23 / 251
本編
第22話『側にいて楽しい人』
しおりを挟む
――俺と恋人として付き合ってください!
茶髪のイケメン男子生徒が美優先輩に告白した。
花柳先輩曰く、美優先輩は断るそうだ。それでも、無音の時間が長く感じる。
あと、花柳先輩に強く握られているので、手が凄く痛い。俺に殺すと忠告したときほどじゃないけど結構恐いぞ。
「告白してくれてありがとう。でも、ごめんなさい。あなたと恋人としてはお付き合いしません」
「ど、どうしてなんだ!」
「それは……」
「2年生になったら、白鳥と付き合って、楽しい高校生活を送りたいと決めていたんだ。どうしてもってわけじゃないなら、俺と付き合ってみないか? お試しでもいいから」
あの茶髪の男子生徒、美優先輩に何も言わせずに、自分の思う通りにさせようとしているな。
美優先輩の脚が震え始めている。ここは強引にでも連れて帰った方がいいかもしれない。
「美優を助けて、桐生君」
「由弦、行ってきなさい! あたし達が見守ってるから!」
俺は花柳先輩と風花に思い切り背中を押されてしまう。
「うわっ! ……おっとっと」
「だ、誰だ!」
「……あっ、由弦君!」
美優先輩は俺を見て、柔らかな笑みを浮かべる。それとは対照的に、茶髪の男子生徒は複雑な様子で俺を見てくる。
「お、お前! 白鳥さんとどういう関係なんだ! あの白鳥さんが男子に向かって、こんなにも可愛い笑顔を見せるなんて!」
「……どう言うのが一番いいんでしょうね。そうですね……ど、同居人というのが正しいでしょうか。入居時の事情でこの春から一緒に住んでいます」
「えええっ!」
茶髪の男子生徒は絶叫する。告白した相手が実は他の男子と一緒に住んでいたなんてことが分かったら、そりゃ驚いて声を上げてしまうか。
すると、男子生徒は俺のことを睨んできて、
「お前、一緒に住んでいるって言っているけど、親戚なのか? それとも恋人として付き合っているのか?」
「親戚ではありませんし、恋人でもないですよ。ただ、そんな美優先輩と一緒に住み始めて1週間ほどですが楽しいと思っています。そんな人のこと恐がらせないでくれると嬉しいです。あなたは告白した。でも、先輩はきっぱりと振った。しかも謝ってもくれた。そこで終わりなのではないでしょうか。諦められない気持ちも分かりますが」
「お前に俺の恋心の何が分かるんだ!」
「……分かりたくない部分もあります。好きな人の気持ちを考えずに、自分の思い通りにしようとしたあなたの気持ちなんて。美優先輩に何かしようと思っているなら、俺はあなたのことを許しません」
それが人気のある美優先輩と一緒に住みながら、この陽出学院に通う俺の覚悟だ。絶対に先輩のことを守り抜いてみせる。
「……ねえ。あなたに告白を断る理由を言ってなかったね。あなたに恋愛的な意味での興味が全くないのが一つ。あと、もう一つは……」
美優先輩はとっても嬉しそうな様子で俺のところまでやってきて、茶髪の男子生徒に見せつけるように俺の腕を抱きしめてくる。
「こういうことだから、あなたとは付き合うことはできません」
そう言うと、美優先輩は更に強く俺の腕を抱きしめてきた。お互いに制服を着ているのに、美優先輩の温もりがはっきりと伝わってくる。
目の前の光景が信じられないのか、茶髪の男子生徒は一気に覇気がなくなり、表情がすっと抜けていく。
「……そっか。分かった。すまなかったな。ちっくしょおおっ!」
男子生徒は悔し涙を流し、勢いよく走り去っていったのであった。
「とりあえず、何とかなりましたね。美優先輩、ケガとかはありませんか?」
「大丈夫だよ。きっと、由弦君のことを知ったから、しつこく告白されることもないんじゃないかな」
「これまでにしつこく告白してくる人もいたんですか?」
「うん。諦められない人もいて。でも、そういうときは瑠衣ちゃんが助けてくれて何とかなったの」
「そうでしたか。あと、あの茶髪の男子生徒に俺と一緒に住んでいることを話してしまいましたが、このことで迷惑をかけてしまうかもしれません。申し訳ないです」
むしろ、何かあるとしたら俺の方の可能性が高そうだけど。
