管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ

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続編

プロローグ『再びのはじまり』

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続編



 東京の中央部に位置する伯分寺はくぶんじ市にあるアパート・あけぼの荘に引っ越してきてから3週間あまり。
 俺・桐生由弦きりゅうゆづるは、陽出学院高校の2年生の先輩である白鳥美優しらとりみゆ先輩と恋人として付き合うことになった。先輩はあけぼの荘の管理人さんでもあり、二重契約が発覚したことによって新居を探すことになった俺に、101号室で一緒に住もうと誘ってくれた。それが先輩との始まりだった。
 あけぼの荘のみならず、私立陽出ひで学院高等学校でも素敵な人達と出会い、東京に引っ越してから毎日楽しい生活を送ることができている。美優先輩という恋人ができたことで、これまで以上に楽しくなるのは間違いないだろう。



 4月22日、月曜日。
 美優先輩と恋人になってから初めての平日。今日からまた新生活が始まった感じがする。
 今日も今までと同じように、クラスメイトで隣の102号室に住んでいる姫宮風花ひめみやふうかと、美優先輩のクラスメイトで親友の花柳瑠衣はなやぎるい先輩の4人で学校に向かって歩いていた。

「気持ちいい朝だね、由弦君」
「そうですね。陽差しが温かくて、風も涼しいですし」
「うんっ。それに……由弦君と繋いでいる手が温かくて気持ちいいの。今までとは何だか違う気がして。由弦君と恋人になったからかな」
「そうかもしれませんね」

 笑顔で見つめてくる美優先輩がとても可愛らしい。学校には行かずに、このまま手を繋ぎながらずっと歩き続けたい気分だ。

「やれやれ。2人とも見せつけてくれるわね。そう思わない? 風花ちゃん」
「ですね、瑠衣先輩。ただ、これが由弦と美優先輩らしいなって思いますね。由弦はあたしの好きな人ですから、美優先輩にちょっと嫉妬しますけど。何だかいいなって思えるんです」
「……風花ちゃんの気持ち、分かるわ」

 風花と花柳先輩は穏やかな笑顔で話す。
 風花は俺のことが好きで、花柳先輩は美優先輩に好意を抱いている。2人とも告白したけどフラれた。今でも好きだと告白したときや、フラれたときの2人の顔を鮮明に覚えている。
 そういったことを経て、俺と美優先輩は恋人として付き合うようになったんだ。せめて、彼女達には俺達が付き合って良かったと思えるように頑張っていかないと。
 あけぼの荘から陽出学院高校まで徒歩数分の近さなのもあり、すぐに学校の校舎が見えてきた。

「そういえば、由弦や美優先輩は付き合っていることを、瑠衣先輩やあたし以外に伝えたんですか? あっ、昨日の夕方くらいにあけぼの荘のグループトークにはメッセージを出していましたね。あたしは土曜日にお見舞いに来た一佳先生にしか伝えていません」
「それ以外の人だと、週末の間に伝えたのは私と由弦君の家族だけだよ。友達には学校で伝えればいいかなって思っているし。あと、これからの学校生活の中できっと広まるだろうから」
「俺も誰にも。加藤や橋本さんには今日、教室で話そうかなって思っていて」
「なるほど、2人らしいですね。それに、美優先輩は有名人ですし、2人の様子を見ていれば付き合っているんだなって思いますよね」
「2人のことで何か訊かれたら、仲良く付き合っているって言っておくわ」
「ふふっ、ありがとう、瑠衣ちゃん」

 美優先輩は持ち前の優しい笑顔でそう言った。
 実は、同じ屋根の下で暮らしている人には伝えた方がいいという話になり、日曜日の午後にあけぼの荘の住人のグループトークで美優先輩と俺が付き合うことを報告したのだ。
 すると、住人全員からお祝いの言葉と、特に俺に対してしっかりと付き合えという激励のメッセージをいただいた。
 また、201号室に住む松本杏まつもとあんず先輩からは、コンビニにいるときにメッセージを見たからという理由で2人分のロールケーキをもらい、203号室に住む白金和紀しろがねかずき先輩からは、

