167 / 251
特別編4
第3話『妹がくる』
しおりを挟む
あけぼの荘の入口で風花と花柳先輩と待ち合わせし、俺達は4人で霧嶋先生の自宅のあるマンションに向かって歩き始める。あけぼの荘からは歩いて20分くらいのところにある。
「今日から夏になっただけあって、なかなか暑いわね……」
「プール日和ですよね! 高校のプールは屋内ですから一年中入れますけど、夏が一番気持ちいいですし。なので、夏が一番好きな季節ですっ!」
暑いからげんなりとしている花柳先輩とは対照的に、風花はとても元気だ。
水泳少女の風花は夏が一番好きなのか。夏休みに実家の近くにある海に入ると気持ち良かったから、風花の言うことが分かるな。風花はノースリーブの襟付きブラウス、花柳先輩は肩開きの半袖のTシャツを着ていて夏らしい装いだ。
今はよく晴れており、陽差しも強い。ただ、幸いにも空気はあまり蒸していないので、たまに吹く穏やかな風が気持ち良く感じられる。夏本番の時期になっても、このくらいの気候であってほしいな。
「あたし、一佳先生の家に行くのは初めてなんだけど、どんな感じの部屋なの?」
「瑠衣先輩は初めてですか。そうですね……掃除をすれば広い部屋です」
「ははっ」
風花の言ったことに、思わず声に出して笑ってしまった。
これまで2回、霧嶋先生の家に行ったけど、掃除をする前は衣服や物が床に落ちていて、足の踏み場があまりなかったな。だから、広い部屋だとは思えなくて。ただ、片付けと掃除をしたら、一人暮らしするには広い部屋になった。
「風花ちゃんの言う通りかも。掃除すると、部屋の中がゆったりとするからね」
「そうなの。……一佳先生の家に行くの、ちょっと怖くなってきたわ」
「驚くかもしれないけど、怖がる心配は無いよ。それに、妹の二葉さんが遊びに来るから、先生なりに掃除や片付けをしているそうだし」
「そっか。まあ、実際に行ってみないと分からないよね。それに美優達も一緒だし。久しぶりに美優のポニーテール姿を見て元気をもらったから、何とかなると思う」
「ポニーテール姿の美優先輩、本当に可愛いですよね!」
花柳先輩と風花は盛り上がる。
風花はポニーテール姿の美優先輩を見るのが初めてだからか、花柳先輩が来るまでの間にスマホで何枚も写真を撮影していたな。
そんなことを思い返していると、風花は美優先輩のポニーテール部分を触る。
「きゃっ、誰か髪触ってる?」
「あたしです。揺れてるポニーテールを見たら触りたくなっちゃって。驚かせてしまってごめんなさい」
「ううん、いいんだよ。そういえば、去年、初めてポニーテールにしたときは瑠衣ちゃんに何度も触られたっけ。そのときは顔を左右に振って、揺れたポニーテールで顔を叩いてほしいって言われて」
「だって、美優の髪、柔らかくていい匂いがするんだもん」
楽しげに話す花柳先輩。
ポニーテール部分を触っただけじゃなく、顔を叩いてもらっただと? ポニーテール姿の美優先輩に見惚れて、そんなことは全然思いつかなかった。さすがは花柳先輩だ。
「美優先輩! あたしの顔もポニーテールで叩いてください!」
「あたしにもやって~」
「はいはい」
美優先輩は首を左右に振って、後ろにいる風花と花柳先輩の顔をポニーテールで叩く。そのことで2人はとても幸せそうだ。……家に帰って、2人きりになったら俺もやってもらおうかな。
3人と一緒だったから、気付けば霧嶋先生の住んでいるマンションが見えていた。ここに来るのは3度目だけど、このマンションの高さには圧倒されるな。
「高層マンションかぁ。一佳先生の部屋って何階にあるの?」
「11階だよ。1111号室」
「一佳先生らしい部屋番号だね。そっか、一佳先生の部屋番号、1しかないのか……」
「あははっ!」
風花、ツボにハマったのか、大きな声を出して笑っている。笑わせるつもりはなかったのか、そんな風花に花柳先輩は驚いていた。
エントランスに到着し、美優先輩がインターホンを操作して1111号室に向けて呼び出す。
『あら、白鳥さん。来てくれたのね。あと、今日は普段と違う髪型なのね』
「今日は晴れて暑くなるみたいですから。気分転換も兼ねて」
『そうなの。去年の夏休み前もそんな髪型をしていたかも。桐生君が一緒だとは思ったけど、姫宮さんや花柳さんまで一緒だなんて』
「人が多い方が片付けや掃除が早く終わると思いまして。あと、2人とも二葉さんに会ってみたいそうです」
『なるほど。来てくれてありがとう。部屋で待っているわ』
霧嶋先生がそう言った直後、マンションの入口が開いた。
