ラストグリーン

桜庭かなめ

文字の大きさ
36 / 83

第35話『別荘にやってきた』

しおりを挟む
 咲希と鈴音さんという熟睡者がいることもあってか、車内の雰囲気は穏やかだ。といっても、起きている人は7人いるので、常に誰かしらの声が聞こえており無言の時間はない。

「全然知らない景色だね」
「そうだね。今回は電車じゃなくて車だからか、桜海市を出てからずっと知らない景色ばかりだよ。旅行に来てるなって感じがする」
「それは言えてるね。実際はさほど遠くないのに、知らない景色だと随分と遠くに行っちゃったんだって思うよ。でも、つーちゃんは2年生くらいまでは、休日はたまにバイクで出かけてなかったっけ?」
「そうだね。ただ、桜海から出ることはあまりなかったかな。アニメの聖地巡礼で遠出したけど、そこは夏山町とは反対方向だったと思う」
「へえ……」

 たまにバイクで走ることもあってか、こういった景色を見るのは好きだ。運転するときはもちろん色々と注意しなければいけないし、誰かの運転する車の中でゆったりとできるのは贅沢だなと思う。

「そういえば、免許を取ってから1年以上経ってから、つーちゃんの運転するバイクに何回か乗せてくれたよね」
「一般道の2人乗りは免許を取得してから1年経たないといけないんだ。実際に、そのくらい経ってバイクの運転も慣れたかな」
「私もお兄ちゃんに乗せてもらったなぁ」
「めーちゃんもあるんだ。あと、バイクの運転にはそういう決まりがあるんだね。あのときは爽やかな風を感じられて気持ち良かったなぁ。つーちゃんのことを後ろから抱きしめていたから幸せで……」

 そのときのことを思い出しているのか、明日香はほんのりと頬を赤くして幸せな表情を見せている。
 そういえば、明日香を乗せたときは常に背中に温かくて柔らかいものが当たっていて、1人で乗るよりも身体的には楽だった気がする。芽依を乗せたこともあるけど……特にそんなことはなかったかな。

「幸せそうだね、明日香ちゃん」
「やはり、蓮見と一緒にいるときが一番いい笑顔になるな、朝霧」
「可愛らしいですね。夫婦と呼ばれる理由が分かる気がします! 明日香先輩!」
「学校中から夫婦と呼ばれても在学中は結婚しちゃダメだよ、明日香ちゃん。それが校則だからね」
「またいい写真を撮れたよ、明日香」
「ううっ、凄く恥ずかしいよ……」

 明日香は顔を真っ赤にすると、両手で顔を覆う。芽依と3人で話しているけど、ここは車の中。普通の声の大きさで話しても羽村達にちゃんと聞こえるんだな。常盤さんに至ってはみんなの可愛らしい写真を撮りたいのか、常にスマホやデジカメを持っているし。
 それにしても、咲希と鈴音さんは一度も起きることなく今もぐっすりと眠っている。それだけ車の中が気持ちいいってことかな。

「翼、クロールなのにどうして後ろに進むの……」
「パンケーキのビキニはさすがに無理だって、翼君……」

 彼女達の夢に登場する僕は色々な意味でおかしいな。実際の僕はクロールで泳ぐとしっかりと前に進むし、パンケーキはしっかりと食べますよ。

「でも、パンケーキか……」
「蓮見、もしかしてそういうプレイをしてみたいと思っているのか?」
「そんなわけないだろ。バイトを辞めてから料理もスイーツもあまり作ってないから、別荘で久しぶりに作ってみるのもいいかなって」
「そういうことか。てっきり、宮代さんの夢を正夢にするんだと思ったぞ」
「アホか」

 食べる以外の目的でパンケーキを作るつもりは全くない。仮に鈴音さんの夢に出てくるようなビキニがあったら、それはパンケーキに似た何かだろう。
 そんな感じで話し声が途絶えることのないまま、僕らが乗る車は確実に夏山町へと近づいていった。
 途中、夏山町近くにある食事処に立ち寄って、昼食とご当地スイーツを食べることに。その際に車を降りるまで、咲希と鈴音さんは一度も起きることはなかった。
 この食事処のある地域では海の幸が豊富であり、海鮮料理が名物とのこと。魚介の旨みたっぷりのラーメンもあったので僕はそれを食べた。松雪先生が奢ってくれたこともあってか、みんなも満足そうで。地元の美味しい物を食べるのはこれぞ旅行という感じだ。
 スイーツについては各自が好きなものを買って、時には互いに食べさせることも。お茶っ葉も名産の1つなので、僕は抹茶アイスを食べる。ただ、明日香達にも食べさせたので実際に食べられたのは半分くらいだけど。
 別荘でも食べるお菓子などを買って、僕らは再び車に乗って別荘へと向かった。


 午後2時過ぎ。
 僕らは常盤さんの別荘に到着した。さすがに3年連続となると、今年の夏もここで過ごすことができる安心感がある。ただ、もはやホテルと言ってもいいんじゃないかというくらいの3階建ての立派な外観は、毎度のこと凄いなと思わせてくれる。

「美波ちゃん、ここで合ってるの? ホテルっぽいけれど」
「大丈夫ですよ、里奈先生。ここが常盤家の別荘のうちの1つです。それなりに大きな方ですね」
「私が住んでいるアパートよりも立派だなぁ。凄い」
「あたしの住んでいるアパートよりも立派ですよ、里奈さん」
「一昨年と去年、翼や明日香達はここに来て楽しい思い出を作ったんだね。羨ましい」
「そうですね、咲希先輩。一緒に楽しんで思い出を作りましょう」
「そうだね。まあ、陽乃ちゃんは主に羽村君と楽しい思い出を作るんでしょ?」
「……ふふっ」

 先生のように、僕も初めてここに来たときは別荘じゃなくてホテルだと思ったな。初めて来た人達も期待しているみたいだ。今年はここに9人で4日間過ごすのか。

「美波お嬢様、お待ちしておりました。別荘の中の清掃、食料の調達などの準備はできております」
「今年もありがとう、凛さん」

 常盤さんは専属メイドの月影凛つきかげりんさんのことをぎゅっと抱きしめた。そういえば、一昨年も去年も別荘を綺麗にしてくれたり、食料を用意してくれたりしていたな。お金持ちって感じがするよ。
 月影さんは嬉しそうな笑みを浮かべる。

「こちら、うちの専属メイドの月影凛さん」
「初めまして、月影凛と申します。先日、美波お嬢様から今回のご旅行の話を聞きまして、別荘の清掃や食料のご用意をさせていただきました。みなさま、今日からの4日間……こちらで楽しい時間をお過ごしくださいませ。お嬢様、お帰りになる火曜日にまた伺いますが、何かありましたらご連絡ください」
「うん、分かった。今回もありがとね」
「いえいえ。みなさま、思う存分楽しんでくださいませ。では、失礼いたします」

 月影さんは僕達の元から立ち去っていった。これも毎年同じパターンだ。一昨年も去年も僕らだけで問題なく過ごせたけど、彼女を呼ぶとどうなるんだろう。常盤さん曰く、かなりやり手のメイドさんだそうけど。

「さっ、みなさん。常盤家の別荘へようこそ。さっそく入りましょう」

 僕らは常盤家の別荘へと入る。1階の広いリビングを見ると、また今年の夏もここに旅行に来たんだなと安心できる。

「うわー! すごーい!」
「ここで4日間も過ごせるなんて夢みたいだね、咲希ちゃん!」
「別荘でこんなに立派だなんて。美波先輩のお屋敷はどれだけ凄いんだろう……」
「美波ちゃんの家がお金持ちなのは知っているけど、やっぱり凄いなぁ」

 初めて来た人達は驚きでいっぱいのようだ。2年前、僕も同じようなリアクションをしたので微笑ましい気分になる。

「1階はリビング、キッチン、大浴場があります。あとはちょっとした会合にも使われることもあって、会議室もあります。ホワイトボードもあるので、勉強をするときは会議室を使うのがいいと思います。2階と3階にそれぞれゲストルームが5つずつありますので、今回は1人1部屋ずつという形にしましょう」

 ゲストルームも立派でもちろん僕の部屋よりも広くゆったりとできる。1人ずつの部屋としているけど、部屋にあるベッドは2人くらいなら余裕で眠れるくらいの大きさだ。ちなみに、一昨年と去年は男子が2階、女子が3階という形で分けていた。

「分かった、美波ちゃん。まずは部屋割りを決めて、荷物を置いてこようか。それで、今日は……どうするつもりですか? 羽村旅行会長」
「旅行会長ですか、先生。そうですね……今日は初日ですし、プライベートビーチも目の前にありますから、海でたっぷりと遊ぼうと考えているのですが、みなさんどうですか?」
『賛成―!』

 女性メンバー全員が元気いっぱいにそう言った。

「僕も海で遊ぶことに賛成かな」
「蓮見も賛成か。じゃあ、泊まる部屋を決めて、荷物を置いたら海で思いっきり遊ぼう!」
『おー!』

 運転した松雪先生も含めてみんな元気だな。女性陣は今回のために新しい水着を買ったのもあるかもしれない。目の前に綺麗な海もあるし、昨日までみんなそれぞれのことを頑張ってきたんだから、旅先でたっぷりと遊んでいいよね。
 その後、部屋割りが決まり、3階は明日香、咲希、常盤さん、三宅さん、芽依。2階に羽村、僕、松雪先生、鈴音さんが泊まることになった。
 別荘に到着して旅行気分全開になってきた。火曜日にここから帰るとき、楽しい4日間だったねと言えるように過ごせればいいなと思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。 地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。 クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。 彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。 しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。 悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。 ――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。 謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。 ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。 この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。 陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!

処理中です...