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第39話『お見舞い-前編-』
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放課後。
待望の放課後である。時間の進みがやけに遅かったので、いつもの金曜日に比べてより開放的な気分に浸っている。
「さあ、紙透! 氷織のお見舞いに行くわよっ!」
終礼が終わってすぐ、バッグを持った火村さんが俺のところに来て、ハキハキとした声でそう言った。そんな火村さんの目はとても輝いている。どうやら、火村さんも放課後が待ち遠しかったようだ。
俺はバッグを持って、自分の席からゆっくりと立ち上がる。
「行こうか、火村さん。和男、また月曜な。部活頑張って」
「またね、倉木」
「おう! またな! 青山によろしく伝えておいてくれ!」
和男の屈託のない笑顔が眩しい。今日はずっと曇天で、朝は小雨が降っていたからだろうか。
清水さんにも声を掛け、俺は火村さんと一緒に2年2組の教室を出る。葉月さんとの待ち合わせ場所である昇降口に向かう。
そういえば、火村さんと2人きりで歩くのっていつ以来だろう? 遊園地では氷織が一緒にいたし。お試しで付き合っているなら別れろって言われたときかな。
「紙透。今朝に比べたら顔色が良くなったわね。安心したわ」
「もうすぐ氷織に会えるからな。もしかして、今日は授業中に俺をたくさん見ていたのは、俺の体調を心配してくれていたからか? 今朝も体調を気遣ってくれていたし」
俺がそう言うと、火村さんは頬をほんのりと赤くして、俺のことをチラチラと見てくる。
「ま、まあ……そんなところね。あなたも体調を崩して、お見舞いに行けなくなったら氷織が悲しむだろうから」
「そっか。ありがとう、火村さん」
「ど、どうもっ!」
火村さんの頬の赤みはさらに強くなり、火村さんは俺のことを見なくなった。照れくさいのかな。しおらしい姿が可愛らしい。
昇降口に行くと、葉月さんの姿はまだなかった。なので、俺達は昇降口の出口の近くで葉月さんを待つことに。扉が開いているから、外の肌寒さを感じる。
氷織が休んでいることは広まっていると思う。昇降口の出口付近とはいえ、火村さんと2人きりで待っているこの状況を、チラッと見てくる生徒は少なくない。それでも、火村さんは嫌そうにしたり、居心地が悪そうだったりする様子は見せなかった。少し俯く火村さんの口角はちょっと上がっている。もうすぐ氷織に会えるからかな。火村さんを見ていると、心がほんのりと温まった。
「遅れて申し訳ないッス! 担任が教室に来るのが遅くて、帰りのホームルームがなかなか始まらなかったッス」
待ち始めてから数分ほどで、葉月さんがやってきた。待たせてしまったことの申し訳なさもあってか、葉月さんは苦笑いを見せている。
「べ、別にいいわよ。うちの担任も来るのが遅いこともあるし」
「そうだね。待っているのは数分くらいだったし、全然いいよ」
「そうッスか。どうもッス。じゃあ、さっそく行くッスよ!」
「行きましょう!」
いよいよお見舞いに行くから、火村さんは凄く元気に。
俺達3人は学校に後にして、氷織の家へ。今朝と変わらず肌寒いなぁ。弱いけど風が吹いているから、今朝より肌寒いかも。
氷織の家へは笠ヶ谷駅の構内を通過するルートで向かう。前に氷織の家へお家デートしたときは、いつもの高架下から向かったので何だか新鮮だ。
氷織の家の近くにあるコンビニで、プリンとバナナ、スポーツドリンクを購入。
お試しでも彼氏だから、俺が全額出すと言ったのだが、火村さんが自分も出すと譲らなかった。葉月さんも「自分だけ出さないのは申し訳ないッス」と言うので、最終的に代金は三等分する形で落ち着いた。
俺達は氷織の家に到着する。
火村さんがインターホンを押すと、すぐに陽子さんが玄関から出てきた。陽子さんは俺達に優しく微笑みかけてくれる。
「みんな、お見舞いに来てくれてありがとう」
「いえいえ! 大切な友人ですから、お母様!」
大きめの声でそう言う火村さん。あと、陽子さんのことをお母様と呼んでいるのか。火村さんの中では『お義母様』と思っていたりして。
「陽子さん。氷織の具合はどうですか?」
「さっき様子を見たら、今朝に比べて良くなっているわ。病院で処方された薬を飲んで、よく寝たからかな。今朝は高熱が出て、だるさもあって喉の調子も悪かったの」
「それを聞いて一安心ッス」
「良かったわ」
「そうだね。あと、自転車のことなのですが、今は家の門の側で、壁に沿って置いています。それで大丈夫ですか?」
「うちの庭に置いていいわよ。盗難防止のためにもね。これからも、自転車で来たときにはそうしなさい」
「分かりました。ありがとうございます」
陽子さんのご厚意で、俺は自転車を青山家の庭に置かせてもらう。
俺達は氷織の家にお邪魔して、2階にある氷織の部屋の前まで向かう。俺が部屋の扉をノックすると、
『……はい』
と、部屋の中から小さな声で氷織の返事が聞こえてきた。今日は学校を欠席していたので、今の声を聞くだけで何か安心する。
「紙透です。火村さんと葉月さんと一緒にお見舞いに来たよ。プリンとバナナ、スポーツドリンクを買ってきた。入ってもいいかな?」
『……どうぞ』
「ありがとう。失礼します」
俺は部屋の扉をゆっくりと開き、部屋の照明を付ける。すると、ベッドに入りながらこちらを向いている氷織の姿が見えた。あと、暖房を付けているからか、部屋の中はとても暖かい。
氷織は掛け布団から顔だけ出しており、その顔は全体的に軽く赤みを帯びていた。おそらく、今も熱があるのだろう。あと、寝ていたからか、いつも付けている氷の結晶のヘアピンもない。何の髪飾りを付けていない氷織も素敵だ。そんな氷織の側には、三毛猫と萩窪デートでプレゼントした茶トラのハチ割れ猫のぬいぐるみが。
「……みなさん、いらっしゃい」
「こんにちは、氷織。具合はどうかな? 今朝は高熱が出たって陽子さんから聞いたけど」
「ずっとベッドに入っていたから……今も熱いですね。でも、朝とは違って嫌な感じの熱さではないですね」
「そっか」
おそらく、病院で処方された薬が効いているのだろう。少なくとも、朝に比べたら体調は良くなっていそうだ。
氷織は俺達のことを見ると、やんわりと微笑む。
「今日はお見舞いに来てくれてありがとうございます。あと、ご心配とご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
「気にしないで。それに、お見舞いを楽しみに今日の学校を頑張ったくらいだ」
「そうね。それに、あたし達3人はバイトのシフトもなかったからね。氷織に会いたくてここに来たの」
「ヒム子の言う通りッスね。あと、部活がある倉木君とみうみうがよろしくと言っていたッス」
「……ありがとうございます。メッセージを見るのもいいですが、実際に顔を見る方がより元気になりますね」
氷織の微笑みが嬉しそうなものに変わる。氷織に元気を与えられたのが嬉しい。もし、俺が風邪を引いて、氷織達がお見舞いに来てくれたら元気出るだろうなぁ。
「氷織。熱を測りましょうか」
「……そうですね。午前中に処方された薬を飲んでから、ついさっきまで寝ていましたし」
「ということは数時間ほど眠れたッスか。眠れることはいいことッスね」
葉月さんの言う通りだな。眠れるのはいいことだと思う。
「氷織。今日、授業やホームルームで何枚かプリントをもらったから、勉強机の上に置いておくね。透明なクリアファイルに入れてあるから」
「分かりました。明斗さん」
俺は勉強机に行き、自分のバッグから氷織の分のプリントが入ったクリアファイルを取り出す。授業などでプリントをもらうかもしれないので、それをまとめるためのクリアファイルを家から持ってきておいたのだ。
万が一、今の会話を氷織が忘れるかもしれないので、持っている付箋に『5/7(金)に学校でもらったプリントです。 明斗』と書き、クリアファイルに貼り付けた。
自分のバッグを部屋の端の方に置き、ベッドの方を見る。
すると、氷織はベッドの上に座って体温を測っていた。あと、氷織は水色の寝間着を着ているんだ。よく似合っているなぁ。寝間着姿を見るのはこれが初めてだ。
――ピピッ。
という電子音がベッドの方から聞こえてきた。氷織の体温計だろうか。そんな俺の予想が当たったようで、氷織は体温計を手に取る。
「……37度2分です」
「微熱ッスね」
「そうね。氷織の額……まだちょっと熱いし」
そう言い、火村さんは左手を氷織の額に当てている。
「ただ、これでも結構下がったかと。今朝は38度6分ありましたから」
「それを聞くと……結構下がったね。他の症状はどうだろう? 陽子さんの話だと、だるさがあって、喉の調子が悪かったそうだけど」
「だるさはだいぶなくなりました。喉はまだ違和感がありますけど、今朝に比べたらマシになっていますね」
「そうか。今朝よりも体調が良くなってきているみたいだね」
「一安心だわ。氷織、あたし達に何かしてほしいことはある?」
「遠慮せずに言っていいッスよ」
氷織は病人なんだし、俺達に甘えてきてほしい。俺達は氷織の要望に全力で応えるつもりでいる。
うーん……と氷織は小さく声を漏らし、
「……あ、汗を拭いてほしいです。朝からついさっきまで寝ていたので、汗掻いちゃって。テーブルにあるバスタオルで拭いてくれますか。あと、新しい服に着替えたいです」
「了解ッス」
「お安いご用だわ!」
「ありがとうございます。なので、明斗さんは、その……部屋の外で待ってもらってもいいですか? 脱いだ姿を見られるのは恥ずかしいので……」
「分かった」
お試しの恋人として付き合っているけど、男の俺に寝間着とかを脱いだ姿を見られるのは恥ずかしいよな。
「じゃあ、外で待っているよ。火村さん、行こうか」
「ちょっと待ちなさい。どうしてあたしも一緒に外へ出るのよ。あたし、紙透と違って女なんですけど。昨日の体育でも、更衣室で隣同士で着替えたんですけど」
「いや、下着姿とか裸の氷織を見たら、何をしでかすか分からないし……」
「そ、そ、そんなことしないわよっ!」
顔を真っ赤にし、言葉を詰まらせて言われてもいまいち信憑性がねぇ。過去には同意を得たとはいえ、氷織の下着を見せてもらって興奮した人だし。
「まあ、あたしもいるから安心していいッスよ。1人よりも2人の方がやりやすいのは確かッスから。それに、ヒム子は氷織に関しては変態ッスけど、好きな女の子が嫌がることはしないッスから」
「沙綾……」
火村さん……嬉しそうな笑顔になって葉月さんを見つめている。あと、変態って言われているのにツッコまないってことは、その自覚があるってことかな。
まあ、氷織への想いが分かってから、火村さんは氷織が嫌がることをしたのは見たことない。氷織に注意された行動はちゃんと直すし。葉月さんもいるし、とりあえずは任せてみるか。
「分かった。じゃあ、俺だけ部屋を出るよ。火村さん、気をつけてね。葉月さん、色々とよろしく」
「了解ッス」
俺は一人で氷織の部屋を出る。火村さんの様子が分かりやすいように、扉のすぐ正面の壁に寄り掛かって立つ。
『あたしが寝間着と下着を脱がせるので、ヒム子は新しい寝間着と下着をタンスから出してほしいッス。連休中に見たから、どこに何が入っているか分かっているッスよね?』
『もちろん! 氷織、あたしが選んでいいかしら?』
『はい、お任せします。ただ、下着はナイトブラでお願いします』
『任されたわ!』
火村さんの元気な返事がよく聞こえる。今頃、ウキウキしながらタンスから新しい下着と寝間着を取り出しているのだろう。
あと、葉月さんは火村さんに物事を指示するのが上手だな。服を脱がせる方が氷織に密着できるけど、それを回避させた。この様子なら、葉月さんがいれば大丈夫そうか。
『新しい下着と寝間着を選んだわよ……って、美しすぎるわ! 氷織の体! 肌も白くて最高よっ!』
きゃあっ! と火村さんの黄色い声が上がる。そのおかげで、部屋の中の状況が何となく把握できてしまう。
あと……そうですか。氷織は白くて美しいお体ですか。それを聞いて、俺のお顔はきっと赤くなっておりますよ。
『は、恥ずかしいです……』
『興奮するのは分かるッスけど、外には紙透君もいるッスから、大声を出さない方がいいッスよ。まあ、紙透君はお試しの彼氏ッスけど……』
『そ、そうね。それにしても、下着のサイズを見て分かってはいたけど……氷織の胸って大きいのね。形も美しいわ。これがE……』
『ひおりんが羨ましいッス』
美しくて大きくてEですか。そうですか。覚えてはいけないだろうけど、もう忘れられないだろう。
『じゃあ、バスタオルで汗を拭いていくッスよ』
『お願いします』
『あ、あたしも拭きたいわっ』
『じゃあ……ヒム子には両脚を拭いてもらうッス。それなら変態行為はできないと思うッスから』
『分かったわ! それまでは氷織の側でにお……見守っているわ!』
ちょっと火村さん? 君……今、氷織の側で匂いを嗅ぐって言いかけなかった? やっぱり、君と一緒に部屋を出るべきだったかな?
それからも、耳を凝らしながら廊下での時間を過ごす。
火村さんの暴走が心配だったけど、たまに火村さんが黄色い声を出すだけで、氷織が嫌がったり、葉月さんが叱ったりする声は聞こえてこなかったのであった。
待望の放課後である。時間の進みがやけに遅かったので、いつもの金曜日に比べてより開放的な気分に浸っている。
「さあ、紙透! 氷織のお見舞いに行くわよっ!」
終礼が終わってすぐ、バッグを持った火村さんが俺のところに来て、ハキハキとした声でそう言った。そんな火村さんの目はとても輝いている。どうやら、火村さんも放課後が待ち遠しかったようだ。
俺はバッグを持って、自分の席からゆっくりと立ち上がる。
「行こうか、火村さん。和男、また月曜な。部活頑張って」
「またね、倉木」
「おう! またな! 青山によろしく伝えておいてくれ!」
和男の屈託のない笑顔が眩しい。今日はずっと曇天で、朝は小雨が降っていたからだろうか。
清水さんにも声を掛け、俺は火村さんと一緒に2年2組の教室を出る。葉月さんとの待ち合わせ場所である昇降口に向かう。
そういえば、火村さんと2人きりで歩くのっていつ以来だろう? 遊園地では氷織が一緒にいたし。お試しで付き合っているなら別れろって言われたときかな。
「紙透。今朝に比べたら顔色が良くなったわね。安心したわ」
「もうすぐ氷織に会えるからな。もしかして、今日は授業中に俺をたくさん見ていたのは、俺の体調を心配してくれていたからか? 今朝も体調を気遣ってくれていたし」
俺がそう言うと、火村さんは頬をほんのりと赤くして、俺のことをチラチラと見てくる。
「ま、まあ……そんなところね。あなたも体調を崩して、お見舞いに行けなくなったら氷織が悲しむだろうから」
「そっか。ありがとう、火村さん」
「ど、どうもっ!」
火村さんの頬の赤みはさらに強くなり、火村さんは俺のことを見なくなった。照れくさいのかな。しおらしい姿が可愛らしい。
昇降口に行くと、葉月さんの姿はまだなかった。なので、俺達は昇降口の出口の近くで葉月さんを待つことに。扉が開いているから、外の肌寒さを感じる。