俺達はマンションの中に入り、霧嶋先生の部屋である1111号室に向かう。その間、キョロキョロと周りを見る花柳先輩が可愛らしかった。
1111号室の前に到着し、美優先輩がインターホンを鳴らす。
すぐに玄関の扉が開き、中からは赤いジャージ姿の霧嶋先生が。先生も髪型が普段のポニーテールと違って、ストレートになっている。あと、冷房をかけているのか、中から涼しい空気が。
「みんな、いらっしゃい」
「おはようございます、一佳先生」
「今日は風花と花柳先輩も連れてきました」
「二葉さんと会えるのが楽しみです!」
「あたしはここに来るのは初めてです。素敵なマンションに暮らしているんですね。あと……休日はいつも、そのような格好をしているんですか?」
「何も予定がない日や、近所にあるスーパーに行くくらいしか用事がない日はジャージが多いわね。髪も下ろしてるの」
「そうなんですか。学校ではスーツを着ていますし、ゴールデンウィークに美優の家で会ったり、旅行に行ったりしたときはオシャレな服を着ていたので意外です」
「さすがに出かけるときは服を考えるけど、家にいるときはジャージね。楽だから」
「なるほど」
花柳先輩は納得した様子で頷いている。学校だけじゃなくて、プライベートでの霧嶋先生を見ているから、今みたいな反応になったのかも。
俺達は霧嶋先生の家にお邪魔する。
すると、玄関の近くに、膨らんだゴミ袋が2つある。ゴミ捨てをサボったからなのか。それとも、二葉さんが来るから頑張ってゴミを集めたからなのか。……後者だと思っておこう。
部屋に入ると、テーブルやデスクの上には書籍が積まれており、床には衣服などが散らかっていた。ただ、ゴミはあまりない。
あと、キッチンの方を見ると……あぁ、シンクに汚れた食器や調理器具がたくさん置かれているな。水につけているだけいいけれど。
「風花ちゃんの言うとおりね。ぱっと見、広そうな部屋ですけど、物が散らかっているのですぐにその印象は消えるわ」
「でしょう?」
「姫宮さん、そんなことを言ってたの? まあ、連休が明けて、掃除や片付けを怠ったのは私だから、文句は言えないけど」
「お仕事が始まると疲れますもんね。……見たところ、ゴミはほとんどありませんね。分別したり、定期的にゴミ出ししたりしているんですか?」
「ええ。プラスチックと一般ゴミで分けて。あとは資源ゴミ。でも、たまにゴミ出しを忘れてしまって。今日になって、テーブルや床にあるゴミを集めたら、2つのゴミ袋がいっぱいになってしまったの」
「そうだったんですか。ゴミについては、最初に来た頃に比べると、いくらか改善できていますね。この調子で洗濯や物の整理なども頑張りましょうね」
微笑みながら、穏やかな口調でそう言う美優先輩。
以前から思っていたけど、ここに来ると、美優先輩と霧嶋先生の立場が逆転したように見える。髪型が入れ替わっているから、今日は特にそれを強く感じる。
「じゃあ、この前と同じように、由弦君はキッチン掃除で私は洗濯、3人は部屋の整理と掃除という割り振りにしましょうか。洗濯物を集めるために、最初は私も手伝います」
「……みんな、よろしくお願いします」
そう言って、霧嶋先生は深く頭を下げた。
こうして5人で霧嶋先生の家の掃除と片付けが始まった。
美優先輩の指示通り、俺は1人でキッチンに行き、まずは食器や調理器具を洗っていく。そういえば、俺って霧嶋先生の家に行くと、毎回キッチンの掃除をしているな。いつか、ここでのんびりするだけの時間を過ごす日が来るのだろうか。
「まあ、掃除をするのは好きだからいいけどさ」
食器と調理器具を水につけてくれていたから、汚れも落としやすいし。ただ放置していただけだったら、さすがに一喝したと思う。
「風花ちゃん。赤いレースの下着があったわ」
「大人っぽい感じがしますね! おっきいなぁ。Eカップかぁ。あたし、こういう大人な下着は持っていないですね。美優先輩なら持っていそうです! どうなんですか?」
「ここまで大人な雰囲気のものは持っていないね。いつかはそういうのを買いたいな。由弦君好きかな……」
「ひ、人の下着を持ちながら色々話さないでくれるかしら? 桐生君! こっちを向いたら、現代文と古典の中間試験の点数を赤点にするから!」
「見ないので安心してください」
その下着が美優先輩のものだったら、洗っている振りをしてこっそりと見たけど。あと、美優先輩が身につけるなら、赤い下着も好きになると思いますよ。むしろ、見させてください。
――ピンポーン!
