恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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特別編6

エピローグ『温もりを感じ合った。』

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「それじゃ、そろそろお家に帰ろうか、愛莉」

 午後4時過ぎ。
 みんなドーナッツを食べ終わり、少しの間談笑した後、友美さんが愛莉ちゃんに向かってそう声を掛けた。

「……うん」

 帰ろうと言われたからだろうか。愛莉ちゃんは元気なく返事した。愛莉ちゃんの顔には寂しそうな表情が浮かんでいて。それだけ、ここで俺達と一緒に過ごした時間を楽しんでくれたのだろう。

「愛莉ちゃん、お家に帰るのね。とても楽しかったから寂しいわ……」

 火村さんはがっかりとした様子でそう言う。両目が潤んでいるのもあり、愛莉ちゃんよりも寂しがっているように見える。俺達の中で愛莉ちゃんと一番接していたからなぁ。

「まあ、こればかりは仕方のないことッスよ。あたしも寂しいッスけど」

 葉月さんはそう言い、優しい笑顔で火村さんの頭を撫でている。

「ところで、友美さん。帰る方向の電車は都心方面ッスか?」
「そうだよ」
「了解ッス。ヒム子、もう夕方ッスからあたし達も帰るッス。そうすれば、帰る方向が同じなので、高野駅までは愛莉ちゃんと友美さんと一緒にいられるッスよ」
「それは名案ね、沙綾!」
「きょうこちゃんとさあやちゃんとは、もうちょっといっしょにいられるんだね!」

 火村さんと愛莉ちゃんの顔に笑みが戻る。今日、一緒に過ごしたのを通じてとても仲良くなったのだと実感する。それを嬉しく思う。
 2人が再び笑顔になったのもあり、青山家のみなさんも友美さんも柔らかな笑みを浮かべている。
 友美さんと愛莉ちゃんだけでなく、火村さんと葉月さんも一緒に帰ることになった。4人は荷物を纏めて、玄関へと向かう。青山家のみなさんと俺は帰る4人を玄関で見守ることに。

「じゃあ、私達はこれで帰ります。みんな、今日は愛莉の面倒を見てくれてありがとうございました。愛莉、みんなにお礼を言おうか」
「うんっ! きょうはありがとうございました! みんなとあそんで、おひるごはんたべて、ドーナッツたべてたのしかったです!」

 愛莉ちゃんはニッコリとした笑顔でそう言い、俺達に向かってペコリと頭を下げた。

「俺も楽しかったよ、愛莉ちゃん。また一緒に遊ぼうね」
「私も楽しかったですよ、愛莉ちゃん。また遊びに来てくださいね」
「あたしも凄く楽しかったわ! また一緒に遊んだり、お昼寝したりしようね」
「あたしも楽しかったッス! 夏休みの思い出になったッス!」
「あたしは部活があったからあまり一緒にいられなかったけど、3ヶ月ぶりに愛莉ちゃんに会えて嬉しかったよ。また会おうね」
「大きくなった愛莉ちゃんと会えて嬉しかったよ。陽子と一緒に作ったお昼ご飯をたくさん食べてくれたこともね」
「久しぶりに愛莉ちゃんに会えて嬉しかったわ。また遊びに来てね」

 俺だけじゃなくて、みんなも愛莉ちゃんとの時間を楽しめたようだ。愛莉ちゃんとは今日が初対面だけど、みんなの言葉を聞くと嬉しくなる。

「うんっ!」

 俺達がかけた言葉に対して、愛莉ちゃんは嬉しそうに返事をして、しっかりと首肯した。

「友美も今日みたいに笠ヶ谷周辺で仕事があるときは、遠慮なく連絡してきてね」
「ありがとう、姉さん」

 陽子さんと友美さんは落ち着いた笑顔で言葉を交わす。
 2人ともそれぞれの家庭があって、離れた場所で暮らしている。それでも、いざというときには頼れる姉妹っていうのはいいな。俺も将来、4歳年上の姉貴とそういう関係でいられたらと思う。

「それじゃ、私達はこれで」
「みんなまたね!」
「あたしとヒム子もこれで失礼するッス」
「お邪魔しました」

 友美さんと愛莉ちゃん、火村さん、葉月さんは俺達に手を振って家を後にした。そんな4人に、青山家のみなさんと俺も手を振って見送った。

「4人とも笑顔で帰っていきましたね」
「ああ。途中まで一緒に帰ろうって葉月さんが提案してくれたおかげだな」
「ですね。ところで、明斗さんはもう少しここにいますか?」
「まだ4時過ぎだからな。もうちょっとここにいるよ」
「そうですかっ」

 氷織は弾んだ声でそう言う。嬉しそうな笑顔にもなっていて。愛莉ちゃん達が帰ったから、俺も家に帰ってしまうと思ったのかな。
 俺と同じことを思ったのか、七海ちゃんは「ふふっ」と楽しそうに笑った。

「さてと。あたしは部屋に戻って、まだ読んでいなかった漫画を読もうっと」
「お母さんはお皿やマグカップの後片付けをするわ」
「僕もやるよ、母さん」
「ありがとう」
「では、私達も部屋に戻りましょうか、明斗さん」
「そうだな、氷織」

 俺は氷織と七海ちゃんと一緒に2階に上がる。
 氷織と一緒に部屋の中に入ると……いつも以上にこの部屋が広く感じる。今日は愛莉ちゃんや火村さん、葉月さんも一緒にいたからかな。朝に愛莉ちゃんが来るまでは、七海ちゃんとこの部屋で過ごしていたし。

「明斗さんと2人でこの部屋にいるの、随分と久しぶりな気がします」
「愛莉ちゃんとかと一緒にいたからな。愛莉ちゃんが来る前は七海ちゃんがこの部屋にいたし」
「ですね。この部屋で2人きりになるのは……朝ご飯を食べた直後以来でしょうか」
「そうだな」

 そのときがかなり昔のことのように思える。そう思えるのは、この家で愛莉ちゃん達と過ごした時間が楽しかったからなのだろう。

「俺は同じ理由で、氷織と2人きりだとこの部屋が随分と広く感じるよ」
「ふふっ、確かに。自分の部屋ですが、いつもよりも広く感じますね」
「だよな」
「……あの、明斗さん」
「うん?」
「明斗さんの脚の間に座りたいです。昨日の夜にアニメを観たときのように」
「いいぞ」
「ありがとうございますっ!」

 氷織は嬉しそうにお礼を言った。
 脚の間に座りたいだなんて。昨日、お風呂に入っているときやアニメを観ているときにそういう体勢で座ったから気に入ったのかな。
 俺はベッドの側にあるクッションに座り、ベッドを背もたれにする。
 俺が両脚を広げると、氷織は両脚の間に腰を下ろし、俺を背もたれする。
 こうしていると、体の前面の多くが氷織の体に触れるから結構好きだ。氷織の温もりや甘い匂いを感じられるし。そう思いながら、氷織のことをそっと抱きしめた。

「あぁ……背中全体から明斗さんの温もりが感じられて気持ちいいです。そっと抱きしめてくれるのも好きです」
「俺もこの体勢、好きだよ」
「そう言ってくれて嬉しいです。昨日、この体勢で座ってみていいなって思ったのと、今日は愛莉ちゃんが明斗さんの脚の間に座っていましたので。あと、3人でマジキュアを見たときや、お昼やおやつを食べるときに明斗さんの隣に愛莉ちゃんが座っていましたし。愛莉ちゃんは6歳の女の子ですから微笑ましく思っていました。ただ、みんなが帰ったら、明斗さんとくっつきたいなって思っていたんです」
「そういうことか。可愛いな」

 想いが分かり、自分の腕で包み込んでいる氷織のことがより愛おしく思える。
 氷織は俺の腕の中で、ゆっくりと体をこちらに向ける。可愛いと言ったからか、氷織の笑顔は頬を中心にほんのりと赤らんでいた。

「恋人からくっつきたいと思われて嬉しいよ。それに、今日はおままごとで夫婦役を演じたとき以外は、氷織とくっつくことはあまりなかったから」
「そうでしたね」

 俺は氷織を抱きしめる力を少し強くする。今は向かい合っている体勢だから、氷織の温もりや甘い匂いだけでなく、胸などの柔らかさもはっきりと感じられる。それがとても心地良くて。

「今日、愛莉ちゃんと一緒にいるときの明斗さん……いつも以上に優しくて素敵だなって思いました。落ち着いていましたし」
「そうか。俺も親戚に年下の女の子がいるし、小さい頃は姉貴や姉貴の友人と一緒に遊ぶことが何度もあったからな。おままごとやお医者さんごっこもやったよ」
「そうでしたか。あと、沙綾さんと恭子さんが来るまで、愛莉ちゃんと3人でいる間は……私達に娘ができて、3人で暮らしたらこんな感じなのかなって思っていました」

 そう言うと、氷織ははにかむ。その顔はもちろん、俺のことをチラチラと見てくる仕草も可愛らしい。あと、氷織の体から伝わってくる熱が強くなってきた。

「俺も同じようなことを思ったよ。氷織と愛莉ちゃんは姉妹っぽいとか、愛莉ちゃんの若いお母さんみたいだなって」
「ふふっ、そうでしたか。いつかは実際にそういう未来を歩むかもしれませんね」
「そうだな」

 もし、実際に俺達の間に娘を授かったら、どんな感じになるんだろうな。氷織に似ていたら愛莉ちゃんのような雰囲気の子になりそうだ。

「今回のお泊まりも楽しかったです」
「楽しかったな。愛莉ちゃんの面倒を見るっていう予想外のこともあったけど、それを含めて楽しかった。帰り際に葉月さんが言ったように、夏休みのいい思い出になったよ」
「私もです。夏休みの素敵な思い出が増えました」

 氷織は可愛い笑顔でそう言った。
 先日、氷織は俺とお泊まりしたいと言っていた。そのお泊まりがすぐに実現し、こんなにも楽しい時間になったことが本当に嬉しい。
 それから、愛莉ちゃんも写っている写真を見たり、2人とも好きなアニメを観たりした。その間はずっと、氷織を抱きしめたり、寄り添ったりして氷織と温もりを感じ合う。だから、とても楽しくて、幸せな時間になったのであった。


特別編6 おわり



次の話から特別編7です。
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