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特別編4
第6話『ポニーテール』
霧嶋先生の家に来てからおよそ1時間。
部屋の片付けや掃除、洗濯、キッチンの掃除がようやく終わった。なので、俺達はテーブルの周りに座る。俺は美優先輩に約束の肩揉みをするために、先輩の後ろに膝立ちしているけど。あと、霧嶋先生は俺達に出す麦茶を用意するため、今はキッチンにいる。
また、大宮先生があと少しでここに来るとのこと。掃除と片付けの終わりが見えた頃に、霧嶋先生が誘ったそうだ。
「美優先輩、肩揉みを始めますね」
「お願いします。……あっ、気持ちいい。肩がほぐれていくし、疲れも取れていくよ」
あぁ……と、美優先輩は気持ち良さそうな声を上げる。
ちなみに、二葉さんは俺が肩揉みをしたことで「とてもスッキリしました!」と大喜びしていた。そんな二葉さんを見て、霧嶋先生が「肩揉みのコツを教えてほしいわ」と俺にお願いしてきたのが可愛らしかった。
「みんな、片付けと掃除を手伝ってくれてありがとう。とりあえず、冷たい麦茶を飲んで」
霧嶋先生は美優先輩達の前に麦茶の入ったコップやマグカップを置いていく。置き終わると、二葉さんの隣に座った。
風花達はさっそく麦茶を飲む。美優先輩もコップに手を伸ばしたので、一旦、肩揉みを止める。そんな俺に、先輩は麦茶の入ったコップを渡してくれた。そのときの先輩はいつもの優しい笑顔になっていた。
「冷たくて美味しいですっ!」
「美味しいね、風花ちゃん。掃除や片付けをして体が熱くなったもんね。あたし、結構疲れたわ」
「そうですか? あたしは休日のいい運動になりましたよ」
「さすがは部活でたくさん泳いでいるだけあって言うことが違うね。大量の洗濯物を干したから、私も結構疲れちゃった。由弦君はどう?」
「晴れている中、20分近く歩いて、キッチンの掃除をしましたからね。冷たい麦茶が体に沁みます」
「今日は晴れてなかなか暑いですからね」
みんな美味しそうに麦茶を飲んでいる。途中から来た二葉さんを含めて、掃除や片付けを頑張っていたからな。
「私が普段から、掃除や片付けをする習慣を身につけていれば、みんなが疲れるようなことにはならなかったのよね。これからはちゃんとするように心がけるわ」
申し訳なさそうな様子でそう言うと、霧嶋先生は麦茶を一口飲む。これを機に、少しでも掃除や片付けをする習慣が身につくといいな。優しそうな笑顔で二葉さんが霧嶋先生の頭を撫でると、先生は二葉さんに微笑みかけた。こうして隣同士に座り笑い合っている姿を見ると、姉妹だなと思う。
コップ半分ほどの麦茶を飲んで、俺は再び美優先輩の肩を揉み始める。
晴れている中、ここに来るまで20分ほど歩いたし、ベランダで洗濯物を干したからか、朝よりも先輩の匂いを強く感じる。髪型がポニーテールなのも影響しているのかな。
あと、こうして後ろから見てみると、先輩のうなじが凄く綺麗だと分かる。自宅で2人きりだったら触っていたかも。それに、この体勢でいると、ここに来る間の風花や花柳先輩のように、先輩のポニーテールを触ったり、ポニーテールで顔を叩かれたりしたい。
「……美優。背後から桐生君にじっと見つめられているわよ」
「そうなの?」
「真剣な表情で見ていましたよ。髪型が普段と違ってポニーテールだからでしょうかね。あたし達みたいに、結んだ髪で顔を叩かれたいと思っていそうです」
「……どうして分かるんだ」
「道路であたし達が叩かれているとき、由弦はしっかりと見ていたからね」
「風花ちゃんもそう思った? あたしも桐生君の視線を感じていたんだよね。美優の髪、柔らかくて気持ち良かったよね」
「気持ち良かったですよね~」
ね~、と2人で笑い合っている。実際、あのとき、2人は美優先輩の髪に顔を叩かれて気持ち良さそうにしていたな。俺が見ていたことに気付いていたのか。
「髪が柔らかくて気持ち良かったのでしたら、美優さんは罪に問われないでしょうね」
「……まったく、あなた達は高校生にもなって何をやっているんだか。桐生君もポニーテールで叩かれたいと思うなんて」
呆れた様子でそう言う霧嶋先生。
そんな姉とは対照的に、二葉さんは「ふふっ」と上品に笑う。
「あたしは3人の気持ち、分かりますけどね。友達の髪型が変わると、何だか触りたくなっちゃうんですよね。お姉ちゃんは忘れたかもしれませんが、小学生のときにお姉ちゃんの真似をしてポニーテールにしたら、可愛いと喜んで、結んだ髪をモフモフして、匂いをクンクン嗅いでいたじゃないですか。そのとき、お姉ちゃんは高校生だったかと。あのときは可愛かったですねぇ」
二葉さんは優しい笑みを浮かべながら、コップに残っていた麦茶を飲み干した。
妹に自分の過去を暴露されたからか、霧嶋先生の顔は見る見るうちに真っ赤になっていく。そんな先生のことを、風花と花柳先輩はニヤニヤしながら見ている。背後に立っているので美優先輩の表情は見えないけど、きっと先輩も笑っているに違いない。
「……そ、そんなこともあったかもしれないわ。友人や恋人の髪型が変わったら、興味が湧くのは自然なことね。ごめんなさい。さっきの発言は取り消すわ」
――ピンポーン!
「成実さんかもしれない」
霧嶋先生はすっと立ち上がり、モニターへ向かう。
それから程なくして、モニターのスピーカーから大宮先生の声が聞こえてきた。大宮先生が来たんだな。だからなのか、通話が終わると霧嶋先生は玄関の方に向かう。そんな先生を見て、風花と花柳先輩は、
『逃げたな』
と、声を揃えて呟いていた。
「由弦君。少し顔を下げて。結んだ髪で叩いてあげるから」
「ありがとうございます」
美優先輩の言う通りに顔を下げると、先輩は顔を左右に振ってくれる。そのことで、俺の顔に先輩の髪が何度も当たってきて。
「あぁ、先輩の髪……とても柔らかくて気持ちいいです。いい匂いもしますし」
「ふふっ、良かった。ただ、たくさん首を振ると気分が悪くなるから、このくらいでいいかな?」
「はい。ありがとうございました。肩凝りの続きをしますね」
顔を叩いてくれたお礼も兼ねて、俺は美優先輩の肩を丁寧に揉んでいく。ポニーテールの美優先輩の後ろ姿を改めて見ると……結構いいな。夏の間だけでも、定期的にポニーテールになってもらおうかな。
「みんな~! こんにちは~! 夏ですね~」
桃色の半袖のワンピース姿の大宮先生が姿を現した。今日は晴れているからか、大宮先生も夏らしい服装だ。胸元が少し大きめに開いているので、艶やかさも感じられるな。
俺達は先生に向かって声を揃えて『こんにちは~』と挨拶をする。
「ふふっ、みんないい返事でよろしい。二葉ちゃんは初めましてだね」
「初めまして、霧嶋二葉です。二橋大学法学部の2年です。姉がいつもお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそ。初めまして、大宮成実といいます。一佳ちゃんから話を聞いているかもしれないけど、あたしは彼女と一緒に陽出学院で教師をしていて。家庭科を教えているの。美優ちゃんと瑠衣ちゃんの担任で、2人と桐生君が入部している料理部の顧問をしているの」
「旅行のお土産を渡してくれたときに、成実さんのことも聞きました。とても優しくて、お姉さんのような先生だと。職場で少し年上の女性と繋がりができたのは、とても心強くて嬉しいと言っていました」
「あらあら~。二葉ちゃんにそんなことを言っていたのね」
「……ほ、本当のことを言ったまでです。成実さん、麦茶です」
「ふふっ、ありがとう。あたしも一佳ちゃんと同じ職場で働けて嬉しいよ。妹みたいで可愛いもの」
大宮先生は持ち前の柔らかくて優しい笑みを浮かべながら、霧嶋先生の頭を撫でた。そのことで、霧嶋先生の頬がほんのりと赤くなり、口元が緩む。
霧嶋先生のきょうだいは妹の二葉さんのみ。大宮先生はお兄さんと弟さんがいるんだっけ。だから、霧嶋先生にとっては姉のように、大宮先生にとっては妹のように思える人と出会えたのは嬉しいことなのだろう。実際、先生方は一緒にいたり、仲良く話したりする姿は何度も見たことがある。旅行中も2人は楽しそうだったな。
