のことが気になっている様子を見せていた。そこにはきっと乃愛ちゃんが関わっているはず。
「乃愛のことが好きだから、美来ちゃんのことを好きになったんだよ」
「それってどういうことですか? 乃愛ちゃんのことが好きだから、美来ちゃんのことを好きになったというのは……」
「乃愛への好意を押さえ込むためだよ、亜依ちゃん。このまま乃愛を好きで居続けて、万が一、実の姉妹が恋愛関係を持ったら、乃愛に辛い目に遭わせてしまうかもしれない。だから、乃愛以外の人に対して、乃愛以上の恋をしないといけないと思って。乃愛が入学してからずっと探してた。そして、6月の終わり頃になって転入してきた朝比奈さんに出会ったとき、思わず目を奪われたの。こんなに綺麗で可愛らしい子がうちの生徒になったんだって」
どうやら、一目見た瞬間に心を奪われたというのは本当だったみたい。
「朝比奈さんのことを思うようにして、栞や花音には乃愛のことを話さなくなるようにすれば、乃愛への好意はきっとなくなる。朝比奈さんに結婚前提で付き合っている彼氏がいることはすぐに分かったけれど、それでも好きな気持ちを抱き続けていれば大丈夫だって思ったの。でも、先週の金曜日……まさか乃愛が告白してくるとは思わなくて」
「予想外のことが起きてしまったんですね。でも、乃愛ちゃんのすぐ側には私がいたので、私が好きだという理由で乃愛ちゃんのことを振ったんですね。私を抱きしめたり、頬にキスしたりするなど私への好意をより伝える行動を見せながら」
「そうだよ。それに、姉妹だから付き合うことなんてできないって言ったら、あの子の気持ちを否定するようで嫌だった。だから、私には朝比奈さんという好きな人がいるっていう理由にしたの。でも、乃愛があそこまで粘ってくるとは思っていなくて」
「美来ちゃんには、氷室さんという結婚を前提に付き合っている恋人ががいるからですね」
それを理由に乃愛ちゃんは玲奈先輩や私にキツい言葉を言った。当時の乃愛ちゃんの心境を考えれば、そうなってしまうのは当然だろう。
「乃愛の気持ちは嬉しい。乃愛に告白されて、もっと乃愛のことが好きになったよ。でも、乃愛のことをこれ以上傷つけたくない……」
「玲奈先輩……」
「家に帰るのが怖い。気持ちが押さえられなくなって、乃愛のことをグチャグチャにしちゃいそうで。もっと傷つけちゃいそうなの。朝比奈さんの恋人になれなくていいから、朝比奈さんの側にいさせて。好きでいさせて……」
そう言って、玲奈先輩は私の胸に顔を埋める。玲奈先輩の体、ビクビクと震えている。この様子だと、先輩……自分の家に帰ってくれなさそうだ。
「ちょっと玲奈。あなたの気持ちも分からなくはないけれど。美来ちゃんには結婚前提に付き合っている恋人がいるんだし……」
「それでも、好きな人と一緒にいたいよ。恋人がいる栞なら分かるよね、私の気持ち……」
「……わ、分かっちゃう」
栞先輩、何を考えているのかとても柔らかい笑みを浮かべている。
「何なのよ、その言い方。まるで恋愛経験のない私には分からないことだって言いたいの?」
「落ち着いてください、新藤先輩。私も恋愛経験は全くありませんから」
亜依ちゃん、それ……全くフォローになってないよ。
玲奈先輩は相変わらず私のことをぎゅっと抱きしめている状態だし、こうなったら今夜は彼女の言葉通りにするのが一番いいようだ。でも、智也さんに許可をもらわないとね。私はスマートフォンを手に取り、智也さんにメッセージを送るのであった。
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