「この作品には付き合い始めてから結婚生活までの模様が描かれている。是非、参考にしてくれ!」

そう言われてラブコメ漫画をプレゼントされた。参考に……なるといいな。
 気付けば、校門を通っており、学校の敷地に入っていた。恋人と手を繋いでいるからか、ここも少し違った場所のように思えてくる。
 校舎に入り、いつものように階段で1年3組の教室がある4階まで一緒に行く。

「じゃあ、今日もお互いに授業を頑張りましょう」
「うん。昼休みに瑠衣ちゃんと一緒に教室に行くよ」
「分かりました」

 俺が美優先輩の手を離すと、彼女は俺の手を離すどころかぎゅっと掴んで、俺にそっとキスしてきた。

「……昼休みを楽しみにしてる。今日のお昼は由弦君の作ったお弁当だし」
「……はい」

 こっちに引っ越してきてから、一度もお弁当を作ったことがなかったので、今日は俺がお昼ご飯のお弁当を作ったのだ。恋人として初めての学校なので気合いを入れた。

「というか、恥ずかしいですよ。学校でキスだなんて」
「……これから昼休みまで由弦君と会えなくなるのが寂しかったから、つい。私も段々と恥ずかしくなってきた。キスする場所は考えないといけないね」
「美優の言う通りね。あと、間近でキスしているのを見せつけられるとドキドキしちゃう」
「……あたしもドキドキしちゃいます。これまで色々とありましたから」

 あははっ、と風花は顔を赤くしながら笑っている。きっと、告白したときにキスしたことを思い出しているのだろう。

「じゃあ、またね。由弦君、風花ちゃん」
「またね」
「ええ。昼休みにまた会いましょう」
「またです!」

 俺は先輩方と別れて、風花と一緒に1年3組の教室へと向かった。
 すると、俺の席に座っていたクラスメイトの橋本奏はしもとかなでさんが嬉しそうな笑みを浮かべながらこちらに駆け寄ってきて、風花のことを抱きしめてきた。

「風花、元気になって本当に良かったよ!」
「心配かけちゃったね。もう大丈夫だから」

 先週の金曜日の放課後、橋本さんは水泳部の練習中に倒れた風花が保健室に運ばれるところを目撃し俺に伝えてくれたのだ。週末の間に体調は良くなったと俺からもメッセージを送ったけれど、実際に会わないと安心できないか。
 風花を抱きしめる橋本さんのことを、彼氏である加藤潤かとうじゅんが微笑みながら見ていた。

「奏から姫宮が体調を崩したって話を聞いたから心配していたけど、いつも通りに登校してきて安心したよ」
「ありがとう、加藤君。2人には心配をかけちゃってごめんなさい。もう体調も良くなったから大丈夫だよ」
「本当に大丈夫そうね、姫宮さん。土曜日にお見舞いに行ったときには既に体調が良くなっていたけれど」

 気付けば、担任の霧嶋一佳きりしまいちか先生が教室にやってきていた。今日もきちんと黒いスーツを着ている。学校での先生はとてもしっかりとした雰囲気だ。

「一佳先生、おはようございます。週末の間にゆっくりと休んで体調も良くなりました。あと、土曜日はお見舞いありがとうございました」
「いえいえ。元気になって何よりだわ。これからは体調には気を付けるように。水泳は体力を使うし」
「分かりました。それにしても、今日は早めに教室に来てくれたんですね」
「ええ、あなたの体調が気になってね。金曜日は本当に……焦ったから」

 霧嶋先生はほんのりと頬を赤くして視線をちらつかせている。そういえば、金曜日に体調を崩した風花を迎えに行ったとき、先生は泣いていたな。

「と、ところで。桐生君はあれから、白鳥さんと恋人として上手くやっているかしら?」
「ええ、平和に過ごしていますよ」

 霧嶋先生に恋人になったことを報告してから、まだ2日くらいしか経っていないけど。

「ちょっと待って。桐生君って白鳥先輩と恋人として付き合うことになったの?」
「……うん。土曜日の朝に告白して付き合うことになったんだよ。橋本さんや加藤には今日、俺から伝えようと思って」
「そうだったんだね。おめでとう、桐生君」
「末永くお幸せに、桐生。何かあったら相談してくれ。俺は奏と3年付き合っているし、何か相談に乗れるかもしれないから」
「ありがとう、加藤」

