ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 5-ミヤビナカオリ-

第15話『ほろり』

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 雅先輩からの告白。
 それは、一昨日とは比べものにならないくらいに心に響く物だった。あの時は全く好意を感じられなかった。だって、全ては西垣先輩と付き合うための過程だったから。
 しかし、今は違う。今の雅先輩は俺に恋をしている女の子だった。

「最初はかっこいい後輩の男の子くらいにしか思ってなかった。一昨日……告白した時も、好意なんて全然なかった。クールでちょっと恐いとも思っていたの。でも、一緒にいてあなたの色々な表情が見えて。何よりも、こんな私にも優しくて。ひどいことをしている私の側から離れることはなかったし、舞に別れろって言われても、隼人君は私を見放さないって言ってくれた」

 そう言う雅先輩の口角は少しずつ上がっていく。

「そのときに隼人君のことが好きになったの」

 雅先輩は吸い込まれるように、俺とキスする。唇を触れさせるだけでは物足りないのか舌を使って俺の口の中に入り込んでくる。
 症状が出てしまうのではないかと身震いしたものの、不思議と全く出なかった。雅先輩の温もりや匂いをこんなにも感じているのに。
 雅先輩が唇を離すと、互いの口の間に唾液の糸が引かれる。

「……隼人君。私の側から離れないで。あなたのことが大好きなの!」

 そう言って、雅先輩は俺のことをぎゅっと抱きしめる。
 一瞬、俺は西垣先輩の代わりなんじゃないかと思った。でも、雅先輩は俺のことを1人の男として本当に好きなんだ。その気持ちは痛いほどに伝わってくる。
 雅先輩の言葉は真実なのに、どうして俺は今もなお違和感を持ち続けているのだろう。このもやもやとした感じ。

「隼人君に好きになってもらえるなら何でもする。私、隼人君がいないと生きていく自信がないよ……」

 きっと、それは西垣先輩に突き放されたことや、写真を使って脅迫した事実がキャンパス中に広まり、そのことで周りの生徒から非難されると思っているからだろう。
 そんな風に考えている雅先輩には酷だが、俺は雅先輩と付き合う気は全くない。だって、奈央に約束したんだ。必ず帰ってくるって。

「……ごめんなさい。雅先輩の気持ちはとても嬉しいです。でも、俺は雅先輩と恋人同士として付き合うことはできません」
「香川さんがいるから?」
「……そう考えてくれてかまいません。それに、雅先輩は俺以外にも好きな人がいるみたいですからね。その人への好意が今も深く残っている」
「そんなことないよ! それに、隼人君以外に好きな人は――」
「西垣先輩に決まっているじゃないですか。俺のことが好きなのは本当でしょう。だから、その気持ちを利用して西垣先輩への好意を無理矢理消そうとしていませんか?」

 俺がそう言うと、雅先輩は目を見開いて黙り込んでしまった。きっと、今言ったことが雅先輩の本心なんだ。
 雅先輩が俺のことを好きだと言ったとき、どこか悲しんでいるように思えた。それはきっと西垣先輩に対する未練の気持ちがあるからだ。雅先輩は俺に告白して、今度こそ正真正銘付き合ってしまえば西垣先輩への思いを断ち切れるつもりでいたんだ。

「……隼人君は私に復讐するつもりなの?」
「どういうことでしょう?」

 雅先輩は俺の胸元を掴み血相を変え、

「私は舞に突き放されたのよ! 関わりたくないって言われたんだよ! それなのに、隼人君はそんな舞に対して自分の本音を言えって強要する。恋人になるチャンスは高校生の時に告白した1回きりで、再び訪れることは絶対にない! 必ず振られることが分かっているのに、どうして好きだって言わなきゃいけないの!」

 威圧的な声で俺にそう主張する。

「それなら、何も言わない方がいいじゃない。それがお互いのためなんだから。それに、隼人君のことが好きなのは本当なんだから、私を隼人君の側にいさせてよ。彼女じゃなくてもいいから……」

 雅先輩は俺の胸の中で泣き崩れる。
 西垣先輩への好意は今でもあるんだ。同時に俺への好意も。だけど、夕方のこともあってか、雅先輩はもうこれ以上傷つきたくないと考えているんだ。だから、俺と付き合うという道を歩もうと決めたんだ。
 そんな雅先輩にとって、西垣先輩に本当の気持ちを伝えろというのは酷なことなのだろう。自分に復讐しようとしていると思ってしまっても仕方がない。
 実際に復讐するつもりはないが、ここまで雅先輩に振り回されたんだ。俺にはやりたいことがあるし、ここからは雅先輩に協力してもらうつもりだ。

「……何度も言いますが、俺は雅先輩と付き合うつもりはありません。俺には奈央との約束がありますからね」
「隼人君……」
「でも、あなたの側にいるつもりです。少なくとも、俺が今……やりたいと考えていることを完遂できるまでは。そのために雅先輩、あなたには協力してもらいますよ。嫌だとは言わせない」

 こういう風に言うのは好きじゃないけど、ちょっと強制的な言葉を使わないと、雅先輩は俺の言うことを聞かない気がして。

「今はまだ俺がひどいことをさせようとしていると思っているかもしれません。でも、これだけは覚えておいてください。俺は雅先輩が幸せになれる道を歩んでいってほしいと思っています。その協力なら喜んでしますから」

 まだまだ、俺と雅先輩の考えが真っ向からぶつかるかもしれない。でも、西垣先輩のことが好きな気持ちがあるのだから、何時かは互いの考えが重なり合うときが来ると信じている。
 俺のやりたいことは、今もなお俺が分かっていないことを暴くことだ。もしかしたら、そのことでこの現状を打破できるヒントを見つけることができるかもしれない。

「俺に協力してください、雅先輩」

 俺がそう言うと、雅先輩は無表情だったけどしっかりと頷いた。
 よし、さっそく行動を開始するとしようか。
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