恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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特別編8

プロローグ『恋人と短編小説と水ようかんと』

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特別編8



「読み終わったよ。面白かった。凄く良かった……」

 8月17日、火曜日。
 高校2年生の夏休みも残り半月ほどになった。
 今日はお昼過ぎから、恋人の青山氷織あおやまひおりの家でお家デートをしている。
 また、氷織から、新作のガールズラブの短編小説が書けたので、俺・紙透明斗かみとうあきとに読んで感想を聞かせてほしいと頼まれたのだ。氷織は蒼川小織あおかわこおりというペンネームで、小説投稿サイトに小説を投稿している。投稿前に俺の感想を聞きたいとのこと。

「そうですか! 良かったですっ」

 氷織は嬉しそうな様子でそう言った。ほっとしているようにも見えて。きっと、俺の口から「凄く良かった」という言葉を聞けたからだろう。目の前で俺が読んでいるから、そのことの緊張もあったのかもしれない。
 小説の内容は、主人公の大人しい雰囲気の女子高生が、片想いしている王子様系のクラスメイトの女子と結ばれるまでというものだ。

「全体的に温かくて甘い雰囲気で。特に主人公が告白したシーンからキスシーンまでが甘くて。キュンとなったよ。キスシーンはドキドキもした」
「そう言ってくれて嬉しいです。コアマに行って、コアマで買った同人誌を読んだら創作意欲が凄く湧きまして。王子様系女子がヒロインのガールズラブ小説のネタが考えていたので、勢いに任せてこの作品を書きました。読み返して誤字脱字を直したり、恋愛小説ですから、告白からキスシーンまではセリフを修正したりしましたが」
「そうだったんだ。恋愛系の作品でいいなって思えるのって、告白やキスシーンが印象的な作品が多いな。……勢いでこんなに面白い小説を書けるなんて凄いよ」
「ありがとうございますっ」

 氷織はニコニコしながらお礼を言った。
 中学時代にラノベを書こうとして全然書けずに挫折した経験があるので、勢いで面白い小説を書ける氷織は本当に凄いと思っている。しかも、投稿サイトの広告収入で、趣味を楽しめるくらいに稼げているし。
 あと、氷織の言ったコアマとは、コミックアニメマーケットという同人誌即売会のこと。先週末に3日間都心の方で開催され、氷織と俺は2日目に行った。氷織はコアマでボーイズラブやガールズラブの同人誌を何冊も買っていた。また、会場内で友人の火村恭子ひむらきょうこさんと葉月沙綾はづきさあやさんと待ち合わせて、会場を廻った。楽しかったな。
 そういえば、コアマの会場で、氷織は「同人誌を作る人も読む人もこんなにいて感動する」って言っていたっけ。もしかしたら、あのときにも氷織の創作意欲が湧いていたのかもしれない。

「明斗さんに楽しんでもらえて良かったです」
「ああ。俺の感覚ではあるけど、ガールズラブ作品が好きな人は楽しんでもらえるんじゃないかと思う」
「そう言ってもらえると自信がつきますね。もう一度誤字脱字のチェックをしたら、この作品を小説投稿サイトに投稿しようと思います」
「分かった。投稿したらまた読むよ」
「はいっ。読んでいただきありがとうございました」
「いえいえ。これからも、もし読んでほしい作品があったらいつでも言ってくれ」
「ありがとうございますっ」

 ニコッとした可愛い笑顔でお礼を言うと、氷織は俺にキスしてきた。氷織とキスをすると、ドキドキして温かい気持ちになるなぁ。
 数秒ほどして氷織の方から唇を離す。目の前には、頬を中心にほんのりと赤らめた氷織の笑顔があった。そのことにキュンとなって。

「これまでにたくさんしましたけど、明斗さんとのキスはとてもいいですね」
「俺もそう思うよ」
「ふふっ。読んでもらった作品では女の子同士ですが、キスシーンは明斗さんとのキスを思い出しながら書きました」
「そうだったんだ。そうやって書いたキスシーンだから、ドキドキしてキュンってなる内容になったのかもな」
「そうですね」

 氷織はいつもの優しい笑顔でそう言ってくれる。何だか、氷織の創作の役に立てているような感じがして嬉しいな。そう思いながらアイスコーヒーを飲むと、とても美味しく感じられた。

「3時近いですね。明斗さん、水ようかんを食べますか? 昨日、お母さんが買ってきまして。冷やしてあるのでおやつにいいかなと。コーヒーには合わないかもですが」
「俺はコーヒーって結構合うと思ってるよ。コーヒーを飲むときに食べることもあるし。俺、水ようかんは好きだから食べたいな」
「そうですか! では、水ようかんを持ってきますね」
「うん。ありがとう」

 お礼を言うと、氷織は部屋を後にした。
 水ようかんか。お中元でもらったり、夏になると親がたまに買ってきたりするから、個人的に水ようかんは夏のスイーツってイメージがある。

「お待たせしました」

 それから程なくして、氷織が戻ってきた。氷織が持つトレーには、水ようかんが乗ったお皿とさじが乗っている。
 氷織は俺の前に水ようかんが乗ったお皿とさじを置いてくれる。その近くに、自分の分の水ようかんとさじを置く。
 水ようかん……美味しそうだ。紫色だし、粒のようなものが一切見えないから、これはこしあんの水ようかんかな。
 氷織は勉強机にトレーを置くと、俺の隣にあるクッションに腰を下ろした。

「美味しそうな水ようかんだな」
「甘くて美味しいですよ。では、食べましょうか」
「ああ。いただきます」
「いたたきますっ」

 俺はさじで水ようかんを一口分掬って、口の中に入れる。
 口に入れた瞬間、冷たさと一緒にあんこの優しい甘味が感じられて。軽く咀嚼すると、あんこの甘味が口いっぱいに広がっていく。あと、粒の食感がないから、この水ようかんはこしあんか。

「……甘くて美味しいな」
「美味しいですよね!」
「ああ。冷たいのもいいな。あと、この水ようかんはこしあんなんだな」
「はい、こしあんです。うちの家族はお父さん以外がこしあん派なので、こしあんのものを買うことが多いです。といっても、家族全員こしあんもつぶあんも好きですが」
「ははっ、そっか。あんこって、こしあんとつぶあんで好みが分かれるよな」
「分かれますね。ちなみに、明斗さんはこしあんとつぶあんではどちらが好きですか?」
「こしあんだな。どっちも好きだけど」
「そうですか! どちらも好きなのを含めて同じですね。それが嬉しいです」

 氷織は言葉通りの嬉しそうな様子でそう言ってくれる。可愛いな。

「俺も氷織と好みが合って嬉しいよ」

 そう言い、氷織の頭を優しく撫でる。俺に頭を撫でられるのが気持ちいいのか、氷織の笑顔が柔らかいものに変わる。今の笑顔も可愛いな。

「こういった話、結構楽しいですね」
「楽しいよな。家族や友達の話題で盛り上がったことが何度もある」
「私もです。もう少しこの話をしませんか? 明斗さんの好みも知りたいですし」
「いいぞ。俺も氷織の好みを知りたいし」
「ふふっ。他に好みが分かれやすいのは……そば派かうどん派か、でしょうか」
「ああ、そばとうどんか。分かれやすいな」

 家族でも友達でも、一緒に食事をするとそばとうどんで分かれることが多いな。

「明斗さんはどちらが好きですか?」
「どっちも好きだよ。ただ、どっちがより好きかっていうと……そばだな。そばの香りが好きで、さっぱりとした感じがして」
「確かに、そばの香りっていいですよね。明斗さんがそう言うのも分かります」
「そうか。氷織はどっちが好きだ?」
「どちらも好きですが……どっちが好きかと言うと、うどんですね。コシのあるもっちりとした食感が好きで」

 おっ、氷織と好みが分かれたか。ただ、どちらも好きなのは一緒だし、氷織の好きなものを知れて嬉しいので、好みが違っても特に嫌な気持ちはない。

「そうなんだ。うどんって、太いものだともっちりとした食感でコシも凄いよな。そういう麺は俺も好きだし、氷織がうどんの方が好きって言うのも分かるよ」
「そうですか。明斗さんにそう言ってもらえて嬉しいです」

 氷織は楽しげな笑顔でそう言った。
 そばうどんは氷織が考えてくれたお題だから、次は俺からお題を言いたいな。あと、好みで分かれそうなお題というと、

「……じゃあ、今度は俺から。おにぎりに巻く海苔はパリパリ派? しっとり派?」
「あぁ、海苔ですか。それも分かれやすいですね。明斗さんはどちらですか?」
「どっちも好きだけど、俺はしっとりな方が好きかな。食感が好きだ。遠足で食べたおにぎりが美味しかった思い出もあってさ。パリパリな方も香りが凄く感じられて好きだけど」
「私も同じ理由でしっとりした方が好きです。パリパリしたのも好きです」
「おっ、これは合ったか」
「ですねっ」

 好みが合って氷織は嬉しそうだ。可愛いな。
 それからも、水ようかんを食べながら、「玉子焼きにかけるのは醤油派? ソース派?」「洋画を観るときは字幕派? 吹き替え派?」などといった、どっち派の話題で盛り上がった。氷織の好みを知ることができたし、結構楽しい時間になった。
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