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特別編3
第1話『お昼は2人でパンを-前編-』
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氷織、火村さん、途中で合流した葉月さんと一緒に校舎の外へ出ると、ジメジメとした蒸し暑い空気が全身を包み込む。今はお昼時の時間帯なのもあり、登校したときよりも蒸し暑いな。確か、今日の最高気温は30度だっけ。
去年までは、蒸し暑くて長く雨が降り続ける梅雨の時期があまり好きじゃなかった。
でも、今年は去年までと比べて梅雨を好きになった。雨が降っていると氷織と一緒に相合い傘することが多いし。それに、相合い傘をすると、普通に歩いているときよりも氷織を近くにいるように思えて。一緒に傘の柄を握ったり、腕が触れたりして氷織の優しい温もりが感じられるから。
「お昼だから結構あっついわね……」
「暑いッスよねぇ。暑いなら、日差しが燦々と照り付けている方がよっぽどマシッス」
「それ言えてる。早く梅雨が明けてほしいわ」
火村さんと葉月さんは梅雨の蒸し暑さに対して不満を漏らしていた。そんな2人を見て、俺の傘に入っている氷織は「ふふっ」と穏やかに笑っていた。女子高生達の願いが届き、梅雨前線が関東地方から早く去ってくれると嬉しい。
学校から少し歩いたところで、電車通学で地下鉄に乗る火村さんとはお別れ。
別れる際、火村さんはタピオカドリンク店でのバイトがあるので頭を撫でてほしいと氷織におねだりしていた。氷織が快諾し「頑張ってくださいね」頭を撫でると、
「元気出たわ!」
と、火村さんの表情が一瞬にして明るくなったのが面白かった。火村さんは女の子だし、頭を撫でるくらいなら彼氏として言うことは何もない。
それから2、3分ほど歩き、笠ヶ谷駅の改札前で葉月さんと別れた。葉月さんも夕方まで書店でのバイトがあるそうで、氷織に頭を撫でてもらっていた。
俺達は笠ヶ谷駅の構内を通り、駅の北側に出る。氷織オススメのパン屋さんは、東友というスーパーマーケットの近くにあるという。
この時期になると、午前中に終わる学校が多いのだろうか。笠ヶ谷高校だけじゃなくて、近隣の高校の制服を着た人もちらほら見かける。
「ここですよ」
氷織がそう言ったので、俺達はその場で立ち止まる。
目の前にあるのは、茶色を基調とした落ち着いた外観の建物。出入口の扉の上には白い文字で『Kasagaya Bakery』と描かれている。笠ヶ谷ベーカリーっていう店名なのかな。たまに扉が開くことがあるのか、ここにいる時点でパンの香ばしい匂いがほのかに香ってくる。
「いい雰囲気のパン屋さんだ。美味しそうな匂いもするし。お腹空いてきた」
「食欲がそそられますよね。笠ヶ谷ベーカリーというパン屋さんです」
「らしさ全開の店名だね」
「ふふっ、そうですね。では、入りましょうか」
「ああ」
傘立てに傘を入れて、俺達は笠ヶ谷ベーカリーの中に入る。
蒸し暑い中を歩いてきたので、店内がとても涼しく感じられる。お店の前でも香っていた香ばしい匂いが濃くなって。陳列棚には様々な種類の美味しそうなパンがたくさん置かれていて。お店の中も落ち着いた雰囲気だから、ずっといてもいいと思える。
「中もいい雰囲気だなぁ。美味しそうなパンもいっぱいあるし」
「そうですね。美味しいパンばかりですよ。明斗さんの好きな……ちょっと辛めのカレーパンでしたよね。それもありますよ」
「そうなんだ。あと、俺が好きなパンを覚えていてくれて嬉しいな。氷織が好きだって言っていたのは……確か、チョココロネだったっけ」
「そうですっ。覚えていてくれて嬉しいです」
嬉しそうにそう言うと、氷織はニッコリ笑う。可愛いな。あと、ちゃんと覚えていて良かった。
「では、チョココロネにしましょうかね」
「俺も辛めのカレーパンにするよ」
「オススメですよ」
俺と氷織は入口近くにあるトレーとトングを手に取り、商品が陳列されている棚に向かう。
何度も行ったことがあるだけあり、氷織はチョココロネのある方へと一直線に向かい、チョココロネを一つトレーに乗せた。