おっ、インターホンが鳴ったな。もしかして、妹の二葉さんが来たのだろうか。
霧嶋先生は部屋の入口近くにあるモニターに向かう。
「はい。……あっ、二葉」
『お姉ちゃん、来ましたよ』
やっぱり、二葉さんが到着したんだ。あと、二葉さんの声、とても可愛らしいな。二葉さんについて何も知らなかったら、俺と同い年か年下のように思えるほど。
「じゃあ、待っているわ。……みんな、二葉がエントランスまで来たから、もうすぐ会えるわよ」
「楽しみです!」
「写真で顔は分かっているけど、会うのは初めてだからドキドキするわね。美優はどう?」
「私もちょっとドキドキしてる。あと、声が凄く可愛かったよね」
女子高生3人は、間もなく二葉さんと会えることにワクワクしている様子。それが嬉しいのか、霧嶋先生も学校にいるときと比べると表情が柔らかい。
俺も先輩方と一緒に写真を見たので、二葉さんの顔は知っている。ただ、モニター越しに声を聞き、もうすぐ会えると思うとドキドキしてくるな。
――ピンポーン。
おっ、さっきとは違うインターホンの音が。二葉さんが玄関の前に来たのかな。
霧嶋先生は玄関へ向かっていく。それから程なくして「はーい」という先生の声と、玄関が開く音が聞こえた。
「いらっしゃい。よく来たわね。電車は混んでなかった? 痴漢はされなかった?」
「土曜日ですから、平日の朝よりも空いていました。好きな音楽を聴きながら快適な時間を過ごしましたよ、お姉ちゃん。それに、万が一、痴漢をされたら、犯人の身柄をその場で拘束して駅員室までお届けし、そのまま現行犯逮捕です。あたしや目撃者の証言、証拠を揃えて必ず有罪にしてみせますよ」
ふふっ、と可愛い笑い声が聞こえる。二葉さん、可愛らしい声で凄いことを言っているな。さすがは大学で法律を学んでいるだけのことはある。
「お邪魔します。……あれ、たくさん靴がありますね」
「陽出学院の教え子が来ているの。以前、ゴールデンウィークに一緒に旅行に行った子達よ」
「そうなのですか! お土産を持ってきてくれたときに、お姉ちゃんが見せてくれた写真に写っている子達が来ているのですね!」
その声色からして、二葉さんは俺達にいつか会ってみたいと思っていたのか。
「二葉が来たから、成実さんも呼ぼうかしら。今は教え子達と一緒に部屋の掃除と片付けをしているの」
「……えっ?」
さっきよりも低い声が聞こえた次の瞬間、ロングスカートに半袖のブラウス姿の女性が部屋の中に入ってきた。おさげにした黒髪と、美優先輩に匹敵する大きな胸が特徴的だ。小さな茶色いショルダーバッグをたすき掛けしている。以前、写真を見てもらったので、この方が二葉さんだとすぐに分かった。
二葉さんは真剣な様子で部屋やキッチンにいる俺達のことを見てくる。その姿は姉の霧嶋先生と似ているな。美優先輩が「こんにちは」と言ったので、俺、風花、花柳先輩もそれに続いた。そんな俺達に二葉さんは軽く頭を下げる。
「こんにちは。……お姉ちゃん」
「何かしら? 二葉」
すると、二葉さんは霧嶋先生の肩を掴み、
「いくら仲のいい教え子さんだからとはいえ、自分の部屋を掃除してもらうとは何事ですか! しかも、また部屋の中をこんなに散らかして! 一佳お姉ちゃん! ベッドの上でいいですから正座しなさい! お説教します!」
眉間に皺を寄せ、強い口調で霧嶋先生に対してそう言った。
妹に怒られたのがショックだったのか、霧嶋先生はしょんぼりとした様子。二葉さんの指示通り、ベッドの上で正座をする。
二葉さんは霧嶋先生に部屋を汚したことと、教え子に掃除や片付けを手伝ってもらっていることについて叱っていく。その間、俺達は掃除や片付けの手を止め、霧嶋姉妹のことを黙って見続けた。
「今日から夏になっただけあって、なかなか暑いわね……」
「プール日和ですよね! 高校のプールは屋内ですから一年中入れますけど、夏が一番気持ちいいですし。なので、夏が一番好きな季節ですっ!」
暑いからげんなりとしている花柳先輩とは対照的に、風花はとても元気だ。
水泳少女の風花は夏が一番好きなのか。夏休みに実家の近くにある海に入ると気持ち良かったから、風花の言うことが分かるな。風花はノースリーブの襟付きブラウス、花柳先輩は肩開きの半袖のTシャツを着ていて夏らしい装いだ。