「あたしも一佳ちゃんから二葉ちゃんの話を聞いているわ。勉強も家事もよくできて、友人も多い自慢の妹だって褒めていたわ。スマホで写真を見せてくれたから姿は知ってた。そういえば、前にここへ遊びに来たとき、アルバムを見せてくれたわよね。二葉さんの写っている写真がたくさんあったわ」
二葉さんのことを自慢の妹と言うほどだ。これまでたくさん二葉さんの写真を撮ってきたのだろう。
二葉さんの話をたくさんしていると知られて照れくさいのか、霧嶋先生は頬を赤くして二葉さんをチラチラ見ている。二葉さんが来てからあまり時間が経っていないけど、普段とは違う霧嶋先生を何度も見ることができている。家族が近くにいるからだろうか。
「アルバムがあるんですか! 一佳先生! あたし、アルバム見たいです!」
「風花ちゃんに同じ!」
「私も興味がありますね」
「分かったわ」
俺も霧嶋先生の学生時代がどういった雰囲気なのか興味があるな。二葉さんの写真も多いようだし。
「由弦君。肩の方はスッキリしたから、隣に座って一緒にアルバム見よう」
「分かりました」
俺は美優先輩の隣に座る。すると、少しだけ美優先輩が寄り掛かってくる。凄く可愛いな。
霧嶋先生は本棚から赤いアルバムを取り出して、テーブルに置く。
風花がアルバムを開くと、そこには保育園の制服を着たポニーテールの女の子の写真が。笑顔でピースをしていてとても可愛らしい。桜の形をした名札には『きりしまいちか』と描かれているので、この子は保育園時代の霧嶋先生か。
「保育園時代の一佳先生、凄く可愛いですね!」
「そうだね、風花ちゃん! 笑顔でピースをしているなんて、今の一佳先生からだと考えられないですよね」
「学校での一佳先生はクールで真面目だからね。でも、酔っ払うといつも笑顔だから、私は先生らしいなって思ったよ」
「酔っ払う一佳ちゃんも可愛いわよね~」
「実家にいる頃、お姉ちゃんはお酒を呑むと、いつも微笑んでました」
「酔っ払ったときのことを思い出せば、霧嶋先生らしいですね。あと、可愛いですね」
俺達がそれぞれ感想を言ったからか、霧嶋先生は頬を赤くして視線をちらつかせている。
「……以前、雫さんと心愛さんが持ってきたアルバムやホームビデオを見たとき、桐生君が恥ずかしがったり、複雑な表情を浮かべたりした気持ちが分かったわ」
「そうですか。……何か恥ずかしいんですよね。自分の過去の姿をみんなに見られて、感想を言われるのって」
「そうね。……もうお昼時だし、掃除や片付けをしてくれたお礼も兼ねてお昼ご飯を作るわ。夏になったし、今日は暑いからそうめんにしようと思っているのだけれど」
部屋にかかっている時計を見ると……正午近くか。実家にいる頃も、夏になるとそうめんをよく食べていたなぁ。たまに、そうめんの上に缶詰のみかんを乗せることもあったっけ。
あと、お昼ご飯を作るのを口実にして、キッチンに逃げたいのだろう。その気持ち……よく分かりますよ。
「そうめんいいですね、霧嶋先生」
「でしょう? 賛成の人は挙手。何か他のものを食べたい人は遠慮なく言ってください」
霧嶋先生がそう言うので、俺はすぐに手を挙げる。
周りを見てみると、美優先輩達の手が続々と挙がっていく。
「……全員賛成ね。では、お昼ご飯にそうめんを作りましょう」
「一佳ちゃん、あたし手伝うよ。7人分作るのは大変だろうし。あと、錦糸卵とかわかめとか、めんつゆに入れる具や薬味も用意するわ」
「お気持ちは嬉しいですが……いいんですか? 成実さんはここに来てからあまり時間が経っていないですし」
「気にしないで。お料理は大好きだし。それに、みんなは掃除や後片付けをしたのに、あたしだけ何もしないのは落ち着かなくて。あと、一佳ちゃんと一緒にキッチンに立ちたい願望もあるの」
穏やかな笑みを浮かべながらそう言う大宮先生。一緒にキッチンに立ちたいと言うなんて。それだけ霧嶋先生のことが好きなんだろうな。
