推しカプの皇太子夫妻に挟まれ推し返されてしんどい

小島秋人

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第十一話

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 ~第十一話~

 想いの捌け口に、難儀した時期が有った。

 恋慕に自覚を持って、先ず湧いたのは如何ともしがたい現状に対する無力感だった。二人とも手の届かない相手、しかも婚約者同士。どう見ても自分の心を割り込ませる隙が有る筈は無い。

 そんな事は知りもしないだろう当人たちはこぞって自分を愛でてくる。正直、愛玩動物とでも思われているんだろうと斜に構えてすらいた。

 それでも憎み切れない、心に精算をつけられない。割り切って『善き友人で居よう』と幾度決意を固めても、棄てきれぬ想いはその度に腹の底何処から染み出しては瞬きの間に心を染め上げた。

 いっそ嫌いになれれば良い、そう思った。寧ろ届かぬ想いに火をくべてくる勝手に対してどれだけの嫌悪憎悪を抱いたか知れない。

 今ですら、自身の立ち位置に心からの安息を持てているかと問われれば―――

 ―――

 「宿舎に戻ってて良かったのに…待たせて悪かったね」
 「冗談…身辺警護の仕事ほったらかして高鼾なんてしてみろ、『寵愛を嵩に着てる』だの言われるのが目に見えらぁ」
 王の居室から戻ったアレクの後に続きながら廊下を進む。

 「噂話の類いも廃れたって聞くし、そう身構える事も…」
 「だからこそ次の噂の種を撒きたかねーの…良いから主人らしく堂々としててくれって、『傍で守りたい』って言う俺の気分の為にも、さ」
 正直、噂話云々については以前と比べて然程気にしてはいない。其れ等が王室への非難ともなれば自分以外の誰かが適切に対処するだろう事案であるし、自分へのやっかみであるなら別段刺されて痛い腹にもならない。身内には拳一つで済むし。
 尤も、そう思える様になったのは当人達に諭されたお陰であるってのは…我ながら…心身共に依存してんなぁ…。

 「さらっとカッコいいこと言ってくれるねぇ…今日は二人で寝る?」
 「熱っぽい視線を向けんな!我慢が利かなくなるから!リズに言い付けちゃうぞ!」
 出立間際、同道出来ない悔しさで噛み締めたハンカチをズタ布にしかねない様子の妃殿下に二人並んで跪いて『抜け駆けしない』と誓ってまでして何とか宥めたのを忘れてんのかコイツは…。

 「…御寝所まで送り届けたら詰所に顔出して来るわ、同郷の連中と一杯引っ掛ける約束したんで」
 『前もって予定を入れておけば誘いに乗るのを我慢できるだろう』とかそーゆー予防線ではないから、違うから。…誰に言い訳をしてんだ俺は。

 「いつの間にか浮気が上手になっちゃって…其処彼処に抜け目無いなぁ」
 「人聞き悪いにも程がある…大叔母まで含めて何股すれば気が済むってんだ俺は…」
 寂寥を小さな棘に込めて言葉に乗せるのは限られた人間だけが知るアレクの悪癖だった。本人からして別段まともに取り合って欲しい訳でもないようなのである時期からは軽くあしらうようになった。

 口先でやさぐれるだけでは飽き足らなかったのか、唐突に手を握られた。後に控える様に歩いていた筈がいつの間にか横に並ばれていたのに気付かなかったのは不覚だ。思わず握った手を隠すように懐に引き寄せ周囲を見渡す。

 「…大丈夫、誰も見てないよ」
 囁くように告げる声、何故かやや上擦っている。言う通り廊下が無人であることを確かめてから視線を下ろすと、悪戯っぽく此方を見上げるアレクと視線が交わった。

 「…なんで仕掛けた側が赤くなってんだ?」
 「いや、あの、てっきり反射的に振り払われると思ってたから…思わぬ好待遇に…」
 「打たれ弱すぎか!普段もっととんでもねぇ事してんだろうが!」
 「あっ…ちょっと、あんまり強く手握らないで…本当にどきどきしちゃうから…」
 「よーし!明日は二人で仲良くリズに怒られようか!辛抱できるかこんなもん!」
 最早手を繋いでいる場面を目撃されるよりよっぽど人に見せられない状況に陥り色々と吹っ切れる。握った手はそのままアレクの肩を抱くようにして歩みを再開した。

 「えっ、えっ、このまま行く気!?」
 「大丈夫だ、『従者が旅疲れて足元の覚束ない主人を支えて寝室まで警護する』絵面で押し通る」
 「同郷の飲み会は良いの!?義妹さんも居るんじゃないの!?」
 「俺の妹だぞ?その辺上手く察して他の連中も宥めてくれらぁ」
 喋る間にも足早に歩を進めるが口調の困惑振りに反して身体の強張りや抵抗は感じない。
 「満更でもねぇんじゃn「そうだけど!?」…お、おう」


 成程夫婦二人揃っていると攻勢に出やすくなるらしいが、サシで向き合っているとガタイの分だけ俺が優勢になるらしい。どぎまぎしているアレクの有様は見ていて大変気分が良い。
 今度から押し負けそうな時は一人ずつ攻略して寝所に担ぎ込もうと決めた。


 ―――

 「…で、辞世の文言はそれでよろしくて???」
 「あの…マジ…すんません…調子乗りました」
 「」
 翌日の帰路、道中で待ち構えていたリズに出会い頭容赦なく鳩尾への一撃を見舞われ地に伏した主人の横で命乞いをする羽目になったのは言うまでも無く…

 「つーか何で一瞥しただけでバレ「殿下の首筋、王都では春先に羽虫が飛び交う様になったのかしら???」…ッス」

 教訓:手前の欲望とも上手く折り合いをつけないと安息など程遠い夢なのである。
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