今はよく晴れており、陽差しも強い。ただ、幸いにも空気はあまり蒸していないので、たまに吹く穏やかな風が気持ち良く感じられる。夏本番の時期になっても、このくらいの気候であってほしいな。
「あたし、一佳先生の家に行くのは初めてなんだけど、どんな感じの部屋なの?」
「瑠衣先輩は初めてですか。そうですね……掃除をすれば広い部屋です」
「ははっ」
風花の言ったことに、思わず声に出して笑ってしまった。
これまで2回、霧嶋先生の家に行ったけど、掃除をする前は衣服や物が床に落ちていて、足の踏み場があまりなかったな。だから、広い部屋だとは思えなくて。ただ、片付けと掃除をしたら、一人暮らしするには広い部屋になった。
「風花ちゃんの言う通りかも。掃除すると、部屋の中がゆったりとするからね」
「そうなの。……一佳先生の家に行くの、ちょっと怖くなってきたわ」
「驚くかもしれないけど、怖がる心配は無いよ。それに、妹の二葉さんが遊びに来るから、先生なりに掃除や片付けをしているそうだし」
「そっか。まあ、実際に行ってみないと分からないよね。それに美優達も一緒だし。久しぶりに美優のポニーテール姿を見て元気をもらったから、何とかなると思う」
「ポニーテール姿の美優先輩、本当に可愛いですよね!」
花柳先輩と風花は盛り上がる。
風花はポニーテール姿の美優先輩を見るのが初めてだからか、花柳先輩が来るまでの間にスマホで何枚も写真を撮影していたな。
そんなことを思い返していると、風花は美優先輩のポニーテール部分を触る。
「きゃっ、誰か髪触ってる?」
「あたしです。揺れてるポニーテールを見たら触りたくなっちゃって。驚かせてしまってごめんなさい」
「ううん、いいんだよ。そういえば、去年、初めてポニーテールにしたときは瑠衣ちゃんに何度も触られたっけ。そのときは顔を左右に振って、揺れたポニーテールで顔を叩いてほしいって言われて」
「だって、美優の髪、柔らかくていい匂いがするんだもん」
楽しげに話す花柳先輩。
ポニーテール部分を触っただけじゃなく、顔を叩いてもらっただと? ポニーテール姿の美優先輩に見惚れて、そんなことは全然思いつかなかった。さすがは花柳先輩だ。
「美優先輩! あたしの顔もポニーテールで叩いてください!」
「あたしにもやって~」
「はいはい」
美優先輩は首を左右に振って、後ろにいる風花と花柳先輩の顔をポニーテールで叩く。そのことで2人はとても幸せそうだ。……家に帰って、2人きりになったら俺もやってもらおうかな。
3人と一緒だったから、気付けば霧嶋先生の住んでいるマンションが見えていた。ここに来るのは3度目だけど、このマンションの高さには圧倒されるな。
「高層マンションかぁ。一佳先生の部屋って何階にあるの?」
「11階だよ。1111号室」
「一佳先生らしい部屋番号だね。そっか、一佳先生の部屋番号、1しかないのか……」
「あははっ!」
風花、ツボにハマったのか、大きな声を出して笑っている。笑わせるつもりはなかったのか、そんな風花に花柳先輩は驚いていた。
エントランスに到着し、美優先輩がインターホンを操作して1111号室に向けて呼び出す。
『あら、白鳥さん。来てくれたのね。あと、今日は普段と違う髪型なのね』
「今日は晴れて暑くなるみたいですから。気分転換も兼ねて」
『そうなの。去年の夏休み前もそんな髪型をしていたかも。桐生君が一緒だとは思ったけど、姫宮さんや花柳さんまで一緒だなんて』
「人が多い方が片付けや掃除が早く終わると思いまして。あと、2人とも二葉さんに会ってみたいそうです」
『なるほど。来てくれてありがとう。部屋で待っているわ』
霧嶋先生がそう言った直後、マンションの入口が開いた。
俺達はマンションの中に入り、霧嶋先生の部屋である1111号室に向かう。その間、キョロキョロと周りを見る花柳先輩が可愛らしかった。
1111号室の前に到着し、美優先輩がインターホンを鳴らす。
すぐに玄関の扉が開き、中からは赤いジャージ姿の霧嶋先生が。先生も髪型が普段のポニーテールと違って、ストレートになっている。あと、冷房をかけているのか、中から涼しい空気が。
「みんな、いらっしゃい」
「おはようございます、一佳先生」
「今日は風花と花柳先輩も連れてきました」
「二葉さんと会えるのが楽しみです!」