 祝福の言葉を言ってくれるのは嬉しいけれど、末永くお幸せにって。まるで俺と美優先輩が結婚したみたいじゃないか。美優先輩にはずっと一緒にいたいと言ったけれど。何だかちょっと恥ずかしい。

「それにしても、桐生君は白鳥先輩と付き合うことになったんだ。そっか……」

 そんなことを呟くと、橋本さんは風花のことをもう一度抱きしめた。そんな彼女のことを見ながら、加藤は「ふっ」と笑う。もしかしたら、2人は風花の気持ちに気付いていたのかもしれないな。
 あと、霧嶋先生のせいで、教室にいる生徒の多くがこちらを見ているな。これからの学校生活の中で自然と広まるとは思っていたけれど、いざこうして注目されると恥ずかしいものがある。
 ――キーンコーンカーンコーン。
 いいタイミングで朝礼のチャイムが鳴ってくれたので、俺は誰にも絡まれることなく自分の席へと向かうのであった。


 こうして、今週も学校生活が始まる。
 ただ、今週が終われば、10連休という特大のゴールデンウィークが待っているからなのか、月曜日にもかかわらずクラスの雰囲気は明るい。
 俺もいつもの月曜日に比べれば気分はいい。連休が近いのもそうだけど、一番は昼休みに美優先輩と一緒にお弁当を食べるのが楽しみだから。側にいないのは寂しいけど、先輩も授業を受けていると思うと俺も頑張れる。こう思えるのも恋人という関係になったからだろうか。授業と授業の合間の時間に、友人を中心に美優先輩とはどうなんだと訊かれるのは恥ずかしいけど。
 それでも、普段よりも清々しい気持ちの中で、午前中の授業を受けるのであった。


 授業に集中できたからか、あっという間に昼休みの時間に。
 昼休みになると、今朝の約束通り、美優先輩は花柳先輩と一緒にうちの教室へやってきた。
 今日も美優先輩、風花、花柳先輩、加藤、橋本さんと一緒に昼食を食べることに。入学時から昼休みはこうしていることが多い。
 美優先輩と隣り合う形で座り、彼女と一緒に自分の作ったお弁当を食べ始める。

「うん、美味しいね!」
「ありがとうございます。お弁当は久しぶりだったんですけど、安心しました。中学までは給食でしたけど、たまに両親や姉さんにお弁当を作っていました」
「そうだったんだ。たまにでも、今まで美味しいお弁当を食べることができる御両親とお姉様は幸せ者だね」

 そう言う美優先輩も幸せそうだ。あと、彼女の口から「お姉様」という言葉を聞くとドキッとしてしまうな。
 その後も、美優先輩は俺が作った玉子焼きやハンバーグ、アスパラガスのベーコン巻きなどを美味しそうに食べてくれる。そんな彼女に見惚れていると、

「本当にこの玉子焼きは美味しいですよね、美優先輩」

 風花がモグモグ食べながらそんなことを言う。気付けば、俺はまだ玉子焼きには手を付けていないのに、俺の弁当箱から玉子焼きが一つ消えていた。

「風花。今、口の中に入っている玉子焼きは元々どこにあったのかな?」
「ごちそうさまでした!」

 ここまで素直に言われると怒る気にならないな。そんな風花の横で橋本さんがクスクス笑っている。

「風花。今度からは勝手に食べないようにしようね」
「分かった。ところで、そのハンバーグを食べてみてもいいかな?」
「ごめん。ハンバーグは俺の好物の一つだから、こればかりは譲れない」
「由弦君はハンバーグが大好きだもんね。じゃあ、私がハンバーグを半分あげるね」
「ありがとうございますっ!」

 風花は美優先輩から半分に切り分けたハンバーグを食べさせてもらう。笑顔で食べている風花を見ると、ハンバーグをあげなかったことに若干の罪悪感が。
 俺もハンバーグを食べてみると……うん、とても美味しくできているな。今度からは少し大きめに作るか。
 美優先輩が美味しそうに食べてくれたので、これからもたまにお弁当を作ってきたいと思うのであった。
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