ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 6-キオクノカオリ-

プロローグ『裏腹』

Fragrance 6-キオクノカオリ-



 7月12日、金曜日。
 もうすぐ梅雨明けだと思わせるような、雲一つない青空が広がっている。強い陽の光が教室に差し込んでくる。
 火曜日から始まった1学期の期末試験も今日で最終日。今日が終わると家庭学習日という名のお休みになり、登校するのも期末試験の返却日と終業式の日だけになる。実質、明日から1ヶ月半以上の夏休みに突入する。
 夏休みは絢ちゃんと一緒の時間をたっぷりと過ごしたいけれど、絢ちゃんは今月末から始まるインターハイに向けて追い込みをかけるみたいだから、絢ちゃんとゆっくり過ごせるのは8月に入ってからかな。
 そんなことを思いながら、最終日の試験に挑んだ。赤点になって課題が多くなったら楽しい夏休みの時間が減っちゃうもんね。
 幸いにも得意科目だったことや、山を張った内容が見事に当たり、赤点の心配をする必要なく期末試験が終了した。

「やっと期末が終わったね、遥香」
「そうだね、絢ちゃん。お疲れ様」
「今日が一番辛かったよ。頑張ったけど、赤点免れられるかな……」

 そういえば、今日の試験は絢ちゃんが一番苦手にしていた数学Ⅰがあったっけ。一緒に勉強していたときも、数学だけはかなり苦戦していたみたいだったし。

「頑張ったなら、きっと大丈夫だよ。あとはもう結果を待つしかないって」
「……うん、そうだね」

 そう言いながらも、絢ちゃんから不安そうな気持ちは消えてはいなさそうで。せっかく期末試験が終わったんだから、絢ちゃんの心が軽くなってほしい。

「じゃあ、頑張った絢ちゃんに私から何かご褒美をあげる。絢ちゃんのお願い事を1つだけ叶えるよ」

 勉強も部活も頑張っている絢ちゃんを元気にしたくて。
 絢ちゃんはギュッと私のことを抱きしめる。ひさしぶりだからドキッとするよ。7月に入ってから、試験勉強で一緒にいる時間は多かったけれど、勉強に集中できなくなるかもしれないとこういうことはあまりしなかった。
 微かに残る制汗剤の匂いが鼻腔を刺激して、それを包み込む絢ちゃんの汗の匂いが高揚感を膨らませる。
 絢ちゃんは私の耳に生温かい息をかけながら、

「……ひさしぶりに、したい」

 甘い声で、私だけに聞こえるように、そう言った。

「……そんなこと、こういう形でお願いされなくたって、言われれば、するよ」

 だって、私だってひさしぶりに絢ちゃんと……したいから。

「でも、遥香……試験勉強のとき、こういう風に抱きしめることだってあまりしなかったじゃん。だから、こういう時にお願いしないとできないのかな、って……」

 そう言う絢ちゃんの顔はいつも以上に可愛くて。思わずキスをしてしまいそうになるけれど、教室だから恥ずかしくて。学校の公認カップルになったけれど、それでも皆の前でできることとできないこともあって。抱きしめることはできても、キスをすることはできなかった。できるだけ2人きりの時にしたいから。
 どうやら、絢ちゃんも同じみたいでキスをすることはなく、抱擁を終える。
 スマホの電源を入れてメールのチェックをすると、新着メールが1件。送り主はお母さんから。何かあったのかな。

『明日、お父さんが日本に帰ってくるんだって!』

 お父さんが帰ってくるんだ。
 お父さんはイギリスの大学で心理学を教えている。毎年、夏休みと年末年始には日本に帰ってくるけど、今年は例年と比べて帰ってくるのが早いなぁ。

「どうかした、遥香」
「ああ、お父さんがイギリスから帰ってくるってお母さんからメールがあって」
「へえ、そうなんだ。そういえば、遥香のお父さんってイギリスの大学で教鞭を執っているんだよね」
「うん、そうだよ」

 お父さんと会うのは入学式の日以来。あの日は仕事の都合で、学校から直接空港に行ったので、あの日の朝以来会っていない。そっか。お父さんの顔を最後に見たのは、絢ちゃんを好きになった直前だったんだ。
 でも、絢ちゃんのことが好きになって、恋人同士になったことをお父さんどころかお母さんにも伝えられていない。お兄ちゃんは私のことを考えて、絢ちゃんと付き合っていることを上手く隠してくれている。

「どうしたの、遥香。不安そうな顔をして。お父さんが帰ってくるのが嫌なの?」
「……ううん、嬉しいよ。でも、そろそろお父さんとお母さんに絢ちゃんと付き合っていることを報告しなきゃって」
「そっか。なかなか言えないよね、女の子同士で付き合っているって」
「これまで周りに色々なことを言ってきたのにね。自分は何も言えてない」

 絢ちゃんは私と交際を始めてから間もない段階で、家族にそのことを伝えたみたい。恋愛は自由だと反対されるようなことは全くなかったらしい。ただ、絢ちゃんの家族は私のことを考えて、周囲にこのことは話していないみたい。

「ありのままの気持ちを伝えれば大丈夫だよ。今までは背中を押していた立場だっただけで、ようやく遥香の番になったんだと思う。遥香が不安なら、私も一緒に遥香の御両親に付き合っていることを伝えるから」

 絢ちゃんは優しい笑みを浮かべてそう言ってくれる。その笑顔を見たことで恋心を抱いて、その笑顔で何度、気持ちが救われただろう。
 不安に思ってしまうということは、未だに心のどこかで女の子同士で付き合うことが間違っているかもしれない、と思っているから。

「恋愛は自由なんだよね」
「もちろんだよ。世の中にはたくさん、同性で付き合っている人はいる。何よりも、遥香と付き合っていて良かったって幾度となく心から思ってる。遥香も同じ気持ちでしょ?」
「……うん」
「だったら、その気持ちを頑張って御両親に伝えてみよう。素直な気持ちを伝えればきっと分かってくれるよ」

 絢ちゃんは優しく私の頭を撫でる。
 ああ、今度は私が背中を押される立場になっているんだ。不安な気持ちがなくなったわけじゃないけど、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。今までも私が背中を押してきた女の子達って、こういう気分だったのかな。

「まずは1人で頑張ってみるよ」

 絢ちゃんだって自分で私と付き合っていることを告げたんだ。私もまずは自分1人で伝えることを頑張りたくて。今も不安がいっぱいで、強がっていることを絢ちゃんに見抜かれていると思うけれど。
 でも、絢ちゃんは決して一緒に言おうか、と言うことはない。それが彼女なりの背中の押し方であるとすぐに分かったのであった。
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