提案したのが大宮先生だからか、霧嶋先生は優しげな表情になる。
「そういうことでしたら、お願いします。そうめんですけど、7人分ですし、料理部顧問の成実さんが一緒だと心強いです」
「うん! じゃあ、一緒に作ろうね。もちろん、学校でも遠慮なく頼っていいよ」
「……そうですね。では、私と成実さんでお昼ご飯を作るから、できあがるまで、あなた達はアルバムを見るなどしてゆっくりしていなさいね」
『はーい!』
女子高生3人と二葉さんは元気に返事している。そうめんがそこまで楽しみなのかな。そんなことを思いながら、コップに残っていた麦茶を全部飲んだ。
部屋の片付けや掃除、洗濯、キッチンの掃除がようやく終わった。なので、俺達はテーブルの周りに座る。俺は美優先輩に約束の肩揉みをするために、先輩の後ろに膝立ちしているけど。あと、霧嶋先生は俺達に出す麦茶を用意するため、今はキッチンにいる。
また、大宮先生があと少しでここに来るとのこと。掃除と片付けの終わりが見えた頃に、霧嶋先生が誘ったそうだ。
「美優先輩、肩揉みを始めますね」
「お願いします。……あっ、気持ちいい。肩がほぐれていくし、疲れも取れていくよ」
あぁ……と、美優先輩は気持ち良さそうな声を上げる。
ちなみに、二葉さんは俺が肩揉みをしたことで「とてもスッキリしました!」と大喜びしていた。そんな二葉さんを見て、霧嶋先生が「肩揉みのコツを教えてほしいわ」と俺にお願いしてきたのが可愛らしかった。
「みんな、片付けと掃除を手伝ってくれてありがとう。とりあえず、冷たい麦茶を飲んで」
霧嶋先生は美優先輩達の前に麦茶の入ったコップやマグカップを置いていく。置き終わると、二葉さんの隣に座った。
風花達はさっそく麦茶を飲む。美優先輩もコップに手を伸ばしたので、一旦、肩揉みを止める。そんな俺に、先輩は麦茶の入ったコップを渡してくれた。そのときの先輩はいつもの優しい笑顔になっていた。
「冷たくて美味しいですっ!」
「美味しいね、風花ちゃん。掃除や片付けをして体が熱くなったもんね。あたし、結構疲れたわ」
「そうですか? あたしは休日のいい運動になりましたよ」
「さすがは部活でたくさん泳いでいるだけあって言うことが違うね。大量の洗濯物を干したから、私も結構疲れちゃった。由弦君はどう?」
「晴れている中、20分近く歩いて、キッチンの掃除をしましたからね。冷たい麦茶が体に沁みます」
「今日は晴れてなかなか暑いですからね」
みんな美味しそうに麦茶を飲んでいる。途中から来た二葉さんを含めて、掃除や片付けを頑張っていたからな。
「私が普段から、掃除や片付けをする習慣を身につけていれば、みんなが疲れるようなことにはならなかったのよね。これからはちゃんとするように心がけるわ」
申し訳なさそうな様子でそう言うと、霧嶋先生は麦茶を一口飲む。これを機に、少しでも掃除や片付けをする習慣が身につくといいな。優しそうな笑顔で二葉さんが霧嶋先生の頭を撫でると、先生は二葉さんに微笑みかけた。こうして隣同士に座り笑い合っている姿を見ると、姉妹だなと思う。
コップ半分ほどの麦茶を飲んで、俺は再び美優先輩の肩を揉み始める。
晴れている中、ここに来るまで20分ほど歩いたし、ベランダで洗濯物を干したからか、朝よりも先輩の匂いを強く感じる。髪型がポニーテールなのも影響しているのかな。
あと、こうして後ろから見てみると、先輩のうなじが凄く綺麗だと分かる。自宅で2人きりだったら触っていたかも。それに、この体勢でいると、ここに来る間の風花や花柳先輩のように、先輩のポニーテールを触ったり、ポニーテールで顔を叩かれたりしたい。
「……美優。背後から桐生君にじっと見つめられているわよ」
「そうなの?」
「真剣な表情で見ていましたよ。髪型が普段と違ってポニーテールだからでしょうかね。あたし達みたいに、結んだ髪で顔を叩かれたいと思っていそうです」
「……どうして分かるんだ」
「道路であたし達が叩かれているとき、由弦はしっかりと見ていたからね」
「風花ちゃんもそう思った? あたしも桐生君の視線を感じていたんだよね。美優の髪、柔らかくて気持ち良かったよね」
「気持ち良かったですよね~」
ね~、と2人で笑い合っている。実際、あのとき、2人は美優先輩の髪に顔を叩かれて気持ち良さそうにしていたな。俺が見ていたことに気付いていたのか。
「髪が柔らかくて気持ち良かったのでしたら、美優さんは罪に問われないでしょうね」
「……まったく、あなた達は高校生にもなって何をやっているんだか。桐生君もポニーテールで叩かれたいと思うなんて」
呆れた様子でそう言う霧嶋先生。
そんな姉とは対照的に、二葉さんは「ふふっ」と上品に笑う。
「あたしは3人の気持ち、分かりますけどね。友達の髪型が変わると、何だか触りたくなっちゃうんですよね。お姉ちゃんは忘れたかもしれませんが、小学生のときにお姉ちゃんの真似をしてポニーテールにしたら、可愛いと喜んで、結んだ髪をモフモフして、匂いをクンクン嗅いでいたじゃないですか。そのとき、お姉ちゃんは高校生だったかと。あのときは可愛かったですねぇ」
二葉さんは優しい笑みを浮かべながら、コップに残っていた麦茶を飲み干した。
妹に自分の過去を暴露されたからか、霧嶋先生の顔は見る見るうちに真っ赤になっていく。そんな先生のことを、風花と花柳先輩はニヤニヤしながら見ている。背後に立っているので美優先輩の表情は見えないけど、きっと先輩も笑っているに違いない。
「……そ、そんなこともあったかもしれないわ。友人や恋人の髪型が変わったら、興味が湧くのは自然なことね。ごめんなさい。さっきの発言は取り消すわ」
――ピンポーン!
「成実さんかもしれない」
霧嶋先生はすっと立ち上がり、モニターへ向かう。
それから程なくして、モニターのスピーカーから大宮先生の声が聞こえてきた。大宮先生が来たんだな。だからなのか、通話が終わると霧嶋先生は玄関の方に向かう。そんな先生を見て、風花と花柳先輩は、
『逃げたな』
と、声を揃えて呟いていた。
「由弦君。少し顔を下げて。結んだ髪で叩いてあげるから」
「ありがとうございます」
美優先輩の言う通りに顔を下げると、先輩は顔を左右に振ってくれる。そのことで、俺の顔に先輩の髪が何度も当たってきて。
「あぁ、先輩の髪……とても柔らかくて気持ちいいです。いい匂いもしますし」
「ふふっ、良かった。ただ、たくさん首を振ると気分が悪くなるから、このくらいでいいかな?」
「はい。ありがとうございました。肩凝りの続きをしますね」
顔を叩いてくれたお礼も兼ねて、俺は美優先輩の肩を丁寧に揉んでいく。ポニーテールの美優先輩の後ろ姿を改めて見ると……結構いいな。夏の間だけでも、定期的にポニーテールになってもらおうかな。
「みんな~! こんにちは~! 夏ですね~」
桃色の半袖のワンピース姿の大宮先生が姿を現した。今日は晴れているからか、大宮先生も夏らしい服装だ。胸元が少し大きめに開いているので、艶やかさも感じられるな。
俺達は先生に向かって声を揃えて『こんにちは~』と挨拶をする。
「ふふっ、みんないい返事でよろしい。二葉ちゃんは初めましてだね」
「初めまして、霧嶋二葉です。二橋大学法学部の2年です。姉がいつもお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそ。初めまして、大宮成実といいます。一佳ちゃんから話を聞いているかもしれないけど、あたしは彼女と一緒に陽出学院で教師をしていて。家庭科を教えているの。美優ちゃんと瑠衣ちゃんの担任で、2人と桐生君が入部している料理部の顧問をしているの」
「旅行のお土産を渡してくれたときに、成実さんのことも聞きました。とても優しくて、お姉さんのような先生だと。職場で少し年上の女性と繋がりができたのは、とても心強くて嬉しいと言っていました」
「あらあら~。二葉ちゃんにそんなことを言っていたのね」
「……ほ、本当のことを言ったまでです。成実さん、麦茶です」
「ふふっ、ありがとう。あたしも一佳ちゃんと同じ職場で働けて嬉しいよ。妹みたいで可愛いもの」
