24 / 29
第二十四話
しおりを挟む
~第二十四話~
「それであちこち傷だらけで戻って来たんだね…」
統帥部における諸々の段取りを終えた俺は支城に帰るなりアレクへ報告に走った。明日からは特務大隊の編成に組み込む予定の人員整理に追われる為割と暇が無くなるだろうと見越しての事だった。
「分かって貰えたんならさっきから泣きながら治癒の呪い掛けてるお宅の奥さん止めて貰っていい?」
「お肌が…私の天使の玉のお肌が…」
血止めの応急手当だけでほったらかしにしていた複数の擦り傷切り傷に片っ端から薬湯漬けにした包帯巻いてその上から呪文を書き込む様は端から見てて中々怖いんですけど…こちとらミイラじゃねぇんだぞ。
「それにしても良く勝てたね?噂だと彼女『鎧から降りても相当な腕だ』って聞いてたけど…」
「無視かよ…まぁかなり反則臭いが、ドライアド達を使ったんで割と難なく」
腰の革帯にくくりつけてあるビリヤード球ほどの大きさの土塊を撫でながら応えた。母木から頂いた樹皮にくるんだ五つの土塊にはそれぞれ娘たちが眠っている。
「ヤツが床中散らかしてくれた後だったんでな、こっそり床に配置して死角から四肢を拘束しちまって決着よ」
「あぁ成る程…でも却って怒らせたんじゃないの?」
「取り巻き連中はな、『だったらテメェらも今からハンガー行って駆動鎧取って来いや』って言ったら黙った」
「またそうやって煽る…」
半ば本気の心算だったんだがな、その時は俺も別宅にハルバード取りに帰らせて貰ったろうが。
「当人は笑ってたよ、目は殺気立ってたが『その場で使えるもん使って勝たれたから』って怒るタマなら俺だって始めから相手にしねぇよ」
実際、思う様身体を動かして多少の溜飲は下がったらしいエウリュディケは思いの外素直に対話に応じてくれた。
―――
「お茶を淹れ直してまいりました…どうぞおねえさま」
先程俺に斬りかかってきた衛士(確かアンティリアと言う名前だったか)が新しいティーカップを置いて一礼する。なんと二人分、先程の態度からしてまさか俺の分の茶まで出してくるとは夢にも思わなかったが…って
「こっち白湯じゃねぇか!」
「お気に召しませんか、彼方の絞り汁に替えて参りましょうか」
「…アリガタクチョウダイスル」
他の取り巻き連中が床を片付ける手を止め飛び散っていた紅茶をたっぷり含んだ雑巾を此方に向かって掲げたのを見て大人しく座り直した。お前ら…近日中に俺の直属の部下になること忘れんなよ…?しかし自分らの頭が散らかした床を兵に片付けさせない律儀さは妙に潔い、その点は大いに気に入ったのも本当だ。
―――
周囲の人払いも済み、閑散とした詰所の中に暫しの静寂が続いた。折角なので程よく冷めた白湯で運動後の喉を潤す。
「…さっきは悪かった、もうお前が"そう"呼ばれたくないのは分かってたんだ」
椅子に横がけに座り、相手の目を見ずに謝辞を告げた。全く礼を失する行為であることは分かっていたが、どうしても視線を交わすに至れない心中が有った。実のところ、彼女の俺に対する憎悪は例の負傷の一件が元ではないのだ。
コツコツ、と机を指先で叩く音がする。観念して首だけを対面に向けるとエウリィは俺たちだけに通じる手信号で返事を返す。
『高位』『間に』『邪魔』『お前』『味方』『否定』『騎兵』『排除』
「…『推しの間に挟まる輩は"同士"と呼ばない、馬に蹴られろ』?」
頷くエウリィの瞳には懐かしい憎悪が燃えている。あれは彼女が負傷から復帰してちょうど1年が経つ頃、二人で決めた手信号を互いが使いこなせる様になって暫くのことだった。
「それであちこち傷だらけで戻って来たんだね…」
統帥部における諸々の段取りを終えた俺は支城に帰るなりアレクへ報告に走った。明日からは特務大隊の編成に組み込む予定の人員整理に追われる為割と暇が無くなるだろうと見越しての事だった。
「分かって貰えたんならさっきから泣きながら治癒の呪い掛けてるお宅の奥さん止めて貰っていい?」
「お肌が…私の天使の玉のお肌が…」
