恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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続編

エピローグ『一緒に赤く色づいて』

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 6月21日、月曜日。
 氷織のおかげで人生最高となった週末が終わり、今日から再び学校生活が始まる。ただ、そのことに憂鬱になったり、億劫になったりすることはない。学校生活でも、氷織がすぐ側にいるから。
 今日も朝から雨がシトシトと降っているので、歩いて登校することに。普段は自転車登校なので、梅雨入りした頃は早めに家を出発しなきゃ……と嫌に思っていたけど、今はもうすっかりと慣れた。
 ジメジメと蒸し暑い中15分以上歩くと、氷織との待ち合わせ場所である笠ヶ谷駅近くの高架下が見えてきた。今日も氷織は先に着いて、俺を待ってくれているのかな。
 それからも、高架下の方へ歩いて行くと、

「明斗さーん」

 高架下には半袖のブラウスにベストを着た氷織がおり、氷織はこちらを向かって手を振っている。明るい笑顔なのもあってとても可愛い。あと、夏服姿は何度も見たことがあるけど、これまでよりも大人っぽく見える。
 今日も氷織が先に到着していたか。以前、氷織は「会いたい人を待つのが好き」と言っていたからな。とはいえ、その言葉に甘えて、約束の時間に遅れないように気をつけないと。
 俺は氷織に手を振りながら、待ち合わせの高架下に到着した。

「おはよう、氷織」
「おはようございます、明斗さん。随分と久しぶりの登校な気がします。週末はとても楽しくて、盛りだくさんで、素敵な時間を過ごしたからでしょうか」
「その感覚分かるよ。一緒に週末を過ごしているときは、楽しくてあっという間だったのにな。俺は土曜日に氷織が家に来たときですら、遠い昔のことのように感じる。氷織の言う通り、週末はとても楽しくて、盛りだくさんで、素敵な時間を過ごせたってことだろうな」
「そうですねっ」

 俺が同意したからか、氷織はとても嬉しそうな笑顔を見せてくれる。氷織の笑顔を見ると、先週末のことをたくさん思い出す。本当に楽しくて、素敵な週末だったな。そして、これまでの中で最高の誕生日になった。

「明斗さん。おはようのキスをしてもいいですか?」
「もちろん」
「……おはようございます、明斗さん」
「おはよう」

 朝の挨拶を再び交わすと、氷織はおはようのキスをしてきた。
 唇から独特の感触と氷織の温もりが伝わってきて。今日も学校生活のやる気が出てくる。
 普段よりも長めにキスして、氷織から唇を離す。氷織は頬をほんのりと赤くし、俺を見つめて微笑んでいる。そんな氷織がやけに艶っぽく感じて。きっと、そう感じるのは……誕生日の夜に氷織と肌を重ねたからなんだろうな。制服姿が今までよりも大人っぽく見えるのも同じ理由だと思う。

「明斗さんとのキス……本当にいいなって思います。今日の学校生活も頑張れそうです」
「俺もだよ、氷織。それに、今は俺の席の前に氷織がいるからね」
「そう言ってくれて嬉しいです。私もすぐ後ろに明斗さんがいるのはいいなって思います。……さあ、そろそろ行きましょうか」
「そうだな。今日も相合い傘をしよう」
「はいっ!」

 今日も俺の傘で氷織と相合い傘をして、高架下を出発する。その際、俺の右腕にそっと絡ませてきて。そのことで、高架下に来るまでよりも温もりを強く感じながら歩いているけど、暑くて嫌だと思うことはない。

「そういえば、今日は明斗さんにとって17歳初めての学校ですね」
「そうだな。誕生日は土曜日だったから」
「17歳になりましたし、週末には素敵な明斗さんを見たり、触れたりしましたから……今までよりも制服姿の明斗さんが大人っぽくて、色気を感じますね。より素敵です」
「ありがとう。実は、俺も制服姿の氷織が今までより大人っぽく見えてる。氷織は変わらず16歳だけど……週末に素敵な中身をたくさん見たり、触れたりしたからかな」
「あ、ありがとうございますっ。凄く……嬉しいです」

 えへへっ、と照れくさそうに笑うと、氷織は腕の絡ませ方を強くさせて、体を俺に近づけてくる。そのことで氷織から感じる温もりが強くなり、甘い匂いも香ってきて。それがとても心地いい。
 笠ヶ谷高校に到着し、俺達は2年2組の教室に向かう。
 教室後方の扉から教室の中に入ると……いつもの通り、火村さん、葉月さん、和男、清水さんの4人が俺と氷織の席の周りに集まって談笑していた。

「氷織、紙透、おはよう!」
「ひおりんと紙透君おはようッス!」
「アキ! 青山! おはよう!」
「2人ともおはよう!」

 4人は俺達に元気良く朝の挨拶をしてくれ、こちらに手を振ってくれる。
 俺達は彼らに手を振りながら、4人のいる自分達の席へ向かう。少し汗を掻いたから、エアコンがかかっている教室の中が涼しくてとても気持ちいい。

「みなさん、おはようございます」
「おはよう、みんな」

 俺と氷織はそう言い、バッグや体操着入れを机の上に置いて、自分の席に座る。

「アキ、誕生日は青山と楽しく過ごせたか?」
「もちろんさ。氷織のおかげで最高の誕生日になったよ。料理も作ってくれたし、素敵な誕生日プレゼントをいくつもくれたし。それに、氷織との初めてお泊まりだったから」
「明斗さんの笑顔をたくさん見られました。お泊まりは初めてでドキドキしました。でも、楽しくて素敵な日になりましたよね」
「そうだね、氷織」
「それは何よりだ! 良かったな、2人とも! 俺は嬉しいぜ!」

 和男は持ち前の明るい笑顔でそう言ってくれる。この笑顔で人の喜びを嬉しいと言えるのは、和男の魅力の一つだろう。そんな和男だからこそ、彼の人望は自然と厚くなっていくのだと思っている。

「2人とも良かったね。初めてのお泊まりでドキドキしたっていう氷織ちゃんの気持ち……分かるなぁ。あたしも初めてのお泊まりは和男君の家だったから」
「懐かしいなぁ。去年のこのくらいの時期だったよな」
「うんっ」

 そのときのことを思い出しているのか、2人とも柔らかな笑みを浮かべている。そういえば、去年の夏頃に2人から初めてのお泊まりについて話してくれたな。特に和男。2人とも幸せそうに語っていたのを覚えている。

「昨日、紙透君に『ひおりんと過ごした誕生日はどうだったッスか?』と聞いたら、『最高だった!』と返信が来たッス。どんな風に過ごしたのか気になるッスねぇ」
「あたしも気になるわ! 一緒にお風呂に入った? 一緒のベッドに寝た? も、もしかして……?」

 火村さんはそう言うと、見る見るうちに顔が赤くなっていく。興奮した様子で呼吸も乱れ始めている。君はいったい何を想像してらっしゃるのか。
 昨日、氷織と過ごした誕生日について『最高だった!』と返信した後、2人からは『良かったね』というメッセージしか来なかった。詳しい内容については学校で会って訊こうと考えていたのかも。

「明斗さんのベッドで一緒に寝ました。お風呂も……一緒に入りましたね。明斗さんのおかげで、本当に……素敵で幸せなお泊まりになりました」

 幸せそうに語る氷織。そんな彼女の言葉に俺は頷く。週末の時間が氷織にとって良かったことが改めて分かり、嬉しい気持ちになる。一緒にお風呂に入ったことを和男達に知られたのは、ちょっと恥ずかしいけれど。
 あと、誕生日の夜に肌を重ねたことを思い出しているのだろうか。火村さんほどではないが、氷織の顔が赤くなっていく。そんな氷織を見て、俺も頬中心に顔が熱くなっていく。

「ひおりんも紙透君も一緒に顔が赤くなっているッスね。まだ何かありそうッスね。何をしたッスか? ……ナニをシたッスか?」

 葉月さんは興味津々な様子で、俺達を交互に見ながらそう答えている。

「なぜ二度問いかける? あと、一度目と二度目でニュアンスが違う気がするんだけど」

 俺と氷織がどんなことをしていたのか、葉月さんは絶対に想像できているだろう。葉月さんは俺の顔を見てニヤリと笑みを見せた。
 そういえば、俺と氷織が正式に付き合い始めた日の翌朝も、火村さんと葉月さんが同じようなことを訊いてきたっけ。

「あううっ……」

 氷織はそんな可愛らしい声を漏らすと、顔がさらに赤くなっていって。熟れたリンゴのような赤さになると、氷織は両手で顔を覆った。
 氷織の頭を優しく撫でると、サラサラな銀髪越しに強い温もりを感じる。

「氷織の今の反応が答え……ということにさせてほしい」

 俺達6人しかいない場所ならまだしも、ここは教室だし。他の生徒がいるからな。
 葉月さんの笑顔は穏やかなものになり、俺達に向かって頷く。

「了解ッス。2人の反応を見たら、何があったかだいたいの見当はついているッスから。それに、ひおりんと紙透君の様子を見たら、2人にとって幸せなお泊まりだったってことは分かるッス。興味が湧いた勢いで、教室でこんなことを訊いて申し訳ないッス」
「あたしもごめん。色々と想像したら興奮しちゃって」

 火村さんは両手を合わせ、赤い顔に申し訳なさそうな表情を浮かべる。
 どうやら、この場でのこれ以上の追究は避けられたようだ。そのことに一安心。

「……気にしないでください。ただ、私の反応で分かってもらえて良かったです」

 氷織はそう言うと、両手を顔から離す。依然として赤みが強い状態だけど、そんな顔には笑みが浮かんでいる。

「そういったことを含めて、本当に幸せな週末でした」
「俺も幸せな週末だったし、最高の誕生日だったよ。ありがとう、氷織」

 改めてお礼を言い、氷織の頭をポンポンと軽く叩くと、氷織は満面の笑みで「はいっ」と元気よく答えてくれた。

「もちろん、みんながおめでとうって祝ってくれて、プレゼントをくれたおかげでもあるよ。金曜の朝にプレゼントを渡してくれたときとか、誕生日になった直後にメッセージをくれたときにも言ったけど……本当にありがとう」

 みんなの目を見てお礼の言葉を言うと、氷織達5人はいい笑顔を見せてくれる。和男は右手でサムズアップもしてくれて。
 氷織はもちろんのこと、和男や清水さん、火村さん、葉月さん、俺の家族、友人達など……たくさんの人達のおかげで17歳のいいスタートを切ることができた。そのことに感謝して、17歳の1年間を過ごしていきたい。
 やがて、担任の高橋先生が教室にやってきて、今日も学校生活が始まる。それは17歳の学校生活の始まりでもある。きっと、今まで以上に楽しめるだろう。だって、俺のすぐ側には青山氷織という大好きで大切な恋人がいるのだから。



続編 おわり



次の話からは特別編です。
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