大宮先生は持ち前の柔らかくて優しい笑みを浮かべながら、霧嶋先生の頭を撫でた。そのことで、霧嶋先生の頬がほんのりと赤くなり、口元が緩む。
霧嶋先生のきょうだいは妹の二葉さんのみ。大宮先生はお兄さんと弟さんがいるんだっけ。だから、霧嶋先生にとっては姉のように、大宮先生にとっては妹のように思える人と出会えたのは嬉しいことなのだろう。実際、先生方は一緒にいたり、仲良く話したりする姿は何度も見たことがある。旅行中も2人は楽しそうだったな。
「あたしも一佳ちゃんから二葉ちゃんの話を聞いているわ。勉強も家事もよくできて、友人も多い自慢の妹だって褒めていたわ。スマホで写真を見せてくれたから姿は知ってた。そういえば、前にここへ遊びに来たとき、アルバムを見せてくれたわよね。二葉さんの写っている写真がたくさんあったわ」
二葉さんのことを自慢の妹と言うほどだ。これまでたくさん二葉さんの写真を撮ってきたのだろう。
二葉さんの話をたくさんしていると知られて照れくさいのか、霧嶋先生は頬を赤くして二葉さんをチラチラ見ている。二葉さんが来てからあまり時間が経っていないけど、普段とは違う霧嶋先生を何度も見ることができている。家族が近くにいるからだろうか。
「アルバムがあるんですか! 一佳先生! あたし、アルバム見たいです!」
「風花ちゃんに同じ!」
「私も興味がありますね」
「分かったわ」
俺も霧嶋先生の学生時代がどういった雰囲気なのか興味があるな。二葉さんの写真も多いようだし。
「由弦君。肩の方はスッキリしたから、隣に座って一緒にアルバム見よう」
「分かりました」
俺は美優先輩の隣に座る。すると、少しだけ美優先輩が寄り掛かってくる。凄く可愛いな。
霧嶋先生は本棚から赤いアルバムを取り出して、テーブルに置く。
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「そうだね、風花ちゃん! 笑顔でピースをしているなんて、今の一佳先生からだと考えられないですよね」
「学校での一佳先生はクールで真面目だからね。でも、酔っ払うといつも笑顔だから、私は先生らしいなって思ったよ」
「酔っ払う一佳ちゃんも可愛いわよね~」
「実家にいる頃、お姉ちゃんはお酒を呑むと、いつも微笑んでました」
「酔っ払ったときのことを思い出せば、霧嶋先生らしいですね。あと、可愛いですね」
俺達がそれぞれ感想を言ったからか、霧嶋先生は頬を赤くして視線をちらつかせている。
「……以前、雫さんと心愛さんが持ってきたアルバムやホームビデオを見たとき、桐生君が恥ずかしがったり、複雑な表情を浮かべたりした気持ちが分かったわ」
「そうですか。……何か恥ずかしいんですよね。自分の過去の姿をみんなに見られて、感想を言われるのって」
「そうね。……もうお昼時だし、掃除や片付けをしてくれたお礼も兼ねてお昼ご飯を作るわ。夏になったし、今日は暑いからそうめんにしようと思っているのだけれど」
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霧嶋先生がそう言うので、俺はすぐに手を挙げる。
周りを見てみると、美優先輩達の手が続々と挙がっていく。
「……全員賛成ね。では、お昼ご飯にそうめんを作りましょう」
「一佳ちゃん、あたし手伝うよ。7人分作るのは大変だろうし。あと、錦糸卵とかわかめとか、めんつゆに入れる具や薬味も用意するわ」
「お気持ちは嬉しいですが……いいんですか? 成実さんはここに来てからあまり時間が経っていないですし」
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「うん! じゃあ、一緒に作ろうね。もちろん、学校でも遠慮なく頼っていいよ」
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18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。