血止めの応急手当だけでほったらかしにしていた複数の擦り傷切り傷に片っ端から薬湯漬けにした包帯巻いてその上から呪文を書き込む様は端から見てて中々怖いんですけど…こちとらミイラじゃねぇんだぞ。
「それにしても良く勝てたね?噂だと彼女『鎧から降りても相当な腕だ』って聞いてたけど…」
「無視かよ…まぁかなり反則臭いが、ドライアド達を使ったんで割と難なく」
腰の革帯にくくりつけてあるビリヤード球ほどの大きさの土塊を撫でながら応えた。母木から頂いた樹皮にくるんだ五つの土塊にはそれぞれ娘たちが眠っている。
「ヤツが床中散らかしてくれた後だったんでな、こっそり床に配置して死角から四肢を拘束しちまって決着よ」
「あぁ成る程…でも却って怒らせたんじゃないの?」
「取り巻き連中はな、『だったらテメェらも今からハンガー行って駆動鎧取って来いや』って言ったら黙った」
「またそうやって煽る…」
半ば本気の心算だったんだがな、その時は俺も別宅にハルバード取りに帰らせて貰ったろうが。
「当人は笑ってたよ、目は殺気立ってたが『その場で使えるもん使って勝たれたから』って怒るタマなら俺だって始めから相手にしねぇよ」
実際、思う様身体を動かして多少の溜飲は下がったらしいエウリュディケは思いの外素直に対話に応じてくれた。
―――
「お茶を淹れ直してまいりました…どうぞおねえさま」
先程俺に斬りかかってきた衛士(確かアンティリアと言う名前だったか)が新しいティーカップを置いて一礼する。なんと二人分、先程の態度からしてまさか俺の分の茶まで出してくるとは夢にも思わなかったが…って
「こっち白湯じゃねぇか!」
「お気に召しませんか、彼方の絞り汁に替えて参りましょうか」
「…アリガタクチョウダイスル」
他の取り巻き連中が床を片付ける手を止め飛び散っていた紅茶をたっぷり含んだ雑巾を此方に向かって掲げたのを見て大人しく座り直した。お前ら…近日中に俺の直属の部下になること忘れんなよ…?しかし自分らの頭が散らかした床を兵に片付けさせない律儀さは妙に潔い、その点は大いに気に入ったのも本当だ。
―――
周囲の人払いも済み、閑散とした詰所の中に暫しの静寂が続いた。折角なので程よく冷めた白湯で運動後の喉を潤す。
「…さっきは悪かった、もうお前が"そう"呼ばれたくないのは分かってたんだ」
椅子に横がけに座り、相手の目を見ずに謝辞を告げた。全く礼を失する行為であることは分かっていたが、どうしても視線を交わすに至れない心中が有った。実のところ、彼女の俺に対する憎悪は例の負傷の一件が元ではないのだ。
コツコツ、と机を指先で叩く音がする。観念して首だけを対面に向けるとエウリィは俺たちだけに通じる手信号で返事を返す。
『高位』『間に』『邪魔』『お前』『味方』『否定』『騎兵』『排除』
「…『推しの間に挟まる輩は"同士"と呼ばない、馬に蹴られろ』?」
頷くエウリィの瞳には懐かしい憎悪が燃えている。あれは彼女が負傷から復帰してちょうど1年が経つ頃、二人で決めた手信号を互いが使いこなせる様になって暫くのことだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます
夏見ナイ
恋愛
魔王軍四天王「煉獄の魔女」リディア。魔王様に絶対の忠誠を誓い、最強の魔女として人間から恐れられていた私の日常は、一人の男によって打ち砕かれた。
人類の希望、勇者アルフレッド。戦場で相まみえるたび、彼は聖剣ではなく熱烈な愛の言葉を向けてくる。
「君は美しい。僕と結婚してほしい!」
最初は敵の策略だと警戒していたのに、彼の真っ直ぐすぎる求愛に、鉄壁だったはずの私の心が揺らぎっぱなし!
最強魔女の私が、敵の勇者にドキドキさせられるなんて……ありえない!
これは、敵同士という運命に抗う二人が紡ぐ、甘くて少し切ない異世界ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる