恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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特別編3

プロローグ『学期末な日々』

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特別編3



 7月7日、水曜日。
 依然として、東京は梅雨が続いている。梅雨らしい気候で、今日も朝から雨がシトシトと降っている。この天気は一日中続くそうなので、今夜は天の川を拝むことはできなさそうだ。今日は七夕だから見たかったけど。ただ、見られる人数が一人でも少ない中で会った方が、織姫と彦星は一緒にいる時間をゆっくりと楽しめるかもしれない。

「紙透」
「はい」

 1時間目の化学基礎の授業。
 俺・紙透明斗かみとうあきとは担当の男性教師から名前を呼ばれたので、教師のいる教卓近くまで向かう。

「期末もよくできていたな。この調子で頑張れよ」

 そんなお褒めの言葉と一緒に、俺は期末試験の答案を受け取った。名前の横に赤ペンで書いてある点数を見ると……94点か。理系科目で90点以上を取れて嬉しいな。そんな嬉しい気持ちの中、俺は自分の席に戻った。

「嬉しそうな表情で戻ってきましたね。点数が良かったのですか?」

 俺の一つ前の席に座っている恋人・青山氷織あおやまひおりが笑顔で俺にそんな言葉をかけてくる。
 94点だったよ、と答案用紙を氷織に見せると、

「いい点数ですね! 化学基礎も頑張っていましたもんね」

 氷織は落ち着いた優しい笑顔でそう言ってくれ、俺の頭を優しく撫でてくれた。なので、テストを頑張ったご褒美をもらった感覚に。

「ありがとう。ただ、分からないところを氷織が教えてくれたおかげでもあるよ。ありがとう、氷織」

 お礼を言って、氷織の頭を撫でると、氷織の笑顔が嬉しそうなものに変わる。その変化を含めて、氷織の笑顔はとても可愛らしい。

「よっしゃあっ! 赤点回避だぜ!」

 俺の次の出席番号である親友・倉木和男くらきかずおの雄叫びが聞こえてきた。和男の方に視線を向けると、和男はとても嬉しそうにしており、近くの席に座っている彼の恋人の清水美羽しみずみうさんや友人の火村恭子ひむらきょうこさんとグータッチしていた。和男は化学基礎が苦手科目だからなぁ。試験前の勉強会のおかげで、赤点は回避できるだろうとは言っていたけど……実際にそういう結果になったと分かると、喜びもひとしおなのだろう。良かったよ。
 また、俺達にも白い歯を見せて笑みを浮かべ、ピースサインしてきた。そんな和男に俺と氷織はサムズアップをした。和男、よく頑張ったな。
 その後も出席番号順に答案が返却されていき、

「明斗さん、100点でした!」

 氷織も返却され、100点の答案用紙を見せてくれた。赤ペンでの採点は全て○だし、氷織の字も綺麗だからとても美しい答案だ。『100』の文字が輝いて見えるよ。
 凄いね、と言って頭を優しく撫でると、氷織は柔らかな笑みを見せてくれた。
 先週、期末試験が実施されたので、今週に入ってから答案が続々と返却されている。
 俺は今のところどの教科も85点以上取れており、現代文など一部の教科は100点満点。勉強会のおかげもあり、期末試験も調子がいい。
 氷織は今のところ返却された教科については全て100点満点である。さすがだ。
 勉強会で一緒に勉強した和男、火村さん、清水さん、理系クラスにいる友人の葉月沙綾はづきさあやさんも、それぞれ苦手科目はあるけど、今のところは赤点科目ゼロと上々の結果だ。このまま、みんな赤点を取らずに夏休みを迎えたいな。



「じゃあ、終礼はここまで~。また明日~」

 担任の高橋由実たかはしゆみ先生がそう言い、放課後の時間になった。
 ただし、今はお昼の12時40分過ぎ。
 実は今週から終業式の日までは午前授業の期間になっているのだ。試験も終わっているから、個人的にはちょっとした解放感に浸れている。2学期も学年末も、期末試験が終わると午前授業の期間になる。だから、お昼に学校が終わる日々が続くと、学期末の学校生活を送っているなぁと思う。