また、氷織はカレーパンのある場所を教えてくれる。このお店では普通のカレーパンとピリ辛のカレーパンの2種類が売られている。カレーパンは辛めの方が好きなので、ピリ辛の方を一つ取った。美味しそうだ。
「さすがに一つだけだと物足りないから、あと一つは買おうかな」
「お昼ご飯ですから、もう一つくらいはあった方がいいでしょうね。私ももう一つ買おうと思っています。チョココロネを選びましたから、もう一つはお総菜系ですね」
「そっか。ただ、美味しいパンがいっぱいあるから迷っちゃうな。せっかくなら、氷織のオススメのパンを買いたいな。一つはカレーパンだから、スイーツ系のやつで」
「いいですよ。スイーツ系のパンでオススメなのは……チョコチップメロンパンですね」
そう言うと、氷織はチョコチップメロンパンが置かれているところに案内してくれる。
メロンパンだけあって、他のパンよりも大きいな。黒いチョコチップが練り込まれているので存在感がある。
「メロンパンも好きですが、チョコの味も楽しめるので大好きなんです。ボリュームもありますからオススメですよ」
「メロンパンって大きいよな。ここのも他のパンよりも大きめだもんな。美味しそうだし、このチョコチップメロンパンを買おう」
「美味しいですよっ」
氷織が美味しいと言うのなら、きっととても美味しいのだろう。そんなことを考えながら、俺はトングでチョコチップメロンパンを一つ取った。
「そういえば、氷織ってチョココロネも好きだし、チョコチップメロンパンをオススメしてくれたし……チョコ系のパンが結構好き?」
「はいっ、好きですよ! ソースやチップとしてチョコを楽しめるパンも好きですが、生地自体にチョコが練り込まれているパンも好きですね」
「そうなんだ。コンビニだと、もっちりしたチョコパンとか売ってるよな」
「美味しいですよねっ」
氷織はいつも以上に可愛らしい笑みを浮かべている。チョコ系のパンが相当好きなのだと窺える。覚えておこう。
その後、氷織はたまごサンドを選んでいた。氷織曰く、このパン屋さんはサンドウィッチも美味しいものが多いらしい。その中でも、たまごサンドが一番好きなのだそうだ。
それぞれ会計を済ませて、俺達は再び相合い傘をして氷織の家に向かう。平日の昼間に氷織の家の近所を歩いたことが全然ないので、景色に新鮮さを感じられた。
「ただいま」
「お邪魔します」
笠ヶ谷ベーカリーから歩いて数分ほどで、氷織の家には到着した。
ご家族が全員不在なので当たり前だけど、家の中から誰の返事もない。
今までも、学校帰りに氷織の家にお邪魔して、家族が不在なことは何度かあった。でも、そういうときは30分から1時間ほどで母親の陽子さんが家に帰ってくることがほとんどで。数時間も氷織と2人きりでいられるのは初めてだからドキドキする。氷織をチラッと見ると……彼女の頬がほのかに赤みを帯びていて。俺と同じような想いなのかな。
笠ヶ谷ベーカリーで買ったパンをキッチンの食卓に置き、2階の氷織の部屋に行ってスクールバッグを置かせてもらった。
「私はこれからサラダを作りますね。それまで、明斗さんはゆっくりしていてください」
「ありがとう。ただ、俺に何か手伝えることってあるかな?」
「そうですね……サラダだけですからね……」
う~ん、と氷織は腕を組みながら考える。考える氷織の顔も絵になるなぁ。あと、ブラウスの上にベストを着た状態だけど、腕の上に大きな胸が乗っているとはっきり分かる。
「では、2人分のアイスコーヒーを淹れていただけますか? お昼ご飯がパンですから。それに、明斗さんはコーヒーを淹れるのが上手ですし」
「分かった。じゃあ、俺がアイスコーヒーを担当するよ」
「はいっ。よろしくお願いします」
氷織は持ち前の優しい笑顔でそう言い、
――ちゅっ。
と、俺にキスしてきた。一瞬触れる程度だったけど、唇からは氷織の唇の柔らかさと温もりはしっかりと感じられた。氷織の部屋だし、今は家には氷織と俺しかいないから結構ドキッとする。
氷織は俺にニコッと可愛く笑いかけてくれる。今のキスは「頑張ってくださいね!」ってことかな。
キスしてくれたことはもちろん、役割を与えてもらえたことも嬉しい。氷織のためにも、美味しいアイスコーヒーを淹れよう。
去年までは、蒸し暑くて長く雨が降り続ける梅雨の時期があまり好きじゃなかった。
でも、今年は去年までと比べて梅雨を好きになった。雨が降っていると氷織と一緒に相合い傘することが多いし。それに、相合い傘をすると、普通に歩いているときよりも氷織を近くにいるように思えて。一緒に傘の柄を握ったり、腕が触れたりして氷織の優しい温もりが感じられるから。
「お昼だから結構あっついわね……」
「暑いッスよねぇ。暑いなら、日差しが燦々と照り付けている方がよっぽどマシッス」
「それ言えてる。早く梅雨が明けてほしいわ」
火村さんと葉月さんは梅雨の蒸し暑さに対して不満を漏らしていた。そんな2人を見て、俺の傘に入っている氷織は「ふふっ」と穏やかに笑っていた。女子高生達の願いが届き、梅雨前線が関東地方から早く去ってくれると嬉しい。
学校から少し歩いたところで、電車通学で地下鉄に乗る火村さんとはお別れ。
別れる際、火村さんはタピオカドリンク店でのバイトがあるので頭を撫でてほしいと氷織におねだりしていた。氷織が快諾し「頑張ってくださいね」頭を撫でると、
「元気出たわ!」
と、火村さんの表情が一瞬にして明るくなったのが面白かった。火村さんは女の子だし、頭を撫でるくらいなら彼氏として言うことは何もない。
それから2、3分ほど歩き、笠ヶ谷駅の改札前で葉月さんと別れた。葉月さんも夕方まで書店でのバイトがあるそうで、氷織に頭を撫でてもらっていた。
俺達は笠ヶ谷駅の構内を通り、駅の北側に出る。氷織オススメのパン屋さんは、東友というスーパーマーケットの近くにあるという。
この時期になると、午前中に終わる学校が多いのだろうか。笠ヶ谷高校だけじゃなくて、近隣の高校の制服を着た人もちらほら見かける。
「ここですよ」
氷織がそう言ったので、俺達はその場で立ち止まる。
目の前にあるのは、茶色を基調とした落ち着いた外観の建物。出入口の扉の上には白い文字で『Kasagaya Bakery』と描かれている。笠ヶ谷ベーカリーっていう店名なのかな。たまに扉が開くことがあるのか、ここにいる時点でパンの香ばしい匂いがほのかに香ってくる。
「いい雰囲気のパン屋さんだ。美味しそうな匂いもするし。お腹空いてきた」
「食欲がそそられますよね。笠ヶ谷ベーカリーというパン屋さんです」
「らしさ全開の店名だね」
「ふふっ、そうですね。では、入りましょうか」
「ああ」
傘立てに傘を入れて、俺達は笠ヶ谷ベーカリーの中に入る。
蒸し暑い中を歩いてきたので、店内がとても涼しく感じられる。お店の前でも香っていた香ばしい匂いが濃くなって。陳列棚には様々な種類の美味しそうなパンがたくさん置かれていて。お店の中も落ち着いた雰囲気だから、ずっといてもいいと思える。
「中もいい雰囲気だなぁ。美味しそうなパンもいっぱいあるし」
「そうですね。美味しいパンばかりですよ。明斗さんの好きな……ちょっと辛めのカレーパンでしたよね。それもありますよ」
「そうなんだ。あと、俺が好きなパンを覚えていてくれて嬉しいな。氷織が好きだって言っていたのは……確か、チョココロネだったっけ」
「そうですっ。覚えていてくれて嬉しいです」
嬉しそうにそう言うと、氷織はニッコリ笑う。可愛いな。あと、ちゃんと覚えていて良かった。
「では、チョココロネにしましょうかね」
「俺も辛めのカレーパンにするよ」
「オススメですよ」
俺と氷織は入口近くにあるトレーとトングを手に取り、商品が陳列されている棚に向かう。
何度も行ったことがあるだけあり、氷織はチョココロネのある方へと一直線に向かい、チョココロネを一つトレーに乗せた。
また、氷織はカレーパンのある場所を教えてくれる。このお店では普通のカレーパンとピリ辛のカレーパンの2種類が売られている。カレーパンは辛めの方が好きなので、ピリ辛の方を一つ取った。美味しそうだ。
「さすがに一つだけだと物足りないから、あと一つは買おうかな」
「お昼ご飯ですから、もう一つくらいはあった方がいいでしょうね。私ももう一つ買おうと思っています。チョココロネを選びましたから、もう一つはお総菜系ですね」
「そっか。ただ、美味しいパンがいっぱいあるから迷っちゃうな。せっかくなら、氷織のオススメのパンを買いたいな。一つはカレーパンだから、スイーツ系のやつで」
「いいですよ。スイーツ系のパンでオススメなのは……チョコチップメロンパンですね」
そう言うと、氷織はチョコチップメロンパンが置かれているところに案内してくれる。
メロンパンだけあって、他のパンよりも大きいな。黒いチョコチップが練り込まれているので存在感がある。
「メロンパンも好きですが、チョコの味も楽しめるので大好きなんです。ボリュームもありますからオススメですよ」
「メロンパンって大きいよな。ここのも他のパンよりも大きめだもんな。美味しそうだし、このチョコチップメロンパンを買おう」
「美味しいですよっ」
氷織が美味しいと言うのなら、きっととても美味しいのだろう。そんなことを考えながら、俺はトングでチョコチップメロンパンを一つ取った。
「そういえば、氷織ってチョココロネも好きだし、チョコチップメロンパンをオススメしてくれたし……チョコ系のパンが結構好き?」
「はいっ、好きですよ! ソースやチップとしてチョコを楽しめるパンも好きですが、生地自体にチョコが練り込まれているパンも好きですね」
「そうなんだ。コンビニだと、もっちりしたチョコパンとか売ってるよな」
「美味しいですよねっ」
氷織はいつも以上に可愛らしい笑みを浮かべている。チョコ系のパンが相当好きなのだと窺える。覚えておこう。
その後、氷織はたまごサンドを選んでいた。氷織曰く、このパン屋さんはサンドウィッチも美味しいものが多いらしい。その中でも、たまごサンドが一番好きなのだそうだ。
それぞれ会計を済ませて、俺達は再び相合い傘をして氷織の家に向かう。平日の昼間に氷織の家の近所を歩いたことが全然ないので、景色に新鮮さを感じられた。
「ただいま」
「お邪魔します」
笠ヶ谷ベーカリーから歩いて数分ほどで、氷織の家には到着した。
ご家族が全員不在なので当たり前だけど、家の中から誰の返事もない。
今までも、学校帰りに氷織の家にお邪魔して、家族が不在なことは何度かあった。でも、そういうときは30分から1時間ほどで母親の陽子さんが家に帰ってくることがほとんどで。数時間も氷織と2人きりでいられるのは初めてだからドキドキする。氷織をチラッと見ると……彼女の頬がほのかに赤みを帯びていて。俺と同じような想いなのかな。
笠ヶ谷ベーカリーで買ったパンをキッチンの食卓に置き、2階の氷織の部屋に行ってスクールバッグを置かせてもらった。
「私はこれからサラダを作りますね。それまで、明斗さんはゆっくりしていてください」
「ありがとう。ただ、俺に何か手伝えることってあるかな?」
「そうですね……サラダだけですからね……」
う~ん、と氷織は腕を組みながら考える。考える氷織の顔も絵になるなぁ。あと、ブラウスの上にベストを着た状態だけど、腕の上に大きな胸が乗っているとはっきり分かる。
「では、2人分のアイスコーヒーを淹れていただけますか? お昼ご飯がパンですから。それに、明斗さんはコーヒーを淹れるのが上手ですし」
「分かった。じゃあ、俺がアイスコーヒーを担当するよ」
「はいっ。よろしくお願いします」
氷織は持ち前の優しい笑顔でそう言い、
――ちゅっ。
と、俺にキスしてきた。一瞬触れる程度だったけど、唇からは氷織の唇の柔らかさと温もりはしっかりと感じられた。氷織の部屋だし、今は家には氷織と俺しかいないから結構ドキッとする。
氷織は俺にニコッと可愛く笑いかけてくれる。今のキスは「頑張ってくださいね!」ってことかな。
キスしてくれたことはもちろん、役割を与えてもらえたことも嬉しい。氷織のためにも、美味しいアイスコーヒーを淹れよう。
応援ありがとうございます!
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