「ううん、気にしないで。それに由弦君と一緒に住んでいることを隠すつもりは元々ないから。だって、これからもきっと一緒に登下校する日が多いでしょう? 昼休みもたまには一緒に過ごしたいし。その様子を見たら、由弦君と私がどんな関係なのか考える人はいるはず。私はこれまで、何度も告白された人間だから。私は由弦君と暮らし始めた当初から、このことはいずれ学校の人に知られることだと思っているよ。別に由弦君と一緒に住むことが知られるのも嫌じゃないし。もちろん、私達が一緒に住むことを知って、快く思わない人がいるだろうっていうのも分かってる」
「……そうですか」
「もし、由弦君が私と住んでいることを知られるのが嫌だったら気を付けるよ」
「別に嫌じゃないですよ。ただ、一緒に住むことを言いふらしたりはしていませんけど。2人ほど、クラスでできた友人カップルに話してしまいましたが」
「ふふっ、そうなんだ。私もむやみに言わないようにするね」
美優先輩は落ち着いた笑みを浮かべている。
もしかしたら、今回のことで、美優先輩と俺が一緒に住んでいることが一気に学校中に広まるかもしれないな。
「桐生君、よくやったわ。ほら、2人は恋人じゃなくて同居人なんだからさっさと離れなさい」
気付けば、怒った様子の花柳先輩が来ており、俺と美優先輩のことを引き離した。
風花と加藤、橋本さんも俺達のところにやってくる。
「由弦、よくやったわね」
「なかなか格好良かったよ、桐生君」
「ご苦労さん、桐生。あの先輩、中学のときは凄く爽やかな感じがしたけど、恋愛に関してはしつこい人だったんだな。あと、こちらの黒髪の女性が、桐生と一緒に住んでいる白鳥先輩か」
「そうだよ。2年4組の白鳥美優先輩。あけぼの荘っていうアパートの管理人もしてる」
「初めまして、2年の白鳥美優です」
「1年3組の加藤潤です」
「同じく3組の橋本奏です。潤とは付き合ってます。彼はサッカー部に入って、私はそのマネージャーをやる予定です」
「へえ、付き合ってるの! 素敵だね! サッカー部の部員とマネージャーっていうのも何だかドキドキするな」
「後輩の男の子と一緒に住む方がよっぽどドキドキすると思いますよ。さっきは桐生君の腕を抱いていましたし、実際は彼のことをどう考えているんです?」
橋本さんは意地悪そうな笑みを浮かべて、美優先輩の脇腹のあたりを肘でつつく。
美優先輩ははにかみながら俺のことをチラチラと見て、
「由弦君は……心強い同居人だよ。さっきの様子を見てそれが分かったでしょう?」
「彼が近くにいると心強いのは分かりますけど、本当にそれだけですか?」
「も、もちろんだよ!」
「隣の部屋でも由弦がいてくれると本当に心強いよ。あたしの大嫌いなクモやゴキブリ、ヤモリまで難なく退治してくれるもん!」
「……そこまで力強く言われると、桐生君が本当に心強い存在だって分かるね。殺虫剤的な意味で」
「これから大活躍する季節がやってくるな、桐生」
「ああ、頑張るよ」
そのときは勘違いとかハプニングの末、風花に殴られる展開にならないことを願う。
「そうだ、ゴキブリで思い出した」
花柳先輩は俺のすぐ側にやってきて、
「美優から聞いたよ? ゴキブリを退治したとき、裸の美優に抱きしめられたって。あと、お互いに肩をマッサージし合ったとか……」
俺の耳元でそう囁いてきた。
一番知られたらまずそうなことも知られてしまっていたか。怒っているんじゃなくて笑っているところがとても恐い。
「痛っ!」
右手の甲を思いっきりつねられる。
「ゴキブリを退治した直後に風花ちゃんからお腹を殴られたそうだし、あたしからはこのくらいにしておいてあげる」
それでも、右手の甲から激痛が。ただ、風花に殴られていなければ、もっと辛い目に遭っていたかもしれないし、良かったと思うべきか。
手を離されると、抓まれた部分がとても赤くなっている。痕にならないといいんだけど。
「しかし、噂で聞いていたとおり、白鳥先輩は可愛い人ですね。去年、ここに進学したサッカー部の先輩から白鳥先輩の話を聞いていて」
「そうだったんだ。可愛いかどうかはともかく、今みたいに告白されたことは両手で数え切れないくらいにあったかな。全部断ってきたけれど」
「そうだったんですね」
「ちょっと、潤。有名人や二次元の子ならまだしも、恋人の前で他の女の子を可愛いとか言わないでよ。嫉妬する」
「奏よりも可愛い女の子はいないって。別格別格」
