霧開けて、明暗

小島秋人

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二人目のねーね

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  二人目のねーね

 分かっている。だが抱えた言葉は一度飲み込んで読み進めて欲しいと切に願う。実姉でないと言う事だけは誤解を招かぬ様先にはっきりと明言しておきたい。

 今までは比較的時系列に従って書いてきた。が、此処で一度時間は義務教育の歳に遡る。感慨の深い相手は取り扱いに困ると述べたが、ねーねは確実に人生で三指に入る女性と言える。書き起こすのに多少なり躊躇する時間を要して登場が前後したと言う点にも理解を貰いたい。

 ねーねとの出会いはコミューンを通じての物ではなく、彼の紹介に因るものだった。義兄の同窓だとかで、彼自身とも近所付き合いが高じて親交を深めていたらしいと言う程度の事は記憶に残っている。

 思うに、「彼を憎からず想って居たのでは在るまいか」と、今でも時折にそんな疑問に耽る。恐らく間違いはないと踏んでいるが、改めて問い質す意味も最早無い。連絡手段も同様である。

 其故、出会った当初の私に良い印象は無かったのだろう。ねーねの内向的な性格が邪魔してか明確な害意が肌に刺さった覚えも無いが、視線や態度に一定の距離感は拭えなかった。彼への慕情に勘付くのも自明だったろう。

 因みにねーねとは当時彼が使っていた呼称だ。私はと言えば、歳上の女性に対する僅か許り以上の緊張遠慮から名字で呼ばわるのが常だった。本人の要請で改める迄は、ねーねと言う呼称を冗談でも使った覚えが無い。彼だけに許した物で、侵しがたい何かで在る様に無意識に感じ取って居たのやも知れない。

 其れだけの深い親交、恋慕が有ったからこそなのだろう。失踪の折には私以上の落胆を見せていた。傷の度合いがねーねに及ばない事を自覚する事は耐え難かったが、認めざるを得ない。其れ程に当時のねーねは見るに忍びない様子だった。

 とは言え私自身相応に傷を負い、精神には多大な負荷を抱え幾日かを泣き腫らして過ごしていた。共々にそんな精神状態で正常な判断等望むべくも無い。咎める誰かが居るでもなし。傷の舐め合いを互いに暗黙で了承するまでに、長く日は要さなかった。

 意外と言えば意外、そうでもないのか。ねーねは初めてではなかった。

 内向的な性格がどうと言うのではない。割合に目に付き易い身体的な瑕疵を抱えていたねーねは、下ろし髪を上げる事を殊更に嫌っていた。そんなねーねが他人と肉薄する様な行為を既に経験済みと言うのが、不思議だったと言う程度の事だ。今考えた理由と言えなくもない。「只の卑屈な処女信仰ではなかったのか」と指摘を受ければ、反論しようとも思わない。

 度々に逢瀬は重ねたが、毎回約束が有った訳ではない。決まった時間、いつもの場所、其処に互いが揃えば今日は「そう言う日」。
 暗黙に始まった関係とは言え、再会の約束すら暗黙にしていたと言うのは我等が事許ら病的だ。そうまでして心だけ切り離して居た事実こそ、互いに抱えた彼に対する罪悪感の肥大を物語っていたと言って良いだろう。

 一年を過ぎた頃にはねーねが姿を見せる頻度も極端に減っていた。其れは良い傾向だと自身を納得させて、私も其処を訪なう事を辞めた。

 一つ告白をしておくと、彼には人生で一度きり、一つだけ大きな嘘を吐いた事が有る。

 数年の後一時的に帰省を果たした彼は、私の次にねーねに帰省の報告をしに行くと告げた。

 「折角だから一緒に行かない?」

 真意は知れない。長い空白を埋めるため一緒に居られる時間を増やしたい、そんな程度以上の意図は恐らく無かっただろう。

 「いやぁ…お前が消えてから会ってないし、気拙いから良いよ」

 ねーねも同様の嘘を吐くだろうと、確信めいた物を抱いて居た。

 因みに言うと俺の人生で此処まで明確に共犯関係と言って良い女はマジで珍しい。唯一と言って良いんでねーか。
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