「あたしはここに来るのは初めてです。素敵なマンションに暮らしているんですね。あと……休日はいつも、そのような格好をしているんですか?」
「何も予定がない日や、近所にあるスーパーに行くくらいしか用事がない日はジャージが多いわね。髪も下ろしてるの」
「そうなんですか。学校ではスーツを着ていますし、ゴールデンウィークに美優の家で会ったり、旅行に行ったりしたときはオシャレな服を着ていたので意外です」
「さすがに出かけるときは服を考えるけど、家にいるときはジャージね。楽だから」
「なるほど」
花柳先輩は納得した様子で頷いている。学校だけじゃなくて、プライベートでの霧嶋先生を見ているから、今みたいな反応になったのかも。
俺達は霧嶋先生の家にお邪魔する。
すると、玄関の近くに、膨らんだゴミ袋が2つある。ゴミ捨てをサボったからなのか。それとも、二葉さんが来るから頑張ってゴミを集めたからなのか。……後者だと思っておこう。
部屋に入ると、テーブルやデスクの上には書籍が積まれており、床には衣服などが散らかっていた。ただ、ゴミはあまりない。
あと、キッチンの方を見ると……あぁ、シンクに汚れた食器や調理器具がたくさん置かれているな。水につけているだけいいけれど。
「風花ちゃんの言うとおりね。ぱっと見、広そうな部屋ですけど、物が散らかっているのですぐにその印象は消えるわ」
「でしょう?」
「姫宮さん、そんなことを言ってたの? まあ、連休が明けて、掃除や片付けを怠ったのは私だから、文句は言えないけど」
「お仕事が始まると疲れますもんね。……見たところ、ゴミはほとんどありませんね。分別したり、定期的にゴミ出ししたりしているんですか?」
「ええ。プラスチックと一般ゴミで分けて。あとは資源ゴミ。でも、たまにゴミ出しを忘れてしまって。今日になって、テーブルや床にあるゴミを集めたら、2つのゴミ袋がいっぱいになってしまったの」
「そうだったんですか。ゴミについては、最初に来た頃に比べると、いくらか改善できていますね。この調子で洗濯や物の整理なども頑張りましょうね」
微笑みながら、穏やかな口調でそう言う美優先輩。
以前から思っていたけど、ここに来ると、美優先輩と霧嶋先生の立場が逆転したように見える。髪型が入れ替わっているから、今日は特にそれを強く感じる。
「じゃあ、この前と同じように、由弦君はキッチン掃除で私は洗濯、3人は部屋の整理と掃除という割り振りにしましょうか。洗濯物を集めるために、最初は私も手伝います」
「……みんな、よろしくお願いします」
そう言って、霧嶋先生は深く頭を下げた。
こうして5人で霧嶋先生の家の掃除と片付けが始まった。
美優先輩の指示通り、俺は1人でキッチンに行き、まずは食器や調理器具を洗っていく。そういえば、俺って霧嶋先生の家に行くと、毎回キッチンの掃除をしているな。いつか、ここでのんびりするだけの時間を過ごす日が来るのだろうか。
「まあ、掃除をするのは好きだからいいけどさ」
食器と調理器具を水につけてくれていたから、汚れも落としやすいし。ただ放置していただけだったら、さすがに一喝したと思う。
「風花ちゃん。赤いレースの下着があったわ」
「大人っぽい感じがしますね! おっきいなぁ。Eカップかぁ。あたし、こういう大人な下着は持っていないですね。美優先輩なら持っていそうです! どうなんですか?」
「ここまで大人な雰囲気のものは持っていないね。いつかはそういうのを買いたいな。由弦君好きかな……」
「ひ、人の下着を持ちながら色々話さないでくれるかしら? 桐生君! こっちを向いたら、現代文と古典の中間試験の点数を赤点にするから!」
「見ないので安心してください」
その下着が美優先輩のものだったら、洗っている振りをしてこっそりと見たけど。あと、美優先輩が身につけるなら、赤い下着も好きになると思いますよ。むしろ、見させてください。
――ピンポーン!
おっ、インターホンが鳴ったな。もしかして、妹の二葉さんが来たのだろうか。
霧嶋先生は部屋の入口近くにあるモニターに向かう。
「はい。……あっ、二葉」
『お姉ちゃん、来ましたよ』
やっぱり、二葉さんが到着したんだ。あと、二葉さんの声、とても可愛らしいな。二葉さんについて何も知らなかったら、俺と同い年か年下のように思えるほど。
「じゃあ、待っているわ。……みんな、二葉がエントランスまで来たから、もうすぐ会えるわよ」
「楽しみです!」
「写真で顔は分かっているけど、会うのは初めてだからドキドキするわね。美優はどう?」
「私もちょっとドキドキしてる。あと、声が凄く可愛かったよね」
女子高生3人は、間もなく二葉さんと会えることにワクワクしている様子。それが嬉しいのか、霧嶋先生も学校にいるときと比べると表情が柔らかい。
俺も先輩方と一緒に写真を見たので、二葉さんの顔は知っている。ただ、モニター越しに声を聞き、もうすぐ会えると思うとドキドキしてくるな。
――ピンポーン。
おっ、さっきとは違うインターホンの音が。二葉さんが玄関の前に来たのかな。
霧嶋先生は玄関へ向かっていく。それから程なくして「はーい」という先生の声と、玄関が開く音が聞こえた。
「いらっしゃい。よく来たわね。電車は混んでなかった? 痴漢はされなかった?」
「土曜日ですから、平日の朝よりも空いていました。好きな音楽を聴きながら快適な時間を過ごしましたよ、お姉ちゃん。それに、万が一、痴漢をされたら、犯人の身柄をその場で拘束して駅員室までお届けし、そのまま現行犯逮捕です。あたしや目撃者の証言、証拠を揃えて必ず有罪にしてみせますよ」
ふふっ、と可愛い笑い声が聞こえる。二葉さん、可愛らしい声で凄いことを言っているな。さすがは大学で法律を学んでいるだけのことはある。
「お邪魔します。……あれ、たくさん靴がありますね」
「陽出学院の教え子が来ているの。以前、ゴールデンウィークに一緒に旅行に行った子達よ」
「そうなのですか! お土産を持ってきてくれたときに、お姉ちゃんが見せてくれた写真に写っている子達が来ているのですね!」
その声色からして、二葉さんは俺達にいつか会ってみたいと思っていたのか。
「二葉が来たから、成実さんも呼ぼうかしら。今は教え子達と一緒に部屋の掃除と片付けをしているの」
「……えっ?」
さっきよりも低い声が聞こえた次の瞬間、ロングスカートに半袖のブラウス姿の女性が部屋の中に入ってきた。おさげにした黒髪と、美優先輩に匹敵する大きな胸が特徴的だ。小さな茶色いショルダーバッグをたすき掛けしている。以前、写真を見てもらったので、この方が二葉さんだとすぐに分かった。
二葉さんは真剣な様子で部屋やキッチンにいる俺達のことを見てくる。その姿は姉の霧嶋先生と似ているな。美優先輩が「こんにちは」と言ったので、俺、風花、花柳先輩もそれに続いた。そんな俺達に二葉さんは軽く頭を下げる。
「こんにちは。……お姉ちゃん」
「何かしら? 二葉」
すると、二葉さんは霧嶋先生の肩を掴み、
「いくら仲のいい教え子さんだからとはいえ、自分の部屋を掃除してもらうとは何事ですか! しかも、また部屋の中をこんなに散らかして! 一佳お姉ちゃん! ベッドの上でいいですから正座しなさい! お説教します!」
眉間に皺を寄せ、強い口調で霧嶋先生に対してそう言った。
妹に怒られたのがショックだったのか、霧嶋先生はしょんぼりとした様子。二葉さんの指示通り、ベッドの上で正座をする。
二葉さんは霧嶋先生に部屋を汚したことと、教え子に掃除や片付けを手伝ってもらっていることについて叱っていく。その間、俺達は掃除や片付けの手を止め、霧嶋姉妹のことを黙って見続けた。
1
あなたにおすすめの小説
俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な大学生・藤堂蓮には忘れられない過去がある。高校時代、告白した幼馴染の星宮瑠奈に「アイドルになるから」とこっ酷くフラれたことだ。
数年後、瑠奈は国民的アイドル『LUNA』として輝いていた。遠い世界の住人になった彼女との再会なんて、あるはずもなかった――そう、変装した彼女が俺の前に現れ、「もう一度やり直したい」と泣きつくまでは。
トップアイドルの立場を使い強引に迫る元幼馴染と、過去の傷。揺れ動く俺の日常を照らしてくれたのは、俺の才能を信じてくれる後輩・朝霧陽葵の存在だった。
俺をフッた幼馴染か、俺を支える後輩か。過去の清算と未来の選択を描く、ほろ苦くも甘い、逆転ラブコメディ、開幕。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。