ははっ、と加藤は爽やかに笑いながら橋本さんの頭を撫でている。そのことに橋本さんもすぐに嬉しそうになって。その様子にドキドキよりも、癒される方が強い。
「加藤君と橋本さんは仲よさそうだね。これからも仲良くね。さあ、用事も済んだしそろそろ帰ろうか」
俺達は陽出学院を後にする。
加藤と橋本さんとは方向が違うので校門を出たところで別れ、4人であけぼの荘に向かって歩き出す。
「1年生の終業式の日には、まさか2年生の始業式の日に同居する後輩の男の子と一緒に帰るとは思わなかったよ」
「俺だって中学を卒業した日には、高校の始業式の日に同居する先輩の女の子と一緒に帰るとは思いませんでしたよ」
「あたしはそんな2人や瑠衣先輩と一緒に帰ることになるとは思いませんでした」
「本当に世の中って思いがけないことばかり起こるわよね、みんな」
今の状況に約1名、快く思っていない人がいるような。さっき、手の甲をつねられたこともあってか、陽差しの温もりはおろか寒気を感じる。
「そうだ。瑠衣ちゃんと風花ちゃん、お昼ご飯食べる? 今日は暖かいからさっぱりとざるうどんにしようと思っているんだけど」
「もちろん食べに行くわ!」
「今日もいただきます!」
「分かった。じゃあ、4人でお昼ご飯を食べようね」
その後、自宅に帰って、風花や花柳先輩と一緒に美優先輩の作ったざるうどんを食べた。たまにはこういったさっぱりとしたお昼ご飯もいいな。とても美味しかった。花柳先輩は終始幸せな様子で食べていたな。
何もしないのは良くないと思い、後片付けは俺がやった。
教科書を買ったということもあってか、2人とも俺の後片付けが終わったらすぐに自宅へと帰っていった。
「2人とも美味しそうに食べてくれて良かったな」
「そうですね」
「あと、由弦君、後片付けありがとう」
「いえいえ。美味しいお昼ご飯をありがとうございました」
「ふふっ、一緒に住んでいるんだし、お礼を言わなくてもいいような気がするけれど、言ってくれると嬉しい気持ちになるね」
「伝えることのできる感謝は、なるべく言葉や態度、行動で伝えた方がいいのかなと思いまして。たまに、それが照れくさいと思ってしまうこともありますが」
有り難いと思うことには、感謝の言葉を伝えた方がいい気がして。それをしないと、してくれたことが当たり前のことに変わってしまいそうな気がするから。
「私もちゃんと由弦君にお礼を言いたい」
そう呟くと、美優先輩は俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。先輩の強い温もりや甘い匂い、柔らかさがはっきり伝わってくる。
「先輩……」
「ラブレターをもらって、瑠衣ちゃんには断ることを伝えてた。でも、実際にあの場に立って、告白を断ったときは緊張した。断ったのに、付き合うように説得され始めたときは正直、恐い気持ちもあった。でも、由弦君の姿が見えたとき、その恐さがなくなったの。私を守ってくれたことや、私と一緒に住んでいることが楽しいって言ってくれたこと、とても嬉しかったよ。もしかしたら、由弦君をここに住んでもらうことが間違っていたのかなって思うことも正直あって。由弦君、ありがとう」
美優先輩は俺のことを見上げ、可愛らしい笑顔を見せてくれる。
あのとき、嬉しそうな様子で俺の腕を抱きしめたのは、あの場に俺が現れただけじゃなくて、ここで一緒に住むことが楽しいって分かったからだったんだ。ここに住むきっかけは、二重契約が分かり、管理人としての責任を取ることだったし。
俺は右手で美優先輩の頭を優しく撫でる。そのことで、先輩の髪からほのかにシャンプーの甘い匂いが香ってきて。
「いえいえ。俺のあの行動が少しでも先輩の心を救えたのなら、それ以上に嬉しいことはありません」
「……言うことが大人だなぁ。あと、この1週間色々あったけど、私も由弦君とここで一緒に住むことが楽しいよ」
「そう思ってくれて嬉しいです」
俺も美優先輩のことをぎゅっと抱きしめる。
美優先輩の体は俺よりもずっと華奢で。でも、そこから感じられる温もりは俺を包み込んでくれるような優しさがあって。きっと、この1年間、あけぼの荘の管理人さんの仕事をしっかりやったことで慕われてきたんだろうなと思った。
「瑠衣ちゃんにも抱きしめられるけど、瑠衣ちゃんのときとは違うね。由弦君は体が大きいから温もりに包まれる感じがして」