氷織が休んでいることは広まっていると思う。昇降口の出口付近とはいえ、火村さんと2人きりで待っているこの状況を、チラッと見てくる生徒は少なくない。それでも、火村さんは嫌そうにしたり、居心地が悪そうだったりする様子は見せなかった。少し俯く火村さんの口角はちょっと上がっている。もうすぐ氷織に会えるからかな。火村さんを見ていると、心がほんのりと温まった。
「遅れて申し訳ないッス! 担任が教室に来るのが遅くて、帰りのホームルームがなかなか始まらなかったッス」
待ち始めてから数分ほどで、葉月さんがやってきた。待たせてしまったことの申し訳なさもあってか、葉月さんは苦笑いを見せている。
「べ、別にいいわよ。うちの担任も来るのが遅いこともあるし」
「そうだね。待っているのは数分くらいだったし、全然いいよ」
「そうッスか。どうもッス。じゃあ、さっそく行くッスよ!」
「行きましょう!」
いよいよお見舞いに行くから、火村さんは凄く元気に。
俺達3人は学校に後にして、氷織の家へ。今朝と変わらず肌寒いなぁ。弱いけど風が吹いているから、今朝より肌寒いかも。
氷織の家へは笠ヶ谷駅の構内を通過するルートで向かう。前に氷織の家へお家デートしたときは、いつもの高架下から向かったので何だか新鮮だ。
氷織の家の近くにあるコンビニで、プリンとバナナ、スポーツドリンクを購入。
お試しでも彼氏だから、俺が全額出すと言ったのだが、火村さんが自分も出すと譲らなかった。葉月さんも「自分だけ出さないのは申し訳ないッス」と言うので、最終的に代金は三等分する形で落ち着いた。
俺達は氷織の家に到着する。
火村さんがインターホンを押すと、すぐに陽子さんが玄関から出てきた。陽子さんは俺達に優しく微笑みかけてくれる。
「みんな、お見舞いに来てくれてありがとう」
「いえいえ! 大切な友人ですから、お母様!」
大きめの声でそう言う火村さん。あと、陽子さんのことをお母様と呼んでいるのか。火村さんの中では『お義母様』と思っていたりして。
「陽子さん。氷織の具合はどうですか?」
「さっき様子を見たら、今朝に比べて良くなっているわ。病院で処方された薬を飲んで、よく寝たからかな。今朝は高熱が出て、だるさもあって喉の調子も悪かったの」
「それを聞いて一安心ッス」
「良かったわ」
「そうだね。あと、自転車のことなのですが、今は家の門の側で、壁に沿って置いています。それで大丈夫ですか?」
「うちの庭に置いていいわよ。盗難防止のためにもね。これからも、自転車で来たときにはそうしなさい」
「分かりました。ありがとうございます」
陽子さんのご厚意で、俺は自転車を青山家の庭に置かせてもらう。
俺達は氷織の家にお邪魔して、2階にある氷織の部屋の前まで向かう。俺が部屋の扉をノックすると、
『……はい』
と、部屋の中から小さな声で氷織の返事が聞こえてきた。今日は学校を欠席していたので、今の声を聞くだけで何か安心する。
「紙透です。火村さんと葉月さんと一緒にお見舞いに来たよ。プリンとバナナ、スポーツドリンクを買ってきた。入ってもいいかな?」
『……どうぞ』
「ありがとう。失礼します」
俺は部屋の扉をゆっくりと開き、部屋の照明を付ける。すると、ベッドに入りながらこちらを向いている氷織の姿が見えた。あと、暖房を付けているからか、部屋の中はとても暖かい。
氷織は掛け布団から顔だけ出しており、その顔は全体的に軽く赤みを帯びていた。おそらく、今も熱があるのだろう。あと、寝ていたからか、いつも付けている氷の結晶のヘアピンもない。何の髪飾りを付けていない氷織も素敵だ。そんな氷織の側には、三毛猫と萩窪デートでプレゼントした茶トラのハチ割れ猫のぬいぐるみが。
「……みなさん、いらっしゃい」
「こんにちは、氷織。具合はどうかな? 今朝は高熱が出たって陽子さんから聞いたけど」
「ずっとベッドに入っていたから……今も熱いですね。でも、朝とは違って嫌な感じの熱さではないですね」
「そっか」
おそらく、病院で処方された薬が効いているのだろう。少なくとも、朝に比べたら体調は良くなっていそうだ。
氷織は俺達のことを見ると、やんわりと微笑む。
「今日はお見舞いに来てくれてありがとうございます。あと、ご心配とご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
「気にしないで。それに、お見舞いを楽しみに今日の学校を頑張ったくらいだ」
「そうね。それに、あたし達3人はバイトのシフトもなかったからね。氷織に会いたくてここに来たの」
「ヒム子の言う通りッスね。あと、部活がある倉木君とみうみうがよろしくと言っていたッス」
「……ありがとうございます。メッセージを見るのもいいですが、実際に顔を見る方がより元気になりますね」
氷織の微笑みが嬉しそうなものに変わる。氷織に元気を与えられたのが嬉しい。もし、俺が風邪を引いて、氷織達がお見舞いに来てくれたら元気出るだろうなぁ。
「氷織。熱を測りましょうか」
「……そうですね。午前中に処方された薬を飲んでから、ついさっきまで寝ていましたし」
「ということは数時間ほど眠れたッスか。眠れることはいいことッスね」
葉月さんの言う通りだな。眠れるのはいいことだと思う。
「氷織。今日、授業やホームルームで何枚かプリントをもらったから、勉強机の上に置いておくね。透明なクリアファイルに入れてあるから」
「分かりました。明斗さん」
俺は勉強机に行き、自分のバッグから氷織の分のプリントが入ったクリアファイルを取り出す。授業などでプリントをもらうかもしれないので、それをまとめるためのクリアファイルを家から持ってきておいたのだ。
万が一、今の会話を氷織が忘れるかもしれないので、持っている付箋に『5/7(金)に学校でもらったプリントです。 明斗』と書き、クリアファイルに貼り付けた。
自分のバッグを部屋の端の方に置き、ベッドの方を見る。
すると、氷織はベッドの上に座って体温を測っていた。あと、氷織は水色の寝間着を着ているんだ。よく似合っているなぁ。寝間着姿を見るのはこれが初めてだ。
――ピピッ。
という電子音がベッドの方から聞こえてきた。氷織の体温計だろうか。そんな俺の予想が当たったようで、氷織は体温計を手に取る。
「……37度2分です」
「微熱ッスね」
「そうね。氷織の額……まだちょっと熱いし」
そう言い、火村さんは左手を氷織の額に当てている。
「ただ、これでも結構下がったかと。今朝は38度6分ありましたから」
「それを聞くと……結構下がったね。他の症状はどうだろう? 陽子さんの話だと、だるさがあって、喉の調子が悪かったそうだけど」
「だるさはだいぶなくなりました。喉はまだ違和感がありますけど、今朝に比べたらマシになっていますね」
「そうか。今朝よりも体調が良くなってきているみたいだね」
「一安心だわ。氷織、あたし達に何かしてほしいことはある?」
「遠慮せずに言っていいッスよ」
氷織は病人なんだし、俺達に甘えてきてほしい。俺達は氷織の要望に全力で応えるつもりでいる。
うーん……と氷織は小さく声を漏らし、
「……あ、汗を拭いてほしいです。朝からついさっきまで寝ていたので、汗掻いちゃって。テーブルにあるバスタオルで拭いてくれますか。あと、新しい服に着替えたいです」
「了解ッス」
「お安いご用だわ!」
「ありがとうございます。なので、明斗さんは、その……部屋の外で待ってもらってもいいですか? 脱いだ姿を見られるのは恥ずかしいので……」
「分かった」
お試しの恋人として付き合っているけど、男の俺に寝間着とかを脱いだ姿を見られるのは恥ずかしいよな。
「じゃあ、外で待っているよ。火村さん、行こうか」
「ちょっと待ちなさい。どうしてあたしも一緒に外へ出るのよ。あたし、紙透と違って女なんですけど。昨日の体育でも、更衣室で隣同士で着替えたんですけど」
「いや、下着姿とか裸の氷織を見たら、何をしでかすか分からないし……」
「そ、そ、そんなことしないわよっ!」
顔を真っ赤にし、言葉を詰まらせて言われてもいまいち信憑性がねぇ。過去には同意を得たとはいえ、氷織の下着を見せてもらって興奮した人だし。
「まあ、あたしもいるから安心していいッスよ。1人よりも2人の方がやりやすいのは確かッスから。それに、ヒム子は氷織に関しては変態ッスけど、好きな女の子が嫌がることはしないッスから」
「沙綾……」
火村さん……嬉しそうな笑顔になって葉月さんを見つめている。あと、変態って言われているのにツッコまないってことは、その自覚があるってことかな。
まあ、氷織への想いが分かってから、火村さんは氷織が嫌がることをしたのは見たことない。氷織に注意された行動はちゃんと直すし。葉月さんもいるし、とりあえずは任せてみるか。
「分かった。じゃあ、俺だけ部屋を出るよ。火村さん、気をつけてね。葉月さん、色々とよろしく」
「了解ッス」
俺は一人で氷織の部屋を出る。火村さんの様子が分かりやすいように、扉のすぐ正面の壁に寄り掛かって立つ。
『あたしが寝間着と下着を脱がせるので、ヒム子は新しい寝間着と下着をタンスから出してほしいッス。連休中に見たから、どこに何が入っているか分かっているッスよね?』
『もちろん! 氷織、あたしが選んでいいかしら?』
『はい、お任せします。ただ、下着はナイトブラでお願いします』
『任されたわ!』
火村さんの元気な返事がよく聞こえる。今頃、ウキウキしながらタンスから新しい下着と寝間着を取り出しているのだろう。
あと、葉月さんは火村さんに物事を指示するのが上手だな。服を脱がせる方が氷織に密着できるけど、それを回避させた。この様子なら、葉月さんがいれば大丈夫そうか。
『新しい下着と寝間着を選んだわよ……って、美しすぎるわ! 氷織の体! 肌も白くて最高よっ!』
きゃあっ! と火村さんの黄色い声が上がる。そのおかげで、部屋の中の状況が何となく把握できてしまう。
あと……そうですか。氷織は白くて美しいお体ですか。それを聞いて、俺のお顔はきっと赤くなっておりますよ。
『は、恥ずかしいです……』
『興奮するのは分かるッスけど、外には紙透君もいるッスから、大声を出さない方がいいッスよ。まあ、紙透君はお試しの彼氏ッスけど……』
『そ、そうね。それにしても、下着のサイズを見て分かってはいたけど……氷織の胸って大きいのね。形も美しいわ。これがE……』
『ひおりんが羨ましいッス』
美しくて大きくてEですか。そうですか。覚えてはいけないだろうけど、もう忘れられないだろう。
『じゃあ、バスタオルで汗を拭いていくッスよ』
『お願いします』
『あ、あたしも拭きたいわっ』
『じゃあ……ヒム子には両脚を拭いてもらうッス。それなら変態行為はできないと思うッスから』
『分かったわ! それまでは氷織の側でにお……見守っているわ!』
ちょっと火村さん? 君……今、氷織の側で匂いを嗅ぐって言いかけなかった? やっぱり、君と一緒に部屋を出るべきだったかな?
それからも、耳を凝らしながら廊下での時間を過ごす。
火村さんの暴走が心配だったけど、たまに火村さんが黄色い声を出すだけで、氷織が嫌がったり、葉月さんが叱ったりする声は聞こえてこなかったのであった。
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