「明斗さん、帰りましょうか」
「ああ。今日は部活ってないんだよね」
「ええ。水曜日ですからね。明斗さんも確か今日はバイトのシフトはありませんよね」
「うん、今日はないよ」
「ですよねっ。では、今日の放課後は一緒に過ごしましょう!」

 氷織は嬉しそうに言った。
 午前中授業の期間になってからこれまで、俺は喫茶店でのバイト、氷織は文芸部の活動があって、お互いに予定の合う日がなかった。まあ、俺がバイトの日は氷織が火村さんと葉月さんと一緒に来てくれたけど。
 ただ、今日になってようやく、俺も氷織も放課後の予定がフリーとなった。今日の放課後は氷織と一緒に楽しい時間を過ごしていきたい。

「ああ、一緒に過ごそう。まずはお昼ご飯だな。氷織はどこか食べに行きたいお店ってある?」
「はい、あります。正確に言えば、買いに行きたいお店ですね」
「買いに行きたい?」
「はい。笠ヶ谷駅の北側に美味しいパン屋さんがありまして。そのパン屋さんでパンを買って、私の自宅で食べたいなって。家に帰ったら生野菜のサラダを作ろうかなと」
「おお、それはいいな」

 飲食店に行ってお昼ご飯を食べるのもいいけど、昼食を買って氷織の家で食べるのも魅力的だ。プライベートな空間だから、飲食店よりもゆっくりと食べられそうだし。
 俺が好反応を示したからか、氷織はニッコリと笑う。

「良かったです。実は最近になって、体育祭でパンの話をしたのを思い出しまして」
「……ああ、火村さんと葉月さんが出場したパン食い競走のときか。好きなパンの話で盛り上がったな」
「楽しかったですね。ですから、午前中授業の期間に、明斗さんと一緒に私の家でパンを食べてたいと思っていたんです。そのパン屋さん、美味しいのはもちろんですが、色々な種類のパンが売られているので」
「そうなんだ。それは楽しみだな」

 普段、食事のときはご飯を食べることが多いけど、好きなパンはたくさんある。氷織が美味しいと言うのだから、そのパン屋さんのパンはとても美味しいに違いない。自然と期待が高まっていく。

「それで、お昼ご飯を食べたら……その流れでお家デートしませんか?」
「いいね、お家デート。氷織の家で一緒に過ごすの好きだし」
「良かったです。それに、今日はお母さん……学生時代の友達と会うために都心の方へ行っていまして。お父さんは仕事、妹の七海ななみも学校と部活があります。ですから、お母さんが帰ってくる午後5時くらいまでは明斗さんと2人きりで過ごせます」

 そう言うと、氷織の頬がほんのりと赤くなる。そんな氷織がとても可愛らしくて。
 夕方の5時までご家族は不在なのか。その時間までは2人きりの環境でお家デートできるっていうのも、お昼ご飯にパンを買おうって提案した一つの理由かもしれない。
 今まで、氷織の家でのお家デートは何度もしたことがある。ただ、2人きりで過ごせるのは今日が初めてかもしれない。そう思うと心が躍ってくる。

「そうなんだ。夕方まで、氷織の家で2人きりでいられるのか。今まで以上に楽しみだ」
「私も楽しみです。今日もお家デートを楽しみましょうね」
「うん、楽しもう」

 氷織の頭をポンポンと軽く叩くと、氷織の口元が緩み、柔らかな笑みが浮かぶ。こんなにも可愛い恋人と、恋人の家で数時間も2人きりか。今から幸せな気持ちになってきた。ちょっとドキドキもして。

「では、途中でパン屋さんに寄って、一緒に帰りましょうか」
「ああ、そうしよう」

 一緒に帰ろう……か。これから氷織の家に行くから、その言葉の聞き心地がとても良く感じられる。いつかは毎日、氷織と同じ場所に帰れるようになりたいものだ。
 俺は氷織と手を繋いで、火村さん達と一緒に教室を後にするのであった。
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