「そうですか」
「家で由弦君に抱きしめられて安心できるよ。ありがとう」
「いえいえ」
「……由弦君、コーヒーを飲みたくない? 淹れるよ」
「ありがとうございます。いただきます」
そっと抱擁を解くと、美優先輩は台所に向かった。コーヒーを淹れるときの先輩の横顔ははにかんだもので。それがとても可愛く思えた。
茶髪のイケメン男子生徒が美優先輩に告白した。
花柳先輩曰く、美優先輩は断るそうだ。それでも、無音の時間が長く感じる。
あと、花柳先輩に強く握られているので、手が凄く痛い。俺に殺すと忠告したときほどじゃないけど結構恐いぞ。
「告白してくれてありがとう。でも、ごめんなさい。あなたと恋人としてはお付き合いしません」
「ど、どうしてなんだ!」
「それは……」
「2年生になったら、白鳥と付き合って、楽しい高校生活を送りたいと決めていたんだ。どうしてもってわけじゃないなら、俺と付き合ってみないか? お試しでもいいから」
あの茶髪の男子生徒、美優先輩に何も言わせずに、自分の思う通りにさせようとしているな。
美優先輩の脚が震え始めている。ここは強引にでも連れて帰った方がいいかもしれない。
「美優を助けて、桐生君」
「由弦、行ってきなさい! あたし達が見守ってるから!」
俺は花柳先輩と風花に思い切り背中を押されてしまう。
「うわっ! ……おっとっと」
「だ、誰だ!」
「……あっ、由弦君!」
美優先輩は俺を見て、柔らかな笑みを浮かべる。それとは対照的に、茶髪の男子生徒は複雑な様子で俺を見てくる。
「お、お前! 白鳥さんとどういう関係なんだ! あの白鳥さんが男子に向かって、こんなにも可愛い笑顔を見せるなんて!」
「……どう言うのが一番いいんでしょうね。そうですね……ど、同居人というのが正しいでしょうか。入居時の事情でこの春から一緒に住んでいます」
「えええっ!」
茶髪の男子生徒は絶叫する。告白した相手が実は他の男子と一緒に住んでいたなんてことが分かったら、そりゃ驚いて声を上げてしまうか。
すると、男子生徒は俺のことを睨んできて、
「お前、一緒に住んでいるって言っているけど、親戚なのか? それとも恋人として付き合っているのか?」
「親戚ではありませんし、恋人でもないですよ。ただ、そんな美優先輩と一緒に住み始めて1週間ほどですが楽しいと思っています。そんな人のこと恐がらせないでくれると嬉しいです。あなたは告白した。でも、先輩はきっぱりと振った。しかも謝ってもくれた。そこで終わりなのではないでしょうか。諦められない気持ちも分かりますが」
「お前に俺の恋心の何が分かるんだ!」
「……分かりたくない部分もあります。好きな人の気持ちを考えずに、自分の思い通りにしようとしたあなたの気持ちなんて。美優先輩に何かしようと思っているなら、俺はあなたのことを許しません」
それが人気のある美優先輩と一緒に住みながら、この陽出学院に通う俺の覚悟だ。絶対に先輩のことを守り抜いてみせる。
「……ねえ。あなたに告白を断る理由を言ってなかったね。あなたに恋愛的な意味での興味が全くないのが一つ。あと、もう一つは……」
美優先輩はとっても嬉しそうな様子で俺のところまでやってきて、茶髪の男子生徒に見せつけるように俺の腕を抱きしめてくる。
「こういうことだから、あなたとは付き合うことはできません」
そう言うと、美優先輩は更に強く俺の腕を抱きしめてきた。お互いに制服を着ているのに、美優先輩の温もりがはっきりと伝わってくる。
目の前の光景が信じられないのか、茶髪の男子生徒は一気に覇気がなくなり、表情がすっと抜けていく。
「……そっか。分かった。すまなかったな。ちっくしょおおっ!」
男子生徒は悔し涙を流し、勢いよく走り去っていったのであった。
「とりあえず、何とかなりましたね。美優先輩、ケガとかはありませんか?」
「大丈夫だよ。きっと、由弦君のことを知ったから、しつこく告白されることもないんじゃないかな」
「これまでにしつこく告白してくる人もいたんですか?」
「うん。諦められない人もいて。でも、そういうときは瑠衣ちゃんが助けてくれて何とかなったの」
「そうでしたか。あと、あの茶髪の男子生徒に俺と一緒に住んでいることを話してしまいましたが、このことで迷惑をかけてしまうかもしれません。申し訳ないです」
