ラストグリーン

桜庭かなめ

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第25話『何時しかの風景』

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 ぐっすりと眠っているのか、お見舞いに行ってからは羽村からの連絡はなかった。
 また、お見舞いに行ったときの羽村の様子を明日香、常盤さん、松雪先生にメッセージで伝えると、3人とも心配していたのかほっとしたという旨の返信が届いた。
 三宅さんとも以前に連絡先を交換しているので、羽村の様子を伝えようかどうか迷ったけど、前触れもなくいきなり伝えても変に気遣ってしまうかもしれないので止めておいた。


 7月12日、木曜日。
 昨日と同じように雲が広がっているけど、今日の雲の方がどんよりとしている。昨日は雨が降らなかったけど、今日はにわか雨の予報だ。それもあるのか、昨日以上にじめっとしていて嫌な暑さだ。
 今日も学校に行くと羽村の姿はない。そして、朝礼が始まる直前に羽村から、

『頭痛と喉の痛みはなくなったのだが、熱があまり引かず鼻水と咳が止まらない。今日も学校は欠席する』

 というメッセージが送られてきた。1日じゃ治らなかったか。

『分かった。ゆっくり休んで。お大事に』

 昨日よりもシンプルなメッセージを送っておく。熱があまり引かないなら、大事を取って週末まで休んだ方がいいかもしれないな。

「羽村君、昨日は笑顔を見せてくれるときもあったけど。なかなか治らないものなのかな」
「そうだろうね。僕も数日くらい体調が悪くて寝込んだこともあったし」
「あったね、つーちゃん。小学3、4年生くらいだったよね。そのときは毎日つーちゃんのところにお見舞いに行って看病したっけ」
「……そうだったね」

 毎日、放課後に来てくれたこと自体は嬉しかったけど、お医者さんごっことか看護師さんごっことか言って、明日香と芽依に寝間着や下着を脱がされたり、タオルで体を拭かれたりしたのは恥ずかしかった。当時はそのせいで風邪が長引いたんじゃないかと思うほどだった。

「あたしも学校を休んだときも明日香が毎日家に来てくれたよね。部活が終わってからだし、電車に乗らなきゃいけないから、結構遅い時間だったよね」
「そうだったね。あのときはみなみんのことが心配だったから」
「1年生のときだったっけ。常盤さん、3日くらい風邪で休んだときがあったね」
「そうだよ。あのとき、明日香……玉子粥を作ってくれたり、汗掻いた私の体を拭いたりしてくれたよね。あのときはとても嬉しかったな」

 その言葉通りの嬉しそうな笑顔を常盤さんは見せてくれる。あと、汗を掻いた体を拭くというのは高校生になっても変わらずするんだな。

「だから、きっと……咲希や蓮見君がお見舞いに行って、羽村君も嬉しかったんじゃないかな。あたしはそう思うよ」
「そうだといいな」

 来週末に1学期が終わってしまうので、それまでの間に元気になった羽村と学校で会いたいものだ。
 今日も羽村のいない中で授業を受けた。
 期末試験も終わり、僕達が3年ということもあってか、受験対策としてこれまでの復習問題をやったり、自習にして質問を随時受け付ける形にしたりする教科もあった。受験生という身なので、学校の授業でこういう時間を設けてくれるのは有り難い。
 授業が終わって、終礼をやるとすぐに明日香と常盤さんは部活の方に行った。

「さてと、僕達はそろそろ帰ろうか。それとも……何かしたいって思ってる?」
「まあね。何かできればいいんだけど、具体的には思いつかない。昨日、羽村君のお家にはお見舞いに行ったし、連日行くのもね」
「そうだね。今はゆっくりと休んでもらおう」

 羽村の方から何か頼まれない限りは、彼についてはそっとしておくのが一番だろう。となると、

「僕らができることといえば、三宅さんから話を聞くことかな」
「やっぱりそうなるよね、翼」
「ただ、今回の出来事は羽村と三宅さんのことだ。三宅さんが僕らの中の誰かが好きで羽村を振ったならまだしも、そうじゃないなら、僕らが不用意に介入してはまずいことだとも思っているよ」

 それこそ、告白のアドバイスをしたところで僕らの役目は終わっているのだ。

「でも、お見舞いに行ったとき、羽村君はあたし達と話して気持ちが軽くなったって言ってくれたよ。もしかしたら、三宅さんだって……」
「咲希の言うように誰かに気持ちを話せば心が軽くなるかもしれない。でも、三宅さんの場合……それって僕らなのかな。三宅さんだって友達はいるだろうし、生徒会の女子生徒だっている。僕らは羽村と近しい人間で、僕は彼の親友なんだ。僕らに何か言われるんじゃないかと萎縮しちゃう可能性は考えられるよ」
「翼の言うことも納得できるよ。でも、羽村君のことをよく知っている翼だからこそ、話せることだってあるんじゃないかな。一度、話してみるのもいいと思う。もちろん、三宅さんが話したくないって言ったら、そこで止めればいいし……」
「そう、だな……」

 咲希の言うことにも一理あるな。羽村のことを知る僕や咲希だからこそ言えることがあるかもしれない。三宅さんとは何度も話したこともあるし。咲希の言うように、一度トライしてみて、彼女の話せる範囲で話を聞くのもいいかも。まあ、羽村が告白をしたときのことを話してくれたときに、気になっていることもあるから。

「分かった。羽村の想いは知っているんだ。だから、三宅さんの想いがどうなのか訊いてみたいよね。もちろん、三宅さんの心情に配慮した上で、彼女と話をしてみようか」
「ありがとう、翼」
「いいよ、僕も彼女から話を聞きたいと思っていたし。じゃあ、三宅さんに連絡してみるね」

 僕はスマートフォンを取り出して、

『蓮見です。突然で申し訳ないけど、今日の生徒会の仕事が終わった後、三宅さんと話がしたい。大丈夫かな?』

 というメッセージを三宅さんに送った。羽村のことについては触れていないけど、僕からのメッセージだから、急に話したいと思う理由は感付くだろうな。

「三宅さん、相手してくれるかな」
「きっと、会ってくれると信じよう」

 咲希とそんなことを話していると、僕のメッセージに『既読』と表示され、

『大丈夫ですけど、話したいことって羽村会長のこと……ですよね?』

 三宅さんからそんなメッセージが送られてきた。
 やっぱり、羽村のことで話したいって分かっちゃうか。羽村から告白されて3日くらいだからな。ここは嘘を付かず、本当のことを話しておこう。事情が分かっている方が三宅さんにとって話しやすくなると信じて。

『そうだよ。最近、三宅さんとあったことは羽村から聞いているよ』

 このメッセージを見て、三宅さんがどう想うか。やっぱり会いたくないって言われたらまた後日かな。
 すると、三宅さんから返信メッセージが届く。

『分かりました。今日はあまり仕事がないので、2時過ぎくらいには終わると思います。終わったらまた連絡する形でいいですか?』

 三宅さんからのそのメッセージを見て一安心。

『分かった。じゃあ、終わったらメッセージをよろしくね』

 これで、三宅さんと会う機会を作ることができた。彼女からどんなことを聞くことができるのだろうか。少し不安でもある。

「三宅さんと話せそうだ。生徒会の仕事、今日は少ないから午後2時過ぎくらいにまた連絡するって」
「そっか、分かった。午後2時だったら……また、あのお蕎麦屋さんに行く?」
「そうだね。この前はそばを食べたけど、うどんも結構美味しいんだよ」
「そうなんだ! じゃあ、一緒に行こっか」
「うん」

 僕らは月曜日に行ったお蕎麦屋さんに行く。この前ほどじゃないけど、今日もお店の前にはうちの学校の生徒による行列ができていた。
 10分ほど並んで咲希はざるうどん、僕は冷たい天ぷらうどんを食べた。もちろん、咲希はこの前と同じように大盛りにして。太くてコシもあって美味しかった。野菜のかき揚げもなかなかであった。そういえば、1年のときに羽村とここでうどんを食べたっけ。

「う~ん、美味しかったぁ」
「うどんも美味しかったでしょ」
「うん。翼の言う通り美味しかった。翼が一口くれたかき揚げもね」
「ははっ、それは良かった」

 僕らは学校に戻る。そのとき、咲希が明日香や常盤さんが部活をしている姿を見たいと言い出したので、僕らは美術室へと向かう。
 美術室の扉は閉まっていたけれど、窓がついていて中の様子を見られる。僕らはこっそりと明日香と常盤さんの様子を見る。中にいる生徒は美術部の生徒だろうか。女子生徒が多い印象だ。キャンバスに絵を描いている。

「明日香と美波がいた」
「うん。頑張っているみたいだね」

 明日香と常盤さんは隣同士で製作をしていた。たまに、お互いの絵を見合って笑顔も見える。1年のときからそうだけど、本当に仲がいいな。

「あっ、明日香と美波がこっちに気付いた」

 どうしてここにいるの、と言わんばかりの驚いた様子で、明日香と常盤さんがこちらにやってくる。

「咲希に蓮見君。どうしてここにいるの?」
「2人がいて驚いたよ。つーちゃん、どうして笑ってるの?」
「いや、反応が予想通り過ぎて。実はこの後、三宅さんと羽村のことを話すために会うことになっているんだ。2時過ぎに連絡が来ることになってる。さっき、咲希とお昼ご飯を食べに行ってきて、三宅さんと会うまでに時間があるからここに来てみた」
「そういうことだったんだね、つーちゃん。はるちゃんの気持ちを考えながら、色々と話を聞けるといいね」
「時間があるなら、あたしや明日香が今描いている作品を観ていく?」
「観たい! 観ようよ、翼」
「うん」

 僕と咲希は美術室に招き入れられ、明日香と常盤さんの絵を見ることに。

「凄いなぁ」

 咲希は楽しそうな笑みを浮かべながら2人の絵をじっくりと観ている。
 どちらも色が塗られている箇所とそうでない箇所があるけれど、何を書いてあるのかは何となく分かった。

「明日香は桜海川で、常盤さんは夏の旅行で行く別荘から見える景色かな?」
「そうだよ、つーちゃん。先月、さっちゃんと久しぶりに散歩したときに行った桜海川の景色が気に入って」
「あたしの方も正解。あたし達、9月締切の『あなたの好きな風景コンテスト』っていうコンクールに出品する作品を描いているんだ。家族旅行もそうだし、明日香達と旅行に行ったからこの風景が大好きで」
「そんな話を聞くと美波の別荘に行きたくなるなぁ」
「ふふっ。でも、今年は受験生だけれど、気分転換ってことで夏休み中に旅行もありだと思ってる。羽村君が元気になったら、そのことについて話そう」

 僕も常盤さんと同じ意見だ。受験生ではあるけど、気分転換として旅行に行くことはいいんじゃないかと思っている。

「ね、ねえ……つーちゃん」
「うん、どうかした?」
「この絵の制作が順調だから、顧問の先生からこのコンテスト用にもう一作制作してみるのはどうだろうって言われて。それで、風景画とはなっているけれど、人物メインでもOKなことになっていて。それで、シー・ブロッサムで働いていたつーちゃんを描いてもいいかな? ええと、そのときのつーちゃんの姿がす……好きだからです。はい……」

 段々と声が小さくなっていったけど、何とか聞こえた。明日香、顔が真っ赤になっているぞ。他の部員がいる中で、僕の絵を描かせてほしいと頼むのが恥ずかしいのかな。

「もちろんいいよ、明日香。もし描いたら、写真でもいいから僕にも見せてくれるかな」
「分かった。ありがとう、つーちゃん」
「良かったね、明日香」
「うん、みなみん」

 明日香はほっと胸を撫で下ろし、安堵の笑みを浮かべる。それだけ、喫茶店でバイトをしていた僕の姿を描きたかったんだな。

「でも、翼の絵を描くっていうけれど、イメージはできているの?」
「うん。これまでに、スマホやデジカメでバイト中のつーちゃんの写真は撮っているから」
「そうなんだね」

 マスターに許可をもらって、何度かバイト中の僕のことを写真に撮っていたな。
 ――プルルッ。
 僕のスマートフォンが鳴る。もう2時過ぎだし、三宅さんからかな。さっそくスマートフォンを確認してみると、

『生徒会の仕事が終わりました。どこで会いましょうか?』

 三宅さんからそんなメッセージが届いた。

「三宅さんから仕事が終わったってメッセージが来たよ」
「分かった。じゃあ、行こうか、翼」
「そうだね。明日香も常盤さんも部活頑張ってね。お邪魔しました」
「頑張って!」
「ありがとう、つーちゃん、さっちゃん」
「咲希や蓮見君も頑張りなよ。また明日ね」

 そ僕と咲希は美術室を後にする。常盤さんには昇降口を出たところで会おうとメッセージを送っておくか。

「よし、昇降口で三宅さんを待とう」
「分かった」

 僕らは昇降口に向かって歩き始める。
 これから、三宅さんの口からどんなことが聞けるのだろうか。三宅さんと付き合いたいと今でも考えている羽村の想いに対して、彼女は羽村にどんなことを想っているのか。昇降口へと向かう一歩一歩が重く感じられるのであった。
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