後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。
香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。
一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。
しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
∞
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の逢坂玲人は入学時から髪を金色に染め、無愛想なため一匹狼として高校生活を送っている。
入学して間もないある日の放課後、玲人は2年生の生徒会長・如月沙奈にロープで拘束されてしまう。それを解く鍵は彼女を抱きしめると約束することだった。ただ、玲人は上手く言いくるめて彼女から逃げることに成功する。そんな中、銀髪の美少女のアリス・ユメミールと出会い、お互いに好きな猫のことなどを通じて彼女と交流を深めていく。
しかし、沙奈も一度の失敗で諦めるような女の子ではない。玲人は沙奈に追いかけられる日々が始まる。
抱きしめて。生徒会に入って。口づけして。ヤンデレな沙奈からの様々な我が儘を通して見えてくるものは何なのか。見えた先には何があるのか。沙奈の好意が非常に強くも温かい青春ラブストーリー。
※タイトルは「むげん」と読みます。
※完結しました!(2020.7.29)
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ
桜庭かなめ
恋愛
高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。
あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。
3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。
出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!
※特別編5が完結しました!(2025.7.6)
※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった!
……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。
なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ!
秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。
「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」
クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない!
秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!
ポンコツ気味の学園のかぐや姫が僕へのラブコールにご熱心な件
鉄人じゅす
恋愛
平凡な男子高校生【山田太陽】にとっての日常は極めて容姿端麗で女性にモテる親友の恋模様を観察することだ。
ある時、太陽はその親友の妹からこんな言葉を隠れて聞くことになる。
「私ね……太陽さんのこと好きになったかもしれない」
親友の妹【神凪月夜】は千回告白されてもYESと言わない学園のかぐや姫と噂される笑顔がとても愛らしい美少女だった。
月夜を親友の妹としか見ていなかった太陽だったがその言葉から始まる月夜の熱烈なラブコールに日常は急変化する。
恋に対して空回り気味でポンコツを露呈する月夜に苦笑いしつつも、柔和で優しい笑顔に太陽はどんどん魅せられていく。
恋に不慣れな2人が互いに最も大切な人になるまでの話。
7月14日 本編完結です。
小説化になろう、カクヨム、マグネット、ノベルアップ+で掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる