桜庭かなめ

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本編

エピローグ『はるか』

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 5月1日、火曜日。
 平日になったことで事態は大きく動いた。それによって報道も持ちきりだ。
 菅原親子と取り巻き達の起訴。菅原博之の議員辞職と所属政党からの追放。菅原和希などの学生達については高校から退学処分が下った。
 僕と琴葉が卒業した中学校は、今回のことを受けて、琴葉の両親が訴えたにも関わらず2年前にいじめの認定が行なわれなかったことを謝罪し、改めて琴葉のいじめがあったと認めることに。
 そのこともあって、僕は校門の近くで待ち構えている多くの報道陣から取材を受けることにした。

「隠されていた2年前の事実がようやく明らかになりました。そして、被害者の少女も意識を取り戻し、平穏な生活を再び送り始めました。ただ、僕がやってしまったことは変わりません。本当に申し訳なく思っております。今は信頼できる警察関係者に捜査を任せております。私は事態の動向を見守りながら、学校生活を送っていきたいと思いますのでよろしくお願いします」

 今、伝えておくべきことはこのくらいだろうか。これで学校前に居続けるマスコミが減ればいいんだけれど。
 菅原博之によって隠蔽された事実は明らかになったことで、学校への抗議の電話やメールは先週に比べるとだいぶ減ったという。

 もちろん、学校関係者にもきちんと事実が伝わり、僕は学校から何の処分も下ることなく、これからも月野学園で高校生活を送れることになった。

 ただ、マスコミ関係者に言ったように「僕が琴葉を2年近くの間眠らせてしまった」という事実は変わりないので、周りの生徒からは相変わらず冷ややかな視線や鋭い視線を送られることに。ただ、僕の過去が広まってしまった直後に比べたらマシになった……かな。
 それでも、授業中に落とした消しゴムを拾ってくれた女子生徒にお礼を言ったら非常に喜ばれたり、2、3人の男子生徒と連絡先を交換したり……と、僕に関わってきてくれるクラスメイトが少しずつ増えてきて。
 これからクラスに溶け込んでいけるかどうかは、きっと僕次第なんだろう。平穏な高校生活を送ることができるようになればいいな。
 今日も授業が終わったので、放課後は生徒会室で活動を行う。今日もあまり仕事はないけれど。

「これでまた3人で生徒会の活動ができますね、樹里先輩、玲人君」
「そうだね、沙奈ちゃん。ただ、付き合うことになった沙奈ちゃんと逢坂君のラブラブな空気に耐えられるかなぁ」
「大丈夫ですって。公私混同はしません。生徒会の仕事はしっかりとやっていきます」

 そう言いながらも、沙奈会長は僕とベッタリとくっついているんだけど。

「今の言葉にあまり説得力を感じられないなぁ、沙奈ちゃん」
「これは……えっと、生徒会の仲間として、より仲を深めるためのスキンシップですよ」

 日曜日の夜はスキンシップどころではない交流をしたけど。沙奈会長が僕の側にいてくれることは嬉しいけれど、公私混同をしないように気を付けないと。

「スキンシップねぇ。沙奈ちゃんはともかく、逢坂君がこれまでとあまり変わっていないみたいだから大丈夫かな」
「生徒会の仕事に支障を来たさないように気を付けます」

 沙奈会長や副会長さんがより活動しやすくするために、庶務係として生徒会に入ったんだ。2人の足を引っ張らないようにしないと。

「えっ、逢坂君と沙奈ちゃんって付き合うことになったの? 先生、知らなかったな」

 気付けば、松風先生が紅茶を飲みながらまったりとしていた。

「松風先生、来ていたんですか」
「うん。仕事が一段落したからね。どうせなら、うちのクラスのかわいい生徒の仕事ぶりを見たいと思ってここに来てみたの」

 そう言っているけど、最近は生徒会の仕事もあまり多くないし、ここならゆっくりと休めると思ったんだろう。

「そうしたら、かわいい生徒達が大人の道を歩み始めたことを知っちゃった。私が歩いたことのない恋愛という道を……」

 あははっ、と松風先生は力なく笑う。今日から5月になって春も真っ盛りだけれど、先生にとってはまだ真冬なのかも。

「ハメを外さないように気を付けてね。あと、生徒会の仕事に支障を来たさないように。恋愛経験無しの先生からはそのくらいしかアドバイスできないけれど」
「素晴らしいアドバイスですよ。そう思いますよね、沙奈会長、副会長さん」
「そうね、玲人君!」
「逢坂君の言うとおりだね。松風先生のアドバイスを胸に刻んで、生徒会の仕事も恋愛もしっかりとやってね」
「あなた達……」

 すると、松風先生は残りの紅茶を一気に飲み干して、

「紅茶おかわり! 今度はミルクティーで!」

 満面の笑みで僕らにそう言ってきた。その笑顔をたくさん見せるようになれば、いつかは先生にも春が訪れることだろう。
 僕は松風先生にミルクティーを淹れる。

「どうぞ、先生」
「ありがとう、逢坂君。話が変わるけど、あの国会議員とその息子をよく逮捕までさせることができたよね」
「証拠や証言は2年前に集めていましたからね。父親が圧力をかけたことについても、息子の発言を録音できましたから。ただ、事件当時、警察という組織が政治家から圧力がかかり、事実が隠蔽されましたから、今になって動いても同じような事態になりかねない可能性はかなりありました。そんな中、これまで警察の不正を暴き続けてきた警察官と話せたことが幸運でした」
「なるほどね。2年前のことで警察が信頼できなくなってしまったけど、警察に協力してもらわないと決着を付けることができない。そう考えると、その刑事さんと話せたことは本当に運が良かったのかもね」

 羽賀さん達の協力があったからこそ、ここまでスムーズに上手く事が運んだのだと思う。運が良かったな、本当に。

「生徒の保護者や一般の方からの問い合わせも減ったし、もう大丈夫だと思うよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「うん。あと、生徒会室ではこんなにも柔らかい雰囲気なんだから、教室でも同じようにすればきっとクラスに溶け込めると思うよ。それに、女子生徒の間では逢坂君はけっこう人気があるみたいだし。真面目だから女性職員の間でもなかなか……」
「……へえ、そうなんですか」

 今の沙奈会長の低い声……スイッチが入ったような気がする。そんなことを考えていると、沙奈会長が僕のことを抱き寄せてキスをしてきた。

「女の子からどんなに人気があっても、玲人君は私の彼氏なんだからね」
「当たり前じゃないですか。僕は沙奈会長のことが大好きですよ」
「私だって玲人君のことが大好きだよ!」

 沙奈会長を不安にさせたり、怒らせたりしないよう気を付けないと。そのためには僕がしっかりしなければいけないな。

「逢坂君と沙奈ちゃんがどんどんと遠い存在になっていくわ。けれど、教師としてそれは喜ばしいことなのかも……」
「そこで私の手をぎゅっと握らないでください。ほら、沙奈ちゃん。逢坂君。今日の仕事もまだ残っているんだからやりましょう」
「そうですね。さっとやっちゃいましょう。玲人君、樹里先輩と私にも紅茶を淹れてくれるかな」
「はい、分かりました。先生もまたおかわりしますか?」
「そうだね。今は甘酸っぱいレモンティーの気分かな」
「レモンティーですね。分かりました」

 この調子だと、庶務係としての今日の仕事は紅茶を淹れることになっちゃうな。
 数々のミッションをこなし、2年前の事件に決着を付けて、沙奈会長という彼女もできたけれど、これまでとさほど変わらない平穏な日々を送ることができる。そんなことにささやかな幸せを感じながら、僕は素敵な人達と一緒に今日も高校生活を楽しんでいる。



本編 おわり
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