むしろ、何かあるとしたら俺の方の可能性が高そうだけど。
「ううん、気にしないで。それに由弦君と一緒に住んでいることを隠すつもりは元々ないから。だって、これからもきっと一緒に登下校する日が多いでしょう? 昼休みもたまには一緒に過ごしたいし。その様子を見たら、由弦君と私がどんな関係なのか考える人はいるはず。私はこれまで、何度も告白された人間だから。私は由弦君と暮らし始めた当初から、このことはいずれ学校の人に知られることだと思っているよ。別に由弦君と一緒に住むことが知られるのも嫌じゃないし。もちろん、私達が一緒に住むことを知って、快く思わない人がいるだろうっていうのも分かってる」
「……そうですか」
「もし、由弦君が私と住んでいることを知られるのが嫌だったら気を付けるよ」
「別に嫌じゃないですよ。ただ、一緒に住むことを言いふらしたりはしていませんけど。2人ほど、クラスでできた友人カップルに話してしまいましたが」
「ふふっ、そうなんだ。私もむやみに言わないようにするね」
美優先輩は落ち着いた笑みを浮かべている。
もしかしたら、今回のことで、美優先輩と俺が一緒に住んでいることが一気に学校中に広まるかもしれないな。
「桐生君、よくやったわ。ほら、2人は恋人じゃなくて同居人なんだからさっさと離れなさい」
気付けば、怒った様子の花柳先輩が来ており、俺と美優先輩のことを引き離した。
風花と加藤、橋本さんも俺達のところにやってくる。
「由弦、よくやったわね」
「なかなか格好良かったよ、桐生君」
「ご苦労さん、桐生。あの先輩、中学のときは凄く爽やかな感じがしたけど、恋愛に関してはしつこい人だったんだな。あと、こちらの黒髪の女性が、桐生と一緒に住んでいる白鳥先輩か」
「そうだよ。2年4組の白鳥美優先輩。あけぼの荘っていうアパートの管理人もしてる」
「初めまして、2年の白鳥美優です」
「1年3組の加藤潤です」
「同じく3組の橋本奏です。潤とは付き合ってます。彼はサッカー部に入って、私はそのマネージャーをやる予定です」
「へえ、付き合ってるの! 素敵だね! サッカー部の部員とマネージャーっていうのも何だかドキドキするな」
「後輩の男の子と一緒に住む方がよっぽどドキドキすると思いますよ。さっきは桐生君の腕を抱いていましたし、実際は彼のことをどう考えているんです?」
橋本さんは意地悪そうな笑みを浮かべて、美優先輩の脇腹のあたりを肘でつつく。
美優先輩ははにかみながら俺のことをチラチラと見て、
「由弦君は……心強い同居人だよ。さっきの様子を見てそれが分かったでしょう?」
「彼が近くにいると心強いのは分かりますけど、本当にそれだけですか?」
「も、もちろんだよ!」
「隣の部屋でも由弦がいてくれると本当に心強いよ。あたしの大嫌いなクモやゴキブリ、ヤモリまで難なく退治してくれるもん!」
「……そこまで力強く言われると、桐生君が本当に心強い存在だって分かるね。殺虫剤的な意味で」
「これから大活躍する季節がやってくるな、桐生」
「ああ、頑張るよ」
そのときは勘違いとかハプニングの末、風花に殴られる展開にならないことを願う。
「そうだ、ゴキブリで思い出した」
花柳先輩は俺のすぐ側にやってきて、
「美優から聞いたよ? ゴキブリを退治したとき、裸の美優に抱きしめられたって。あと、お互いに肩をマッサージし合ったとか……」
俺の耳元でそう囁いてきた。
一番知られたらまずそうなことも知られてしまっていたか。怒っているんじゃなくて笑っているところがとても恐い。
「痛っ!」
右手の甲を思いっきりつねられる。
「ゴキブリを退治した直後に風花ちゃんからお腹を殴られたそうだし、あたしからはこのくらいにしておいてあげる」
それでも、右手の甲から激痛が。ただ、風花に殴られていなければ、もっと辛い目に遭っていたかもしれないし、良かったと思うべきか。
手を離されると、抓まれた部分がとても赤くなっている。痕にならないといいんだけど。
「しかし、噂で聞いていたとおり、白鳥先輩は可愛い人ですね。去年、ここに進学したサッカー部の先輩から白鳥先輩の話を聞いていて」
「そうだったんだ。可愛いかどうかはともかく、今みたいに告白されたことは両手で数え切れないくらいにあったかな。全部断ってきたけれど」
「そうだったんですね」
「ちょっと、潤。有名人や二次元の子ならまだしも、恋人の前で他の女の子を可愛いとか言わないでよ。嫉妬する」
「奏よりも可愛い女の子はいないって。別格別格」
ははっ、と加藤は爽やかに笑いながら橋本さんの頭を撫でている。そのことに橋本さんもすぐに嬉しそうになって。その様子にドキドキよりも、癒される方が強い。
「加藤君と橋本さんは仲よさそうだね。これからも仲良くね。さあ、用事も済んだしそろそろ帰ろうか」
俺達は陽出学院を後にする。
加藤と橋本さんとは方向が違うので校門を出たところで別れ、4人であけぼの荘に向かって歩き出す。
「1年生の終業式の日には、まさか2年生の始業式の日に同居する後輩の男の子と一緒に帰るとは思わなかったよ」
「俺だって中学を卒業した日には、高校の始業式の日に同居する先輩の女の子と一緒に帰るとは思いませんでしたよ」
「あたしはそんな2人や瑠衣先輩と一緒に帰ることになるとは思いませんでした」
「本当に世の中って思いがけないことばかり起こるわよね、みんな」
今の状況に約1名、快く思っていない人がいるような。さっき、手の甲をつねられたこともあってか、陽差しの温もりはおろか寒気を感じる。
「そうだ。瑠衣ちゃんと風花ちゃん、お昼ご飯食べる? 今日は暖かいからさっぱりとざるうどんにしようと思っているんだけど」
「もちろん食べに行くわ!」
「今日もいただきます!」
「分かった。じゃあ、4人でお昼ご飯を食べようね」
その後、自宅に帰って、風花や花柳先輩と一緒に美優先輩の作ったざるうどんを食べた。たまにはこういったさっぱりとしたお昼ご飯もいいな。とても美味しかった。花柳先輩は終始幸せな様子で食べていたな。
何もしないのは良くないと思い、後片付けは俺がやった。
教科書を買ったということもあってか、2人とも俺の後片付けが終わったらすぐに自宅へと帰っていった。
「2人とも美味しそうに食べてくれて良かったな」
「そうですね」
「あと、由弦君、後片付けありがとう」
「いえいえ。美味しいお昼ご飯をありがとうございました」
「ふふっ、一緒に住んでいるんだし、お礼を言わなくてもいいような気がするけれど、言ってくれると嬉しい気持ちになるね」
「伝えることのできる感謝は、なるべく言葉や態度、行動で伝えた方がいいのかなと思いまして。たまに、それが照れくさいと思ってしまうこともありますが」
有り難いと思うことには、感謝の言葉を伝えた方がいい気がして。それをしないと、してくれたことが当たり前のことに変わってしまいそうな気がするから。
「私もちゃんと由弦君にお礼を言いたい」
そう呟くと、美優先輩は俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。先輩の強い温もりや甘い匂い、柔らかさがはっきり伝わってくる。
「先輩……」
「ラブレターをもらって、瑠衣ちゃんには断ることを伝えてた。でも、実際にあの場に立って、告白を断ったときは緊張した。断ったのに、付き合うように説得され始めたときは正直、恐い気持ちもあった。でも、由弦君の姿が見えたとき、その恐さがなくなったの。私を守ってくれたことや、私と一緒に住んでいることが楽しいって言ってくれたこと、とても嬉しかったよ。もしかしたら、由弦君をここに住んでもらうことが間違っていたのかなって思うことも正直あって。由弦君、ありがとう」
美優先輩は俺のことを見上げ、可愛らしい笑顔を見せてくれる。
あのとき、嬉しそうな様子で俺の腕を抱きしめたのは、あの場に俺が現れただけじゃなくて、ここで一緒に住むことが楽しいって分かったからだったんだ。ここに住むきっかけは、二重契約が分かり、管理人としての責任を取ることだったし。
俺は右手で美優先輩の頭を優しく撫でる。そのことで、先輩の髪からほのかにシャンプーの甘い匂いが香ってきて。
「いえいえ。俺のあの行動が少しでも先輩の心を救えたのなら、それ以上に嬉しいことはありません」
「……言うことが大人だなぁ。あと、この1週間色々あったけど、私も由弦君とここで一緒に住むことが楽しいよ」
「そう思ってくれて嬉しいです」
俺も美優先輩のことをぎゅっと抱きしめる。
美優先輩の体は俺よりもずっと華奢で。でも、そこから感じられる温もりは俺を包み込んでくれるような優しさがあって。きっと、この1年間、あけぼの荘の管理人さんの仕事をしっかりやったことで慕われてきたんだろうなと思った。
「瑠衣ちゃんにも抱きしめられるけど、瑠衣ちゃんのときとは違うね。由弦君は体が大きいから温もりに包まれる感じがして」
「そうですか」
「家で由弦君に抱きしめられて安心できるよ。ありがとう」
「いえいえ」
「……由弦君、コーヒーを飲みたくない? 淹れるよ」
「ありがとうございます。いただきます」
そっと抱擁を解くと、美優先輩は台所に向かった。コーヒーを淹れるときの先輩の横顔ははにかんだもので。それがとても可愛く思えた。
1
あなたにおすすめの小説
サクラブストーリー
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。
しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。
桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。
※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
∞
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の逢坂玲人は入学時から髪を金色に染め、無愛想なため一匹狼として高校生活を送っている。
入学して間もないある日の放課後、玲人は2年生の生徒会長・如月沙奈にロープで拘束されてしまう。それを解く鍵は彼女を抱きしめると約束することだった。ただ、玲人は上手く言いくるめて彼女から逃げることに成功する。そんな中、銀髪の美少女のアリス・ユメミールと出会い、お互いに好きな猫のことなどを通じて彼女と交流を深めていく。
しかし、沙奈も一度の失敗で諦めるような女の子ではない。玲人は沙奈に追いかけられる日々が始まる。
抱きしめて。生徒会に入って。口づけして。ヤンデレな沙奈からの様々な我が儘を通して見えてくるものは何なのか。見えた先には何があるのか。沙奈の好意が非常に強くも温かい青春ラブストーリー。
※タイトルは「むげん」と読みます。
※完結しました!(2020.7.29)
元おっさんの幼馴染育成計画
みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。
だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2025.12.18)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。
後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。
香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。
一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。
しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)
松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。
平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり……
恋愛、家族愛、友情、部活に進路……
緩やかでほんのり甘い青春模様。
*関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…)
★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。
*関連作品
『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)
上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。
(以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる