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桜庭かなめ

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本編

第18話『お花見-後編-』

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 お弁当やお菓子を食べながら、あけぼの荘のお花見は穏やかに進んでいく。
 明日入学する陽出学院高校のことだったり、それぞれの故郷のことだったり。色々なことを話して盛り上がった。

「あっ、そうだ! バイトの先輩が旅行に行って、お土産でチョコレートをたくさんくれたんだ。ちょっと待ってて」

 佐竹先輩はあけぼの荘の方へ戻っていく。
 春休みだと旅行に行く人も多いか。チョコレートがお土産ってことは海外へ行ったのかな。チョコレートは海外旅行のお土産のイメージが強いし。

「チョコ楽しみだな!」
「風花はチョコも大好きなんだね」
「甘いものはどれも好きだよ」
「……チョコレートか。何かが起こりそうな気配がするな」

 白金先輩は真面目な表情でそう呟いて、唐揚げを頬張っている。ふざけた感じが全くしなかったから、逆に恐いんですけど。

「持ってきたよ~」

 佐竹先輩、すぐに戻ってきた。先輩は英語で色々と書かれた箱を持っている。あれにチョコレートが入っているのかな。

「バイト先の大学生の先輩が、春休み中に友達とグアムに旅行しに行ったの。そのお土産でチョコをたくさん買ってきてくれて。だから、気にせずにどんどん食べてね」

 佐竹先輩はチョコレートの箱を開けて、シートの上に置く。20粒くらい入っている。ご丁寧に一粒一粒赤いアルミで包まれているし。高級そうだな。あと、行き先はやっぱり海外だったか。
 美優先輩や風花、花柳先輩が真っ先にチョコレートを1粒取り、食べ始めている。

「うん、美味しい」
「何か苦いエキスが入っていますね。大人な感じがします」
「さすがに海外のチョコって感じがするね、風花ちゃん」

 苦いエキスが入っているチョコって……まさか。俺も恐る恐るチョコレートを一粒食べてみる。

「あっ、これ……ブランデーですかね。お酒が入っていますよ」
「俺の予想が当たったぜ!」

 そう叫ぶと、白金先輩は顔を赤くしてそのまま倒れ込んでしまった。何かが起こりそうとは言っていたし、きっと酒入りチョコレートを食べてみんな酔っ払うことを予想していたのだろう。

「……大丈夫よ。白金君はぐっすり眠っているだけから。チョコに入っているお酒の影響でしょうね。彼はお酒にめっぽう弱いタイプみたい。このまま眠らせておこう」
「そうですね、深山先輩」

 そんな深山先輩は、さっきと比べてお弁当のおかずやお菓子をたくさん食べている。深山先輩は酔っ払うと食欲が増すタイプなのか。

「あははっ! 白金君はすぐに寝ちゃうし、小梅先輩はモグモグ食べててかわいいー! このチョコおいしーい!」
「そんな杏ちゃんはお酒の影響でテンション上がってるね」
「そう? お花見が楽しいから最初からテンション上がってるよ! あははっ! 莉帆は楽しくないの?」
「とっても楽しいよ。お酒の入っているチョコだけど美味しいし、みんなの酔っ払い方が様々で見てて楽しいから」
「そっか、良かったー!」

 松本先輩は佐竹先輩のことを抱きしめている。どうやら、松本先輩は酔うとテンションが上がっていつも以上に元気になり、佐竹先輩は普段と全然変わらないようだ。
 俺も体が熱くなってきたな。酒入りチョコレートを食べるといつもこうなる。そういえば、心愛は白金先輩のようにすぐに寝ちゃって、雫姉さんは俺に絡んできて頬にキスしたりしてきたな。

「由弦……体が熱くなってきたよぉ。どうなっちゃってるのぉ」
「チョコレートにお酒が入っているから、その影響だよ」
「だから苦い味がしたんだぁ……」

 風花は顔を赤くして俺の左腕をぎゅっと抱きしめてくる。そのことで柔らかな感触が。だから、今すぐに離れるのが賢明だろうけど、こうしているのが彼女にとって楽かもしれないから、しばらくはこのままでいるか。

「ねえねえ、由弦君」
「何ですか、美優先輩」
「……本当に可愛い子だね」

 よしよし、と美優先輩は普段以上に柔らかい笑みを浮かべて俺の頭を撫でている。あと、いつもよりも艶やかな感じがする。頬が赤くなっているからかな。これもチョコレートに入っているお酒の影響なのだろうか。

「桐生君、あなた……美優に羨ましいことをしてもらっているのね」

 花柳先輩、口元では笑っているけれど目つきが物凄く鋭い。これは……お酒は関係なさそうだな。

「瑠衣ちゃんの頭も撫でてあげるよぉ」
「……あぁ、幸せ。もっと撫でて」

 美優先輩が頭を撫でてくれたおかげで、花柳先輩の顔が美優先輩以上に柔和なものになる。本当に美優先輩のことが好きなのだと改めて思う。

「ほら、由弦君も瑠衣ちゃんみたいに甘えていいんだよ? 年下なんだし。私はこのあけぼの荘の管理人さんだし。一緒に住んでいるんだし」
「これまでも十分に甘えていると思いますけどね。家事をたくさんしてもらっていますし。一緒に住んでいて楽しいですよ。ただ、その気持ちは受け取っておきます」
「……本当に由弦君は大人だね。でも、何だか物足りない」

 美優先輩はいつになく不機嫌そうな様子を見せ、頬を膨らませている。俺にとっては美優先輩にたくさん甘えているつもりなんだけどな。ただ、それは美優先輩にとっては甘えているように見えていないのかもしれない。

「……あっ、そうだ。甘えてほしいって甘えればいいんだぁ」

 美優先輩は俺の脚を跨ぎ、俺と向かい合うようにして座る。

「ねえねえ、由弦君。もっと私に甘えてよぉ。私はお姉ちゃんで先輩なんだからぁ」

 そう言って、美優先輩は俺の胸に頭をすりすりしてくる。どうやら、美優先輩は酔っ払うと甘えっぽくなるようだ。

「キャー! 美優、今すぐに桐生君から離れなさい! 桐生君、あたしと変わりなさい!」
「えぇ、瑠衣ちゃんも一緒に由弦君に甘えさせてもらおうよ」
「……あ、あたしは桐生君よりも美優に甘えてほしいわよ」
「じゃあ、今は瑠衣ちゃんに甘えてもらえるように甘えよう」

 美優先輩は俺から離れて、花柳先輩のことをぎゅっと抱きしめる。そのことで、花柳先輩がとっても幸せな表情になって。美優先輩の胸に顔を埋めてすりすりしている。
 ふふっ、と莉帆先輩は朗らかに笑う。

「美優ちゃんが男の子に甘えるなんてね。あたしも見たことがないよ。これもお酒の効果なのかな? それとも、桐生君相手だからかな?」
「どっちもあるんじゃないでしょうか。数日ですが俺は一緒に住んでいますし、大抵の男性よりは多少気を許しているかと」
「だろうね。ただ、美優ちゃんは陽出学院高校の男子からの人気が高いから、今のことを知られたら嫉妬されるだろうね」
「莉帆ちゃんの言う通りね。桐生君、気を付けた方がいいよ。特に背後は」
「……できるだけ平和な高校生活を送っていきたいものです」

 きっと、俺と美優先輩が一緒に住んでいることはすぐに学校に広まりそうだ。そうなったら、どうなるんだろうな。少なくとも美優先輩は楽しく高校生活を送ってほしい。

「ところで、佐竹先輩や深山先輩は大丈夫ですか? 2人はお酒入りチョコを何粒も食べていますけど」
「あたしは大丈夫だよ。多少、体がポカポカするくらいで。小さい頃からそうなんだよね」
「私も同じく。他にもたくさん食べているから、そこまで酔いの影響はないと思う」
「そうですか。ただ、深山先輩はチョコを食べてから、お弁当やお菓子をたくさん食べているように見えますので、お腹を壊してしまわないように気を付けてください」
「ご忠告ありがとう。でも、入ったら出せばいいだけ。ところてん方式」
「そ、そうですか」

 ところてんとは何かが違う気がするけど。ただ、深山先輩の落ち着きぶりを見れば、本当に出すものを出してしまえばそれで大丈夫な気がする。

「ゆづる……」

 風花の声が聞こえたかと思いきや、風花は俺の膝の上で眠ってしまった。お酒が回ってついに眠っちゃったか。

「少しの間、眠ってな」
「……うん」

 気持ち良さそうに眠っている風花の頭を優しく撫でる。
 もし、風花と同じクラスになれたら、明日から始まる高校生活がより楽しくなるんじゃないかと思う。

「風花ちゃんも寝たんだ。瑠衣ちゃんも私の胸の中で眠ってるよ」
「……そうですか」

 花柳先輩の場合は狸寝入りの可能性もありそうだけど。
 さっきよりも美優先輩の頬の赤みが引いているので、さっそく酔いが醒めてきているのかな。あと、酔っていたときのことがあってなのか、俺と視線を合わせようとしない。

「酔うと、ガラッと変わってしまう人もいますよね」
「そ、そうだよね! お酒って怖いねぇ」

 あははっ、と美優先輩はいつになく大きな声で笑う。ただ、そのことで喉が渇いたのか、コップに入っている緑茶をゴクゴク飲む。

「それにしても、明日は由弦君と風花ちゃんの入学式かぁ。いよいよ高校生活が始まるんだね」
「緊張もありますけど、楽しめればいいなって思います」
「それでいいんだよ。2人が同じクラスになれるといいね。明後日からは私達も学校に行くから、いつでも遊びに来てね。もしかしたら、私が由弦君や風花ちゃんのクラスに遊びに行くかもしれないけど」
「あけぼの荘のみなさんや花柳先輩が学校にいると思うと心強いです。入学前からこうした繋がりを持てたのも、美優先輩が一緒に住もうと言ってくれたおかげです。ありがとうございます」
「いえいえ。一緒に高校生活を楽しもうね。そのために、私も管理人として、先輩として、一緒に住む人として精一杯にサポートしていくからね」

 そう言って、美優先輩は俺の頭を撫でてくれた。美優先輩と一緒に住んでいることを知られたらどうなるか不安はあるけど。何とかなるだろうという気持ちもある。
 その後も、お花見はのんびりとした雰囲気で続いていった。


 予想外の出来事もあった入学前の春休みはこうして終わり、ついに私立陽出学院高等学校での生活が始まるのであった。
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